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深淵
深淵
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「――うわぁ~!」
大勢の人々で賑わう、夕方のオウビのメインストリートを眺めて、サスケは口を開けて驚嘆の声を挙げた。
「――オウビは初めてか?、サスケ」
"御上りさん"、丸出しのサスケのリアクションに、ヨシゾウはニヤニヤと笑みを見せながら問うた。
「はっ、はい――お恥ずかしいですが、人の波に飲まれそうであります」
サスケは、恥ずかしいと言いながら、問いには恥じる事無く正直に、このオウビの賑わいへの感想を吐露した。
「田舎者ゆえ――オウザンの人の多さにも、参ったモノでしたが……」
「ははっ♪、オウザンも確かに人が多いが……ココは、比べ物にならんからなぁ」
ヨシゾウはそう言って、辺りの人混みを見渡す。
この二人が何故、旅装束でこの流者の都に来ているのかというと――ヤマカキ村の被害状況の把握を目的とした"スヨウ第五軍 特別調査隊"の、調査が一通り終わり、サスケは、生存の可能性があるとされたレンの捜索を任とした、ヨシゾウが続いて隊長を勤める、"特調"の別働隊に加わり、その捜索の一環として、このオウビに訪れていた。
「しかし、隊長――何ゆえ、オウビでの捜索を?
賊が、レンを……何処かの女衒に売り渡したとしても、ヤマカキからは、馬を飛ばしても三日はかかる、この遠方とも言えるオウビまで――女子一人を連れ回すとは、あまり思えないですが……」
――と、サスケは、ヨシゾウがココでの捜索を決めた意図を、何よりもその成果を疑っている事を、隠さずに尋ねた。
ヨシゾウは――
(ほぉ、ソコに気付くか……)
――と、関心した様な眼差しで、サスケの顔を見た。
「別働隊の現在方針は、レンという娘が女衒に売られた場合を想定して、立ち寄る可能性がある、遊郭などがある街を探索する――という事なのは、理解しているな?」
「はい、賊がまだ、アジトなどに囲っている可能性については、直に賊を追う暗衆に任せると……」
「――そうだ。
それで、ヤマカキの周辺には、その様な街は無く……一番近い、我が国東北部のセンバか、次に近い、オウザンの都――そして、翼域内のこのオウビが、三番目に近い、遊郭のある街だ」
ヨシゾウの、順を置いた説明に、サスケは頷く。
「本命、と言えるセンバには、三名の隊員を向わせたのに、次に近い、オウザンは捨て置いて、俺とお前をオウビに配したのが、疑問なのであろう?」
サスケが、これにも頷くと、ヨシゾウは先程以上に、ニヤッと笑って――
「――オウザンの都ならば、近衛第一軍や、首都防衛の第二軍の力添えも得られるであろうし、何よりもオウザンは、勝手知ったる我らが都……あそこならば、探索は容易い。
ならば先に、オウビという選択肢を潰すのが定石――それに、最初に村を検分した、近衛一軍の初見では……賊は、皇軍の兵ではなく、あの悪宰相が雇った、流者の類と推測するのが妥当だという、報告がなされておる。
だから、流者が集うオウビの方が"真の本命"ではないかと踏んでおる――故に、娘の顔を知る、お前をこちらに配したのよ」
――と、自分の見解を加え、彼に意図を説明した。
ちなみに――センバに回った残りの3人には、サスケが書いた、レンの似顔絵が渡されている。
ヨシゾウは当初、二手に別れるプランを考えてはいなかったが、事務作業の休憩時に、サスケが気晴らしに趣味を活かして書いていた、他の隊員の似顔絵のデッサンを観て――
「娘の似顔絵、描けるか?」
――と、実に見事な模写だった点に着目し、二手に別れる策を思い付いたのだった。
絵が趣味で、見事な模写が出来る男が、片思い(※重要!)の少女の似顔絵を描けないはずが無く――サスケは、界気鏡の映像かと見紛うばかりに、レンにそっくりな似顔絵を描き、センバ側の3人に渡していた。
「はぁ、なるほど……」
サスケは、ヨシゾウの説明を聞き、大きく頷いて納得した。
「だから、まずは、ツクモ最大の歓楽街がある、ココを探索するぞ。
丁度、時は遊女や娼婦が客を求めて動き出す夕方だ――もし、ココに娘が居るか、女衒と共に立ち寄っていたなら、何かしらの情報を期待出来るだろうからな」
ヨシゾウはそう言って、真剣な表情でサスケに目配せをする。
「――はいっ!」
サスケは、気合いを込めて、力強く応じた。
――場面は変わって、再び、フミの営む食堂である。
「――ねぇ、ミツカさん……お婆ちゃんと、お頭と――あと、オリエさんが居るみたいだけど、もう一人――お店の中に、誰か居るよね?」
――と、目が見えないユキは、ミツカの袖を掴んで、慣れない気配の主を問う。
「えっ、私……ですか?」
気配の主――レンは、驚いた様子で返事をする。
「そうそう。
"小さいけれど、優しくて強い光"――あなたは、誰?」
ユキは、おずおずとレンの頬を、包み込む様に手の平で触れた。
「あっ――」
レンは、何だか緊張して言葉が出ない。
「ふぅ~ん……可愛い声。
私と、同じぐらいの年代の娘……かしら?」
ユキは、レンの顔を触りながら、彼女に歳を尋ねる。
「あっ、私は、十七ですが……」
「――私の方が、一つ、お姉さんかぁ……界気のカンジは、大人っぽかったんだけどな?」
ユキは、失敗したという顔で、悔しそうに呟く。
「えっ……界気?」
レンが、ユキの言葉を疑問に思っていると、ミツカが口を挟む。
「この娘は――目を潰された分、元から才のあった界気を上手く使って……暮らしの不自由を補ってるのさ。
だから、人の界気を感じるコトで、周りに誰が居るのか解るんだよ――よく言う"神々の慰め"ってヤツの一つさね」
界気に関しての語りで、想像力が重要だと述べていた様に――界気は、第六感的な要素が、優劣のウェイトを占めている力だ。
故に、ユキの様な、視覚や聴覚などを失ってしまった者が……その分を補う様に、界気に長け始めたりする例は多い。
この現象は、以前から医学、"界気学"の学者たちが、真剣に研究しているが、今だその答えを見出せずに居て――この、神掛かった現象の事を、敬虔な萬神道信者は"神々からの慰め"と呼んでいる。
ユキは、レンの顔から手を離し、ニコッと口元を綻ばせ――
「私は、ユキよ。
あなたのお名前は?」
――と、目の前に居るらしい、大人っぽく感じる、可愛い声の女性に尋ねた。
「あっ、申し遅れました……私は、オリエさんの下でお世話になっている、レンという者です」
「そう、レン――名前も可愛いわねぇ♪、よろしく」
ユキは、手を差し出して、レンに握手を求める。
「あっ、よろしくお願いします」
レンが返事をして、握手を交わすと、横からミツカが――
「ユキ、この娘よぉ~!、ソウタが連れてたって娘はさぁ!」
――と、レンに関して、彼女たちにとっては最大の事柄を補足する。
「えっ!?、ふ~ん……そう、なんだ……」
ユキは急に、握手から空いている方の手で、もう一度、レンの顔を触り始める。
何やら――今度はゆっくり、たっぷりと撫でて、その手はだんだん……下へと――
「――えっ?、えっ?!、きゃぁっ――!」
先日のオリエの様に、レンは胸を触られたトコロで、軽く悲鳴を上げる。
「?!、あっ!、ごめんなさい!、ミツカさんに教えて貰ってから、妙に、どんな娘なのか気になっていて……
目で見れない分、肌を触らせて貰うクセが……でも、だからって、胸はダメよね――本当にごめんなさい」
そう謝ってユキは、慌てて手を離す。
「うっ~……」
恥ずかしがっているレンに、オリエは――
「アハハ♪、もう慣れなよぉ~!、ココじゃ、女同士の挨拶みてぇなモンなんだからさ?」
――と、またケラケラと笑う。
「もう――オリエさん、ダメですよ?
"アレ"に、慣れろだなんて――娼婦たちと一緒にしたら、"カタギ"の娘さんには、可哀想です」
ユキは、きっぱりとそう言って、レンの頬を触り――
「私は――とっ~ても解るわ、あなたの気持ち」
――と、撫でながら、見えないはずの目線を、真っ直ぐにレンの瞳に向ける。
「では、ユキさんも、そういう……」
「……ええ、娼婦……だったけれど、今は――」
レンから振られた、生業についての問い掛けに、ユキはそう言いながら、徐に――
「――っ!」
――目を覆っていた、長い手ぬぐいを捲りあげると……その両目には、幾重もの刀傷があり、その上には……悲惨にも、熱した"何か"を、強く長く、何度も圧し付けられた跡だと解る、分厚い熱傷が拡がっていた……
「――目が、"こうなっちゃった"からね。
これじゃあ……怖くって、"萎えちゃう"らしいから、お客、付かなくなっちゃったけれど」
そう言って、その容貌を笑い事の様に振る舞い、同じく徐に、手ぬぐいの位置を戻し、両目を覆い直す。
「あっ――あぁっ……!」
ユキが晒した、悲惨な傷跡を前にしたレンは、慟哭の呻きを漏らし、それを抑えようと口を手で覆い、一筋の涙を流した。
振れていたレンの頬を伝う、その涙流を指先に感じたユキは――
「……情の深い娘なのね――初対面の、私のために泣けるだなんて。
ソウタさんが……連れて来た気持ち、何だか解かるわ」
――と、そう言いながら、嫋やかに微笑み、レンの頬を撫でた
「――そういや、似てるかもねぇ……ユキと、嬢ちゃんは」
フミは、頬に手を当てて、二人を並べて見据え、そう言った。
「嬢ちゃん――アンタの親、公者じゃないかい?」
「えっ?!、はい、"元"は付きますが、両親共に、公者をしていた事がありますが……」
フミの突然の問い掛けに、レンは驚いた様で応じる。
「上品な話し方で解ってたかも知らんが、ユキも公者の娘なのさ。
でも、両親を早くに亡くしたらしくてねぇ……親類の世話になっていたんだが、その家の者に散々いびられた挙句、終いには女衒に売られた。
それで連れて来られた先がココで、初めて取った客ってのが――"いたぶるのが好み"なんていう、どうしようもねぇ客に、目ん玉潰されちまって……よっぽど、ツイてねぇ娘さね」
「?!、そんな……」
レンは、そのユキの壮絶人生を伝え聞き、再び驚嘆の声を漏らす。
「……恥ずかしいが、その"どうしようもねぇ客"ってのは、俺の傘下一家のバカ野郎でな?
嬢ちゃんの目付きが気に入らねぇと、刀を刺すわ、切りつけるわ、火の界気で炙って圧し付けるわ……修羅場多く潜って来たヤクザ者の俺でも、終ぞ聞いたコトがねぇ、ひでぇやり口で、散々いたぶったらしい……“買った"んだから、何しても構わねぇはずだってな。
んなゲス野郎に……盃を許してた上に、やってるコトも見過ごしちまってた、情けねぇ親分筋に当たる、俺から言えた義理じゃあねぇが、あのバケモノ――ソウタには、恨むどころか感謝してるさ。
そんな、どうしようもねぇゲスを、この街から綺麗に刈り取ってくれたんだからな」
会話に割り込んだリュウジは、フミの言葉を補足する様に、ユキが辿った経緯を、具体的に語った……
「お婆ちゃん、お頭……止めましょ?
私も、思い出したくないお話だし――レンちゃんにも、好んで聞かせたいお話ではないわ。
それに……今の私は、とっても幸せよ?
助けが無ければ、出来ない事が多い――こんな目だけれど、温かい界気を私に向けてくれる、お婆ちゃんやみんなとの。ココでの暮らしは、とても恵まれた生活だと思っているもの」
ユキは、綻んだ口元からそう言って、レンの手をギュッと握った。
そんなユキの、手の温もりを感じ取ったレンは――偶然、ソウタに救われ、オリエという良い雇い主に出会えた自分が、どれだけ幸せなのかと思い至った。
彼女は、ココで聞いた、深淵が如き暗い事実を――噛み締める様に汲み取って、それを心中に留めた。
大勢の人々で賑わう、夕方のオウビのメインストリートを眺めて、サスケは口を開けて驚嘆の声を挙げた。
「――オウビは初めてか?、サスケ」
"御上りさん"、丸出しのサスケのリアクションに、ヨシゾウはニヤニヤと笑みを見せながら問うた。
「はっ、はい――お恥ずかしいですが、人の波に飲まれそうであります」
サスケは、恥ずかしいと言いながら、問いには恥じる事無く正直に、このオウビの賑わいへの感想を吐露した。
「田舎者ゆえ――オウザンの人の多さにも、参ったモノでしたが……」
「ははっ♪、オウザンも確かに人が多いが……ココは、比べ物にならんからなぁ」
ヨシゾウはそう言って、辺りの人混みを見渡す。
この二人が何故、旅装束でこの流者の都に来ているのかというと――ヤマカキ村の被害状況の把握を目的とした"スヨウ第五軍 特別調査隊"の、調査が一通り終わり、サスケは、生存の可能性があるとされたレンの捜索を任とした、ヨシゾウが続いて隊長を勤める、"特調"の別働隊に加わり、その捜索の一環として、このオウビに訪れていた。
「しかし、隊長――何ゆえ、オウビでの捜索を?
賊が、レンを……何処かの女衒に売り渡したとしても、ヤマカキからは、馬を飛ばしても三日はかかる、この遠方とも言えるオウビまで――女子一人を連れ回すとは、あまり思えないですが……」
――と、サスケは、ヨシゾウがココでの捜索を決めた意図を、何よりもその成果を疑っている事を、隠さずに尋ねた。
ヨシゾウは――
(ほぉ、ソコに気付くか……)
――と、関心した様な眼差しで、サスケの顔を見た。
「別働隊の現在方針は、レンという娘が女衒に売られた場合を想定して、立ち寄る可能性がある、遊郭などがある街を探索する――という事なのは、理解しているな?」
「はい、賊がまだ、アジトなどに囲っている可能性については、直に賊を追う暗衆に任せると……」
「――そうだ。
それで、ヤマカキの周辺には、その様な街は無く……一番近い、我が国東北部のセンバか、次に近い、オウザンの都――そして、翼域内のこのオウビが、三番目に近い、遊郭のある街だ」
ヨシゾウの、順を置いた説明に、サスケは頷く。
「本命、と言えるセンバには、三名の隊員を向わせたのに、次に近い、オウザンは捨て置いて、俺とお前をオウビに配したのが、疑問なのであろう?」
サスケが、これにも頷くと、ヨシゾウは先程以上に、ニヤッと笑って――
「――オウザンの都ならば、近衛第一軍や、首都防衛の第二軍の力添えも得られるであろうし、何よりもオウザンは、勝手知ったる我らが都……あそこならば、探索は容易い。
ならば先に、オウビという選択肢を潰すのが定石――それに、最初に村を検分した、近衛一軍の初見では……賊は、皇軍の兵ではなく、あの悪宰相が雇った、流者の類と推測するのが妥当だという、報告がなされておる。
だから、流者が集うオウビの方が"真の本命"ではないかと踏んでおる――故に、娘の顔を知る、お前をこちらに配したのよ」
――と、自分の見解を加え、彼に意図を説明した。
ちなみに――センバに回った残りの3人には、サスケが書いた、レンの似顔絵が渡されている。
ヨシゾウは当初、二手に別れるプランを考えてはいなかったが、事務作業の休憩時に、サスケが気晴らしに趣味を活かして書いていた、他の隊員の似顔絵のデッサンを観て――
「娘の似顔絵、描けるか?」
――と、実に見事な模写だった点に着目し、二手に別れる策を思い付いたのだった。
絵が趣味で、見事な模写が出来る男が、片思い(※重要!)の少女の似顔絵を描けないはずが無く――サスケは、界気鏡の映像かと見紛うばかりに、レンにそっくりな似顔絵を描き、センバ側の3人に渡していた。
「はぁ、なるほど……」
サスケは、ヨシゾウの説明を聞き、大きく頷いて納得した。
「だから、まずは、ツクモ最大の歓楽街がある、ココを探索するぞ。
丁度、時は遊女や娼婦が客を求めて動き出す夕方だ――もし、ココに娘が居るか、女衒と共に立ち寄っていたなら、何かしらの情報を期待出来るだろうからな」
ヨシゾウはそう言って、真剣な表情でサスケに目配せをする。
「――はいっ!」
サスケは、気合いを込めて、力強く応じた。
――場面は変わって、再び、フミの営む食堂である。
「――ねぇ、ミツカさん……お婆ちゃんと、お頭と――あと、オリエさんが居るみたいだけど、もう一人――お店の中に、誰か居るよね?」
――と、目が見えないユキは、ミツカの袖を掴んで、慣れない気配の主を問う。
「えっ、私……ですか?」
気配の主――レンは、驚いた様子で返事をする。
「そうそう。
"小さいけれど、優しくて強い光"――あなたは、誰?」
ユキは、おずおずとレンの頬を、包み込む様に手の平で触れた。
「あっ――」
レンは、何だか緊張して言葉が出ない。
「ふぅ~ん……可愛い声。
私と、同じぐらいの年代の娘……かしら?」
ユキは、レンの顔を触りながら、彼女に歳を尋ねる。
「あっ、私は、十七ですが……」
「――私の方が、一つ、お姉さんかぁ……界気のカンジは、大人っぽかったんだけどな?」
ユキは、失敗したという顔で、悔しそうに呟く。
「えっ……界気?」
レンが、ユキの言葉を疑問に思っていると、ミツカが口を挟む。
「この娘は――目を潰された分、元から才のあった界気を上手く使って……暮らしの不自由を補ってるのさ。
だから、人の界気を感じるコトで、周りに誰が居るのか解るんだよ――よく言う"神々の慰め"ってヤツの一つさね」
界気に関しての語りで、想像力が重要だと述べていた様に――界気は、第六感的な要素が、優劣のウェイトを占めている力だ。
故に、ユキの様な、視覚や聴覚などを失ってしまった者が……その分を補う様に、界気に長け始めたりする例は多い。
この現象は、以前から医学、"界気学"の学者たちが、真剣に研究しているが、今だその答えを見出せずに居て――この、神掛かった現象の事を、敬虔な萬神道信者は"神々からの慰め"と呼んでいる。
ユキは、レンの顔から手を離し、ニコッと口元を綻ばせ――
「私は、ユキよ。
あなたのお名前は?」
――と、目の前に居るらしい、大人っぽく感じる、可愛い声の女性に尋ねた。
「あっ、申し遅れました……私は、オリエさんの下でお世話になっている、レンという者です」
「そう、レン――名前も可愛いわねぇ♪、よろしく」
ユキは、手を差し出して、レンに握手を求める。
「あっ、よろしくお願いします」
レンが返事をして、握手を交わすと、横からミツカが――
「ユキ、この娘よぉ~!、ソウタが連れてたって娘はさぁ!」
――と、レンに関して、彼女たちにとっては最大の事柄を補足する。
「えっ!?、ふ~ん……そう、なんだ……」
ユキは急に、握手から空いている方の手で、もう一度、レンの顔を触り始める。
何やら――今度はゆっくり、たっぷりと撫でて、その手はだんだん……下へと――
「――えっ?、えっ?!、きゃぁっ――!」
先日のオリエの様に、レンは胸を触られたトコロで、軽く悲鳴を上げる。
「?!、あっ!、ごめんなさい!、ミツカさんに教えて貰ってから、妙に、どんな娘なのか気になっていて……
目で見れない分、肌を触らせて貰うクセが……でも、だからって、胸はダメよね――本当にごめんなさい」
そう謝ってユキは、慌てて手を離す。
「うっ~……」
恥ずかしがっているレンに、オリエは――
「アハハ♪、もう慣れなよぉ~!、ココじゃ、女同士の挨拶みてぇなモンなんだからさ?」
――と、またケラケラと笑う。
「もう――オリエさん、ダメですよ?
"アレ"に、慣れろだなんて――娼婦たちと一緒にしたら、"カタギ"の娘さんには、可哀想です」
ユキは、きっぱりとそう言って、レンの頬を触り――
「私は――とっ~ても解るわ、あなたの気持ち」
――と、撫でながら、見えないはずの目線を、真っ直ぐにレンの瞳に向ける。
「では、ユキさんも、そういう……」
「……ええ、娼婦……だったけれど、今は――」
レンから振られた、生業についての問い掛けに、ユキはそう言いながら、徐に――
「――っ!」
――目を覆っていた、長い手ぬぐいを捲りあげると……その両目には、幾重もの刀傷があり、その上には……悲惨にも、熱した"何か"を、強く長く、何度も圧し付けられた跡だと解る、分厚い熱傷が拡がっていた……
「――目が、"こうなっちゃった"からね。
これじゃあ……怖くって、"萎えちゃう"らしいから、お客、付かなくなっちゃったけれど」
そう言って、その容貌を笑い事の様に振る舞い、同じく徐に、手ぬぐいの位置を戻し、両目を覆い直す。
「あっ――あぁっ……!」
ユキが晒した、悲惨な傷跡を前にしたレンは、慟哭の呻きを漏らし、それを抑えようと口を手で覆い、一筋の涙を流した。
振れていたレンの頬を伝う、その涙流を指先に感じたユキは――
「……情の深い娘なのね――初対面の、私のために泣けるだなんて。
ソウタさんが……連れて来た気持ち、何だか解かるわ」
――と、そう言いながら、嫋やかに微笑み、レンの頬を撫でた
「――そういや、似てるかもねぇ……ユキと、嬢ちゃんは」
フミは、頬に手を当てて、二人を並べて見据え、そう言った。
「嬢ちゃん――アンタの親、公者じゃないかい?」
「えっ?!、はい、"元"は付きますが、両親共に、公者をしていた事がありますが……」
フミの突然の問い掛けに、レンは驚いた様で応じる。
「上品な話し方で解ってたかも知らんが、ユキも公者の娘なのさ。
でも、両親を早くに亡くしたらしくてねぇ……親類の世話になっていたんだが、その家の者に散々いびられた挙句、終いには女衒に売られた。
それで連れて来られた先がココで、初めて取った客ってのが――"いたぶるのが好み"なんていう、どうしようもねぇ客に、目ん玉潰されちまって……よっぽど、ツイてねぇ娘さね」
「?!、そんな……」
レンは、そのユキの壮絶人生を伝え聞き、再び驚嘆の声を漏らす。
「……恥ずかしいが、その"どうしようもねぇ客"ってのは、俺の傘下一家のバカ野郎でな?
嬢ちゃんの目付きが気に入らねぇと、刀を刺すわ、切りつけるわ、火の界気で炙って圧し付けるわ……修羅場多く潜って来たヤクザ者の俺でも、終ぞ聞いたコトがねぇ、ひでぇやり口で、散々いたぶったらしい……“買った"んだから、何しても構わねぇはずだってな。
んなゲス野郎に……盃を許してた上に、やってるコトも見過ごしちまってた、情けねぇ親分筋に当たる、俺から言えた義理じゃあねぇが、あのバケモノ――ソウタには、恨むどころか感謝してるさ。
そんな、どうしようもねぇゲスを、この街から綺麗に刈り取ってくれたんだからな」
会話に割り込んだリュウジは、フミの言葉を補足する様に、ユキが辿った経緯を、具体的に語った……
「お婆ちゃん、お頭……止めましょ?
私も、思い出したくないお話だし――レンちゃんにも、好んで聞かせたいお話ではないわ。
それに……今の私は、とっても幸せよ?
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ユキは、綻んだ口元からそう言って、レンの手をギュッと握った。
そんなユキの、手の温もりを感じ取ったレンは――偶然、ソウタに救われ、オリエという良い雇い主に出会えた自分が、どれだけ幸せなのかと思い至った。
彼女は、ココで聞いた、深淵が如き暗い事実を――噛み締める様に汲み取って、それを心中に留めた。
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