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"指輪の君"
友垣
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「ソウタぁ~っ!、本当に、来てくれてありがとう~っ!」
サトコは、抱き締める腕の力を強め、顔をソウタの胸に埋める恰好で抱き寄せる。
対して、ソウタは――
(はぁ~……そういやこの人。
気が緩むと、"こういうコト"をしちゃう、女性だったっけ……)
――と、彼女の癖を思い出し、困った顔を見せる。
(話し方や、立場の違いで――雰囲気が変わったかと思ってたら、即位したって、早々とは変わらねぇか)
ソウタは観念して、そっとサトコの背に手を回し――
「――"今だけ"だぞ?、サトコ」
――と、抱き締め返してやる。
数秒――抱き合った二人は、徐に密着した両者の身体を離し、その場に向かい合って座る。
すると、サトコは、頬を膨らませ――
「もう~!、三年も前から野に出ているのなら、どうして真っ先に、私の所に顔を出さないのですかぁ?!」
――と、ソウタがツツキを出てから、既に3年もの時を経ていながら、自分には所在の一報すら無いコトに、拗ねて見せた。
「仕方ないでしょうよ。
俺が、流者仕事で路銀を貯めて、本格的に旅を始めた頃――丁度、キミは先代が"お戻り"になって、"大喪期"に入ってたから、俺に会うどころじゃなかったでしょ?」
ソウタは、時期的な不慮を理由に、これまで来れなかった経緯を説明した。
ちなみに――"お戻り"とは、皇の崩御を表す言葉だ。
先にも挙げた様に、皇は死後、その魂が天船へ戻るという宗教的な考え方から、"死"とは呼ばずに、こう表現するのが、ツクモの"ならわし"なのである。
「うっ……そういう事情となると、強くは言い返せませんがぁ……ツツキを出た後、真っ直ぐに私の所に来れば、路銀など貯めずとも、私が用立て――」
「――ちゃあ、ダメでしょうよ!
"君、使う金銭は、民に与えて貰ったモノ――努々、それを忘れるべからず"、って、アヤコ様の教えを受けておきながら、そういう考えに至るのは!」
「ううっ、はいぃ~……」
サトコは、シュンとなって、まるで萎れたネギの様にうな垂れる。
「――まったく、きっと"友達"思いのアンタなら、きっと、そう言うと思ったから……余計に来そびれていたんだよ」
――と、ソウタはそう言って後頭部を掻く。
「?!、とっ!、友達……」
サトコは、そう呟いて、表情を変えた。
サトコの脳裏に、市井降りから戻った際、ツツキの者――即ち、ソウタに件の指輪を渡した事を、キヨネに告白した時の会話が甦る。
「――その方は、"指輪の意味"をご存知だったのですか?
指輪の意味やその慣例は、国外の方はあまり、ご存知ではないと聞き及びますが……」
「あっ……だっ!、大丈夫ですよ!、アヤコ様の下で、学問もしている方ですから!」
(――ソウタは、指輪の意味を知らずに来たんだぁ~……)
"友達"という、致命的なソウタの一言で、それを悟ったサトコは――思わず、口をあんぐりと開けて、呆然と彼の顔を見詰める。
「あっ、ごめん……二人きりだからって、一介の流者が、皇様を説教するのはダメだよな?」
ソウタは、顔をしかめながら、詫びる様にサトコに会釈する。
「いっ!、いえ。
私とあなたの仲に、その様な気遣いなど無粋ですよ」
サトコは、ソウタの詫びにそう返して――
「――コッホン!、ところで……ソウタはあの後、おっ!、恋人が出来たとか、つ――妻っ!、を娶ったとかぁ……いわゆる、"浮いたお話"は無かったの?
ほら――私たちって、"そういうお年頃"ですから、あくまでも"友人の一人"として、とぉ~っても気になるのですけれど?」
――と、あくまでも……あ・く・ま・で・も!、雑談の一環として尋ね返した。
サトコにとって――コレは、大きな"賭け"だった。
先程の二者の懸念の内、最高に嬉しい前者――"求婚を受け入れるために来た"は、儚くも泡と消えたが、まだ、最悪な後者――"既に、他の誰かと婚いでいる"の方が残っている。
もし、"指輪の君"が、他の者と婚いでいたなどと成れば――それに勝る恥辱など、今の彼女には思いつかない。
しかも、それが"指輪の意味を伝え忘れた"のが原因だったなら――どれだけ悔やんでも、悔みきれないであろう。
もちろん、指輪を渡しても、皇の恋は成就出来なかったという、逸話や例は多数存在するが――自分を、その中に加えたくないのは、当然の思いである。
「え~!、いきなり何だよ?、そんなハナシ」
ソウタは、少し照れながら、突然の恋バナ希望に困惑する。
「それぐらい良いでしょ~?、あなたの様に、気を置けない者と雑談を交わすコトは、今の私には、とても貴重なのです。
当たり前ですけれど、臣下としか会話が出来ないというのは……結構、鬱憤が溜まるモノなのですよ?」
サトコは、本当の意図を巧妙にはぐらかし、ソウタの恋愛事情を探る。
「――特に、旅の流者などは、立ち寄った町の数だけ……恋人や妾が居るという、戯れ言を伝え聞く程ですし、もしやソウタも――その様な、破廉恥な生活をしているのではと、興味を抱いたのですよ♪」
サトコの質問の仕方は、本当に巧妙に尽きる――しっかり、下世話な事柄を楽しんでいるフリまでして。
ソウタの脳裏には、一瞬、レンの顔が思い浮かびはしたが――
(俺は――ナニを考えてんだ?、オリエさんが、女を囲うとか、妙に冷やかすからだぜ……)
――と、心中でその脳裏の画像を一蹴した。
「――それは心外だなぁ。
ツツキに降っていた間、一緒に過ごすコトだって多かったのに、俺がそんな軽薄な男だと思っていたのかぁ?」
ソウタは、不満気にそう言って、小さく拗ねて見せる。
「!、というコトは?!」
ソウタのその応答に、先の答えを察したサトコは、パァッと笑顔を造る。
「そっ、な~んにも浮いたハナシは無しっ!、興味に沿えないで悪かったねぇ」
ソウタは、両手を上に挙げて、苦笑いを造って見せた。
「!?、そうですか!、そうなのですかぁ~!」
サトコは喜々として、満面の笑顔を見せて、密かに両拳を握り締める。
心中では――
(良かったぁ~~~~~!!!!!)
――と、ガッツポーズなどもして。
「あ~?!、その喜び方はヒドいでしょ?
流者の情けないハナシを聞いて、喜ぶ皇様なんて……民が知ったら、悲しみますよ?」
「ふふ♪、そうですね――私とした事が、はしたない反応をしてしまいました♪」
「まあ、俺のこんなハナシでも、皇様の気晴らしになるんなら、別に良いけどさ」
「ええ、あなたのおかげです――こうして、殺伐とした気が晴れたのも、スヨウとの経緯に、光明が見え始めたのも」
サトコは、ギュッとソウタの手を強く握る。
「俺は――別に、解決に繋がる様な話を持って来たワケじゃないだろ?」
サトコの言葉に、そんな疑問を抱いたソウタは、謙遜も交えてそう問うた。
「いいえ、スヨウの思惑が解かっただけでも、事への対処や術を選ぶ上で、良い選択材料となりますから」
「――そーいうモンかい?、政治ってのは」
ソウタは、腕を組んで、関心しながらそう言った。
「ええ――"そーいうモン"です♪」
対してサトコも、わざと言葉を崩し、クスクスと笑いながらそう応えた。
「さて、来たのが夕方だから……もう、外は結構な時間だろう。
そろそろ失礼するよ」
「えっ?!、そういえば――宿泊先は決まっているのですか?
なんなら、ごっ!、御所に泊まっても――構わないのですよ?、気の利く侍女が居りますから、それぐらいは、もう手配が済んでいると思いますしぃ……わっ!、私も、まだ話し足りないので、もそっと居てくれれば、嬉しいのですが……」
ソウタと話し足りない様子のサトコは、寂しそうにそう言って彼を引き止める。
話し足りない分とは、恐らく――指輪の意味や、自分の思いを知らせるためであろう。
「――いや、気持ちはありがたいけど、それは流石に……荷物も、泊めてもらうヨクセの支店に置いて来てるしなぁ」
「ならば!、使いを向わせて荷物も――?!」
――と、なんとか引き止め様とするサトコの口元に、先程のお返しとばかりに、ソウタは人差し指を立てた。
「……そこまでだ。
今のアンタと、今の俺じゃあ――"立場"が違い過ぎる」
ソウタは、朗らかな笑みを見せながら、"ちょんっ"と、そのままサトコの鼻を撫でた。
そのソウタの応じ方で、全てを悟ったサトコは、寂しそうに瞼へ涙を溜めながら――
「――解かりました。
でも、一つだけお願いがあります……明日の御前会議で、私に話した事を、公者の皆にも話して頂けませんか?」
――と、真剣な表情で願い出た。
「えっ?!、俺を……そんな大事な会議に?!」
ソウタは怪訝気味に、表情を強張らせる。
「ええ。
それぐらい、意義のある報せなのです――あなたが齎した報せとは」
サトコは、あの報せの重要さを強調して、ソウタの瞳をジッと見詰める。
「……解かったよ。
俺も、伝えただけで、後はお偉いさんのご勝手に――だなんて、ゲスな振舞いをするつもりじゃあなかったし、それが、"他ならぬキミの頼みなら"――喜んで、話させて貰うよ」
「――っ?!」
サトコの脳裏に"他ならぬキミの頼みなら"という、ソウタの一言が……3回ほど、エコーが掛かって響く。
それを、どう解釈したのかは解からないが、サトコはポォッと頬を赤らめ――
「……ありがとう。
では、明日も――御所まで、足労を願います」
――と言って、もう一度、ソウタの手を強く握った。
「ああ。
じゃあ、行く――あっ!、そうだっ!、もう一つだけ!」
別れを告げ、ソウタは何かを思い出した様で、踵を返すのを止め、サトコの目の前に、指を一本立てて――
「――ココ、警備に問題があるぞ?
"指輪一つ"が目印だとか、俺みてぇな下賎の流者と、皇様を二人っきりにしちまうなんて……俺が、どこぞの刺客だったら、大変なコトだぜ?」
――と、気になる警備の不備を忠告した。
ソウタのそんな忠告に、サトコは…
「ふふ♪、確かにそうですね――でも、コレは、私が皆に頼んだのです。
あなたと……こうして、二人きりで話したかったので」
――そう、クスクスと笑いを漏らしながら言った。
「そっか、なら良いけど……おかげで、俺もこんな無礼な態度を許されてるんだしな」
「あっ!、指輪と言えば――確認のために預かったと、ココに……」
サトコは、薄布に包み、懐に忍ばせていた、金糸龍の指輪を取り出して――
「――はい、お返ししますね」
――と、ソウタに向けて差し出した。
「……いやぁ、返すと言うなら、コッチのセリフだよ。
俺には、分不相応に豪奢なシロモノだしな――こうして、再会の目印としての役割は果たしてくれたワケだから、返上させてくれよ?」
そんな、ソウタの申し出に、サトコは顔色を変えて――
「?!、ダッ!、ダメです!、これは――"特別な品"なのですから!
私が――私が、あなたを……」
声を荒げながら、何か重大な事を言いたげに、それを躊躇している様な素振りを見せる。
ソウタは、そのサトコの寂しげな口調に慌てて――
「あっ、ゴメン――そうだよな、俺を信頼してくれたからこそ、預けてくれたモノだもんな」
――と、申し訳なさそうに詫びて、自分の軽はずみな言い分を反省する。
「あっ、そっ!、そうです!、すっ!、皇が"真に信頼している者へ、皇が自らその者に渡す"――そんな、特別な褒章というのが、あの指輪の意味するトコロなのですから!」
最大の告白チャンスだったのに、サトコは思わず、自分の意図とは外れた、指輪の意味を口走ってしまう。
――だが、本来、あの指輪が持つ意味というのは、サトコが口走った事の方が正解なのである。
それが、後の夫へ――という意味に変容したのは、ただ"真に信頼している者=最も愛している者"と、成っているだけなのだ。
「――じゃあ、ありがたく受け取るよ」
ソウタは、サトコの手から指輪を受け取って、左手の人差し指にはめた。
「よし、じゃあ、明日な!」
ソウタは振り向き、肩越しにはめた指輪を見せながら、ヒラヒラと手を振って、主殿を後にした。
「ええ!、ソウタぁ!、ありがとう!」
サトコはソウタが主殿から出るまで、手を振り続けて彼を見送った。
(まだ――今は、想いを告げずにいる方が良いのでしょう。
このタイミングで、この想いを伝えてしまったら――私はきっと、この、戦を控えた重大な局面で、皇としての役割を、しっかりとは果たせないでしょうから)
サトコは、情けなさそうな笑みを浮かべ、上座へと戻って目を閉じた。
サトコは、抱き締める腕の力を強め、顔をソウタの胸に埋める恰好で抱き寄せる。
対して、ソウタは――
(はぁ~……そういやこの人。
気が緩むと、"こういうコト"をしちゃう、女性だったっけ……)
――と、彼女の癖を思い出し、困った顔を見せる。
(話し方や、立場の違いで――雰囲気が変わったかと思ってたら、即位したって、早々とは変わらねぇか)
ソウタは観念して、そっとサトコの背に手を回し――
「――"今だけ"だぞ?、サトコ」
――と、抱き締め返してやる。
数秒――抱き合った二人は、徐に密着した両者の身体を離し、その場に向かい合って座る。
すると、サトコは、頬を膨らませ――
「もう~!、三年も前から野に出ているのなら、どうして真っ先に、私の所に顔を出さないのですかぁ?!」
――と、ソウタがツツキを出てから、既に3年もの時を経ていながら、自分には所在の一報すら無いコトに、拗ねて見せた。
「仕方ないでしょうよ。
俺が、流者仕事で路銀を貯めて、本格的に旅を始めた頃――丁度、キミは先代が"お戻り"になって、"大喪期"に入ってたから、俺に会うどころじゃなかったでしょ?」
ソウタは、時期的な不慮を理由に、これまで来れなかった経緯を説明した。
ちなみに――"お戻り"とは、皇の崩御を表す言葉だ。
先にも挙げた様に、皇は死後、その魂が天船へ戻るという宗教的な考え方から、"死"とは呼ばずに、こう表現するのが、ツクモの"ならわし"なのである。
「うっ……そういう事情となると、強くは言い返せませんがぁ……ツツキを出た後、真っ直ぐに私の所に来れば、路銀など貯めずとも、私が用立て――」
「――ちゃあ、ダメでしょうよ!
"君、使う金銭は、民に与えて貰ったモノ――努々、それを忘れるべからず"、って、アヤコ様の教えを受けておきながら、そういう考えに至るのは!」
「ううっ、はいぃ~……」
サトコは、シュンとなって、まるで萎れたネギの様にうな垂れる。
「――まったく、きっと"友達"思いのアンタなら、きっと、そう言うと思ったから……余計に来そびれていたんだよ」
――と、ソウタはそう言って後頭部を掻く。
「?!、とっ!、友達……」
サトコは、そう呟いて、表情を変えた。
サトコの脳裏に、市井降りから戻った際、ツツキの者――即ち、ソウタに件の指輪を渡した事を、キヨネに告白した時の会話が甦る。
「――その方は、"指輪の意味"をご存知だったのですか?
指輪の意味やその慣例は、国外の方はあまり、ご存知ではないと聞き及びますが……」
「あっ……だっ!、大丈夫ですよ!、アヤコ様の下で、学問もしている方ですから!」
(――ソウタは、指輪の意味を知らずに来たんだぁ~……)
"友達"という、致命的なソウタの一言で、それを悟ったサトコは――思わず、口をあんぐりと開けて、呆然と彼の顔を見詰める。
「あっ、ごめん……二人きりだからって、一介の流者が、皇様を説教するのはダメだよな?」
ソウタは、顔をしかめながら、詫びる様にサトコに会釈する。
「いっ!、いえ。
私とあなたの仲に、その様な気遣いなど無粋ですよ」
サトコは、ソウタの詫びにそう返して――
「――コッホン!、ところで……ソウタはあの後、おっ!、恋人が出来たとか、つ――妻っ!、を娶ったとかぁ……いわゆる、"浮いたお話"は無かったの?
ほら――私たちって、"そういうお年頃"ですから、あくまでも"友人の一人"として、とぉ~っても気になるのですけれど?」
――と、あくまでも……あ・く・ま・で・も!、雑談の一環として尋ね返した。
サトコにとって――コレは、大きな"賭け"だった。
先程の二者の懸念の内、最高に嬉しい前者――"求婚を受け入れるために来た"は、儚くも泡と消えたが、まだ、最悪な後者――"既に、他の誰かと婚いでいる"の方が残っている。
もし、"指輪の君"が、他の者と婚いでいたなどと成れば――それに勝る恥辱など、今の彼女には思いつかない。
しかも、それが"指輪の意味を伝え忘れた"のが原因だったなら――どれだけ悔やんでも、悔みきれないであろう。
もちろん、指輪を渡しても、皇の恋は成就出来なかったという、逸話や例は多数存在するが――自分を、その中に加えたくないのは、当然の思いである。
「え~!、いきなり何だよ?、そんなハナシ」
ソウタは、少し照れながら、突然の恋バナ希望に困惑する。
「それぐらい良いでしょ~?、あなたの様に、気を置けない者と雑談を交わすコトは、今の私には、とても貴重なのです。
当たり前ですけれど、臣下としか会話が出来ないというのは……結構、鬱憤が溜まるモノなのですよ?」
サトコは、本当の意図を巧妙にはぐらかし、ソウタの恋愛事情を探る。
「――特に、旅の流者などは、立ち寄った町の数だけ……恋人や妾が居るという、戯れ言を伝え聞く程ですし、もしやソウタも――その様な、破廉恥な生活をしているのではと、興味を抱いたのですよ♪」
サトコの質問の仕方は、本当に巧妙に尽きる――しっかり、下世話な事柄を楽しんでいるフリまでして。
ソウタの脳裏には、一瞬、レンの顔が思い浮かびはしたが――
(俺は――ナニを考えてんだ?、オリエさんが、女を囲うとか、妙に冷やかすからだぜ……)
――と、心中でその脳裏の画像を一蹴した。
「――それは心外だなぁ。
ツツキに降っていた間、一緒に過ごすコトだって多かったのに、俺がそんな軽薄な男だと思っていたのかぁ?」
ソウタは、不満気にそう言って、小さく拗ねて見せる。
「!、というコトは?!」
ソウタのその応答に、先の答えを察したサトコは、パァッと笑顔を造る。
「そっ、な~んにも浮いたハナシは無しっ!、興味に沿えないで悪かったねぇ」
ソウタは、両手を上に挙げて、苦笑いを造って見せた。
「!?、そうですか!、そうなのですかぁ~!」
サトコは喜々として、満面の笑顔を見せて、密かに両拳を握り締める。
心中では――
(良かったぁ~~~~~!!!!!)
――と、ガッツポーズなどもして。
「あ~?!、その喜び方はヒドいでしょ?
流者の情けないハナシを聞いて、喜ぶ皇様なんて……民が知ったら、悲しみますよ?」
「ふふ♪、そうですね――私とした事が、はしたない反応をしてしまいました♪」
「まあ、俺のこんなハナシでも、皇様の気晴らしになるんなら、別に良いけどさ」
「ええ、あなたのおかげです――こうして、殺伐とした気が晴れたのも、スヨウとの経緯に、光明が見え始めたのも」
サトコは、ギュッとソウタの手を強く握る。
「俺は――別に、解決に繋がる様な話を持って来たワケじゃないだろ?」
サトコの言葉に、そんな疑問を抱いたソウタは、謙遜も交えてそう問うた。
「いいえ、スヨウの思惑が解かっただけでも、事への対処や術を選ぶ上で、良い選択材料となりますから」
「――そーいうモンかい?、政治ってのは」
ソウタは、腕を組んで、関心しながらそう言った。
「ええ――"そーいうモン"です♪」
対してサトコも、わざと言葉を崩し、クスクスと笑いながらそう応えた。
「さて、来たのが夕方だから……もう、外は結構な時間だろう。
そろそろ失礼するよ」
「えっ?!、そういえば――宿泊先は決まっているのですか?
なんなら、ごっ!、御所に泊まっても――構わないのですよ?、気の利く侍女が居りますから、それぐらいは、もう手配が済んでいると思いますしぃ……わっ!、私も、まだ話し足りないので、もそっと居てくれれば、嬉しいのですが……」
ソウタと話し足りない様子のサトコは、寂しそうにそう言って彼を引き止める。
話し足りない分とは、恐らく――指輪の意味や、自分の思いを知らせるためであろう。
「――いや、気持ちはありがたいけど、それは流石に……荷物も、泊めてもらうヨクセの支店に置いて来てるしなぁ」
「ならば!、使いを向わせて荷物も――?!」
――と、なんとか引き止め様とするサトコの口元に、先程のお返しとばかりに、ソウタは人差し指を立てた。
「……そこまでだ。
今のアンタと、今の俺じゃあ――"立場"が違い過ぎる」
ソウタは、朗らかな笑みを見せながら、"ちょんっ"と、そのままサトコの鼻を撫でた。
そのソウタの応じ方で、全てを悟ったサトコは、寂しそうに瞼へ涙を溜めながら――
「――解かりました。
でも、一つだけお願いがあります……明日の御前会議で、私に話した事を、公者の皆にも話して頂けませんか?」
――と、真剣な表情で願い出た。
「えっ?!、俺を……そんな大事な会議に?!」
ソウタは怪訝気味に、表情を強張らせる。
「ええ。
それぐらい、意義のある報せなのです――あなたが齎した報せとは」
サトコは、あの報せの重要さを強調して、ソウタの瞳をジッと見詰める。
「……解かったよ。
俺も、伝えただけで、後はお偉いさんのご勝手に――だなんて、ゲスな振舞いをするつもりじゃあなかったし、それが、"他ならぬキミの頼みなら"――喜んで、話させて貰うよ」
「――っ?!」
サトコの脳裏に"他ならぬキミの頼みなら"という、ソウタの一言が……3回ほど、エコーが掛かって響く。
それを、どう解釈したのかは解からないが、サトコはポォッと頬を赤らめ――
「……ありがとう。
では、明日も――御所まで、足労を願います」
――と言って、もう一度、ソウタの手を強く握った。
「ああ。
じゃあ、行く――あっ!、そうだっ!、もう一つだけ!」
別れを告げ、ソウタは何かを思い出した様で、踵を返すのを止め、サトコの目の前に、指を一本立てて――
「――ココ、警備に問題があるぞ?
"指輪一つ"が目印だとか、俺みてぇな下賎の流者と、皇様を二人っきりにしちまうなんて……俺が、どこぞの刺客だったら、大変なコトだぜ?」
――と、気になる警備の不備を忠告した。
ソウタのそんな忠告に、サトコは…
「ふふ♪、確かにそうですね――でも、コレは、私が皆に頼んだのです。
あなたと……こうして、二人きりで話したかったので」
――そう、クスクスと笑いを漏らしながら言った。
「そっか、なら良いけど……おかげで、俺もこんな無礼な態度を許されてるんだしな」
「あっ!、指輪と言えば――確認のために預かったと、ココに……」
サトコは、薄布に包み、懐に忍ばせていた、金糸龍の指輪を取り出して――
「――はい、お返ししますね」
――と、ソウタに向けて差し出した。
「……いやぁ、返すと言うなら、コッチのセリフだよ。
俺には、分不相応に豪奢なシロモノだしな――こうして、再会の目印としての役割は果たしてくれたワケだから、返上させてくれよ?」
そんな、ソウタの申し出に、サトコは顔色を変えて――
「?!、ダッ!、ダメです!、これは――"特別な品"なのですから!
私が――私が、あなたを……」
声を荒げながら、何か重大な事を言いたげに、それを躊躇している様な素振りを見せる。
ソウタは、そのサトコの寂しげな口調に慌てて――
「あっ、ゴメン――そうだよな、俺を信頼してくれたからこそ、預けてくれたモノだもんな」
――と、申し訳なさそうに詫びて、自分の軽はずみな言い分を反省する。
「あっ、そっ!、そうです!、すっ!、皇が"真に信頼している者へ、皇が自らその者に渡す"――そんな、特別な褒章というのが、あの指輪の意味するトコロなのですから!」
最大の告白チャンスだったのに、サトコは思わず、自分の意図とは外れた、指輪の意味を口走ってしまう。
――だが、本来、あの指輪が持つ意味というのは、サトコが口走った事の方が正解なのである。
それが、後の夫へ――という意味に変容したのは、ただ"真に信頼している者=最も愛している者"と、成っているだけなのだ。
「――じゃあ、ありがたく受け取るよ」
ソウタは、サトコの手から指輪を受け取って、左手の人差し指にはめた。
「よし、じゃあ、明日な!」
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「ええ!、ソウタぁ!、ありがとう!」
サトコはソウタが主殿から出るまで、手を振り続けて彼を見送った。
(まだ――今は、想いを告げずにいる方が良いのでしょう。
このタイミングで、この想いを伝えてしまったら――私はきっと、この、戦を控えた重大な局面で、皇としての役割を、しっかりとは果たせないでしょうから)
サトコは、情けなさそうな笑みを浮かべ、上座へと戻って目を閉じた。
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十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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