流れ者のソウタ

緋野 真人

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襲撃

襲撃(前編)

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「――うぉぉぉぉぉっ!、すっげえ手合わせだった!

"大武会だいぶかい"並みの迫力だったぜ!」

荷役の一人がそう叫び、相対した二人へ向けて興奮気味に手を振ると、他の荷役や商隊員も一様に同調して歓声を挙げる。


――"大武会"とは、テンラクで4年に一度行われる、クリ社主催の武術大会の事である。


大武会には大陸中のツワモノが集まり、ツクモ"最強"の栄誉と、各三大国の国家予算、10%に相当するという、莫大な金額の賞金を巡って、先程のソウタたちの様に、ルールに乗っ取った戦闘を行なって、競い合う催しだ。

その期間内は、たとえ先の大戦中においても、義務的に休戦が執り行れる程、ツクモ中が大武会ソレに、熱狂、一喜一憂する一大イベントなのだ。


「はいはい~っ!、ソウタに賭けた人は並びな」

――と、トウベイが賭けの払い戻しを始めているが、大武会でも、公にギャンブルが催されていて、それはクリ社の公式開催――ツクモの社会は、ギャンブルにはとても慣用で、こうして個人単位の遊びとしても一般的である。


しかし、寛容な分、不正や八百長には大変厳しく、それを企てた胴元やその協力者は、殺人と同等の刑罰に処されるのが常識であるため、裏社会でも、それを"シノギ"とするモノは、リスク面から稀なので、マイナスイメージは実に少ない。

ちなみに――今回のトウベイの様に、少人数、個人単位で倍率を定める方式を取れば、赤字は必至――なので、トウベイにとって、今回の開帳は本当に"身銭を切った"余興の一種なのであろう。


「あ~あ、コケツ衆の娘だって言うから、ひょっとしたら、相手がソウタでも、負かしちまうかと思ったんだがな~っ!」

――と、タマに賭けていた連中は、悔しそうに弁当を食べに戻り――

「へへ♪、さっすがソウタだぜ、やっぱ強ぇな」

――ソウタに賭けて、2倍の払い戻しを貰った連中は、ホクホク顔で貰った小銭を数える。


「――ほら、ギン、あんたの貰い分」

ソウタに賭けていたギンは、何故か払い戻しを貰いに来なかったので、弓の手入れをしている彼の側に、トウベイは腰掛け、小銭が詰まった袋を渡す。


寡黙なギンは、小さく頷きながら袋を受け取り、スッと弓を側に置いて――

「――トウベイさん、あのヒト……ソウタ、という男は一体、何者なんです?」

――そう、彼は不思議そうにトウベイへ尋ね、真剣な面持ちでタマと話し込んでいる、ソウタの姿を遠目に見据えた。


トウベイは、驚いた目線をギンへ向け――

「……どうした?、そういやぁ、やたら真剣に手合わせの様を観てたなぁ?」

――そう言って、徐に両腕を組んだ。

「他の護衛衆も、躊躇う事なく彼に賭けていたから、相当のツワモノなのだろうとは思っていたが、想像以上――だった」

ギンは、声を潜めてそうつぶやき、自分の突き出た鼻を擦って――

「急に、隊に加わった時から、何となく気がついてはいたが……彼は、あの若さで、相当な数の"血のニオイ"を纏っていた――それで、何やら興味が湧いてね」

――ソウタに感じた違和感を吐露し、狼族独特の表現でそれを評した。


「なるほど……プライドが高いはずの狼族のアンタが、先駆けを主張したソウタの指示に、妙に従順に応じたとは思っていたが、その血のニオイとやらが理由だったワケかい」

トウベイは、そう言って顎を擦り、少し頭を巡らす素振りを見せて――

「悪ぃな、ウチのお嬢が、ハクキの息女様から世話を頼まれた、駆け出しの流者だとしか知らねぇんだ」

――と、悪びれた様子で左手を掲げる。


ヨクセの重鎮であるトウベイでも、ソウタが当世の刀聖である事は、オリエから明かされていない。


「でも、その強さは折り紙付き――何せ、オウビのヤクサ者たちからは、バケモノ呼ばわりされってっからなぁ」

「――だろうね、ヤクザ者程度じゃ……相手にならない」

「なぁに、なんなら今晩にでも、本人からイロイロ聞いたら良いさ。

アイツは別に、気難しそうなヤツじゃねぇからよ」

トウベイは、ギンへそう告げて、弁当箱に残っていた漬物を一枚、口の中に放り込んだ。





――商隊が、出発準備を始めた頃……彼らが歩む、街道の遠く先。

狼族の鼻や目でも、まだ気配を感じられないほど離れた、街道沿いの林の中に――10人ほどの、黒装束に身を包んだ者たちが集まっていた。


――ザザッ……


その、黒装束の一団が潜む林に、旅装束を着た民者風情の男が、用を足す体で静かに近付く――


「――"ヨクセ"のが一隊、コッチに向っている。

荷車二、護衛五」


それだけを言うと、男はちゃんと用を足す小芝居を打ち、それを終えて、何事も無かったかの様に街道へ戻る。


黒装束の一団は、お互いに目配せして――

「――今夜の標的はソレだ、抜かるなよ?」

――一人がそう応えると、黒い頭巾が一斉に散った――





「――ご苦労さまぁ~!、さっ、呑んで食べて、しっかり英気を養ってくださいねぇ~っ!」

そんなコトを言いながら、せっせと4~5人の男女が料理や酒を運んでいる。


ココは、街道に設けられた"宿場"にある、商隊用宿泊施設だ。


翼域は、オウビやオウク、テンラクと、世界に名高い主要都市をいくつも抱えている割に、コレまでの様子を思い返しても、翼域の街道沿いは――実に寂しく、"町"や"村"と呼べる様な一帯は無いに等しい。

それはやはり、翼域自体が聖地の一部として認知されているからで、その聖地でズカズカと開発や開墾を行なう事が憚られると言う意見が、ツクモの民の間には根強く、入植して生活をしようと思う者はほとんど居ないからだ。


アマノツバサノオオカミからの託宣で、ツクモ中に街道が整備されたとされているのは、数千年前に及ぶ過去の事だが、その街道の本格利用が始まってから、特に翼域で表面化したのが――物資輸送を行う者や、旅行者の休息所や宿泊場所の欠如だった。


それを受け、当時のクリ社は、街道沿いに宿場を設ける事を提案――平均的な旅装束の大人が、街道を歩む場合、一日平均、どれだけ歩を進められるのかを規準に、宿場を設けるべき間隔を算出し、計画的な整備を行った。

宿場は、基本的にクリ社が運営と管理をする公共おおやけの場所とされ、土地や建物の所有は禁止、商売にも強い規制が掛けられており、更に最も通行認可にシビアなのは、街道の軍事利用である。

――だが、クリ社に登録された商会の類には、商隊専用の施設を一棟置く事が許されており、こうして世話役の者も配置して、商隊員を休ませる事が出来るのである。

皆で、昼間に食べた弁当なども、一つ前の宿場にある施設から持参したもので、ツクモ社会の物資輸送はこういう"縁の下の力持ち"が、底辺から支えているのである。





「――"ニシイ"さんが?」

世話役から、飯を受け取ったトウベイは、怪訝な表情でそう聞き返した。


「はい――詳しい経緯は知りませんが、オウクの手前で襲われたらしいですよ」

飯を盛った世話役が語っているのは、"ニシイ商会"の商隊が、盗賊らしき一団に襲われたらしいという、宿場に伝わった一報についてである。


"ニシイ商会"とは、ヨクセ商会と同等の規模で商売を行っている大手の商会で、北コクエに居を構え、コクエ産の食品を中心に扱っている商会である。

そのニシイ商会の元頭領というのが――なんとっ!、先日の北コクエの選挙にて、民守の座へと選出された、ヒコザという男で、例の経済改革も、彼の商人経験が影響していると言われている。


「ニシイさんってコトは、北コクエから山越えして、オウクまで運んだんだろうに……気の毒になぁ。

――で、被害状況は?」

「名産の干し肉を中心に、運んでた品物は全部盗られて、五十人はいた荷役からは二十一人、二十人いた護衛衆から十人の死者――ヒドいモノですよ」

トウベイに説明する世話役は、顔をしかめて辛そうにうつむく。

「荷役から二十一人?!、護衛衆から、死者が出ただけならまだしも、丸腰の荷役にも手に掛けるって!」

トウベイは、驚いた声を出し、顔色を変える。

「ええ、只の盗賊の類じゃないって、噂にもなってますよ」

「――だろうな、盗賊にだって、物だけを狙うべきだっていう、悪党には悪党の仁義ルールってモンを持ってる。

それが、俺たちも、本腰入れて根絶やしにはしねぇ理由だか、モノゴトを解ってる盗賊なら、そんな自分らを危うくする様なコトはしねぇはずだ」

「はい……その矢先に、先日のコウオウへの布告でしょ?、だから――」

世話役とトウベイの会話は、お互いにの意見が一つの結論へと集約する。

「――スヨウの"荷狩り"、か……」


――"荷狩り"とは、先の大戦でも用いられた、ある軍事作戦の俗評である。

その言葉の意味からも解る様に、攻撃対象へと運ばれる物資を、公民問わず襲い強奪する作戦である。


「コレで、商売がやり辛くなる……イヤですねぇ、戦ってのは」

世話役は、溜め息を漏らしながら、トウベイに出す酒を猪口に注ぐ。

「まったくだぜ、こうなっちまったら――お嬢も、この辺の輸送方針を変えるかもなぁ」

トウベイも、戦の雰囲気で姿を変えようとしている、この旅慣れた翼域の行方を案じながら酒をあおった。




「……」

「……」

荷車の側で、2人の男が黙したまま、焚き火にあたっている。

一人は、その焚き火をを突っついているソウタ、もう一人は、矢じりの手入れをしているギンである。


月は雲に隠れ、夜もとっぷりと深まる中、宿泊施設の側に置かれた、荷車の警戒を任された2人は、黙々とその任に着いていた。


――なぜ、この二人の顔合わせとなったかというのは、もちろんトウベイの指示に因るモノである。

昼間――ソウタの身上に興味を抱いていた、ギンの意向に沿って出した指示ではあったのだが、口下手なギンは、会話のきっかけを掴めずにいた。


「――なあ、ギン」

――と、掴めずにいたきっかけを作ったのは、ソウタの方だった。

「……なんだ?」

「いやぁ……アンタ、歳はいくつなんだ?

さっきから、呼び捨てにしちゃってるけど……良いモンなのか気になっててね」

ソウタは、そう訳を話し、照れ臭そうにこめかみを掻く。


ツクモの世界では、人種に因る寿命や、加齢に因る発達や老化に大きな差は無い――ありがちな"エルフは長命で、外見も老いない"とか、そーいう類のコトである。

有るのは見た目と、特有能力の有無ぐらいなのだが――それで、困る事を強いて挙げるなら、ギンの様な顔全体が獣だという亜人種は、実に年齢が解り難い点である。


「俺は……二十歳だ、アンタもそれぐらい――か?」

――と、ギンは返しも忘れずにそう答えた。

「なぁ~んだ、同い歳か。

良かったよ、失礼はしてねぇみたいで」

安堵した表情で、ソウタはそっと薪を火にくべる。


「ヒトは、随分と歳の事を気にするよな」

手を止めたギンは、きっと、ヒトと会う度に、歳を尋ねられているのだろうというのが解る、呆れた様な表情を見せる。

「人は、そういうのを礼儀として教わるからね。

アンタ――今まで、あんまり人とは関わってないのかい?」

ソウタは、亜人種が人間族の事を"ヒト"と呼ぶ事に合わせて、会話を進める。

「ああ、俺は、森の狩人として育ったからなぁ。

会話は、両親と、獲物を買いに来た、商人ぐらいとしかした事が無かったな」

「じゃあ――もしかして、生まれはスヨウの"ナンキ"の辺りかい?

あの辺には、まだ、あの奥深い"セイクの森"で、昔ながらの暮らしをしている、狼族が居ると聞いたが……」


スヨウのナンキ地方とは、スヨウ南東部にある、広大な森に覆われた一帯のコトを指す。

その中でも、セイクと呼ばれる地域は、ほぼ開拓がなされていない、手つかずの奥深い森の中にあり、秘境と言っても過言ではない場所である。


「――そうだ。

俺は、その一人でね……だが、今は獲物が少ない時期なのに、食糧の備蓄が物足りなくてな。

それを仕入れに、オウビまで足を延ばしてはみたが……思っていたよりも値が高くて、仕入れたら帰る路銀に困るほど、金が乏しくてな。

この仕事で、一稼ぎしようと志願したんだ」

「そっかぁ……いつかは行ってみようと思っていたトコだったから、行った事があるモンに話を聞いてみたかったんだよ、良いトコで一緒になれて良かったぜ」

「"行ってみようと思っていた"って……セイクにか?、変わったコトを言うヒトだなぁ」

そんなソウタに、ギンは怪訝な表情を見せた。


「まあな。

気が向いた時に、気が向いたトコへ行く――そんな、アテの無い旅をしているんでね。

とりあえず、"ツクモの全てを観て周る"のが、今の俺の使命らしいから」

ソウタは、含みを込めた言い方で、自分の旅の目的を吐露した。

「"ツクモの全てを観る"?、それってどういう――」

――と、その含みに対する疑問を、ギンが投げ掛けようとした、その時――


――ガサッ……


――辺りの茂みが、大きく揺れる様な音がした。
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