流れ者のソウタ

緋野 真人

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襲撃

"猫族"の少女

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商隊から先駆けする形で、ソウタは、ギンが気配を感じたという茂みに着いた。


キョロキョロと辺りを見渡したが、殺気染みた気配は感じられず、街道沿いの茂みにも、特段変化や動きは見当たらない。

念のため、茂みの中も探ろうと、ソウタは下馬して茂みに近付く――いつでも抜刀出来る様に、柄を少しだけ遊ばせて。


茂みの中を覗くと、見えたのは――赤い生地の着物だった。

目線を動かして、赤い着物の主を探すと……10代半ばの齢に見える少女が、仰向けに倒れていた!


(――っ!?)

ソウタが、慌てて少女に駆け寄ると、どうやら遺体ではないらしく、ちゃんと自発呼吸の音がする。

ソウタは少しだけ安堵し、少女の様子をまじまじと観察すると、大きな怪我なども無い様でさらに安堵したが、少女からの反応は実に鈍い。


「――ソウタぁっ!、何か見つけたかぁ?!」

トウベイが声高に叫んで、ソウタに状況を尋ねて来た。


「女の子が倒れてる!、目立った怪我は見当たらないが――動けないらしい!」


「!、なぁにぃ~!、おい!、俺たちも急ごう!」

トウベイは皆を急かし、ソウタの元へと皆、駆け出した。


「――急病か?、それにしても……」

ソウタは、何やら最近の自分は、歳若い女性と縁があるものだと、若干呆れ気味に苦笑いをして、少女の様子を改めて確認する。


「――くっしゅん!、……?」

――と、同じ時間に、昨日別れたばかりのレンが、何故かくしゃみをしていた事は置いておく。


少女の外見は――襦袢の上に、帯びも無い着物一枚という、妙齢の女には不釣合いな軽装で、帯代わりに腰に巻いている紐には、水筒や携帯食用の袋がぶら下がっており、旅装束なのが容易に解る。

少女は、明らかに幼く見える可愛らしい容姿で、レンが十七であるコトを規準とするなら――十三から十四の齢だろうか?


「おいおい――こんな娘が、馬も無しの一人旅だとぉ~?」

確かに――ソウタが言った様に、フツーに考えては不可思議に思えてしまう状況だが、少女の出で立ちはそれを物語っている。


そして――何気なく、その少女の頭部を見ると、何やら三角の突起物の様なモノが着いて――いや、生えている。


「この頭の耳――びょう族か?」


猫族も、狼族と同じく亜人種の一種族で、身体の9割はヒトそのものだが、頭頂部に2つ、耳の役割を果たす部分が左右に生えており、いわゆる尾骶骨の部分からは、しっぽらしいモノも生えている。

猫族の男女比率は、3:7で女性が多いのが特徴的な要素で――外見の可愛らしい特徴が、他人種の愛玩感を擽るらしく、客商売などのサービス業で重宝されている傾向がある。


ちなみに――狼族や猫族など、イヌやネコを連想させる亜人種がいるからといって、ツクモに通常(?)のイヌやネコが存在していないのかと言えば、それは決してそうではない。

狼族がイヌを、猫族がネコを飼っている様もあるのが、このツクモという世界の懐の広さである。


「――うっ、う~ん……」

駆け寄ったソウタが側で騒いでいたからか、猫族の少女はうっすらと意識を取り戻した。


「!、おい!、解るか?、解るなら、俺の手を握れ!」

猫族の少女は、弱々しい力でソウタの手を握る。

「――よし!、何があった?、どこか痛い所があるのか?、話せるか?」

矢継ぎ早に尋ねるソウタに、何かを伝えたいらしい猫族の少女は、苦悶の表情を浮かべたまま、手を握る力を強めて――

「――おっ、おっ……!」

――一言だけを、連呼している。

「……お?」

ソウタが察して、そう鸚鵡返すが、少女はまたも――

「おっ――お……っ!」

――と、"お"だけを連呼し、搾り出す様に語尾を一度強め――

「――おっ、お腹、空いたぁ……」

――と、空腹であるコトを主張した。

「…………へっ?」






「――わっははっは!、よ~し!、ちょいと早いが昼飯休憩だ!」

トウベイは、手を上に挙げ、荷車を止めさせて、全員に休憩の指示を出した。


――ハグハグッ!、モグモグ……


少女は――先んじてソウタに手渡された、具無しの粉餅を両手に持って、一心不乱に咀嚼している。


「ほら、水も飲め……喉、詰まるぞ?」

ソウタが、その少女が食べる勢いを、若干呆れ気味に見ながら、今度は並々と水が入った水筒を彼女に手渡す。

少女は、目を見開いて水筒を確認すると、丁度食べ終わった方の手で、奪う様に水筒を横取りし、ゴクゴクとその水を飲み干した。


「――くぅ~~~~~っ!、ぷはぁっ!、生き返ったよぉ~!」

少女は、一息吐けたコトで、頭の回転も戻って来たらしく、辺りに寄せ集まっているソウタたちを見渡し、スッと立ち上がると――

「ありがとうございまぁっす!、助かりましたぁ!」

――と、声高に叫び、救助の礼を述べて、深々と頭を下げた。


「――ったく、トンだ人騒がせだったな」

ソウタは、商隊の雑役から受け取った自分の弁当を開けながら、呆れ顔のまま、自分も昼食を始めようと割り箸を割る。

「早とちりをして、面目無い……」

――と、下を向いて沈んだ表情を隠しながら、ギンは申し訳なさそうに、足元に置いた弁当箱を見詰める。

「早とちりじゃねぇさ。

もしかしたら、盗賊が潜んでいたのかもしれんし、ホントに誰か、急病で倒れてたかもしれねぇ……ギンよぉ、おめぇの判断は、正しかったんだぜ?」

トウベイも、2つの弁当を持って、ソウタたちと向かい合って胡坐をかいた。

トウベイは、持って来た内の一つを――

「ほら、お嬢ちゃんも弁当喰いな。

行き倒れじゃ、粉餅だけで腹一杯なワケじゃねぇだろ?、わははっ!」

――と、知った風に快活に笑い、少女に手渡す。

「はい!、いただきまぁす!」

少女も快活にそう言って、躊躇う事無く弁当を受け取り、素早く箸を割ってまた、凄い勢いで食べ始めた。

「おうおう♪、良い食べっぷりだなぁ♪

――ところで嬢ちゃん、おめぇ、名前は?」

トウベイは破顔したまま、少女に名を尋ねた。


「ふぁい!、"タマ"って言いわふ!」

タマと名乗った少女は、弁当の白飯を口に含みながら答えた。


「おタマちゃんかい――見たところ、旅装束だが……どこから来た?」

タマは、咀嚼し終えた白飯を、ゴックンと豪快に飲み込み…

「はい――ハクキの"コケツ村"から来ましたぁ!」


その、タマの発言に――その場の皆が驚いた顔を見せる。


「こっ!、コケツ村だとぉっ?!

――じゃっ!、じゃあ……お嬢ちゃんは、あのコケツ衆の身内だってのかい?」

タマは食べながら、大きく首を縦に振った。


ソウタは、皆ほどは驚いていないが、スッとタマの様子を見据えて――

「俺も、あちこちに旅で行ったが……コケツの猫族に会えたのは、初めてだぜ……」

――と、彼女との出会いが、貴重な経験であるコトを思わせる発言をした。


――コケツ村、及びコケツ衆とは、猫族が住む集落、及び所属している組織の名前である。

コケツ衆は、ハクキ東部のコケツ村に拠を構える、傭兵軍団の呼び名だ。

先の大戦時にはスヨウに雇われ、その勝利に多大な貢献をしたコトで、ツクモ中にその強さを知られている軍事組織である。


それ以上に特徴的なのは、コケツ衆の要員は全て、"女性の猫族"だけで構成されており、その拠たるコケツ村にも、"女性しか居ない"と言われている。

"言われている"という、含みのある表現となっているのは、コケツ村は他との交流を拒むコトでも知られており、生活維持のための最低限の交流しか行なわれていないので、本当の事は不明なのだ。

更に、その最低限の交流でも、女性としか接しない事を条件にしているため、男がコケツの者と出会うのは、彼女たちと同じ戦に関わるぐらいしか、機会が無いと言えた。

そんな神秘性に加え、女性のみという組織の特殊性から――

『謎の美女軍団』

――という、イメージが世間の印象なのである。


まあ、実際、タマの可愛らしい容姿を観た限りでは、"美女"の部分は的外れな風説ではないのだろう――タマの場合は"美"と"女"の間に"幼"が付くのが適当だが。


「――で、そのコケツの女の子が、一体、何で街道沿いに行き倒れていたんだ?」

――と、ソウタはタマに関しての肝心な部分を突いた。

タマは、弁当を食べ終え、足元に容器を丁寧に置くと――

「ソレがぁ……手持ちの食料が尽きちゃって、路銀も、イロイロと使い切っちゃってて――」

タマは、面目なさそうに頭を垂らし、フッと溜め息を吐く。

「――路銀を稼ごうにも、全然雇って貰えなくて、途方に暮れて、アテも無く街道を歩いてたら、力が抜けて茂みの中で休んでたんだけど、途中から意識が……」

そんな経緯を、タマから聞いたトウベイは、考え込むように腕を組んで――

「――"雇って貰えなかった"かぁ。

だろうな……幼ぇ嬢ちゃんじゃ、雇う方が躊躇する気持ちがよく解るぜ」

――と言って、タマの顔を見詰める。

「――っ!?、幼いぃ~っ?!、アタシはっ!、ちゃんと"巣立ち"も終えた、一人前のコケツの傭兵なんですよぉ?!

まだ、修行中の身の上とはいえ――それは心外ですぅっ!」

タマは、プリプリと憤慨して見せた。


「猫族の巣立ち、といえば、確か――十六の誕生日っ!

じゃあ、お前……十六を超えているのか?」

ソウタは、伝え聞いた覚えがある、猫族の風習を知識の隅から引っ張り出し、そう問い返す。

「うん!、半月前にね!」

タマは、誇らしげに胸を張り、ポーズを決めて見せる。


「そっか、それはすまねぇコトを言っちまったなぁ。

でも、それなら、何で村を出て――翼域ん中を、アテも無くウロウロしてたんでぇ?」

トウベイがそう尋ねると、タマは胸を張ったまま――

「巣立ちを迎えたら、最低でも二十歳までは修行の旅に出る――それが、コケツの傭兵となる事を望み、それを他の仲間に認められた者に定められた掟なの。

それで私は、皆に祝福されながら、村から旅立ったんだけど……」

――とまで言って、装束にぶら下げた、空になっている容器や財布を見て、情けなくまた溜め息を吐いた。

「――それが、路銀を半月余りでスッちまって、このザマってワケね」

ソウタは、タマの現状を察し、哀れむように彼女を見詰めた。


タマの話を、腕組みをしながら聞いていた、トウベイはふと何かを思いつき、ゆっくりと腕組みを解く。


「おタマちゃん――なら、俺らと一緒に来ねぇか?」

――と、トウベイは思わぬ提案をタマへ切り出した。


「――えっ?!」

タマは、トウベイの話を、上手く理解出来ていない体で、唖然とした表情で口をあんぐりと開けた。


「修行中ってハナシとはいえ、コケツ衆の者だってコトは――"戦える"ってコトだろ?

なら、人数不足の護衛を補ってくれりゃあ、飯は保障するし、給金もやるぜ?」

「えっ?、それはつまり――"雇って貰える"ってコト?」

タマは、身を震わせながら、提案の意味を問い返す。


「ああ、そうだ」

トウベイは、ニコッと笑顔をタマに向けながら言った

「――~~~~~~っ!、おじさぁ~~んっ!、ありがとう~~~~~っ!」

タマは、まぶた一杯に溜めた涙を、ボロボロと溢しながらトウベイに抱きついた。

「はは♪

わかった、わかった!、もう泣くな、もう泣くな」

トウベイは興奮したタマをなだめようと、彼女の背中をポンポンと叩く。


「――よし、おタマちゃんに、早速仕事だ。

護衛の配置を考え直さなきゃならねぇから、嬢ちゃんの腕っぷしを知りてぇ――」

――と、言いながらトウベイは、護衛衆の皆を見渡して――

「――だから、ちょいと手合わせだ。

ソウタと――な?」

――と、彼は弁当を食べ終え、食後の茶を啜っていたソウタを指差した。
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