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島の洗濯

密約

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「――へぇ、こんなトコロに、アジトがあったとはねぇ……」

 エリナとコータは、会談の密を詰めるべく、そそくさと穀物店を後にすると、例の奇岩アジトへとやって来ていた。

「まっ、まぁ、どこにでも掛けておくれよぉ……」

 エリナはまだ、先程のやり取りの余韻にアテられた様子のまま、アジトに招いたコータに着座を促す。


「ササッ……サラギナーニアが、何でぇ……っ⁉」

「せっ、船長!、町で一体何があったって言うんです?」


 海賊連中は一様に驚き、突如現れた珍客に警戒感を強くする。


「――るっさいねぇ!、アタシらに用があるって言うから、連れて来ただけだよ!」

 エリナは苛立つ様で、連中に一喝を喰らわせ、自分もコータの前に着座をする。

「なっ、何か飲むかい?、酒――はダメだよな?、身体がそうじゃ……

 おいっ!、爺は近くに居るかい⁉」

 何故か照れた様子で、客人コータに飲み物でもと気を使ったエリナは、一人芝居よろしくに考えを巡らせると、何やら何者かを呼び寄せる。

「――はっ、お嬢の御傍に……」

 それに応じて現れたのは、浅黒い肌をした白髪の壮年紳士。

 その表現が示すとおり、荒くれ者が集まる海賊のアジトには似合わない、ビシッとした身なりの老人である。

「お客人に、コルベでも淹れてやってくんな」

「はい――では、此度の遠征で手に入れて下さった、上物の豆を新たに加えて調合し直した、私の『とっておき』をば……」

 エリナからの指示を、笑顔で快諾した老紳士は、コータにも一礼をして、静々と二人の間を後にする。

「こーいう人も、配下に居るのか……」

「――まあね。

 爺――サンデルス・ヒュマド・ヤンヌスマは、戦闘行為荒仕事はからっきしなんで、海賊仕事には向かないが、アタシにとっては、赤子の頃に産湯にまで入れて貰ってたっていう、家族も同然なヤツさ」

 意外に思えるキャラの登場に、驚いた様子のコータに対して、エリナは独り言の様にしみじみと、サンデルスとの深い経緯に触れた言葉を吐露する。


「――じっ!、爺さんっ⁉、二人はどんな様子だった?」

「まさか、サラギナーニアの野郎――いよいよ本気で、俺たちの事を……」


 キッチンでコルベの用意を始めるサンデルスに、海賊たちはぶら下げる体で、黙ったまま作業に勤しんでいる彼に詰寄る。


「――あの様子ならば、既に”深い仲”となっておると思った方が良いでしょうなぁ……」


 ――ズンッ!、ズッバァ~ァァンッ!


「「――なっ!!!!!、なにぃ~~~~~~っ⁉」」


 確かに――先の雷の如き効果音は演出に過ぎないが、それに匹敵する衝撃が、海賊たちの全身を駆け巡った。

「――とは、もちろん半分は冗談ですぞ?

 ランジュルデ卿が、お身体にご事情を抱えている事は、島に住まう者、全てにまで明らかにされておる事柄ですし」

 衝撃にアテられた様子の海賊たちを宥めるべく、サンデルスはそう前置きをして……

「――長年、お嬢の御傍にいる者の印象としては、『仕事』に関するお話かと推察致します。

 それに、”片思いの殿方”を、初めて自宅へと招いた”乙女の高揚感”も少々感じ取れるので、先程の戯れ言に至ったワケでございますよ♪」

 ――と、不敵な笑みと共に彼は、ご機嫌に挽かれた豆へ向けて沸いた湯を注ぎ出す。

「なぁ、爺さん……船長が、サラギナーニアに惚れてるかもって言い出したのは、アンタだったよな?」

「ええ、此度のご来訪で、それは確信に変わりましたなぁ。

 お嬢は元々、自分を剣で負かした、年上の殿方に惹かれる傾向をお持ちなので……これまでは、皆様からの又聞き由来の推察に過ぎませんでしたが、お嬢の今の様子からして間違いではないかと」

 海賊の一人が、恐る恐る尋ねた言葉に、サンデルスはニヤけた様子でそう返し……

「――それに、ココまでの間に”何らかの進展”があったのは間違いないでしょうなぁ。

 流石に、”実際のコト”に及ぶ事こそは無くとも、接吻やら、抱擁やらの準ずる何某があったと思って良いでしょうな」

 ――と、彼は目尻に溜まったヤニを拭う体で、ハンカチーフの類をわざとらしく当てるのだった。


 サンデルスと海賊たちに因る、コント染みたやり取りを他所に――会談を進めるコータとエリナの間にも、一筋の衝撃と緊張感が奔り始めていた。


「――アタシらに、ファリバの密輸船を襲えだって?」

「ああ、大まかな日程情報領主おれが流してやるから、奴らが誤魔化してる物品を、真っ当なトコに流してやって欲しいんだ」

 エリナは、首を傾げながら聞き返したのは、コータが言い出した彼の立場的には実に素っ頓狂な申し出に対してだった。

「はっ!、海賊の片棒を担ごうってのかい?」

「――そっ♪、

 そんでもって、トラメスたちの悪だくみを阻止して貰って、それを契機に奴らの化けの皮を剥ぎ始めるって寸法さ♪」

 呆れた様子で応じたエリナに、コータは楽し気にその思惑を吐露する。

「領主っていう、大層な立場になった今のアンタなら――そんなまどろっこしいやり方をしなくても、奴ら追放するなり、いっそまとめて殺っちまうのだって、ムリじゃあないだろうさ?」

 エリナは、二本目のシバトゥに火を点け、それを吹かしながら、コータの真意を探る様な問いをする。

「へへ♪、また試す様な言い方してくれてさぁ……船長のそーいう聡いトコ、俺は好きだぜ♪」

「!!!!、ブフゥ!、ゲホォッ!、かっ……からかう様な、コトぉ、言うんじゃ、ない、ゲホォ……」

 ニヤけた様子で、エリナの姿勢を誉めて見せるコータに、当のエリナはまた、顔色を真っ赤に染めながら、激しく狼狽して、思いっきり咽てしまった。

「――確かに、一応は俺に与えられてる領主権限で、アイツらをどうにかするのは簡単だ。

 でも、考え無しにそうしちまったら、奴らの出自であるヒュマド族との関係が悪くなって、島の経済に悪影響を及ぼしかねないし、終いにゃきっと、俺は『暴君、サンペリエの再来』とかまで言われて、この島を……島のみんなを、世界中から孤立させちまう事になるかもしれない。

 だから、奴らを締め出す理由になる、決定的な悪事の証拠と、それを突き付けてやるタイミングとして、ヒュマド国内にちょっとした政変が起きて貰う必要があるんだ」

「⁉、なっ……!!!」

 コータがスラスラと挙げた、実に高度な政治的懸念や計略の話に、エリナは驚いて目を見張りながら、咥えたシバトゥを思わず灰皿の上へ落としてしまう。


 そこに――コルベが並々まで注がれたカップが、サンデルスの手で卓へと運ばれる。


「――どうぞ、長いお話の様なので、喉を潤しくだされ」

「あっ、どうもご丁寧に……」

 軽い会釈と共に、コータへコルベを薦めるサンデルスに、彼も笑顔付きの会釈で返して、躊躇い無くコルベに口をつけた。


(――異界の市井出身の、能無し領主という噂とは大違いですね……

 いや、それだけ異界では、末端の民にまで教育が行き届いているという事なのか?)

 コルベを運んだトレーを胸の前で抱き、サンデルスは心中でそう唸りながら、二人の側から離れる。

(それに――敵地とも言えるこのアジトで出された、毒が入っていても驚けない一杯のコルベに、躊躇い無く口をつけて見せたあの度量……相手に信を表す上で、これ以上の行為を私は思いつかない)

 さりげなく振り返ったサンデルスは、そんな事も思いながら、俯いて黙っている自分たちの船長頭領の返答を待つ。


「――アタシらが邪魔してやる事で、奴らが馬脚を現しちまう様に仕向けたいってワケだね?」

「ああ、決定的な証拠でも出たら、それだけでもヒュマド本土の政界は大騒ぎになるだろうし、まあ『既にイロイロと手を廻してる』から、決行に向けて欲しいのは決定的証拠それだけなんだ」

 呟く様な低い声で、依頼の要点とその思惑を確認するエリナに、コータは更なる概要を示しながら……

「――報酬は、単純に略奪した物品の裏取引に目を瞑ってやる事。

 ただし、襲撃は領海を抜けてから限定で。

 割がイマイチなのは認めるが、アンタらも、奴らのやり口には頭が来ているらしいし、この間の俺があげた特別恩赦に免じて……やってくれないかなぁ~?」

 ――と、媚びる様な口調で、彼はエリナたちではイマイチ解からない、合掌するポーズで懇願する。

「――へっ!、アタシらの普段いつもと変わらない海賊行為仕事が、島の世直し大事に繋がるかもしれねぇってのは、この上なく『粋』で良いじゃないかいっ!

 その仕事――乗ったよ、サラギナーニアっ!」

 エリナは不敵な笑みを見せながら、手を差し出してコータに握手を求め、彼も似た様な笑みを見せて、それに快く応じるのだった。
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