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精霊の気まぐれ

転移者たち

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「みっ、見事な『かいしんのいちげき』――それでこその『ぶとうか』だよ、チュンファ、たん……ガクッ」

 黒髪の男――シンジは白目を向き、断末魔の様にそう呟くと、ニヤッと笑ってその場に倒れ込んだ。

(あっ……この人、俺と同じ発想してる。

 ”同い年の日本人”ってのは、ホントだな)

 コータも釣られる様にニヤっと笑い、同時に呆れた表情でこめかみを震わせた。


「――シンジ、何の騒ぎ……おや?」

 騒がしい様子を感じ、額の汗を拭いながら現れたのは、彫りの深い顔立ちの中年男性――肌の色は薄く褐色で、口の周りに多めの髭を蓄えている様が印象的である。

「あっ!、キャプテぇ~~ンっ!!!、たっだいまぁ~っ!」

「おおっ⁉、チュンファじゃないか!」

 先程シンジへのとは大違いに、満面の笑みを浮かべるチュンファを観て、髭男も笑みをたたえてゆっくりとにじり寄る。

「アブドゥル様、お久しぶりにございます」

 ミレーヌも髭男――彼女がアブドゥルと呼んだ者へと会釈をし、たおやかな笑みを造った。

「おお、ミレーヌ姫もお出でにございましたか」

 アブドゥルは急に畏まり、跪いて敬意を示した。

「――では、もしや、この方は……?」

 面を少しだけ上げたアブドゥルは、ミレーヌの隣に居るコータの顔をしげしげと見渡して、何かを確認する体でそう彼女に尋ねた。

「はい――あっ、コータさん、この御方は……」

「いや、解るから大丈夫――この旅客機で、機長をしてたって人でしょ?

 テレビで写真、観たからね」

 ――と、説明を始めようとしたミレーヌに、コータは先にそう告げてアブドゥルに微笑みかけた。



「……いやはや、日本のTVショーに出てしまっているとはね」

 アブドゥルは照れ臭そうにそう呟きながら、座したコータたち3人に何やら温かい飲み物が入ったマグ状の食器を差し出す。

「――おっと、これは『コルベ』という飲み物でね。

 ココの様な、高地での栽培に向いた豆を焙煎して……って、まあ要は現世で言うコーヒーの様な飲み物さ♪」

 怪訝としてマグの中身を凝視しているコータに、アブドゥルは笑みをたたえたままマグを手に取り、毒味の様にそれを啜って見せる。

「……はあ、いただきます」

 コータは、アブドゥルの言葉を信じてそれを口含めると、彼の言うとおり、コーヒーに似たかぐわしい香りが鼻腔を、適度な酸味と苦みが口の中に拡がり、コータは驚きと共に顔を綻ばせる。

「――ふぅ、口に合ってくれた様で良かったよ。

 さて、話は戻すと、きっとそのTVショーじゃ『――エクリプス航空エア374スリーセブンフォーは、乗客乗員一人残らず、諸共に海の藻屑となったと思われる――』って、締め括ったんだろうね」

 アブドゥルは自虐染みた言い草でそう言い、悔し気に目を瞑りながらコータの顔を見やり……

「――だけど、僕たちはこうして生きていた。

 このどこかで読んだ、小説ノベルの中の様な、何時か見た、映画ムービーの中の様な、この異世界でね」

 ――と、寂しげに――そして、申し訳なさそうにそう言った。

「――話しは少々脱線したが、ではお互い自己紹介と行こうか。

 僕はアブドゥル・シャマーダル……名前は"こう"だけれど、国籍はイギリスさ」

 アブドゥルは表情を笑みへと戻し、コータに向けてスッと握手を求めた。

「あっ、山納公太……いや、コータ・ヤマノ、日本人です」

「はは、わざわざ直さなくても良いさ。

 一応は国際線の機長だったからね……ジャパンやチャイナ、コリアなどのジュキョウ圏では、姓が先に来る事くらいは、もちろん知ってるよ」

 握手に応える際、ハッとなって名乗り直すコータに、アブドゥルはまた笑みを込めてそう気遣う。

「――何せ、今はその日本人と一緒に暮らしているんだしね♪」

 アブドゥルが、そう言って楽しそうに目配せをした先に居たのは……

「――ふむふむ、キミがミレーヌたんが現世から連れて来た新たな依り代……もとい、このクートフィリアに降臨した"チート主人公"ですかぁ……」

 ――と、コータの姿を値踏みする体で舐めまわす様に見詰め、そう呟きながら頷く、チュンファの『かいしんのいちげき』から立ち直ったシンジだった。

「あっ、どもどもぉ~!、僕の名前はシンジ・ミナト……あっ、漢字だと湊伸二こうね」

 シンジは嬉しそうな表情でコータに会釈をし、地面になぞった漢字を眺めて微かに微笑む。

「はっはっはっ、"一文字名字"の"シンジ"なんて名前だからさぁ……何時までも、こんな残骸から離れられなくてねぇ」

 何やら、解り難い表現で、そう言うシンジに対して……

「――かもね、"逃げちゃダメだ"もんな、そんな名前じゃ」

 ――と、コータも何やら解り難い表現で返す。

「……ほぉ?、それなりの知識に加えて、読解力とユーモアセンスもなかなかの水準。

 やりますな~!、ヤマノ氏」

「いや、『氏』呼ばわりは止めてくれ。

 俺は、その領域には踏み込んでない、場末の出来損ないだから」

 ニヤリと笑い、関心した体で何やら誉めるシンジに、コータは謙遜する体でそう返した。

「……ふむ、そうですかぁ。

 それにしてもミレーヌたぁ~んっ!、良い仕事をしましたなぁ……恐らく、これ以上は無い人選でしたよ、このコータ君は」

 シンジはコータの答えに一応は納得すると、側に座るミレーヌも誉める体で、更なる関心をコータに送る。

「はいっ!、シンジ様が仰ったとおり、私たちが求める方は"ニホンに居るアニメを観ている方"でしたっ!」

 ミレーヌは、シンジの采配を称賛し、興奮気味にそう両拳を握る。

「ふっふっふっ……そうでしょう、そうでしょう。

 危機に瀕した異世界が求める人材――つまぁりっ!、"救世主たるチート主人公"は、大概ニッポンにいるモノっ!、これはもう!、異世界モノの鉄則っ!

 まあ、それを強制的に召喚とかが出来ない事は、些か想定外でしたがぁ……ならば、招聘交渉の成功率を上げる意味で、アニメ好きやラノベ好きを狙え――という、私の戦略はドンピシャだった様ですな♪」

 シンジは眉間に指で押さえ、裸眼なのにメガネを上げる様なポーズを見せ、自画自賛の物言いをする。

「シンジ様には、今回の異界へ赴いての依り代探しに際して、私たちに、異界の状況説明や進言をお願いしていたのです」

「……結果的には、俺が引っかかったから良かったんだろうけど、かなりムリがある論理に思えるけどなぁ……」

 ――と、嬉々としてシンジの事を誉めるミレーヌに、コータは苦笑を込めて苦言を呈する。

「――これで、"作戦の第一段階"は成功。

 次の段階への用意は、ちゃんと出来ているんだろうね?」

 シンジは『エアメガネ』のポーズを崩さないまま、ミレーヌに何かを確認すると、彼女は少し、困った様子で……

「だっ、大丈夫だろうとは思うんですけどぉ……それは、コータさん次第でもあるのでぇ……」

 ――と、彼女はコータの顔を覗き込み、自分は不安気な表情を覗かせた。

「……?、"次の段階"って、何かまだ、俺がやらなきゃいけない事があるの?」

「えっ⁉、いや、そのぉ……」

 ミレーヌの表情から何かを感じたコータは、その『次の段階』とやらに興味を示すが、彼女は何やら、何故か赤面もしながら言い難そうに目線を逸らす。

「ふっふっふっ……コータ君っ!

 今の状況――魔神の力という"チート能力"を得た今のキミには、"何か"が足りないと思わないかい?」

 シンジは、相変わらずのマッドサイエンティスト気取りで得意気に言う。

「足りないモノぉ……?、そりゃあまあ、まだ凱旋行脚の途中なワケで、これからこの世界で暮らしていく上での心構えとか、生活の基盤が……」

「ちっちっちっ……そんな優等生ゆーとーせーな答えは、望んでいないのだよっ!、私は!」

 ――と、コータが絞り出した答えは、アッサリとシンジが舌を鳴らしながら否定される。

「チート能力の次はぁっ!、"ハーレムの構築"だろぉぉぉ~~~~っ⁉

『チーレム』の無い異世界なんて、ネタが乗っていない握り寿司と同じじゃないかぁっ⁈」

「――はぁ⁈」

 シンジは、拳を握り締め、力強く熱弁を振るうが、コータはその論旨に大口を開けて驚いて見せる。

「……まっ、魔神を怒らせたのが依り代の軽視と冷遇なら、異界から迎えた新たな依り代は手厚く遇するべきだと考えた、母様たち――あっ、各国の王や指導者が話し合って決めたのが、現世アチラに居た時に挙げた、例の領主の権限や産物の専売権をお任せして、暮らしや経済面での優遇を図る事に加え、その他にも何か――異界から、依り代を迎える上での助言は無いかと、シンジ様に尋ねたら……」

 フォローする形で、シンジの言葉の経緯と意図を語ろうとするミレーヌは、そこまでを言うと頬の赤みが更に増し……

「――いっ!、幾人もの美女を臣下に配し、とっ!、時にはぁ……その美女たちに、よっ、夜伽をも務めさせる事で、その力を破壊に向かわせる気を削ぐ事が肝要だろうとぉ……」

 ――と、彼女は口から出た言葉を恥じる様に俯いた。


(――うっほぉ!!!、この異界人はよぉ~く解っておるわい!

 意外とお堅い、コータウチの依り代とは大違いじゃあっ!)

 精神世界において、何やら嬉々として喜ぶサラキオスに、コータは……

(お前ぇ……あの先代おんなのこの身体じゃ、"したい事も満足に出来ねぇ"とか言ってたが、まさか、"そーいうコト"か?)

 ――と、冷めた声色でそう問うた。

(まあな♪、もう解っておるだろうが、現状最近の依り代が少女であった故、この様な声で話しているとはいえ、我は魔力の収束体と成って、クートフィリアに降りる前は"男神"じゃったからのぉ……

 依り代を通してでも、触れるのなら、婦女子の柔肌が良いわい♪)

(――魔神様も、”ソッチ”が絡めば、ただのスケベジジイってコトかよお……)

 コータは、呆れてそう言うと、振り払う様に精神世界を閉じた。



「あっ、ちなみに依り代が女性だった場合は、ちゃんとイケメンを揃える事を進言したよ。

 あんまり、乙女ゲーや少女漫画には明るくないから、各属性とかは流石に解らないけどね」

 シンジはそう言って、何事かをフォローする体で人差し指を立てた。

「……だからか?

 あのヤネスって娘が、最初、妙~に俺に対してオドオドしてたのは、早速"そーいう時"があるかと思って……」

 コータは眉間にシワを寄せ、ホビルの里でのヤネスの様子を思い出し、喉元に引っ掛かっていた疑義が晴れて行くのを感じる。

「おっ?、ホビルの里で早速ご対面があった様だね。

 ホビルの娘は、ロリ属性や妹属性に最適だよね♪」

 シンジは、ニヤニヤと笑顔を溢しながら、嬉しそうにそう言う。

「――悪りぃが、俺はキャラ萌えとかはしないタチだし、何よりも、夜伽の類の心配はご無用だ。

 何せ脳血管あたまのなかが、一回切れてるからね……”そーいうコト”になった興奮コーフン状態が原因で、再発でもしてポックリと、別の意味でくワケには行かない。

 この魔神様を、また世に放つ事にもなっちまうからな」

 コータは冷徹にそう言葉を並べると、少し侮蔑も混じった表情を浮かべているチュンファや、まだ赤面しているミレーヌに宥める様な眼差しを送る。

「ほぉ~ら!、現世のアニメ好き全員が、アンタの様な変態オタクおっさんばかりじゃないんだよっ!」

「流石コータさんです――そのお優しさと清廉さ故に、ヤネスの懸念も、幾分か和らいだのでしょう」

 ――と、二人は感服の物言いで、コータの姿勢に賛辞を贈る。

「コータ君……ごめんよ。

 そんな事情を抱えているとも知らずに……」

 事情を知り、コータに同情の念を覚えたシンジは、申し訳なさそうに頭を垂らす。

「――なら、夜伽の方は、僕が替わってあげても……」

 しかし――その先に、余計な思惑までも吐露してしまい、そこに……

「――やぁぁぁぁぁっ!!!!」

――彼の後頭部へ向けて、チュンファの鋭い回し蹴りが飛んだ事は言うまでも無い……
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