あの場所で待ってる

川本明青

文字の大きさ
上 下
11 / 13
4 あの場所で待ってる

しおりを挟む
「ねえお姉さん、あの時、小田君いたよね」

「ん? あの時?」

「ちょうちょ、買ってもらった時」

「はあ? いたからあんた買ってもらったんじゃん。楽しそうにいちゃいちゃしてたじゃん」

 わたしは両手で持った缶に視線を落とし、ただただ見つめ続けた。

「あんたそうとう重症だね。そんなに忘れられないんだ? 彼のこと。たしかにけっこうかっこよかったもんねー。とか言ったら逆効果か」

 また、涙がこみ上げる。

「あがいてみるんなら、いいのがあるよ」

 わたしは顔を上げてお姉さんを見た。

「願いを叶えてくれるペンダント。ペルーで買ってきた石で作ったやつなんだけど、その石を身に着けていれば何でも一つ願いが叶うって言われてるの。表には出してないんだけど、見てみる?」

 何でも、なんて、そんなものあるわけがない。片思いが実るとか志望校に合格するとかいうレベルの話ではないのだ。

「見たい」

 思考とは裏腹にわたしの口から出たその言葉で、お姉さんはコーヒーの缶を置いて立ち上がった。そして台の下に置いてあったアタッシュケースからペンダントを取り出し、わたしに差し出した。受け取ってそっと手のひらの上に置く。それは親指の爪よりも少し大きいくらいの、透き通った紫色の石のペンダントだった。周りにはシルバーの装飾が施されている。

「善とか悪とか関係なく、それを身に着けてる人が強く強く願ったことが一つだけ叶うんだって」

「だったら」

「しっ!」

 言いかけたわたしの言葉を遮るように、お姉さんは自分の唇の前に人差し指を立てた。

「願い事は、叶うまでは絶対人に言っちゃダメ」

 それなら、自分の願い事は一生人には言えないかもしれない。わたしはまたペンダントに視線を戻した。

「どうする? 欲しいんなら譲ってあげてもいいけど、あたしも商売だからさ。実はそれ、けっこう値が張るんだよね」

「いくらするの?」

「あんたいくら持ってる?」

 わたしは財布を取り出して中を確認した。

「三千……五百円くらい」

「うーん、ちょーっと桁が違うなー……」

「あ、待って」

 そう言えば先月、お祖父ちゃんが参考書でも買いなさいと言って封筒に入れてくれた五千円があったはずだ。へそくり気分でそのままバッグの内ポケットに入れておいたのだ。でも、それでも合わせて八千五百円にしかならない。

「八千五百円かあ……。八千五百円……」

 お姉さんは頭を抱えている。わたしはそんなお姉さんを祈るような気持ちで見ていた。何でも願いが叶うなんてことがあるわけないのに、どうしてもそのペンダントが欲しかった。

「わかった。いいよ。もう八千円でいい。あんだけ目の前で号泣されたらしょうがない」

「ホントに!?」

「ったく大赤字もいいとこだよ」

 なけなしの八千円を払い、カフェオレのお礼を言って、その場を後にした。

 お姉さんは別れ際、「強く強く、心の底から願わなきゃダメだよ」と念を押すように言った。




 どうかどうか、また小田君に会えますように――。

 帰り道、そして家に帰ってからも、強く強く、心の底から願った。それはきっと、お姉さんに念押しされなかったとしてもそうだ。そんなことは絶対に起こらないという理性に負けそうになると、もっと強く、今まで生きて来た中で一番強く願った。

 ペンダントを握りしめ、ベッドに寝転がる。わたしの前に突然現れて、こんな気持ちだけ残して、あっと言う間にいなくなってしまった小田君。表情や仕草、声を、一つ一つ抱きしめるように思い出す。涙が顔を横に流れた。
寝転がったままスマホを手に取る。

〈明日学校が終わったら、二人で行ったあの場所で待ってる〉

 少し迷ってから、一層強くペンダントを握りしめ、まだアカウントがちゃんと残っている小田君にメッセージを送った。そして既読になるはずもないのに、画面を見つめ続けた。

「えっ」

 思わず大きな声が出る。メッセージに既読がついたのだ。ガバッと体を起こした。鼓動が早くなる。するとほどなく返信が来た。

〈わかった〉

 わたしはすぐにまたメッセージを打った。

〈小田君なの?〉

 でも、それは送信しなかった。送信したら、全て終わってしまう気がした。

 信じよう。メッセージの向こうにいるのは小田君だ。絶対に小田君本人だ。

 もうそれ以上、何も返さなかった。向こうからも来なかった。それでいい。明日わたしは、あの場所で待ってる。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

膝上の彼女

B
恋愛
極限状態で可愛い女の子に膝の上で…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...