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4 あの場所で待ってる
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「ねえお姉さん、あの時、小田君いたよね」
「ん? あの時?」
「ちょうちょ、買ってもらった時」
「はあ? いたからあんた買ってもらったんじゃん。楽しそうにいちゃいちゃしてたじゃん」
わたしは両手で持った缶に視線を落とし、ただただ見つめ続けた。
「あんたそうとう重症だね。そんなに忘れられないんだ? 彼のこと。たしかにけっこうかっこよかったもんねー。とか言ったら逆効果か」
また、涙がこみ上げる。
「あがいてみるんなら、いいのがあるよ」
わたしは顔を上げてお姉さんを見た。
「願いを叶えてくれるペンダント。ペルーで買ってきた石で作ったやつなんだけど、その石を身に着けていれば何でも一つ願いが叶うって言われてるの。表には出してないんだけど、見てみる?」
何でも、なんて、そんなものあるわけがない。片思いが実るとか志望校に合格するとかいうレベルの話ではないのだ。
「見たい」
思考とは裏腹にわたしの口から出たその言葉で、お姉さんはコーヒーの缶を置いて立ち上がった。そして台の下に置いてあったアタッシュケースからペンダントを取り出し、わたしに差し出した。受け取ってそっと手のひらの上に置く。それは親指の爪よりも少し大きいくらいの、透き通った紫色の石のペンダントだった。周りにはシルバーの装飾が施されている。
「善とか悪とか関係なく、それを身に着けてる人が強く強く願ったことが一つだけ叶うんだって」
「だったら」
「しっ!」
言いかけたわたしの言葉を遮るように、お姉さんは自分の唇の前に人差し指を立てた。
「願い事は、叶うまでは絶対人に言っちゃダメ」
それなら、自分の願い事は一生人には言えないかもしれない。わたしはまたペンダントに視線を戻した。
「どうする? 欲しいんなら譲ってあげてもいいけど、あたしも商売だからさ。実はそれ、けっこう値が張るんだよね」
「いくらするの?」
「あんたいくら持ってる?」
わたしは財布を取り出して中を確認した。
「三千……五百円くらい」
「うーん、ちょーっと桁が違うなー……」
「あ、待って」
そう言えば先月、お祖父ちゃんが参考書でも買いなさいと言って封筒に入れてくれた五千円があったはずだ。へそくり気分でそのままバッグの内ポケットに入れておいたのだ。でも、それでも合わせて八千五百円にしかならない。
「八千五百円かあ……。八千五百円……」
お姉さんは頭を抱えている。わたしはそんなお姉さんを祈るような気持ちで見ていた。何でも願いが叶うなんてことがあるわけないのに、どうしてもそのペンダントが欲しかった。
「わかった。いいよ。もう八千円でいい。あんだけ目の前で号泣されたらしょうがない」
「ホントに!?」
「ったく大赤字もいいとこだよ」
なけなしの八千円を払い、カフェオレのお礼を言って、その場を後にした。
お姉さんは別れ際、「強く強く、心の底から願わなきゃダメだよ」と念を押すように言った。
どうかどうか、また小田君に会えますように――。
帰り道、そして家に帰ってからも、強く強く、心の底から願った。それはきっと、お姉さんに念押しされなかったとしてもそうだ。そんなことは絶対に起こらないという理性に負けそうになると、もっと強く、今まで生きて来た中で一番強く願った。
ペンダントを握りしめ、ベッドに寝転がる。わたしの前に突然現れて、こんな気持ちだけ残して、あっと言う間にいなくなってしまった小田君。表情や仕草、声を、一つ一つ抱きしめるように思い出す。涙が顔を横に流れた。
寝転がったままスマホを手に取る。
〈明日学校が終わったら、二人で行ったあの場所で待ってる〉
少し迷ってから、一層強くペンダントを握りしめ、まだアカウントがちゃんと残っている小田君にメッセージを送った。そして既読になるはずもないのに、画面を見つめ続けた。
「えっ」
思わず大きな声が出る。メッセージに既読がついたのだ。ガバッと体を起こした。鼓動が早くなる。するとほどなく返信が来た。
〈わかった〉
わたしはすぐにまたメッセージを打った。
〈小田君なの?〉
でも、それは送信しなかった。送信したら、全て終わってしまう気がした。
信じよう。メッセージの向こうにいるのは小田君だ。絶対に小田君本人だ。
もうそれ以上、何も返さなかった。向こうからも来なかった。それでいい。明日わたしは、あの場所で待ってる。
「ん? あの時?」
「ちょうちょ、買ってもらった時」
「はあ? いたからあんた買ってもらったんじゃん。楽しそうにいちゃいちゃしてたじゃん」
わたしは両手で持った缶に視線を落とし、ただただ見つめ続けた。
「あんたそうとう重症だね。そんなに忘れられないんだ? 彼のこと。たしかにけっこうかっこよかったもんねー。とか言ったら逆効果か」
また、涙がこみ上げる。
「あがいてみるんなら、いいのがあるよ」
わたしは顔を上げてお姉さんを見た。
「願いを叶えてくれるペンダント。ペルーで買ってきた石で作ったやつなんだけど、その石を身に着けていれば何でも一つ願いが叶うって言われてるの。表には出してないんだけど、見てみる?」
何でも、なんて、そんなものあるわけがない。片思いが実るとか志望校に合格するとかいうレベルの話ではないのだ。
「見たい」
思考とは裏腹にわたしの口から出たその言葉で、お姉さんはコーヒーの缶を置いて立ち上がった。そして台の下に置いてあったアタッシュケースからペンダントを取り出し、わたしに差し出した。受け取ってそっと手のひらの上に置く。それは親指の爪よりも少し大きいくらいの、透き通った紫色の石のペンダントだった。周りにはシルバーの装飾が施されている。
「善とか悪とか関係なく、それを身に着けてる人が強く強く願ったことが一つだけ叶うんだって」
「だったら」
「しっ!」
言いかけたわたしの言葉を遮るように、お姉さんは自分の唇の前に人差し指を立てた。
「願い事は、叶うまでは絶対人に言っちゃダメ」
それなら、自分の願い事は一生人には言えないかもしれない。わたしはまたペンダントに視線を戻した。
「どうする? 欲しいんなら譲ってあげてもいいけど、あたしも商売だからさ。実はそれ、けっこう値が張るんだよね」
「いくらするの?」
「あんたいくら持ってる?」
わたしは財布を取り出して中を確認した。
「三千……五百円くらい」
「うーん、ちょーっと桁が違うなー……」
「あ、待って」
そう言えば先月、お祖父ちゃんが参考書でも買いなさいと言って封筒に入れてくれた五千円があったはずだ。へそくり気分でそのままバッグの内ポケットに入れておいたのだ。でも、それでも合わせて八千五百円にしかならない。
「八千五百円かあ……。八千五百円……」
お姉さんは頭を抱えている。わたしはそんなお姉さんを祈るような気持ちで見ていた。何でも願いが叶うなんてことがあるわけないのに、どうしてもそのペンダントが欲しかった。
「わかった。いいよ。もう八千円でいい。あんだけ目の前で号泣されたらしょうがない」
「ホントに!?」
「ったく大赤字もいいとこだよ」
なけなしの八千円を払い、カフェオレのお礼を言って、その場を後にした。
お姉さんは別れ際、「強く強く、心の底から願わなきゃダメだよ」と念を押すように言った。
どうかどうか、また小田君に会えますように――。
帰り道、そして家に帰ってからも、強く強く、心の底から願った。それはきっと、お姉さんに念押しされなかったとしてもそうだ。そんなことは絶対に起こらないという理性に負けそうになると、もっと強く、今まで生きて来た中で一番強く願った。
ペンダントを握りしめ、ベッドに寝転がる。わたしの前に突然現れて、こんな気持ちだけ残して、あっと言う間にいなくなってしまった小田君。表情や仕草、声を、一つ一つ抱きしめるように思い出す。涙が顔を横に流れた。
寝転がったままスマホを手に取る。
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少し迷ってから、一層強くペンダントを握りしめ、まだアカウントがちゃんと残っている小田君にメッセージを送った。そして既読になるはずもないのに、画面を見つめ続けた。
「えっ」
思わず大きな声が出る。メッセージに既読がついたのだ。ガバッと体を起こした。鼓動が早くなる。するとほどなく返信が来た。
〈わかった〉
わたしはすぐにまたメッセージを打った。
〈小田君なの?〉
でも、それは送信しなかった。送信したら、全て終わってしまう気がした。
信じよう。メッセージの向こうにいるのは小田君だ。絶対に小田君本人だ。
もうそれ以上、何も返さなかった。向こうからも来なかった。それでいい。明日わたしは、あの場所で待ってる。
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