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2 最高の誕生日
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お姉さんには、わたしたちは仲のいいカップルに映っているんだろうか。
小田君はもうすぐ遠くに行ってしまう。わたしはやっぱり何か選ぶことにした。小田君の言う通り、記念だ。最初で最後の、デートの記念。
「あ、それかわいいでしょ。新作なの。バッグとかにも付けられるよ」
わたしが手に取った小さなブローチを見てお姉さんは言った。シルバーでできた蝶々で、目のところにブルーの小さな石が埋めてある。値段は七百円。ざっと見回してもこれよりも安いのは無さそうだ。でも値段ではなくて、わたしは本当にそれが気に入った。かわいいし、これなら学校のカバンにだって付けられる。
「わたしこれがいい」
「それでいいの?」
「これがいいの」
「じゃあ、これください」
「はーい。七百円ね。袋いる?」
わたしは横に首を振った。そしてその場でシルバーの蝶々をバッグに着けた。
「じゃあ三百円のおつりね。どうもありがとねー」
お姉さんに手を振り返してその場を後にした。
「ありがとう」
小田君にお礼を言う。
「そんな、改まって言われるほどのもんじゃないけど」
前を向いたまま、ちょっと照れてる感じがかわいい。
「そんなことない。大事にするね」
今、小田君とこうしていることが不思議だった。ついこの間まで、お互い存在さえ知らなかったのに。でもこうやって並んで歩くことももうないのだろうと思うと、楽しさやうれしさを、寂しさが追い越してしまうのだった。
帰りの電車は来るときよりも混んでいた。ドア付近のバーに一緒につかまり、立って、流れる景色を眺めた。
ずっと、連絡先を聞きたいと思っていた。でも聞けていない。向こうだって聞いては来ない。今日このまま別れてしまったらそれでおしまいだ。その前に勇気を出して連絡先を聞こう。もう友達なんだから、なんにもヘンじゃない。断られたって、別に何か損するわけでもないんだし。別に。
四駅なんてすぐだった。改札を抜けると、小田君は両方の出口を軽く交互に指しながら聞いた。
「川口さんどっち?」
「南口。バスに乗るから」
「そこまで送るよ」
「小田君も南口なの?」
「違うよ」
小田君は先に歩き出した。普通、そこまでするだろうか。暗い夜道ならわかるけれど、人の多い夕方の駅の構内だ。もしかして、少しでも長い時間一緒にいたいと思ってくれているとか……。
南口を出るとバスの乗り場までは遠くない。
ドキドキしていた。でも告白するわけじゃあるまいし、ただ何気ない感じで言えばいいだけだ。「ライン教えて」と。ごく、自然な感じで。
バス乗り場に着いた。
「バス、何分?」
時刻表を見ると、次のバスまであと二分しかない。見送ってくれるつもりなのか、小田君は帰ろうとしない。早く言わないと……。
「ねえ小田君……」
胸がバクバク言っている。
「ん?」
「ライン、教えてくれる?」
声がちょっと上ずっていたかもしれない。
「ああ、うん」
小田君がブレザーのポケットからスマホを取り出した。なんとなくぎこちない感じで連絡先を交換する。その後は何を話したらいいかわからなかった。
早かったような遅かったような、少し遅れてバスが来た。
「今日はいろいろありがとう」
「気をつけて」
バスの窓越しに手を振ると、小田君も振り返してくれた。
その姿が見えなくなってすぐ、ラインの着信音が鳴った。慌ててスマホを取り出す。
〈そう言えば言ってなかった。誕生日、おめでとう〉
小田君からだった。わたしはすぐに、〈ありがとう〉と返した。
バスに揺られながら、うれしさをぎゅっと嚙み締める。本当にそうやって噛み締めていないと、感情が溢れ出して、一人で笑い出してしまいそうだったのだ。
最高の誕生日だった。小田君が遠くに行ってしまう寂しさを、その瞬間は忘れていた。
小田君はもうすぐ遠くに行ってしまう。わたしはやっぱり何か選ぶことにした。小田君の言う通り、記念だ。最初で最後の、デートの記念。
「あ、それかわいいでしょ。新作なの。バッグとかにも付けられるよ」
わたしが手に取った小さなブローチを見てお姉さんは言った。シルバーでできた蝶々で、目のところにブルーの小さな石が埋めてある。値段は七百円。ざっと見回してもこれよりも安いのは無さそうだ。でも値段ではなくて、わたしは本当にそれが気に入った。かわいいし、これなら学校のカバンにだって付けられる。
「わたしこれがいい」
「それでいいの?」
「これがいいの」
「じゃあ、これください」
「はーい。七百円ね。袋いる?」
わたしは横に首を振った。そしてその場でシルバーの蝶々をバッグに着けた。
「じゃあ三百円のおつりね。どうもありがとねー」
お姉さんに手を振り返してその場を後にした。
「ありがとう」
小田君にお礼を言う。
「そんな、改まって言われるほどのもんじゃないけど」
前を向いたまま、ちょっと照れてる感じがかわいい。
「そんなことない。大事にするね」
今、小田君とこうしていることが不思議だった。ついこの間まで、お互い存在さえ知らなかったのに。でもこうやって並んで歩くことももうないのだろうと思うと、楽しさやうれしさを、寂しさが追い越してしまうのだった。
帰りの電車は来るときよりも混んでいた。ドア付近のバーに一緒につかまり、立って、流れる景色を眺めた。
ずっと、連絡先を聞きたいと思っていた。でも聞けていない。向こうだって聞いては来ない。今日このまま別れてしまったらそれでおしまいだ。その前に勇気を出して連絡先を聞こう。もう友達なんだから、なんにもヘンじゃない。断られたって、別に何か損するわけでもないんだし。別に。
四駅なんてすぐだった。改札を抜けると、小田君は両方の出口を軽く交互に指しながら聞いた。
「川口さんどっち?」
「南口。バスに乗るから」
「そこまで送るよ」
「小田君も南口なの?」
「違うよ」
小田君は先に歩き出した。普通、そこまでするだろうか。暗い夜道ならわかるけれど、人の多い夕方の駅の構内だ。もしかして、少しでも長い時間一緒にいたいと思ってくれているとか……。
南口を出るとバスの乗り場までは遠くない。
ドキドキしていた。でも告白するわけじゃあるまいし、ただ何気ない感じで言えばいいだけだ。「ライン教えて」と。ごく、自然な感じで。
バス乗り場に着いた。
「バス、何分?」
時刻表を見ると、次のバスまであと二分しかない。見送ってくれるつもりなのか、小田君は帰ろうとしない。早く言わないと……。
「ねえ小田君……」
胸がバクバク言っている。
「ん?」
「ライン、教えてくれる?」
声がちょっと上ずっていたかもしれない。
「ああ、うん」
小田君がブレザーのポケットからスマホを取り出した。なんとなくぎこちない感じで連絡先を交換する。その後は何を話したらいいかわからなかった。
早かったような遅かったような、少し遅れてバスが来た。
「今日はいろいろありがとう」
「気をつけて」
バスの窓越しに手を振ると、小田君も振り返してくれた。
その姿が見えなくなってすぐ、ラインの着信音が鳴った。慌ててスマホを取り出す。
〈そう言えば言ってなかった。誕生日、おめでとう〉
小田君からだった。わたしはすぐに、〈ありがとう〉と返した。
バスに揺られながら、うれしさをぎゅっと嚙み締める。本当にそうやって噛み締めていないと、感情が溢れ出して、一人で笑い出してしまいそうだったのだ。
最高の誕生日だった。小田君が遠くに行ってしまう寂しさを、その瞬間は忘れていた。
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