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2 最高の誕生日
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お寺を後にすると、昔通っていたという隣の幼稚園を外から眺めた。
「こんなに狭かったかな。遊具も小っちゃ」
「ホント。かわいいね」
自動販売機でジュースを買って、近くのバス停のベンチに腰掛けた。
「今日ここに来られてよかったよ」
そう言って彼はコーラをゴクリと飲んだ。
「わたしも」
「本当に?」
「うん」
「でも足痛いんだろ」
「大丈夫」
何でもない会話が、すごく心地いい。
「俺さ、もうすぐこっちには住めなくなるんだ」
「そうなの? いつ?」
「わかんない。でも、多分近いうち」
「十和崎に住むの?」
「そうじゃない。もっと、ずっと遠く」
「どこ?」
「どこかな。でも、すぐには行き来できないくらい、遠く」
ショックだった。ほんの昨日今日知り合ったばかりの相手だというのに。
「もちろん学校も変わるし、サッカーも続けられるかどうかわからない」
小田君は、いつ、どこに、どうして引っ越すのか、詳しく話そうとはしなかった。いろいろ聞きたかったけれど、親しいわけでもないのに踏み込んではいけない気がした。
「あ、バス来た。乗ると思われる。行こうか」
小田君はそう言うとまたコーラを一口飲んで、ボトルのキャップを閉めた。
引っ越しの話はもうしなかった。最近流行っている動画の話をしたり、ヨーロッパのサッカーのことを教えてもらったりして、わたしも表向きは普通にしていたけれど、本当はさっきほど楽しい気分ではなくなっていた。
「そう言えば」
小田君が突然思い出したように言った。今日は小田君の一番好きなサッカー選手の誕生日なのだそうだ。それでわたしも思い出した。
「あ、わたしも今日誕生日だった」
「マジで!?」
「うん」
「忘れてたの?」
「一瞬ね」
「同じ日なんだ? ちょっと羨ましいな。っていうか、なんかゴメン。そんな大事な日に付き合わせちゃって」
「そんなことない。行くって言ったのこっちだし」
「あ」
駅前の通りで、何かに気づいたように小田君は言った。思わず横顔を見上げ、ふと、かっこいい、と思う。でも小田君がこちらに顔を向けると慌てて目を逸らした。
「行ってみようよ」
そう言った小田君の視線の先にあったのは、アクセサリーの露天商だった。
「なんか怪しくない?」
「面白そうじゃん」
小田君は誘うように再びわたしを見ると、さっさとそっちへ歩き出した。わたしも後を追った。
傍らの丸椅子に座り、足を組んでタブレットをいじっていたお姉さんが顔を上げた。
「いらっしゃい」
カラフルなニット帽を被っているけれど、それ以外は、ワンピースもベストもタイツもブーツも全部黒づくめのファッションだ。
「こっからこっちがあたしの手作り。向こう側のは彼氏が作ってんの。どう? かわいいでしょ」
確かに、半分くらいはハード系のデザインのものが多く、残りの半分は、お姉さんの見た目のわりに、“普通に”かわいいものも多い。
小田君が言った。
「どれか選んでよ。川口さんの好きなの」
「なんで?」
「誕生日プレゼント」
「いいよそんなの」
慌てて断った。
「記念だよ。せっかくだし。俺こういうのわかんないからさ」
「でも……」
するとお姉さんが口を開いた。
「せっかく彼氏が言ってくれてんだから選べばあ? 人の好意は素直に受けるもんでしょ」
わたしは戸惑いながらも、アクセサリーを一つ一つ吟味するように見始めた。
「気になるのあったら着けてみていいから。そこに鏡あるでしょ」
四つ葉のクローバーをモチーフにしたシルバーのペンダントが目に留まる。値段を見ると五千円。手に取らなくてよかった。次にいいなと思ったのは花の冠みたいなデザインの指輪で、三千八百円。これだって高い。それに、指輪はちょっと意味深というか、出会って間もない相手に贈ったり贈られたりするものではないだろう。そもそも、あんまり知りもしない人に来るときの電車代も出してもらって、ジュースも奢ってもらって、その上誕生日プレゼントまで買ってもらうなんて本当に気が引ける。
「ねえ小田君、わたしやっぱり……」
「これは?」
小田君はごついドクロの付いた革のペンダントを手に取った。絶対わざとだ。黙って顔を見返すと、「じゃあこれ」と言って、今度はトゲトゲの付いたブレスレットを持って、わたしに攻撃する真似をした。
「こんなに狭かったかな。遊具も小っちゃ」
「ホント。かわいいね」
自動販売機でジュースを買って、近くのバス停のベンチに腰掛けた。
「今日ここに来られてよかったよ」
そう言って彼はコーラをゴクリと飲んだ。
「わたしも」
「本当に?」
「うん」
「でも足痛いんだろ」
「大丈夫」
何でもない会話が、すごく心地いい。
「俺さ、もうすぐこっちには住めなくなるんだ」
「そうなの? いつ?」
「わかんない。でも、多分近いうち」
「十和崎に住むの?」
「そうじゃない。もっと、ずっと遠く」
「どこ?」
「どこかな。でも、すぐには行き来できないくらい、遠く」
ショックだった。ほんの昨日今日知り合ったばかりの相手だというのに。
「もちろん学校も変わるし、サッカーも続けられるかどうかわからない」
小田君は、いつ、どこに、どうして引っ越すのか、詳しく話そうとはしなかった。いろいろ聞きたかったけれど、親しいわけでもないのに踏み込んではいけない気がした。
「あ、バス来た。乗ると思われる。行こうか」
小田君はそう言うとまたコーラを一口飲んで、ボトルのキャップを閉めた。
引っ越しの話はもうしなかった。最近流行っている動画の話をしたり、ヨーロッパのサッカーのことを教えてもらったりして、わたしも表向きは普通にしていたけれど、本当はさっきほど楽しい気分ではなくなっていた。
「そう言えば」
小田君が突然思い出したように言った。今日は小田君の一番好きなサッカー選手の誕生日なのだそうだ。それでわたしも思い出した。
「あ、わたしも今日誕生日だった」
「マジで!?」
「うん」
「忘れてたの?」
「一瞬ね」
「同じ日なんだ? ちょっと羨ましいな。っていうか、なんかゴメン。そんな大事な日に付き合わせちゃって」
「そんなことない。行くって言ったのこっちだし」
「あ」
駅前の通りで、何かに気づいたように小田君は言った。思わず横顔を見上げ、ふと、かっこいい、と思う。でも小田君がこちらに顔を向けると慌てて目を逸らした。
「行ってみようよ」
そう言った小田君の視線の先にあったのは、アクセサリーの露天商だった。
「なんか怪しくない?」
「面白そうじゃん」
小田君は誘うように再びわたしを見ると、さっさとそっちへ歩き出した。わたしも後を追った。
傍らの丸椅子に座り、足を組んでタブレットをいじっていたお姉さんが顔を上げた。
「いらっしゃい」
カラフルなニット帽を被っているけれど、それ以外は、ワンピースもベストもタイツもブーツも全部黒づくめのファッションだ。
「こっからこっちがあたしの手作り。向こう側のは彼氏が作ってんの。どう? かわいいでしょ」
確かに、半分くらいはハード系のデザインのものが多く、残りの半分は、お姉さんの見た目のわりに、“普通に”かわいいものも多い。
小田君が言った。
「どれか選んでよ。川口さんの好きなの」
「なんで?」
「誕生日プレゼント」
「いいよそんなの」
慌てて断った。
「記念だよ。せっかくだし。俺こういうのわかんないからさ」
「でも……」
するとお姉さんが口を開いた。
「せっかく彼氏が言ってくれてんだから選べばあ? 人の好意は素直に受けるもんでしょ」
わたしは戸惑いながらも、アクセサリーを一つ一つ吟味するように見始めた。
「気になるのあったら着けてみていいから。そこに鏡あるでしょ」
四つ葉のクローバーをモチーフにしたシルバーのペンダントが目に留まる。値段を見ると五千円。手に取らなくてよかった。次にいいなと思ったのは花の冠みたいなデザインの指輪で、三千八百円。これだって高い。それに、指輪はちょっと意味深というか、出会って間もない相手に贈ったり贈られたりするものではないだろう。そもそも、あんまり知りもしない人に来るときの電車代も出してもらって、ジュースも奢ってもらって、その上誕生日プレゼントまで買ってもらうなんて本当に気が引ける。
「ねえ小田君、わたしやっぱり……」
「これは?」
小田君はごついドクロの付いた革のペンダントを手に取った。絶対わざとだ。黙って顔を見返すと、「じゃあこれ」と言って、今度はトゲトゲの付いたブレスレットを持って、わたしに攻撃する真似をした。
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