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10 新しい季節へ
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〈それで……〉
「交通事故? 勇樹が? 大丈夫なんですか!?」
〈それは……〉
「どこの病院ですか!? どこ!?」
病院の場所と名前を聞くとすぐに駆け出した。
タクシーをつかまえて行き先を告げ、運転手を急かす。
ついさっき電話で元気に話をした勇樹が、交通事故に遭って病院に運び込まれた。容体がわからない。電話に出たあの女が誰なのかもわからない。とにかく焦り、混乱していた。
ようやく病院に着くと、転がるようにタクシーを降り、中に駆け込んだ。
「すみません! 弟が事故に遭ってこの病院に運び込まれたはずなんですけど」
奈瑠の慌てぶりに動じることなく、受付の女性は黙って奈瑠を見返した。
「弟が車に跳ねられて、それで」
「落ち着いて下さい。ここは一般受付ですので、救急搬送されたのなら救急受付の方で……」
「姉ちゃん」
声の方を振り向くと、勇樹が立っていた。
「勇樹!? 大丈夫なの!? ケガは!?」
勇樹の全身を見回す。
「全然大丈夫だよ」
「だって……」
勇樹の隣に立っていた二人の若い女性たちと目が合った。二人は奈瑠に深々と頭を下げた。
「この人たちの乗った車と接触したんだ。俺は全然大丈夫なんだけど、彼女たちが心配して、病院に連れて来てくれたんだ」
一人の女性が口を開いた。
「本当に申し訳ありません。わたしが運転していたんですけど、話に夢中になっていて、不注意で……。勇樹さんは、大丈夫だから警察への連絡も病院もいいって何度も仰ったんですけど、そういうわけにはいかないからって、わたしたちが無理やりここに連れて来たんです」
体の力が抜けて、安堵のため息が漏れた。と同時に、涙が出てきた。
「泣くなよ。全然大丈夫なんだから」
「だって……」
「車の中から姉ちゃんに連絡しようと思ったんだけど、ぶつかって転んだときにスマホ落としてたみたいでさ」
「それで、わたしが捜しに戻ったんです。さっきお姉さんの電話に出たのはわたしです。ちょうど電話を拾い上げたところで」
もう一人の女性がそう言った。
「本当に、すみませんでした」
若い女性二人は、揃って再度深々と頭を下げた。
病院で彼女たちと別れ、タクシーに乗って家へと向かった。
「本当にびっくりした。どうしようかと思った」
奈瑠は言った。
「大げさなんだよ。あの子たち」
「そんなことないでしょ。やっぱり心配するって。ケガ、本当に大丈夫なの?」
「ちょっと肘と膝を打っただけだよ。全然平気」
「でも後から変な所が痛み出したりしないかな」
「大丈夫だって。そんなに勢いよくぶつかったわけでもないし。俺、急いでるって言ってんのに、彼女たちから無理やり車に押し込められて病院に連れて行かれたんだ。ほぼ拉致だね。あれは」
改めて、勇樹の横顔を見つめる。
日焼けして、精悍に引き締まった頬。伸びた髪と無精ひげ。前の勇樹よりもずっとワイルドで、なんとなく違う人みたいだ。
家に着くと、勇樹は肩に大きなリュックを担いだまま、さっき奈瑠がそうしたように家全体を見渡した。
「何年も経ってるわけじゃないのに、すっげえ懐かしい気がする」
奈瑠はそんな勇樹の後ろ姿を見つめた。
やっと、やっと帰って来てくれた。
勇樹が振り返った。
黙ったまま奈瑠を見つめる。
奈瑠も、溢れ出しそうな思いをどう伝えたらいいかわからないまま見つめ返した。
勇樹は荷物を下ろすと、腕を伸ばして奈瑠を抱き寄せた。
奈瑠も勇樹の背中に手を回し、胸に頬を押し当てた。
勇樹の体は、こんなにも大きくて逞しかったかと思う。
このまま時が止まればいいと思った。
やっと勇樹に会えて、こうやって腕の中に力強く抱きしめられていても、まだ不安だったのだ。もしかして勇樹は、またどこかに行ってしまうのではないのかと。さよならを言いに、奈瑠の前に現れたのではないかと。
このまま時が止まってしまえば、もう離れなくてすむ。たとえ勇樹が奈瑠のことをどんな風に思っていようと、ずっと腕の中にいられる。たとえ、勇樹にとって奈瑠が、姉でしかないとしても……。
勇樹が腕の力を抜き、そっと体を離した。
こわかった。勇樹の口から、どんな言葉が出てくるのか。
奈瑠は眼鏡のフレーム越しに勇樹を見上げた。と次の瞬間、いきなり勇樹の顔が近づき、唇が重なった。
思いがけないキスだった。
勇樹は一度唇を離すと、両手でそっと奈瑠の眼鏡を外し、今度はぐっと奈瑠を抱き寄せて、強く唇を押し付けた。
奈瑠もしがみつくように勇樹の体を抱きしめ、お互いむさぼるように唇を求め合った。
何も考えられず、ただただ夢中だった。
「何してるのこんな所でっ!! いくら何でも玄関前でしょうっ!!」
びっくりして声のした方を向くと、怖い顔をした雨宮さんがちらちらと辺りを気にしながら仁王立ちしていた。
「突然いなくなってやっと帰って来たと思ったら! こんな所で明るいうちからなんてことしてるのっ! いい歳をしてっ」
奈瑠と勇樹は慌てて体を離し、ぺこぺこと頭を下げ、鍵を開けて急いで家の中に入った。
神妙に顔を見合わせる。そして、二人同時に吹き出した。
涙が出るほど、なぜか笑えてしょうがなかった。
家に上がり、窓を開けに行こうとする勇樹を、奈瑠は呼び止めた。
「帰って来たんだよね? もうどこへも行かないんだよね? だったらまず言ってほしいの。『ただいま』って」
「交通事故? 勇樹が? 大丈夫なんですか!?」
〈それは……〉
「どこの病院ですか!? どこ!?」
病院の場所と名前を聞くとすぐに駆け出した。
タクシーをつかまえて行き先を告げ、運転手を急かす。
ついさっき電話で元気に話をした勇樹が、交通事故に遭って病院に運び込まれた。容体がわからない。電話に出たあの女が誰なのかもわからない。とにかく焦り、混乱していた。
ようやく病院に着くと、転がるようにタクシーを降り、中に駆け込んだ。
「すみません! 弟が事故に遭ってこの病院に運び込まれたはずなんですけど」
奈瑠の慌てぶりに動じることなく、受付の女性は黙って奈瑠を見返した。
「弟が車に跳ねられて、それで」
「落ち着いて下さい。ここは一般受付ですので、救急搬送されたのなら救急受付の方で……」
「姉ちゃん」
声の方を振り向くと、勇樹が立っていた。
「勇樹!? 大丈夫なの!? ケガは!?」
勇樹の全身を見回す。
「全然大丈夫だよ」
「だって……」
勇樹の隣に立っていた二人の若い女性たちと目が合った。二人は奈瑠に深々と頭を下げた。
「この人たちの乗った車と接触したんだ。俺は全然大丈夫なんだけど、彼女たちが心配して、病院に連れて来てくれたんだ」
一人の女性が口を開いた。
「本当に申し訳ありません。わたしが運転していたんですけど、話に夢中になっていて、不注意で……。勇樹さんは、大丈夫だから警察への連絡も病院もいいって何度も仰ったんですけど、そういうわけにはいかないからって、わたしたちが無理やりここに連れて来たんです」
体の力が抜けて、安堵のため息が漏れた。と同時に、涙が出てきた。
「泣くなよ。全然大丈夫なんだから」
「だって……」
「車の中から姉ちゃんに連絡しようと思ったんだけど、ぶつかって転んだときにスマホ落としてたみたいでさ」
「それで、わたしが捜しに戻ったんです。さっきお姉さんの電話に出たのはわたしです。ちょうど電話を拾い上げたところで」
もう一人の女性がそう言った。
「本当に、すみませんでした」
若い女性二人は、揃って再度深々と頭を下げた。
病院で彼女たちと別れ、タクシーに乗って家へと向かった。
「本当にびっくりした。どうしようかと思った」
奈瑠は言った。
「大げさなんだよ。あの子たち」
「そんなことないでしょ。やっぱり心配するって。ケガ、本当に大丈夫なの?」
「ちょっと肘と膝を打っただけだよ。全然平気」
「でも後から変な所が痛み出したりしないかな」
「大丈夫だって。そんなに勢いよくぶつかったわけでもないし。俺、急いでるって言ってんのに、彼女たちから無理やり車に押し込められて病院に連れて行かれたんだ。ほぼ拉致だね。あれは」
改めて、勇樹の横顔を見つめる。
日焼けして、精悍に引き締まった頬。伸びた髪と無精ひげ。前の勇樹よりもずっとワイルドで、なんとなく違う人みたいだ。
家に着くと、勇樹は肩に大きなリュックを担いだまま、さっき奈瑠がそうしたように家全体を見渡した。
「何年も経ってるわけじゃないのに、すっげえ懐かしい気がする」
奈瑠はそんな勇樹の後ろ姿を見つめた。
やっと、やっと帰って来てくれた。
勇樹が振り返った。
黙ったまま奈瑠を見つめる。
奈瑠も、溢れ出しそうな思いをどう伝えたらいいかわからないまま見つめ返した。
勇樹は荷物を下ろすと、腕を伸ばして奈瑠を抱き寄せた。
奈瑠も勇樹の背中に手を回し、胸に頬を押し当てた。
勇樹の体は、こんなにも大きくて逞しかったかと思う。
このまま時が止まればいいと思った。
やっと勇樹に会えて、こうやって腕の中に力強く抱きしめられていても、まだ不安だったのだ。もしかして勇樹は、またどこかに行ってしまうのではないのかと。さよならを言いに、奈瑠の前に現れたのではないかと。
このまま時が止まってしまえば、もう離れなくてすむ。たとえ勇樹が奈瑠のことをどんな風に思っていようと、ずっと腕の中にいられる。たとえ、勇樹にとって奈瑠が、姉でしかないとしても……。
勇樹が腕の力を抜き、そっと体を離した。
こわかった。勇樹の口から、どんな言葉が出てくるのか。
奈瑠は眼鏡のフレーム越しに勇樹を見上げた。と次の瞬間、いきなり勇樹の顔が近づき、唇が重なった。
思いがけないキスだった。
勇樹は一度唇を離すと、両手でそっと奈瑠の眼鏡を外し、今度はぐっと奈瑠を抱き寄せて、強く唇を押し付けた。
奈瑠もしがみつくように勇樹の体を抱きしめ、お互いむさぼるように唇を求め合った。
何も考えられず、ただただ夢中だった。
「何してるのこんな所でっ!! いくら何でも玄関前でしょうっ!!」
びっくりして声のした方を向くと、怖い顔をした雨宮さんがちらちらと辺りを気にしながら仁王立ちしていた。
「突然いなくなってやっと帰って来たと思ったら! こんな所で明るいうちからなんてことしてるのっ! いい歳をしてっ」
奈瑠と勇樹は慌てて体を離し、ぺこぺこと頭を下げ、鍵を開けて急いで家の中に入った。
神妙に顔を見合わせる。そして、二人同時に吹き出した。
涙が出るほど、なぜか笑えてしょうがなかった。
家に上がり、窓を開けに行こうとする勇樹を、奈瑠は呼び止めた。
「帰って来たんだよね? もうどこへも行かないんだよね? だったらまず言ってほしいの。『ただいま』って」
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