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10 新しい季節へ
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「奈瑠ちゃん、このプランどう思う? 俺近々実際に行ってみようと思うんだけど。見てよこの写真。この街の感じ、ノスタルジックですごくよくない? 治安もそう悪くないみたいだし。率直な意見聞かせてよ……って今日メガネだったっけ? 朝から? 珍しいね。初めてだよね? 俺全然気づいてなかった。メガネだと全然雰囲気違うね。メガネもいいんじゃない? 俺好きよ? メガネっ子」
そう言って顔をのぞき込んだスタッフから、笑ってごまかすように顔をそむけた。
昼を過ぎているのでもうそれほどではないけれど、昨夜泣きはらしたせいで朝は思いっきり目がむくんでいたのだ。そんな顔を人前にさらすのは嫌だったので、メガネで多少カモフラージュして来たつもりだった。本来はブルーライトカット用のメガネで、目は悪くないので度は入っていない。買ったきりほとんど使っていなかったのだが、思わぬところで出番が来た。
起きたときは本当にひどい顔をしていたけれど、父もみや子さんも何も言わなかった。ただ、昨夜バタバタと家を飛び出して行ったことについては、みや子さんから「何かあったの?」と軽く聞かれた。「ちょっと友達と会ってただけ」と答えると、それ以上は触れられなかった。その後は、みや子さんはいつものように明るい声で天気の話などしていたし、父は黙って新聞を読みながら紅茶を飲んでいた。
「じゃあ奈瑠ちゃん、この資料、手が空いたときでいいから見といてよ。マジで業界慣れしてない人の率直な意見聞かせてほしいからさ」
そのときだった。ウー、ウーとデスクの上のスマホのバイブが鳴りだした。表示されている名前を目にした途端、体中の血液の流れが一気に加速した。
勇樹だ。信じられない気持ちで慌てて電話を手に取った。
「もしもし!?」
〈姉ちゃん? 久しぶり。元気にしてた?〉
ああ、間違いなく勇樹の声だ。胸が震える。
「今どこにいるの!?」
〈姉ちゃんの実家の前〉
「へっ!?」
〈会いに来たんだ。出て来てよ〉
「あっ、今会社にいるの。でも行く!! すぐ行く!!」
〈会社?〉
つっかえながら、会社の場所を告げた。
〈出られるの? 大丈夫なの?〉
「いいの!!」
〈じゃあ、そこならうちの方が近いからうちで待っててよ。俺もすぐ帰る〉
奈瑠は電話を切ると勢いよく立ち上がり、「すみません!! 早退させてください!!」と社長の濱田に向かって頭を下げ、あっけにとられた濱田がまだ何も言わないうちに会社を飛び出した。
勇樹が戻って来た。
どこに行っていたのか知らないけれど、わざわざ奈瑠の実家まで会いに来てくれた。
早く会いたい。もっと声が聞きたい。気持ちは逸る。
そんなに急いだところで奈瑠の実家から向かう勇樹の方が時間がかかるのはわかっているのに、できるだけ急がずにはいられなかった。
勇樹の家の前まで来ると、呼吸を整え、全体を見渡した。
この家に、やっと勇樹が戻って来る。
どんな顔をして迎えよう。
何て言おう。
言いたいことも、聞きたいこともたくさんある。でもそんなものはどうでもいい。目の前に、勇樹が戻って来てくれるのなら。
そわそわしながら勇樹を待つ。
だんだんと緊張してきた。そして、さっきの電話は本当にあったのだろうかとふと思う。
勇樹のことを考え過ぎて、自分の頭の中だけで起きた出来事だったりはしないだろうか。白昼夢をみていたとか。
不安になってスマホを取り出し、着信履歴を開いてみる。
ちゃんとあった。
その電話で勇樹と交わした会話を思い出して、胸がぎゅんとなる。
早く会いたい。早く。早く……。
勇樹が着くまで、奈瑠の倍以上は時間がかかるはずだ。それはわかっているけれど、なかなか時間が経たない。何度も何度も時計に目を遣った。
もう着いてもいい頃を過ぎても、勇樹は姿を現さなかった。
また不安が募り始める。
もしかしたら、勇樹は戻って来ないんじゃないか……。
奈瑠は玄関前にしゃがみ込んで大きくため息を吐いた。
再度、着信履歴を確認する。
確かにある。どうして勇樹は戻って来ないのだろう。この家で待っていてくれと言ったのは勇樹なのに。
何の連絡もないまま、それからも何十分も待ち続けた。だがさすがに不安を抑えきれず、とうとう電話をかけた。
「もしもし勇……」
〈もしもし〉
何度かのコール音のあと電話の向こうから聞こえたのは、勇樹ではなく、聞き覚えのない若い女性の声だった。
〈もしもし? お姉さんですか?〉
「…………」
〈もしもし? もしもし?〉
「はい……」
訳がわからない。
〈すみません。画面の表示が姉ちゃんってなってたものだから勝手に出てしまいました〉
恐縮したような口調で彼女は言った。
〈もしもし?〉
「はい……」
誰だ。この若い女はいったい誰なのだ。
〈あの、彼今病院にいるんです。交通事故で……〉
「えっ」
そう言って顔をのぞき込んだスタッフから、笑ってごまかすように顔をそむけた。
昼を過ぎているのでもうそれほどではないけれど、昨夜泣きはらしたせいで朝は思いっきり目がむくんでいたのだ。そんな顔を人前にさらすのは嫌だったので、メガネで多少カモフラージュして来たつもりだった。本来はブルーライトカット用のメガネで、目は悪くないので度は入っていない。買ったきりほとんど使っていなかったのだが、思わぬところで出番が来た。
起きたときは本当にひどい顔をしていたけれど、父もみや子さんも何も言わなかった。ただ、昨夜バタバタと家を飛び出して行ったことについては、みや子さんから「何かあったの?」と軽く聞かれた。「ちょっと友達と会ってただけ」と答えると、それ以上は触れられなかった。その後は、みや子さんはいつものように明るい声で天気の話などしていたし、父は黙って新聞を読みながら紅茶を飲んでいた。
「じゃあ奈瑠ちゃん、この資料、手が空いたときでいいから見といてよ。マジで業界慣れしてない人の率直な意見聞かせてほしいからさ」
そのときだった。ウー、ウーとデスクの上のスマホのバイブが鳴りだした。表示されている名前を目にした途端、体中の血液の流れが一気に加速した。
勇樹だ。信じられない気持ちで慌てて電話を手に取った。
「もしもし!?」
〈姉ちゃん? 久しぶり。元気にしてた?〉
ああ、間違いなく勇樹の声だ。胸が震える。
「今どこにいるの!?」
〈姉ちゃんの実家の前〉
「へっ!?」
〈会いに来たんだ。出て来てよ〉
「あっ、今会社にいるの。でも行く!! すぐ行く!!」
〈会社?〉
つっかえながら、会社の場所を告げた。
〈出られるの? 大丈夫なの?〉
「いいの!!」
〈じゃあ、そこならうちの方が近いからうちで待っててよ。俺もすぐ帰る〉
奈瑠は電話を切ると勢いよく立ち上がり、「すみません!! 早退させてください!!」と社長の濱田に向かって頭を下げ、あっけにとられた濱田がまだ何も言わないうちに会社を飛び出した。
勇樹が戻って来た。
どこに行っていたのか知らないけれど、わざわざ奈瑠の実家まで会いに来てくれた。
早く会いたい。もっと声が聞きたい。気持ちは逸る。
そんなに急いだところで奈瑠の実家から向かう勇樹の方が時間がかかるのはわかっているのに、できるだけ急がずにはいられなかった。
勇樹の家の前まで来ると、呼吸を整え、全体を見渡した。
この家に、やっと勇樹が戻って来る。
どんな顔をして迎えよう。
何て言おう。
言いたいことも、聞きたいこともたくさんある。でもそんなものはどうでもいい。目の前に、勇樹が戻って来てくれるのなら。
そわそわしながら勇樹を待つ。
だんだんと緊張してきた。そして、さっきの電話は本当にあったのだろうかとふと思う。
勇樹のことを考え過ぎて、自分の頭の中だけで起きた出来事だったりはしないだろうか。白昼夢をみていたとか。
不安になってスマホを取り出し、着信履歴を開いてみる。
ちゃんとあった。
その電話で勇樹と交わした会話を思い出して、胸がぎゅんとなる。
早く会いたい。早く。早く……。
勇樹が着くまで、奈瑠の倍以上は時間がかかるはずだ。それはわかっているけれど、なかなか時間が経たない。何度も何度も時計に目を遣った。
もう着いてもいい頃を過ぎても、勇樹は姿を現さなかった。
また不安が募り始める。
もしかしたら、勇樹は戻って来ないんじゃないか……。
奈瑠は玄関前にしゃがみ込んで大きくため息を吐いた。
再度、着信履歴を確認する。
確かにある。どうして勇樹は戻って来ないのだろう。この家で待っていてくれと言ったのは勇樹なのに。
何の連絡もないまま、それからも何十分も待ち続けた。だがさすがに不安を抑えきれず、とうとう電話をかけた。
「もしもし勇……」
〈もしもし〉
何度かのコール音のあと電話の向こうから聞こえたのは、勇樹ではなく、聞き覚えのない若い女性の声だった。
〈もしもし? お姉さんですか?〉
「…………」
〈もしもし? もしもし?〉
「はい……」
訳がわからない。
〈すみません。画面の表示が姉ちゃんってなってたものだから勝手に出てしまいました〉
恐縮したような口調で彼女は言った。
〈もしもし?〉
「はい……」
誰だ。この若い女はいったい誰なのだ。
〈あの、彼今病院にいるんです。交通事故で……〉
「えっ」
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