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8 奈留の役割
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病院の、道路を挟んだ向かいにあるファミレスに入った。
時間帯のせいか空いている。奈瑠たちは窓際のボックス席に座った。
「昨日、知世ちゃんと会ったの」
「えっ」
「向こうから会えませんかって連絡が来て、それで。勇樹たち、別れたんだってね」
勇樹はやはり元気がないように見える。引きずっているのだろうか。
「でも、けんか別れみたいなことではなかったんでしょう? 知世ちゃんは、これからも勇樹は大切な人に変わりないって言ってた」
「うん」
「知世ちゃんから、合鍵返すの忘れてたから、わたしから返しておいてほしいって頼まれたんだけど、今日は持って来てないの。まさかこんな所で会うとは思ってなかったし。また今度持って行くね」
嘘だった。本当は、失くさないようにと自分の家の鍵と一緒にキーホルダーに付けて持っていたのに、それを返してしまったら、もう二度と会えなくなってしまうような気がしたのだ。
「ねえ勇樹……」
昨日見たことを話すかどうか迷った。女子高生と関係を持つなんて許されることではないけれど、また部外者がしゃしゃり出て事態を引っ掻き回すことはしたくない。なのに……。
「あの子とつき合ってるの?」
結局口に出してしまった。
「え?」
「ごめん。昨日見ちゃったの。勇樹と女子高生が、家の中に入って行くの……」
「…………」
「知世ちゃんと会った後にね、勇樹んちまで行ったの。鍵を返そうと思って。そしたら、偶然……」
勇樹は黙っている。否定しないということは、認めたということなのだろうか。やはりどうも顔色がよくない。
「ねえ勇樹、やっぱりちょっと体調悪いんじゃないの? どうして病院に?」
少しの沈黙の後、勇樹はおもむろに口を開いた。
「ガンが、見つかって……」
「えっ……」
「ステージⅡaの、乳ガン……あ、俺がじゃなくて、母親が」
「えっ……」
驚いて、また驚いた。だから勇樹の顔色はよくなかったのだ。
「それでさっき病院にいたの? 手術は?」
「手術は明日なんだ。今日、入院したところで」
「そうだったんだ……」
「昨日電話してきて、『乳がんになっちゃって、手術受けるために明日入院するから一応言っとくわね』って、いきなり……。俺に心配させないようにギリギリになって言ったんだと思う」
注文した飲み物が運ばれてきても、勇樹は手を付けようとはしなかった。
「Ⅱaの乳がんの五年生存率って八十パーセントを超えるらしいんだ。でも裏を返せば、二十パーセントは死んじゃうってことだろ」
「そんなふうに考えちゃ……」
「俺何も言えなかったんだ。電話もらったとき。何て言ったらいいのかわからなかった。普段からあんまり連絡もとらないし、あの人は好きな仕事をして、元気に生きてるのが普通って思ってたんだよな。だけど一瞬で怖くなった。もし死んじゃったらって思うと。なんでもっと気にかけてやらなかったんだろうって。本当はすごく心細かったと思うんだ。ガンだってわかって。でも、俺には昨日まで黙ってて。俺ずっと親不孝してきたからさ、母さんがこのままいなくなったらって思うと泣けてきちゃって。育ててもらった恩返しもまだ何もしてないのにさ。隆治が死んで、ばあちゃんが死んで、また大事な人を亡くすかもしれないって思ったら、俺……」
「勇樹……」
「昨日は車で出かけてなかったから、電車に乗って帰るのに涙止めなきゃって思うんだけど、そうすると逆に止まらなくて。それを、駅でたまたま見られたんだ。あの子に。それで彼女、また俺の後を付いて来てたみたいで。前のときと同じパターンだよ。俺は全然気づいてなくて、家に入ろうとしたらいきなり声をかけられた。俺、不安で、ちょっとでも誰かにそばにいてほしくて、それで、彼女と一緒に家の中に……。でも何もない。姉ちゃんが心配してるようなことは何も。誓ってない。昨日は俺の方が子供みたいだった。彼女は大人だよ。実は彼女のお母さんも一昨年同じ病気で亡くなってるんだ。それは以前再会したときに聞いていて。彼女『勇樹先生のお母さんは絶対大丈夫だよ。うちのお母さんとはステージだって違うんだから。勇樹先生がそんな顔してたらお母さん困るでしょ』って言って抱きしめてくれた。すごく、ありがたかったよ」
そういうことだったのかと思った。
時間帯のせいか空いている。奈瑠たちは窓際のボックス席に座った。
「昨日、知世ちゃんと会ったの」
「えっ」
「向こうから会えませんかって連絡が来て、それで。勇樹たち、別れたんだってね」
勇樹はやはり元気がないように見える。引きずっているのだろうか。
「でも、けんか別れみたいなことではなかったんでしょう? 知世ちゃんは、これからも勇樹は大切な人に変わりないって言ってた」
「うん」
「知世ちゃんから、合鍵返すの忘れてたから、わたしから返しておいてほしいって頼まれたんだけど、今日は持って来てないの。まさかこんな所で会うとは思ってなかったし。また今度持って行くね」
嘘だった。本当は、失くさないようにと自分の家の鍵と一緒にキーホルダーに付けて持っていたのに、それを返してしまったら、もう二度と会えなくなってしまうような気がしたのだ。
「ねえ勇樹……」
昨日見たことを話すかどうか迷った。女子高生と関係を持つなんて許されることではないけれど、また部外者がしゃしゃり出て事態を引っ掻き回すことはしたくない。なのに……。
「あの子とつき合ってるの?」
結局口に出してしまった。
「え?」
「ごめん。昨日見ちゃったの。勇樹と女子高生が、家の中に入って行くの……」
「…………」
「知世ちゃんと会った後にね、勇樹んちまで行ったの。鍵を返そうと思って。そしたら、偶然……」
勇樹は黙っている。否定しないということは、認めたということなのだろうか。やはりどうも顔色がよくない。
「ねえ勇樹、やっぱりちょっと体調悪いんじゃないの? どうして病院に?」
少しの沈黙の後、勇樹はおもむろに口を開いた。
「ガンが、見つかって……」
「えっ……」
「ステージⅡaの、乳ガン……あ、俺がじゃなくて、母親が」
「えっ……」
驚いて、また驚いた。だから勇樹の顔色はよくなかったのだ。
「それでさっき病院にいたの? 手術は?」
「手術は明日なんだ。今日、入院したところで」
「そうだったんだ……」
「昨日電話してきて、『乳がんになっちゃって、手術受けるために明日入院するから一応言っとくわね』って、いきなり……。俺に心配させないようにギリギリになって言ったんだと思う」
注文した飲み物が運ばれてきても、勇樹は手を付けようとはしなかった。
「Ⅱaの乳がんの五年生存率って八十パーセントを超えるらしいんだ。でも裏を返せば、二十パーセントは死んじゃうってことだろ」
「そんなふうに考えちゃ……」
「俺何も言えなかったんだ。電話もらったとき。何て言ったらいいのかわからなかった。普段からあんまり連絡もとらないし、あの人は好きな仕事をして、元気に生きてるのが普通って思ってたんだよな。だけど一瞬で怖くなった。もし死んじゃったらって思うと。なんでもっと気にかけてやらなかったんだろうって。本当はすごく心細かったと思うんだ。ガンだってわかって。でも、俺には昨日まで黙ってて。俺ずっと親不孝してきたからさ、母さんがこのままいなくなったらって思うと泣けてきちゃって。育ててもらった恩返しもまだ何もしてないのにさ。隆治が死んで、ばあちゃんが死んで、また大事な人を亡くすかもしれないって思ったら、俺……」
「勇樹……」
「昨日は車で出かけてなかったから、電車に乗って帰るのに涙止めなきゃって思うんだけど、そうすると逆に止まらなくて。それを、駅でたまたま見られたんだ。あの子に。それで彼女、また俺の後を付いて来てたみたいで。前のときと同じパターンだよ。俺は全然気づいてなくて、家に入ろうとしたらいきなり声をかけられた。俺、不安で、ちょっとでも誰かにそばにいてほしくて、それで、彼女と一緒に家の中に……。でも何もない。姉ちゃんが心配してるようなことは何も。誓ってない。昨日は俺の方が子供みたいだった。彼女は大人だよ。実は彼女のお母さんも一昨年同じ病気で亡くなってるんだ。それは以前再会したときに聞いていて。彼女『勇樹先生のお母さんは絶対大丈夫だよ。うちのお母さんとはステージだって違うんだから。勇樹先生がそんな顔してたらお母さん困るでしょ』って言って抱きしめてくれた。すごく、ありがたかったよ」
そういうことだったのかと思った。
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