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3 夏の終わり
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加奈さんはすぐに自分のスマホを取り出した。そして何度か画面をタップしてから、清風さんの手前に座っている悠斗君に差し出した。悠斗君はそれを受け取り、清風さんに渡した。
「奥さん、さっきのメモ見せて」
奥さんは折りたたんだ紙をエプロンのポケットから出してカウンター越しに清風さんに渡した。メモを開いて、番号を確認する。
「間違いないみたいね。気を悪くしないでちょうだいね。世の中には悪い人もたくさんいるでしょう? このお店も、以前実際にそういう被害に遭ってるもんだから」
悠斗君がスマホを加奈さんに返した。やっぱり加奈さんは詐欺ねえさんではなかったようだ。
「当然です。初対面で、支払いもできないうえに、お金を貸してくださいだなんて……」
「いいわ。お金はあたしが貸してあげる」
清風さんは立ち上がって財布から一万円札を取り出すと、加奈さんのそばに行き、彼女の前にその一万円札を置いた。
「切りが悪いから、ミックスジュース代も含めて一万円。後日このお店宛に送ってくれればいいから。咲和、ここの住所書いてあげて」
加奈さんはカウンターに額がつくくらいに頭を下げた。
わたしは言われたとおりにメモ用紙にリーフの住所と電話番号を書いて渡した。
「あの、お名前は」
加奈さんは清風さんを見た。
「あたしは雅楽川清風。雅楽の川に清い風って書くの」
「雅楽の川……尾道にもいらっしゃるんですね。雅楽川さんって」
「違うの。この人東京の人で、こっちに遊びに来てるだけなの。雅楽川って有名だけど、考えてみれば珍しい名字よね」
奥さんが言った。たしかに雅楽川なんて名字、どこにでもはない。田中や佐藤とはレア感が違う。
「加奈さんはどこのホテルに泊まってるの?」
清風さんが聞いた。宿泊先を把握しておこうというつもりだろうか。
「ホテルじゃなくて、貸別荘に」
「えっ、どこのですか!?」
わたしは思わず聞いた。尾道にはいくつか貸別荘があって、観光客に人気だ。貸別荘と言っても清風さんちみたいな大きなお屋敷ではなくて、ごく普通の一軒家の古民家だ。レトロな雰囲気は残しながらもモダンなデザインを取り入れた改装がなされていて、それってすごく尾道らしいと思う。そばを通ったことはあるけれど、中はネットの写真でしか見たことがなくて、前から興味があった。
「場所はロープウェイの近くです」
「ロープウェイの近くはたしか、『ムーンライト』ですよね?」
それが貸別荘の名前だ。
「坂の上の方にある『風の坂道』と迷ったんですけど、迷ってるうちに『風の坂道』の方は予約が入ってしまって」
「へえそうなんだー。いいなあ。わたし一度中を見てみたいんですよね」
「見に来ますか?」
「いいんですか?」
「ちょっと咲和、厚かましいわよ」
清風さんがたしなめるように言った。でもわざと言ったわけじゃない。ただ単純に思っていたことを口にしただけだ。
「かまいません。厚かましいのはこっちですから。わたしも今夜までだし、ちょっと中を見せるくらいなら大丈夫だと……」
誰かの電話の着信音が鳴り出した。
反応したのは加奈さんだった。膝に置いたバッグの中からスマホを取り出し、画面を見て、「あっ」という顔をして電話に出た。
「…………本当ですか!? よかった……」
加奈さんは清風さんに顔を向けた。きっと、財布が拾われて届けられたという警察からの電話なのだろう。
「……あーえっと、わからないですけど、調べて行きます。……はい。……どうもありがとうございました」
加奈さんが電話を切ると同時に清風さんが口を開いた。
「届いたって?」
加奈さんは心底ホッとしたような顔で大きくうなずいた。
「午前中に寄った尾道帆布のお店に置き忘れてたって。問い合わせはしたんですけど、そのときには気づかなかったらしくて、今お店の人が交番に届けてくれたみたいです」
みんなも安心したようだ。ちなみに帆布とは元々船の帆に使われていた布で、尾道帆布とはその名の通り尾道の工場で作られた帆布のことだ。市内の工房ではそれを材料にしたバッグや小物などが売られているのだが、これがすごく味があってカワイイ。色や形も様々で、わたしもトートバッグとブックカバーを持っている。
「それで、届いているのがさっき行った駅前の交番じゃなくて、久保交番ってところらしいんですけど、どこにあるんでしょうか」
「久保交番っていったらあそこよね? 防地口の交差点の向こうの」
奥さんがマスターに向かって言った。
「そうそう。2号線沿いのな」
久保交番と言えばおばあちゃんがいなくなった時に悠斗君が届け出たところだ。
「悠斗君知ってるよね?」
わたしは悠斗君に言った。
「もちろん知ってますよ。俺これから帰るけえ一緒に行きましょうか?」
「いいんですか?」
加奈さんは悠斗君と一緒に久保交番へ向かうことになった。さっき借りた一万円札を取り出して返そうとすると清風さんは言った。
「ちょっと待って。ちゃんとお財布を受け取ってからでいいわ。だって中身がちゃんと入ってるままかわからないじゃない。あたしも一緒に久保交番まで行くわ」
「いえ、それならわたしがまた戻って来ます。申し訳ないですから」
「いいのよ。あたしも家そっち方面だから」
すると奥さんが口を挿んだ。
「だったら、咲和ちゃんももうすぐバイト終わるんだし4人で行けば? それで財布を受け取ったあとに、せっかくだからみんなで貸別荘の中見せてもらえばいいじゃない。こういう機会なかなかないわよ。わたしだって見てみたいもの」
清風さんにはさっき一度たしなめられたけれど、奥さんの後押しもあって『ムーンライト』の中を見せてもらえることになった。
ということで、わたしのアルバイトが終わるのを待って、4人でリーフを出た。
「奥さん、さっきのメモ見せて」
奥さんは折りたたんだ紙をエプロンのポケットから出してカウンター越しに清風さんに渡した。メモを開いて、番号を確認する。
「間違いないみたいね。気を悪くしないでちょうだいね。世の中には悪い人もたくさんいるでしょう? このお店も、以前実際にそういう被害に遭ってるもんだから」
悠斗君がスマホを加奈さんに返した。やっぱり加奈さんは詐欺ねえさんではなかったようだ。
「当然です。初対面で、支払いもできないうえに、お金を貸してくださいだなんて……」
「いいわ。お金はあたしが貸してあげる」
清風さんは立ち上がって財布から一万円札を取り出すと、加奈さんのそばに行き、彼女の前にその一万円札を置いた。
「切りが悪いから、ミックスジュース代も含めて一万円。後日このお店宛に送ってくれればいいから。咲和、ここの住所書いてあげて」
加奈さんはカウンターに額がつくくらいに頭を下げた。
わたしは言われたとおりにメモ用紙にリーフの住所と電話番号を書いて渡した。
「あの、お名前は」
加奈さんは清風さんを見た。
「あたしは雅楽川清風。雅楽の川に清い風って書くの」
「雅楽の川……尾道にもいらっしゃるんですね。雅楽川さんって」
「違うの。この人東京の人で、こっちに遊びに来てるだけなの。雅楽川って有名だけど、考えてみれば珍しい名字よね」
奥さんが言った。たしかに雅楽川なんて名字、どこにでもはない。田中や佐藤とはレア感が違う。
「加奈さんはどこのホテルに泊まってるの?」
清風さんが聞いた。宿泊先を把握しておこうというつもりだろうか。
「ホテルじゃなくて、貸別荘に」
「えっ、どこのですか!?」
わたしは思わず聞いた。尾道にはいくつか貸別荘があって、観光客に人気だ。貸別荘と言っても清風さんちみたいな大きなお屋敷ではなくて、ごく普通の一軒家の古民家だ。レトロな雰囲気は残しながらもモダンなデザインを取り入れた改装がなされていて、それってすごく尾道らしいと思う。そばを通ったことはあるけれど、中はネットの写真でしか見たことがなくて、前から興味があった。
「場所はロープウェイの近くです」
「ロープウェイの近くはたしか、『ムーンライト』ですよね?」
それが貸別荘の名前だ。
「坂の上の方にある『風の坂道』と迷ったんですけど、迷ってるうちに『風の坂道』の方は予約が入ってしまって」
「へえそうなんだー。いいなあ。わたし一度中を見てみたいんですよね」
「見に来ますか?」
「いいんですか?」
「ちょっと咲和、厚かましいわよ」
清風さんがたしなめるように言った。でもわざと言ったわけじゃない。ただ単純に思っていたことを口にしただけだ。
「かまいません。厚かましいのはこっちですから。わたしも今夜までだし、ちょっと中を見せるくらいなら大丈夫だと……」
誰かの電話の着信音が鳴り出した。
反応したのは加奈さんだった。膝に置いたバッグの中からスマホを取り出し、画面を見て、「あっ」という顔をして電話に出た。
「…………本当ですか!? よかった……」
加奈さんは清風さんに顔を向けた。きっと、財布が拾われて届けられたという警察からの電話なのだろう。
「……あーえっと、わからないですけど、調べて行きます。……はい。……どうもありがとうございました」
加奈さんが電話を切ると同時に清風さんが口を開いた。
「届いたって?」
加奈さんは心底ホッとしたような顔で大きくうなずいた。
「午前中に寄った尾道帆布のお店に置き忘れてたって。問い合わせはしたんですけど、そのときには気づかなかったらしくて、今お店の人が交番に届けてくれたみたいです」
みんなも安心したようだ。ちなみに帆布とは元々船の帆に使われていた布で、尾道帆布とはその名の通り尾道の工場で作られた帆布のことだ。市内の工房ではそれを材料にしたバッグや小物などが売られているのだが、これがすごく味があってカワイイ。色や形も様々で、わたしもトートバッグとブックカバーを持っている。
「それで、届いているのがさっき行った駅前の交番じゃなくて、久保交番ってところらしいんですけど、どこにあるんでしょうか」
「久保交番っていったらあそこよね? 防地口の交差点の向こうの」
奥さんがマスターに向かって言った。
「そうそう。2号線沿いのな」
久保交番と言えばおばあちゃんがいなくなった時に悠斗君が届け出たところだ。
「悠斗君知ってるよね?」
わたしは悠斗君に言った。
「もちろん知ってますよ。俺これから帰るけえ一緒に行きましょうか?」
「いいんですか?」
加奈さんは悠斗君と一緒に久保交番へ向かうことになった。さっき借りた一万円札を取り出して返そうとすると清風さんは言った。
「ちょっと待って。ちゃんとお財布を受け取ってからでいいわ。だって中身がちゃんと入ってるままかわからないじゃない。あたしも一緒に久保交番まで行くわ」
「いえ、それならわたしがまた戻って来ます。申し訳ないですから」
「いいのよ。あたしも家そっち方面だから」
すると奥さんが口を挿んだ。
「だったら、咲和ちゃんももうすぐバイト終わるんだし4人で行けば? それで財布を受け取ったあとに、せっかくだからみんなで貸別荘の中見せてもらえばいいじゃない。こういう機会なかなかないわよ。わたしだって見てみたいもの」
清風さんにはさっき一度たしなめられたけれど、奥さんの後押しもあって『ムーンライト』の中を見せてもらえることになった。
ということで、わたしのアルバイトが終わるのを待って、4人でリーフを出た。
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