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2 マコト君と悠斗君
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「マスター、請求はあたしに回してね」
悠斗君が帰ったあと、清風さんは言った。
「請求? お金なんて取らないよ。ほんの賄いのついでなんだから」
「そんなこと言っておきながら、けっこういろいろがっつり作っちゃうと思うわ。マスターのことだから。だったらいっそのこと好きな材料を使って作りたいもの思いっきり作っちゃえば? その分は全部あたしが出すから。新メニューの開発にもなるんじゃない? マスターも悠斗君もあたしの命の恩人だから、そうさせてもらえたらこっちとしてもすごくありがたいんだけど」
さすが清風さんだ。カネにものを言わせて……じゃなくて、潤沢な資金力を活かして、café leafのためにも悠斗君のためにもなることで恩返ししようというわけだ。最初にお屋敷を訪ねたとき、お礼だと言って手持ちの現金を差し出し、それを持って帰ってくれと言われたことがものすごく遠い昔に思える。あの頃の清風さんは自分のことを「あたし」とは言っていなかったし、“失礼極まりないヤツの皮”を被った、クールでかっこいい男の人だった……。まあ結局それも“皮”だったのだけれど……。
「ねえ咲和ってば」
「へっ?」
「あんたもいいアイデアだと思わない?」
「ああ、はい。思います。すごく」
「いや、でもさ……」
マスターは困ったように言った。奥さんはマスターと清風さんの顔を交互に見ている。わたしはあることを思いついた。
「じゃあマスター、清風さんにも食べてもらえばいいじゃないですか。賄い以外の、お茶とかサンドイッチとかは今までどおり代金をもらって、賄いとして作った料理は、清風さんにも味見してもらえば」
「そうね。そうしましょうマスター。いいでしょう? ね、お願い」
「その顔で『お願い』とか言われると、男だけどなんだか断れないよ……」
わたしと奥さんは同時にマスターに顔を向けた。
「別に僕はそんな、あれだよ……」
今度はわたしと奥さんは同時にプッと吹き出した。まあマスターの言うことも、わからなくもないような、あるような。
清風さんはたしかに類まれなる恵まれた外見の持ち主ではあるけれど、人を惹きつける理由は多分それだけではない。やさしいとか、そういう単純な言葉で済む問題でもきっとなくて、残念ながらわたしの表現力ではあの人のことをうまく言い表すのは無理だろう。清風さんはそんな、不思議な人だ。
「マスターこれすごく美味しいわよ。“今日のランチ”のメニューに加えたらいいのに」
マスターはここ数日、賄いとして普段店で使う材料の残りを使って作るほかに、清風さんが言ったように、全く別枠でそれ用の材料を買って、新しいメニューを試したりしている。
清風さんが、「イベリコ豚の生ハムの載ったサラダが食べたい」と言うと、次の日の賄いに出たりする。材料費は清風さん持ちだからいくら高いものをリクエストしてもいいけれど、そもそもリクエストする時点で、マスターがわがままお坊ちゃまの料理人みたいになっている気がしないでもない。でもマスターは「いいんだよ。僕も美味しいものが食べられるんだし」と言って笑っている。“あの顔でお願いされたら、男だけど断れない”んだろう。
お店でお客さんに出す料理よりも賄いの方が豪華というときもあって、わたしもバイトに入る時間によってはその料理を食べさせてもらったりするので、以前よりも楽しみではある。
「悠斗君、まだ一回も来てないの?」
清風さんの質問にマスターは頷いた。悠斗君は御飯を食べにくると約束したものの、まだ顔を見せていない。そもそも賄い料理が豪華になったのは、元はと言えば悠斗君のためだ。
あの子のことだから、遠慮しているんじゃないかと思う。ただでご飯を食べに来ていいといわれても、やっぱりなかなか来づらいものがあるのかもしれない。
たとえば何かのテレビで見た“子ども食堂”みたいに、たくさんの子どもたちがわいわい行くような場所であれば抵抗はないのかもしれないけれど、自分一人となると気をつかってしまうのもわかる。しかも親戚でもなんでもない、知り合ったばかりの赤の他人だ。
それに悠斗君の家はお金に困っているわけでもない。他人にご飯を食べさせてもらう必要はないのだ。ただそれはわかった上で、マスターたちが心配しているのは、栄養の偏りだとか、誰もいない家でたった一人で食べるということなのだ。おせっかいなのかもしれないけれど、マスターたちの、自分たちにできることをしてあげたいというやさしさだと思う。
悠斗君にとっても、リーフに来て少しでもみんなと会話をしながら、マスターの作った温かい食事を食べる方がいいと思ったから賛成したのだったが、もし自分が悠斗君の立場だったら……やはり来づらいかもしれない。
「僕としては来てほしいけど、あんまり強くも言えないからさ。悠斗君が来たいときだけ来てくれればそれでいいんだけど、なかなかね」
「でもやっぱり、食べ盛りなのに毎食コンビニ弁当かインスタントじゃ心配よねえ。勉強や部活にも身が入らないんじゃないかしら」
マスターも奥さんも、やっぱり悠斗君のことを気にかけているようだった。
悠斗君が帰ったあと、清風さんは言った。
「請求? お金なんて取らないよ。ほんの賄いのついでなんだから」
「そんなこと言っておきながら、けっこういろいろがっつり作っちゃうと思うわ。マスターのことだから。だったらいっそのこと好きな材料を使って作りたいもの思いっきり作っちゃえば? その分は全部あたしが出すから。新メニューの開発にもなるんじゃない? マスターも悠斗君もあたしの命の恩人だから、そうさせてもらえたらこっちとしてもすごくありがたいんだけど」
さすが清風さんだ。カネにものを言わせて……じゃなくて、潤沢な資金力を活かして、café leafのためにも悠斗君のためにもなることで恩返ししようというわけだ。最初にお屋敷を訪ねたとき、お礼だと言って手持ちの現金を差し出し、それを持って帰ってくれと言われたことがものすごく遠い昔に思える。あの頃の清風さんは自分のことを「あたし」とは言っていなかったし、“失礼極まりないヤツの皮”を被った、クールでかっこいい男の人だった……。まあ結局それも“皮”だったのだけれど……。
「ねえ咲和ってば」
「へっ?」
「あんたもいいアイデアだと思わない?」
「ああ、はい。思います。すごく」
「いや、でもさ……」
マスターは困ったように言った。奥さんはマスターと清風さんの顔を交互に見ている。わたしはあることを思いついた。
「じゃあマスター、清風さんにも食べてもらえばいいじゃないですか。賄い以外の、お茶とかサンドイッチとかは今までどおり代金をもらって、賄いとして作った料理は、清風さんにも味見してもらえば」
「そうね。そうしましょうマスター。いいでしょう? ね、お願い」
「その顔で『お願い』とか言われると、男だけどなんだか断れないよ……」
わたしと奥さんは同時にマスターに顔を向けた。
「別に僕はそんな、あれだよ……」
今度はわたしと奥さんは同時にプッと吹き出した。まあマスターの言うことも、わからなくもないような、あるような。
清風さんはたしかに類まれなる恵まれた外見の持ち主ではあるけれど、人を惹きつける理由は多分それだけではない。やさしいとか、そういう単純な言葉で済む問題でもきっとなくて、残念ながらわたしの表現力ではあの人のことをうまく言い表すのは無理だろう。清風さんはそんな、不思議な人だ。
「マスターこれすごく美味しいわよ。“今日のランチ”のメニューに加えたらいいのに」
マスターはここ数日、賄いとして普段店で使う材料の残りを使って作るほかに、清風さんが言ったように、全く別枠でそれ用の材料を買って、新しいメニューを試したりしている。
清風さんが、「イベリコ豚の生ハムの載ったサラダが食べたい」と言うと、次の日の賄いに出たりする。材料費は清風さん持ちだからいくら高いものをリクエストしてもいいけれど、そもそもリクエストする時点で、マスターがわがままお坊ちゃまの料理人みたいになっている気がしないでもない。でもマスターは「いいんだよ。僕も美味しいものが食べられるんだし」と言って笑っている。“あの顔でお願いされたら、男だけど断れない”んだろう。
お店でお客さんに出す料理よりも賄いの方が豪華というときもあって、わたしもバイトに入る時間によってはその料理を食べさせてもらったりするので、以前よりも楽しみではある。
「悠斗君、まだ一回も来てないの?」
清風さんの質問にマスターは頷いた。悠斗君は御飯を食べにくると約束したものの、まだ顔を見せていない。そもそも賄い料理が豪華になったのは、元はと言えば悠斗君のためだ。
あの子のことだから、遠慮しているんじゃないかと思う。ただでご飯を食べに来ていいといわれても、やっぱりなかなか来づらいものがあるのかもしれない。
たとえば何かのテレビで見た“子ども食堂”みたいに、たくさんの子どもたちがわいわい行くような場所であれば抵抗はないのかもしれないけれど、自分一人となると気をつかってしまうのもわかる。しかも親戚でもなんでもない、知り合ったばかりの赤の他人だ。
それに悠斗君の家はお金に困っているわけでもない。他人にご飯を食べさせてもらう必要はないのだ。ただそれはわかった上で、マスターたちが心配しているのは、栄養の偏りだとか、誰もいない家でたった一人で食べるということなのだ。おせっかいなのかもしれないけれど、マスターたちの、自分たちにできることをしてあげたいというやさしさだと思う。
悠斗君にとっても、リーフに来て少しでもみんなと会話をしながら、マスターの作った温かい食事を食べる方がいいと思ったから賛成したのだったが、もし自分が悠斗君の立場だったら……やはり来づらいかもしれない。
「僕としては来てほしいけど、あんまり強くも言えないからさ。悠斗君が来たいときだけ来てくれればそれでいいんだけど、なかなかね」
「でもやっぱり、食べ盛りなのに毎食コンビニ弁当かインスタントじゃ心配よねえ。勉強や部活にも身が入らないんじゃないかしら」
マスターも奥さんも、やっぱり悠斗君のことを気にかけているようだった。
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