17 / 46
2 マコト君と悠斗君
4
しおりを挟む
「なんかさ、こっちの警察官ってユルいわよね。来ちゃった、とか、保護してくれちゃった、とか何とか言ってなかった?」
自転車を押して歩きながら清風さんが言った。
「あー、違うんです。あれ敬語なんですよ」
「敬語?」
「『何々しちゃった』っていうのは『何々なされた』みたいなことだから、『来ちゃった』は『来られた』、『保護してくれちゃった』は『保護してくださった』ってとこかな」
「そうなの? 初めて聞いた。あんた東京出身なんでしょ? よくわかったわね」
「もう一年以上住んでますから」
「あんたはこっちの言葉喋らないわけ?」
「短い言葉なら使うことありますよ」
「たとえばどんな?」
「んー……『たいぎい』とか」
「どういう意味?」
「面倒くさい、だるい、みたいな」
「なんか人間性が出てるわね」
「うるさいなあ。でもホント、ちゃんと喋ろうと思ったら難しいし、なんかちょっと恥ずかしくて」
特に祖父母の前だと、小さい頃から東京の言葉で喋ってきたせいか、話し方を変えるのには照れがある。
「ねえなんでわざわざこっちの大学に来たの?」
わたしには二つ年上の姉がいて、都内の音楽大学でピアノを専攻している。私立で、しかも音大というのはけっこうお金がかかるらしく、両親はわたしには国公立の大学に進んでほしいと望んでいた。
扱いの姉妹格差だと言えなくもないけれど、特に恨めしいとも思わなかった。両親も姉もそのことを申し訳なく思ってくれているのはわかっていたし、わたし自身、どうしてもあそこの大学であれを学びたい、という高い志もなかった。
だがいざとなると、実家から通えそうな国公立大学には少々(と言っておく)成績が届かず、選択範囲を広げることにしたのだったが、いくら国公立は学費が安いと言っても一人暮らしをすればお金がかかる。そこで浮かんだ選択肢が、今通っている大学を選ぶというものだった。
公立で、興味のある学科もある。そして家賃がかからない。というのも尾道には父方の祖父母が住んでいて、そこから通うことを歓迎してくれたのだ。
大好きな祖父母と一緒に暮らせるのはうれしいし、逆にじじばば孝行にもなるっぽい。昔から尾道の街も好きだったし、持って来いの解決方法だった。
「ねえそれはそうと、あんたあの高校生の男の子に一目惚れでもしたわけ? やけに積極的だったじゃない。自転車届けるから連絡先教えてとか」
「そんなんじゃないですよ。報告したいことがあるんです」
「報告したいこと? おばあちゃんのことならさっき説明したじゃない」
「それとは別のことです」
「別のこと?」
「『あなたがこの前助けてくれた人は、ちゃんと生き返って元気になりました』って」
「……はあ?」
清風さんは足を止めた。わたしは振り返って言った。
「あの子ですよ。海に飛び込んで、マスターと一緒に清風さんを助けてくれたの」
「ちょっと!! なんでそれをさっき言わないのよ!!」
「さっきは、とにかくおばあちゃんを無事に家に連れて帰ることが先だったでしょ。あそこでごちゃごちゃ言ってもって思って」
「ちょっとヤダ~。ごちゃごちゃは言わなくてもひとこと言ってくれてもいいじゃない。命の恩人なのに向こうばっかり頭下げてたじゃないのよ。あたしすごく失礼な人じゃない」
「そうですよ? 清風さんすごく失礼な人でしたよ? わたしにも。最初はね」
「…………」
「だからこれから行くんじゃないですか。ちゃんとお礼言いましょうねー」
「何なのよもう」
「そうだ。二人乗りしません? 清風さん運転して」
「いやよ。危ないじゃない」
「あ、もしかして清風さん自転車乗れないとか」
「乗れるわよ。でもこういうのは乗ったことないの。イタリア製のしか」
「一緒ですって。一緒一緒!」
「ちょっとやめなさいってば。転んだらどうすんのよ」
「その長い脚を着けば転ばないですって」
「ちょっと何なのよ重いわねあんた」
八歳年上のおネエ言葉をしゃべる超ハイスペック美男子。尾道では、いや東京であっても、わたしが普通に生活していたらまず交わることなどないであろう人種。何一つ共通点などないけれど、清風さんといると、不思議と自然体でいられて、しかも楽しい。
自転車を押して歩きながら清風さんが言った。
「あー、違うんです。あれ敬語なんですよ」
「敬語?」
「『何々しちゃった』っていうのは『何々なされた』みたいなことだから、『来ちゃった』は『来られた』、『保護してくれちゃった』は『保護してくださった』ってとこかな」
「そうなの? 初めて聞いた。あんた東京出身なんでしょ? よくわかったわね」
「もう一年以上住んでますから」
「あんたはこっちの言葉喋らないわけ?」
「短い言葉なら使うことありますよ」
「たとえばどんな?」
「んー……『たいぎい』とか」
「どういう意味?」
「面倒くさい、だるい、みたいな」
「なんか人間性が出てるわね」
「うるさいなあ。でもホント、ちゃんと喋ろうと思ったら難しいし、なんかちょっと恥ずかしくて」
特に祖父母の前だと、小さい頃から東京の言葉で喋ってきたせいか、話し方を変えるのには照れがある。
「ねえなんでわざわざこっちの大学に来たの?」
わたしには二つ年上の姉がいて、都内の音楽大学でピアノを専攻している。私立で、しかも音大というのはけっこうお金がかかるらしく、両親はわたしには国公立の大学に進んでほしいと望んでいた。
扱いの姉妹格差だと言えなくもないけれど、特に恨めしいとも思わなかった。両親も姉もそのことを申し訳なく思ってくれているのはわかっていたし、わたし自身、どうしてもあそこの大学であれを学びたい、という高い志もなかった。
だがいざとなると、実家から通えそうな国公立大学には少々(と言っておく)成績が届かず、選択範囲を広げることにしたのだったが、いくら国公立は学費が安いと言っても一人暮らしをすればお金がかかる。そこで浮かんだ選択肢が、今通っている大学を選ぶというものだった。
公立で、興味のある学科もある。そして家賃がかからない。というのも尾道には父方の祖父母が住んでいて、そこから通うことを歓迎してくれたのだ。
大好きな祖父母と一緒に暮らせるのはうれしいし、逆にじじばば孝行にもなるっぽい。昔から尾道の街も好きだったし、持って来いの解決方法だった。
「ねえそれはそうと、あんたあの高校生の男の子に一目惚れでもしたわけ? やけに積極的だったじゃない。自転車届けるから連絡先教えてとか」
「そんなんじゃないですよ。報告したいことがあるんです」
「報告したいこと? おばあちゃんのことならさっき説明したじゃない」
「それとは別のことです」
「別のこと?」
「『あなたがこの前助けてくれた人は、ちゃんと生き返って元気になりました』って」
「……はあ?」
清風さんは足を止めた。わたしは振り返って言った。
「あの子ですよ。海に飛び込んで、マスターと一緒に清風さんを助けてくれたの」
「ちょっと!! なんでそれをさっき言わないのよ!!」
「さっきは、とにかくおばあちゃんを無事に家に連れて帰ることが先だったでしょ。あそこでごちゃごちゃ言ってもって思って」
「ちょっとヤダ~。ごちゃごちゃは言わなくてもひとこと言ってくれてもいいじゃない。命の恩人なのに向こうばっかり頭下げてたじゃないのよ。あたしすごく失礼な人じゃない」
「そうですよ? 清風さんすごく失礼な人でしたよ? わたしにも。最初はね」
「…………」
「だからこれから行くんじゃないですか。ちゃんとお礼言いましょうねー」
「何なのよもう」
「そうだ。二人乗りしません? 清風さん運転して」
「いやよ。危ないじゃない」
「あ、もしかして清風さん自転車乗れないとか」
「乗れるわよ。でもこういうのは乗ったことないの。イタリア製のしか」
「一緒ですって。一緒一緒!」
「ちょっとやめなさいってば。転んだらどうすんのよ」
「その長い脚を着けば転ばないですって」
「ちょっと何なのよ重いわねあんた」
八歳年上のおネエ言葉をしゃべる超ハイスペック美男子。尾道では、いや東京であっても、わたしが普通に生活していたらまず交わることなどないであろう人種。何一つ共通点などないけれど、清風さんといると、不思議と自然体でいられて、しかも楽しい。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
流星の徒花
柴野日向
ライト文芸
若葉町に住む中学生の雨宮翔太は、通い詰めている食堂で転校生の榎本凛と出会った。
明るい少女に対し初めは興味を持たない翔太だったが、互いに重い運命を背負っていることを知り、次第に惹かれ合っていく。
残酷な境遇に抗いつつ懸命に咲き続ける徒花が、いつしか流星となるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる