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2 マコト君と悠斗君
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「こんにちはー」
「また来たんですか?」
憎まれ口で迎える。
「あんたが何回も来いって言ったんじゃないの」
清風さんが初めてcafé leafに来てから三週間近く。ほぼ毎日やって来て、マスターや奥さんとももう仲良しだ。
最初のキャラクターからは到底考えられないけれど、バイトじゃない日も、今日も来てるのかな、とちょっと気になったりする。
「その『あんた』っていうの、いい加減やめてもらえます?」
「じゃあ咲和」
「なんで呼び捨てなんですか」
「マスター、グリーンティープリーズ」
清風さんはいつものようにカウンター席に座った。マスターは「はいよー」と返事している。
「グリーンティー?」
きょとんとしているわたしにマスターは言った。
「あれ? 言ってなかったっけ? 清風君が飲みたいって言うからさ、メニューに緑茶加えたんだよ」
「ちょっとマスター。どうしてそんなに甘やかすんですか」
「そんなんじゃないよ。いいかもって思ったんだよ。わりと需要があるんじゃないかって。そしたらけっこう評判よくてさ」
「淹れ方はあたしがレクチャーしたのよ」
「まあ、清風君が普段飲んでるような高いのは出せないけどね」
「お茶って淹れ方で全然味変わるのよ。あんたも飲んでみる? ああでも、お子様にはわからないか」
「わかりますっ。わたしだって毎日お茶飲んでます」
“グリーンティー”として新しくメニューに加わった緑茶は、飲んでみると、わたしがいつも祖父母と一緒に飲んでいるお茶とは全く違っていた。本当に味の違いがわかるなんてと自分で驚いたくらい、甘味や渋味や旨味のバランスが絶妙で(なんちゃって)、とにかく美味しいと感じた。これでこんなに美味しいのだから、清風さんが普段飲んでいるという百グラム一万円以上するお茶はいったいどんな味がするのだろう。一度飲んでみたいものだ。
その日は五時で彩さんと交代だったので、清風さんと一緒にお店を出た。清風さんは彩さんとも何度か顔を合わせていて、もう親し気に挨拶を交わしていた。でも彩さんのことは「あんた」ではなく「彩ちゃん」とよんでいる。
歩道を並んで歩きながらわたしは言った。
「なんか、彩さんとわたしの扱いに差がありません? わたしのことは『あんた』か呼び捨てなのに」
「何? 『咲和ちゃん』とでも呼んでほしいわけ?」
「それは、今さらちょっと気持ち悪いかもしれないけど……。でもこの差ってやっぱり彩さんがキレイだからなのかなあって。何やかんや言って男の人は結局そうなっちゃうっていうか」
「ヤダ焼きもち?」
「違いますよ!」
なんだかおかしな気分だ。清風さんを一般的な男の人の定義で考えることがまず間違っているのに。
「彩ちゃんってそんなにキレイかしら? あんたも東京出身だって言ったわよね? 東京には彩ちゃんくらいの子なんてその辺にいっぱいいるじゃない。あ、それともあれ? わざと自分はブスだからって卑下して『そんなことないよ』って言ってほしいパターン?」
「そんなんじゃないです!! なんでそんなに意地悪なんですか。第一わたし自分のことブスだなんてひとことも言ってない!!」
「はいはい」
「ちょっと!! 自分がかっこいいからって人のことバカにしてるとそのうちバチが当たりますよ!!」
「バカになんかしてないわよ」
「ブスって言った!!」
「例えばの話でしょ」
「でもブスって言ったもん」
「ブスに向かってブスとは普通言わな……ちょっとあれ。ヤバいじゃない」
清風さんが何かに気づいて急に走り出した。
「え?」
見れば、二十メートルほど先の道路の真ん中におばあちゃんが座り込んでいる。わたしも後を追った。
車を気にしながら、歩道からおばあちゃんのそばへと駆け寄る。
「おばあちゃんどうしたの? 危ないからあっちに行きましょう。立てる?」
清風さんがしゃがんで話しかける。
「ええ?」
おばあちゃんは清風さんの顔をじっと見たまま立とうとしない。
「おばあちゃん、あっちに行きましょう。ね」
わたしも話しかける。歳は七十代半ばくらいだろうか。わたしのことも不思議そうに見ている。車が来やしないかと気が気ではない。
「危ないから、ちょっとごめんね」
そう言うと清風さんはおばあちゃんをさっと抱き上げ、歩道まで移動させた。なんて男らしい……。
「おばあちゃん大丈夫? ケガとかしてない?」
清風さんはおばあちゃんの体をあちこち見ながら尋ねた。おばあちゃんは裸足だ。
「えらいけえあそこへ座っとったんよ。ヒデユキが来てくれてえかったわ」
おばあちゃんは清風さんに向かってそう言った。清風さんとわたしは顔を見合わせた。
「あんた迎えに来てくれたんじゃろ? この人はヒデユキの学校の同級生なん?」
おばあちゃんは今度はわたしを見て言った。
「ああ、あんたノリコちゃんか。久しぶりじゃね。元気じゃった?」
にっこりとそんなことを言われて更に戸惑う。
「おばあちゃん、家に帰らないの?」
清風さんが聞いた。
「帰るよ。ヒデユキと一緒に帰る」
「そう……だね。家、どこ? この近く?」
「ここはどこかなあ」
「ここは土堂よ。わかる?」
「わかるよ」
「じゃあ家はどっち?」
おばあちゃんは首を傾げている。認知症、という言葉がふっと頭に浮かんだ。テレビなどでわりと耳にする。詳しく知っているわけではないけれど、この人はおそらくそうなのだろうと思った。認知症になると人が誰だかわからなくなったり、徘徊したりといった症状が出るというから。
「じゃあさ、おばあちゃん、住所言える?」
おばあちゃんは何を聞かれているのかわからないといった顔で清風さんを見返した。
「ねえ咲和、このおばあちゃん、一旦リーフに連れて行きましょうか。ここでこうやってても埒が明かないわ
「また来たんですか?」
憎まれ口で迎える。
「あんたが何回も来いって言ったんじゃないの」
清風さんが初めてcafé leafに来てから三週間近く。ほぼ毎日やって来て、マスターや奥さんとももう仲良しだ。
最初のキャラクターからは到底考えられないけれど、バイトじゃない日も、今日も来てるのかな、とちょっと気になったりする。
「その『あんた』っていうの、いい加減やめてもらえます?」
「じゃあ咲和」
「なんで呼び捨てなんですか」
「マスター、グリーンティープリーズ」
清風さんはいつものようにカウンター席に座った。マスターは「はいよー」と返事している。
「グリーンティー?」
きょとんとしているわたしにマスターは言った。
「あれ? 言ってなかったっけ? 清風君が飲みたいって言うからさ、メニューに緑茶加えたんだよ」
「ちょっとマスター。どうしてそんなに甘やかすんですか」
「そんなんじゃないよ。いいかもって思ったんだよ。わりと需要があるんじゃないかって。そしたらけっこう評判よくてさ」
「淹れ方はあたしがレクチャーしたのよ」
「まあ、清風君が普段飲んでるような高いのは出せないけどね」
「お茶って淹れ方で全然味変わるのよ。あんたも飲んでみる? ああでも、お子様にはわからないか」
「わかりますっ。わたしだって毎日お茶飲んでます」
“グリーンティー”として新しくメニューに加わった緑茶は、飲んでみると、わたしがいつも祖父母と一緒に飲んでいるお茶とは全く違っていた。本当に味の違いがわかるなんてと自分で驚いたくらい、甘味や渋味や旨味のバランスが絶妙で(なんちゃって)、とにかく美味しいと感じた。これでこんなに美味しいのだから、清風さんが普段飲んでいるという百グラム一万円以上するお茶はいったいどんな味がするのだろう。一度飲んでみたいものだ。
その日は五時で彩さんと交代だったので、清風さんと一緒にお店を出た。清風さんは彩さんとも何度か顔を合わせていて、もう親し気に挨拶を交わしていた。でも彩さんのことは「あんた」ではなく「彩ちゃん」とよんでいる。
歩道を並んで歩きながらわたしは言った。
「なんか、彩さんとわたしの扱いに差がありません? わたしのことは『あんた』か呼び捨てなのに」
「何? 『咲和ちゃん』とでも呼んでほしいわけ?」
「それは、今さらちょっと気持ち悪いかもしれないけど……。でもこの差ってやっぱり彩さんがキレイだからなのかなあって。何やかんや言って男の人は結局そうなっちゃうっていうか」
「ヤダ焼きもち?」
「違いますよ!」
なんだかおかしな気分だ。清風さんを一般的な男の人の定義で考えることがまず間違っているのに。
「彩ちゃんってそんなにキレイかしら? あんたも東京出身だって言ったわよね? 東京には彩ちゃんくらいの子なんてその辺にいっぱいいるじゃない。あ、それともあれ? わざと自分はブスだからって卑下して『そんなことないよ』って言ってほしいパターン?」
「そんなんじゃないです!! なんでそんなに意地悪なんですか。第一わたし自分のことブスだなんてひとことも言ってない!!」
「はいはい」
「ちょっと!! 自分がかっこいいからって人のことバカにしてるとそのうちバチが当たりますよ!!」
「バカになんかしてないわよ」
「ブスって言った!!」
「例えばの話でしょ」
「でもブスって言ったもん」
「ブスに向かってブスとは普通言わな……ちょっとあれ。ヤバいじゃない」
清風さんが何かに気づいて急に走り出した。
「え?」
見れば、二十メートルほど先の道路の真ん中におばあちゃんが座り込んでいる。わたしも後を追った。
車を気にしながら、歩道からおばあちゃんのそばへと駆け寄る。
「おばあちゃんどうしたの? 危ないからあっちに行きましょう。立てる?」
清風さんがしゃがんで話しかける。
「ええ?」
おばあちゃんは清風さんの顔をじっと見たまま立とうとしない。
「おばあちゃん、あっちに行きましょう。ね」
わたしも話しかける。歳は七十代半ばくらいだろうか。わたしのことも不思議そうに見ている。車が来やしないかと気が気ではない。
「危ないから、ちょっとごめんね」
そう言うと清風さんはおばあちゃんをさっと抱き上げ、歩道まで移動させた。なんて男らしい……。
「おばあちゃん大丈夫? ケガとかしてない?」
清風さんはおばあちゃんの体をあちこち見ながら尋ねた。おばあちゃんは裸足だ。
「えらいけえあそこへ座っとったんよ。ヒデユキが来てくれてえかったわ」
おばあちゃんは清風さんに向かってそう言った。清風さんとわたしは顔を見合わせた。
「あんた迎えに来てくれたんじゃろ? この人はヒデユキの学校の同級生なん?」
おばあちゃんは今度はわたしを見て言った。
「ああ、あんたノリコちゃんか。久しぶりじゃね。元気じゃった?」
にっこりとそんなことを言われて更に戸惑う。
「おばあちゃん、家に帰らないの?」
清風さんが聞いた。
「帰るよ。ヒデユキと一緒に帰る」
「そう……だね。家、どこ? この近く?」
「ここはどこかなあ」
「ここは土堂よ。わかる?」
「わかるよ」
「じゃあ家はどっち?」
おばあちゃんは首を傾げている。認知症、という言葉がふっと頭に浮かんだ。テレビなどでわりと耳にする。詳しく知っているわけではないけれど、この人はおそらくそうなのだろうと思った。認知症になると人が誰だかわからなくなったり、徘徊したりといった症状が出るというから。
「じゃあさ、おばあちゃん、住所言える?」
おばあちゃんは何を聞かれているのかわからないといった顔で清風さんを見返した。
「ねえ咲和、このおばあちゃん、一旦リーフに連れて行きましょうか。ここでこうやってても埒が明かないわ
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