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season Ⅰ

第5話 宙に浮く影

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「その、ごめんな瑠詩亜るしあ君。俺達、もう帰らないといけないんだ」

「ううん。ありがと。……いつかさ、霊長類最強の弟子の小説書いてもいい?」

恥ずかし気にそう尋ねてくる少年の頭をガシガシと力強く撫で、嵐は別れの言葉を告げた。
空は快晴。昨夜の通り雨は、かなりの勢いだったが帰るのには問題なさそうだ。泥が跳ねるのに注意しなくてはいけない点以外は。

家を出て、さて、これで暇な特別調査係の何気ない一日が終わる、そう思った矢先の出来事だった。

「沢村さん、沢村さん!!!」
血相を変えた女性が荷物を振り回しながら走ってきたのだ。

「なんだい花子さんじゃねえか! どうしたんだぁ!?」

ぜえぜえと尋常じゃない様子で縋る女性をなだめる沢村巡査。だが、次の一言でその顔が固まることになる。

「人死に! 人死にだよぉ!! あのバカ息子が死んでるんよ!!!」

「嘘だろぉ!?」沢村巡査は一度も見せたことのない大声をあげた。

「ほんとだよぉ、いつまでたっても、がちゃがちゃうるさいから怒鳴りこみに行ってやったら、首つって死んでるのよぉ!!」

「んな、バカな……」

沢村巡査は焦った顔で左京と嵐に振り向く。
「すんません。なにやら、その、緊急みたいで。私は行かないと……。失礼します!!」
そう言い、巡査は駆け出してしまった。

「ああ、え~と、どうしたら」

一方、嵐は自身の思考が追いついていないのを感じ取っていた。だが左京は、そんな彼をしり目に一歩を踏み出していた。

「吉良警部、どこへ !?」

「もちろん、沢村巡査の後を追いに。ああ、花子さん、お手数ですが、人志氏の自宅はどこに?」

「え、ええ。ここしばらく道なりに行った、公民館と小学校の近くにある大きな蔵ですわ」

「そうですか、どうもありがとうございます。それでは、僕もこれで」

左京は何のためらいもなく、歩き出す。その背中を見ながら、嵐の脳裏には突如ここ一ヵ月の記憶が流れていく。

霊和県警の霊和警察署、陸の孤島。

そして、薄暗い部屋。

消費されていく飴に、しなびていく心。

「……俺達、刑事じゃないんですよ? 捜査権も……」ふと、情けなく出した声に左京は一瞬、振り向いていった。

「ああ、君は来なくても結構ですよ」
なんでもないようなその一言を聞いて、

「!!」
カッと、嵐の心の奥で、エンジンが火を噴いて暴れ出した。たまりにたまった思いが、身体を動かす。無意識のうちに、ネクタイに手をかける。

気がつけばダラダラに隙間の空いたそれを、乱暴に締め上げていた。
「冗談じゃない! 行くに決まってるじゃないですか!!」

嵐は走り、左京を猛然と追い越して、巡査の後を追った。

沢村巡査の後を追い、30分ほど走ったところに、町長の息子、北川人志氏の自宅はある。なるほど、花子さんの言っていた通り、公民館と小学校が並んでいる大きな通りをさらに奥に行ったところ。騒音トラブルは小学校にはぎりぎり届かないくらいの距離。

もともとは大きな土蔵だったのだろうが、激しくリフォームされている。元は質素な壁だっただろうそこは派手なペンキで塗りたくられていた。文字なのかすら判別ができないが、アートなのだろうか。
左京と嵐は入り口で呆と立ち止まっていた沢村巡査と合流すると、家の中に入っていく。
内部は一階は巨大なガレージ、二階は自宅となっていた。ガレージには昨日、嵐たちが見かけた改造車が派手派手しい色を輝かせながら鎮座していた。

その二階、派手に散らかされ、住人の生活習慣がよくわかるそこに、人志氏はいた。天窓の光に照らされた体を宙に浮かせながら。

入った瞬間、生活臭とは異なる、すえた臭いに顔をしかめた。こういった犯罪現場には慣れているとはいえ、人の死には慣れることはできない。

「まさか、ほんとにこんなことになるとは。……これ、下ろしてしまってもよろしいのでしょうか?」
沢村巡査はこういった現場は初めてだという。どこから、自信なさげに尋ねてきた。

昨日は車越しに見ただけなので分からなかったが、人志氏はかなりの大柄で、プロレスラーか、相撲取りといっても過言ではない、そんな体格をしていた。
天井の太い梁に結びつけられたロープに吊らされているが、到着した時点で、既に脈はなく、死後硬直も進んでいた。首元は自重のためか、ロープに酷く食い込んでいる。

「事件性を確認するまでは、そのままで。……足元には踏み台となりうる椅子が転がっていますねえ。元は土蔵ということではりは低い。この椅子を使えば届く距離でしょう」

そう言いながら、左京は白い手袋をつけて、物色を始める。嵐もそれに倣い、写真をとりながら検証を始めた。

現場保存のためにも、配置を動かさないように注意する。だが、脱ぎ散らかされた下着類に、雑誌、CDケースまで様々な物が散らかされている。少し足の踏み場を間違えると怪我をしてしまいそうだ。

一通り写真をとり終わり、遺体へと目を向ける。大きな外傷はない。
一見すると自殺、のようにも見える現場だ。しかし、嵐は違うと自身の直感が訴えてきているのを感じる。刑事の勘という類のものを感じ取ったのは久しぶりだった。
嵐の頭の中で現場のあらゆる景色がぐるぐると結合したり、離れたり。そうしてすべてが繋がった時は事件が解決するものだが、その気配はまだない。

ただ、

「吉良警部、俺、気になることがあるんですけど」

「はい?」

「被害者の首回り、なんか不自然にこすれてません? 皮が破れて出血しているところもありますし」

絞殺や首吊り自殺の場合、苦しみに耐えきれず縄を外そうともがくことはあり得ることだ。ただ、

「こんなに暴れたなら爪にも痕跡は残りそうなのに、えらく綺麗なままです」

太い掌をとってみると、そこには派手に塗り分けられた爪がきれいに残っていた。皮膚片や血痕は残されてはいない。

「ああ、僕も面白いものを見つけましたよ」
そう言うと左京は戸棚の奥から、白い粉の入った小さいビニルをとりだす。

「それって」

「おそらくは覚せい剤でしょう。他殺か、自殺か。……どちらにせよ、鑑識は呼ぶべきですね」

左京は静かに告げた。

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