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第四章 平民ライフ災難編

74.彼らは遂に動き出す。

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(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 リディの前世知識には、本当に驚かされるよね。

 ドラングルの出張に持っていった録音機にも驚いたけれど。
 まさか、景色や目の前で起きている出来事まで記録することができるなんて思ってもいなかった。

 そんなことができる魔道具――写真機や録映機――は。
 義父上やデュアル侯爵にとっても衝撃が大きかったようで。

 義父上は、早速、商会や邸に設置していたし。
 侯爵なんか話を聞いた翌日には陛下に話を通しに行っていたよね。
 ―――即座に監視用として王宮に設置するように命が下っていた。

 俺だって。こんなものがあるのなら。
 実家の裏稼業というか、本来の役割である影の仕事がどんなに楽になるだろうと思って、大量に購入したくらいだ。

 商会のレンダル支店に商品を持っていく馬車に一緒に積んでもらって。
 一番早いタイミングで実家に届くように手配をしていたんだけど。
 先日、無事受け取ってくれたようで、兄上から大興奮の手紙が届いた。
 うん、気持ちはよくわかる。

 実家と言えば、肉の部位販売や加工肉の事業がなかなかに好調とのことで。
 特に、ハンバーガーとホットドックについては、人気が出過ぎてしまって。
 結局、別途店舗を構えることになったらしい。
 確かに肉屋の片隅だけでは捌ききれないかもしれない。

 粉末スープも出せばすぐに完売してしまうみたいだし。
 焼き肉屋や焼き鳥屋といった飲食店にしても。
 オープンした途端に行列ができるお店になったみたいだ。
 ルドルフ様からも御礼の手紙が来て驚いたけど、喜んで貰えたならよかった。

 ただ、ドラングルで聞いたように、間者が増えているという話だから。
 それこそ、録映機とかをうまく使ってもらえたらうれしいな。

 そんな風に、写真機や録映機は監視用として注目されてたんだけどね。
 何がすごいって、それに留まらないところだよね。

 思い出の記録はもちろん、調査にもすごく役に立つんだ。
 いちいちメモを取らなくてもいいし、記憶だけに頼らなくていいから。
 時短にもなったし、報告書の精度が格段に上がって助かっている。

 こんなに便利なものが当たり前にあるだなんて。
 異世界っていうのは、本当に凄いところだよね。

 自転車だって、やっと商品化することができて。
 平民にはもちろんのこと、貴族邸の使用人にも注目されているらしくて。
 想定以上に予約が入っているみたいだし。

 俺の我儘を叶えてくれた馬車の改良も。
 貴族や商人から注文が殺到していると聞いている。
 あの馬車なら、長時間の移動でも身体への負担がかなり少ないからね。
 あれはすばらしい改良だと思う。

 こうやって次々と新商品を発表しているから。
 俺たちは、ここしばらく本当に忙しかったけれど。

 ここにきて、漸く、落ち着いた生活が戻ってきた。

 と言っても、それは俺だけのことで。
 リディは、ドラングルの件で、もうしばらくイレギュラー作業が続くようだ。
 結界の魔道具はまだしも、無効化魔法や反射魔法は使える人が少ないからね。
 どうしたって、リディ頼りになってしまうんだよね。

 魔術師団の講義用のテキストを作ったり。
 魔道具を作ったりと、リディが自宅で作業することが増えている。

 一応、今のところは一年契約にしたそうだし。
 ―――元々、一流の魔術師たちなのだから、一年で身に付くと判断したようだ。

 王家からのご褒美で、国境までの転移陣を設置してもらえたしね。
 ―――これで移動がかなり楽になる。

 リディにしたら、そこまで大変じゃないらしいんだけど。
 俺としては、休みがないのはやっぱり心配だから。
 リディの負担が少なくなるように、家事や雑用は俺が引き受けている。
 俺の魔法や知識じゃ、仕事の方では役に立てないからね。

 そうして、しばらくはそんな生活が続いていたんだけど。
 落ち着いたのを見計らったかのように。
 俺に、デュアル侯爵と義父上からお呼び出しがかかった。

「リディ。サティアス邸に行ってくるね」
「何かあったの?」
「そういう感じでもないんだよね。緊急でもなさそうだから、俺ひとりで行ってくるよ。リディはゆっくり仕事してて。あ、誰か来ても入れちゃだめだよ」
「わかったわ。でも、必要ならわたしも呼び出してね」
「了解。じゃあ、いってくるね」

 そう言ってリディに留守番を頼んで、サティアス邸に向かったら。
 義母上はいなくて、侯爵と義父上に迎えられた。

「突然呼んで悪かったね」
「いえ、それは大丈夫なんですが、何かあったんですか?」
「いや、そうじゃなくてね。ただ、そろそろ動き始めようと思ってね」

 やっぱり、緊急でも、問題が発生したわけではないようだ。

 そのうえで。
 このメンツでそろそろ、と言ったら……。

 ああ!そうか!
 遂に着手することになったってことですね!
 それは、俺も大歓迎だ。

「ラーメン屋、遂に出店するんですね!」

 俺が喜び勇んでそう言ったら、おふたりも笑顔になって。

「さすが、聡いね」
「この時を待っていましたから!」

 そうなのだ。
 俺たちは、以前、リディが作ってくれたラーメンが忘れられないのだ。
 あの時、絶対に出店しようと誓ったのだって忘れていない。

 だから、新商品を売り出す傍ら。
 ラーメン屋の出店計画を秘密裏に進めていた。

 いや、秘密にしなくてもよかったんだけど。
 リディや義母上は出店についてはあまり積極的な様子はなかったし。
 新商品で忙しかったから、後回しにされるのがわかってたんだよね。

 でも、俺たちは、早く出店したかったのだ。
 ラーメンを他の皆にも味わってもらいたい。

 そう思って、粛々と進めてきた。

 侯爵は店舗を探したり、仕入先のピックアップをしていたし。
 俺も新商品の調査のついでにできる限りの情報を集めていて。
 ―――実は、それとなく、リディからも色々聞き出している。

 それを元に、義父上が事業計画を立ててくれていたのだ。

「新商品も落ち着いてきたしな。出店計画の目途も立った」
「となれば、やるしかないよね」
「そうですね」

 そうして、俺たちは、顔を見合わせて頷いて。
 出店を新たに誓ったわけだけど。

 帰宅後、リディにラーメン屋の出店計画を話したら。

「男の人って、本当にラーメンが好きね」

 と呆れられてしまった。

「だったら、話してくれればよかったのに。わたしだって協力したわよ?」
「いや、リディ、相当忙しかったでしょ?」
「まあ、ちょっとバタついてはいたけれど」
「ちょっとどころじゃなかったよ。それに、ラーメン屋を早く出したかったのは俺たちの我儘だからね」
「そんなにまで出店したかったのね?」
「うん」

 即答したら、リディが俺のことを残念な子を見るような目で見てきたけど。
 でも、しょうがないじゃないか。
 俺たちはあの味を広めたいのだ。

「そう……。ラディたちが、わたしが思ってた以上に、物凄くラーメンが好きだってことはわかったわ」

 あれ?
 俺、そんなに疲れさせること言ったかな?
 なぜかリディがすごくぐったりしているように見える。

「じゃあ、わたしは何をしたらいいのかしら。やっと話してくれたってことは、わたしにも出来ることがあるってことよね?」

 さすがリディ、話が早い。

「リディの仕事を増やして申し訳ないんだけど、試食会を開きたいんだよね」
「試食会……。ただ、ラディたちが食べたいだけじゃなくて?」

 う……。そう言われると否定はできない。

 リディを見れば、笑いながら言っていたから、揶揄われただけかな。
 呆れ半分だけど、何だかんだ言ってリディはちゃんと協力してくれるから。
 本当にありがたいと思う。

「うふふ。じゃあ、麺とスープを作らなくちゃいけないわね。スープは、塩、醤油、味噌、豚骨、魚介ってところかしら?」
「えっ!魚介でもできるの?!実は、侯爵が食材を用意してくれてたから貰ってきたんだけど、魚介の分まではないんだよね」
「もう、準備よすぎない?伯父様たちも本当に好きなのね。……魚介の分は、ダンさんにもらってくるから大丈夫よ」

 まさか、新たな味にも出会えるとは。
 リディは実は女神なのかもしれない。

「スープ作りはラディも手伝ってね」
「もちろん!出来ることは何でもやるから」
「大変なことじゃないのよ。ただ、地味な作業を延々続けなくちゃいけないの」

 リディは申し訳なさそうにそう言ったけど。
 そんなの、全然平気だし。
 まあ、それも、ラーメンだからっていうこともあるけどね。

 そうして、俺は、俺の任務内容をしかと聞いて。
 ―――灰汁取りがメインということだから、確かに地味な作業だ。

 翌日から、ラーメンのスープ作りに入った。

「あ、そうだわ。あったら便利な道具も書き出しておくわね」

 大きな鍋とレンゲとかいう変わった形のスプーンは手配済みなんだけど。
 他にも何か必要なのかな?

 って思ってたら。
 一食分ずつ麺を茹でられるような笊があると便利だという話だった。

 なるほど。確かに、そういう道具があれば。
 何食分もの麺を一度に茹でても、一人前に差が出ないよね。
 異世界人って、本当に頭がいいな!

 その他にも、スープを作りながら。
 ラーメン屋のあれこれを教えてもらったんだけど。
 煮玉子や叉焼の追加トッピングはきっと需要があるだろうし。
 替え玉とか麺の固さの指定までできるだなんて。
 本当によく考えられてるよね。

 サイドメニューについては、リディに実際に作ってもらって。
 餃子はもちろんだけど、炒飯や叉焼丼も人気が出ると確信した。

 話を聞けば聞くほど、ラーメン屋は出店するべきだと思う。

 決意を新たにしたのも何度目かわからないけど。
 その決意のもとに、俺はリディから聞いた新情報を侯爵と義父上と共有して。
 すぐに必要な道具や食材の追加手配も始めて。
 俺たちは、出店のために着々と準備を進めていった。

 そうして、試食会の日を迎えることになったのだけど。
 前日になって俺も知らなかった衝撃の事実が判明したんだよね。

「は?ラディ、今、なんて言ったの?」
「えっと、だからね、陛下や殿下方も試食会に参加するんだって」
「は?」

 いや、俺だってさっき初めて聞いたから。
 多分、侯爵が、陛下の前でぽろっと口にしちゃったんだと思う。

 でも、焼き鳥や餃子にだって、あんなに食いついてきたんだよ?
 この国の王族が庶民料理大好きなこと、リディも知ってるよね?

「この国の王様と王子よね?」
「そうだね」
「この国で一番高貴な人たちよね?」
「そうだね」
「そんな方々がラーメン食べるの?」
「食べたいんだって」
「おかしいでしょ?」

 そう言われても、俺だって、どうしようもできないし。
 食べたいと言われたら、差し出すことしかできなくない?
 リディ、もう諦めよう?

「王宮でラーメンの試食会するの?」
「そう聞いてる」
「この国、絶対におかしいと思うわ」

 反論はしないけど、それ、陛下たちの前では口にしないでね?
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