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第二章 平民ライフ稼働編

40.彼と彼女は帰国する。

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(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 実家での滞在もあっという間に最終日となった。

 来て早々王宮に連れて行かれて。
 王子たちがやらかしてくれたけれど。
 彼らは処罰されることになった。

 俺たちがこの国に来ることになった原因――王子の仕事をさせるための連れ戻し命令――は排除されたということだ。

 王子の幽閉は、もう、しょうがないと思う。

 連れ戻し命令も相変わらずの言いがかりもあり得ないけど、大国の王様からの書状を破ったんだ。その後も自分が何をしたか全然理解してなかったみたいだし、国がなくなってもおかしくなかった事態なんだから、命があるだけいいよね。

 側近たちも、平民落ちは厳しい処罰かもしれないけれど。
 連れ戻し命令に嬉々と賛成して動いた時点で今回の結末に足を突っ込んでた。

 一度目の暴走――リディの婚約破棄と追放――で謹慎しか処罰が下りなかったのは、認められたわけでも、許されたからでもない。

 多分、チャンスを与えられたんだと思う。
 それなのに、また問題を引き起こしたんだから自業自得だよね。

 小動物娘は。まあ、いいや。
 とりあえず、今後は他人に迷惑をかけないようにしてほしいよね。

 リディも言っていたように。
 彼らが処罰されて、訳の分からないことを言う人がいなくなるのなら。
 この件は、あとは穏便に済んでほしいと思う。

 どうにも王子たちのことが強烈だったけれど。
 振り返ってみると、それなりに実家での生活を満喫できたし、家族にリディを紹介することができたから、今回の帰省も悪くなかったかもしれない。
 魔道具のない生活も、改めて過ごしてみると気づくことが多かったし。
 久々に家族とたくさん話ができたと思う。

 リディは厨房にいることが多かったけどね。
 料理ばっかりさせるのは申し訳ないとは思ったんだけど、リディがすごく楽しそうに料理していたから、止めることなんてできなかった。
 それに、家族はもちろん、使用人たちもすごくうれしそうだったからね。
 リディ、本当にありがとうね。

 そういえば、今回の滞在の最後のメニューをものすごく悩んでいたな。
 ―――いや、リディが作る必要なんてなかったけど、せっかくだから、って作ってくれたんだよね。

 迷った末に作ってくれたのは、カレーだった。
 俺が初めてサティアス公爵家で食べた料理だ。

 スパイスが入手し辛くて、グラント家では再現が難しいから披露するのはやめようと思ってたらしいんだけどね。お米もレンダルにはないし。
 でも、また来て作ればいいよね、って言ってくれて。

 我が家にまた来ようって思ってくれたことがうれしかったな。

 持っていたスパイスを全部使ってくれて。
 お米も、大量に炊いてくれて。
 使用人の分まで作ってくれて。

 あの香ばしくてスパイシーな匂いが邸中に充満したから、食べる前からみんながそわそわしてしまって大変だったけど。

 見た目に驚きながらも、食べ始めたらみんなが夢中になって。
 ものすごく大量に作ってくれたのに、すぐになくなってしまいそうだった。
 使用人たちは、自分たちの分を確保するのに必死だったよね。

 ―――そうして、帰国する時間になって。

 今、俺たちは、家族はもちろん、使用人にも見送られているところだ。
 リディは使用人たちにも優しかったから、みんながどうしても見送りたいって言って、仕事中断して出てきてくれたんだよね。

 リディはもう、グラント家の人気者で。
 母上は泣いちゃってるし、弟も必死で泣くのを堪えてる。

「リディア、また来てね。絶対よ」
「はい。おかげさまで、すごく楽しく過ごせました。みなさん、お優しくて。いろいろとお世話になりました。ありがとうございました」
「義姉上。バスケ、上手になっておきます。また一緒にやってください」
「ええ。わたしも鍛えておくわね。お勉強もがんばってね」
「リディア、いろいろありがとう」
「こちらこそ、お世話になりました。殿下たちの件も、いろいろとありがとうございました。向こうに着いたら、また経過をお知らせしますね」
「今回は無理を言って来てもらって申し訳なかったな。でも、一緒に過ごせて楽しかった。またよかったら、そっちにも遊びに行かせてくれ」
「はい、ぜひ。お掃除してお料理してお待ちしてます」

 リディは全員にそれぞれ返事をしてくれて。
 こういう丁寧なところも、家族が気に入ったところだと思う。

 実は、少し前にシェンロン様が到着しているんだけど。
 俺たちの別れを待ってくれている。シェンロン様は本当に優しい。

 でも、これじゃあキリがないから、俺が話を切り上げて。
 お土産に、肉とチーズを大量に持たされて。
 ――実は、グラント領のメイン事業は牧畜業なのである。

 また来ることを約束して、グリーンフィールに帰国した。

 今回は、出国も入国も手続きを免除してもらっているから。
 一気に転移してもらって、すぐに帰国しちゃって。
 あんまり他国から帰ってきた気はしないんだけどね。

 着いた先は、リディの家ではなくて、サティアス邸だった。

「リディアちゃん!」

 着いた途端に、義母上がリディに抱き着いて。

「リディア、ラディン君。おかえり」

 義父上が温かく迎えてくれた。

 行って早々に拉致られてるしね。心配かけたと思う。
 義父上も義母上も、俺たちが元気なのを見て安心したようだった。
 それをシェンロン様が優しい目で見守ってくれて。

「無事に送り届けたことだし、我は帰るぞ」
「シェロ、いろいろありがとう」
「ありがとうございました」
「いや、あの時、助けられなくてすまなかった」
「ううん。あれはシェロが残ってくれたからよかったのよ」

 うん。拉致の件は、もしシェンロン様が助けてくれたら、それこそ別に意味で騒ぎになって収拾がつかなかった。だから、あれはあれでよかったと思う。
 それに、シェンロン様がいち早く伝えてくれたからグリーンフィールの意向もわかったし、レンダルも対応できたところもあるんじゃないかな。

 そんな話をして。
 シェンロン様がリディの頭をひと撫でしてから帰って行って。
 義父上たちのほうを振り返ったら。

 サティアス家の執事のセバスチャンさんがお茶を用意してくれていた。
 このセバスチャンさん。さりげなく作業しているけど、タイミングも何もかもが完璧だ。さすが、元公爵家の執事さん。

「リディアちゃんたちが無事でよかったわ」
「おおげさよ」
「大変だったな」
「レンダルのほうは粗方話がついたようです。むしろ、これからが大変だと思いますが、殿下に振り回されない分、進めやすくもなったのではないかと」

 いや、これは本当にそう思ってる。
 実際問題、別に、レンダルには仕事ができない人しかいないわけじゃない。
 あの王子に任せようとしたから今回みたいなことになっただけで、最初から王子がいないとなれば、仕事だって普通に回っていくはずなんだよね。

 陛下のお守りをしていた義父上がいなくなったのは痛手だろうけど。
 そこはもう、自業自得としてがんばってもらうしかない。

「確かにな。王妃殿下もいるし、なんとかなるだろう」
「マリーはちょっと大変ね。せめて、宰相がランクルム公爵ならよかったのに」

 あー。それは、そう思う。
 息子のドミニクは残念に育ってしまったけれど。
 我が家までわざわざ謝りに来てくれたし、少し話しただけだけど、当主の公爵は誠実な人だった。

「そこもなるようになるだろう。アンディール公爵がどうにもならなくなったら、ランクルム公爵が出てくるよ。彼は、見過ごせない人だ」
「そうね。マリーにもちょっと言っておくわ」

 義父上も義母上も、さすが元公爵家。
 レンダルのことをよくわかっていらっしゃる。

「マリアンヌ様はこれからグリーンフィールで大勝負があるでしょう?そんなことまで頼んだら、おかわいそうだわ」
「もちろん、その勝負が終わってからよ。まあ、勝負と言っても、カイン陛下は対応を決めているから、それをマリーたちがどう受けるかってところね」

 そうか。オスヴァルト陛下も王妃様もまだ着いてないんだった。
 陛下たちは馬車で移動してるから、転移で帰ってきた俺たちのほうが先に着いてしまったんだよね。

 にしても、カイン陛下。もう落としどころ決めてるんだな。まあ、当然か。
 結構な条件つけてきそうだけど、レンダル側は対応できるだろうか。

「そうなの?怖いことにはならないわよね?」
「戦にはならないはずだ。血は流れなくとも、レンダルは結構な痛手を負うが致し方ない」

 そうかー。でも、そうだよね。
 王子は本当にやらかしてくれたから。

「それとも、何かいい交渉材料があったか?」

 義父上。それを言ってしまいますか。
 正直、俺たちが市場調査をした限りでは、交渉できるようなものはなかった。
 王家が何か隠しているなら別だけど。
 そういうのがあるのを願いたいくらい、レンダルはちょっと残念な国だった。

「そうね。市場調査はどうだったの?」
「わたしが見つけたのはこれくらいかしら」

 ………リディ。なぜ、ここでそれを出すかな?
 交渉材料にならないと思うけど。

「リディアちゃん、それはなあに?」
「レンコンよ」
「……そんなに貴重なものなのか?」
「え、そうでもないと思うけど」

 だよね。沼地にあるんでしょ?
 だったら、グリーンフィールにもあると思うよ?
 ただ、食べられるって知られてないだけだと思う。

「じゃあ、交渉にならないんじゃない?」
「おいしいのよ?」

 うん。おいしかったよ。レンコンのはさみ揚げ。

「リディ。多分、グリーンフィールのほうがたくさん採れるよ」
「…………やっぱり?でも、他にないんだもの」

 そうだね。
 食料はぎりぎりだし、特産物と言っても、他国にもあるものばかりだ。
 レンコンは俺も初めて見たけど、どの国でも育てられるものだと思う。

 レンダルが誇ってた加工技術も、今ではだんだん他国にも真似されてきたし。
 もちろん、まだ、レンダルほどの加工ができる国はなかなかないけど。
 でも、その加工技術だって、グリーンフィールとの国交が止まって鉄鋼や宝石が輸入できなければ、これからは発揮することすら難しくなる。

 だからって、さすがに加工技術の提供には限度があるよね。
 それ以外の交渉材料となると、本当に難しいのだ。

 なんて思ってたら、リディがひらめいた顔をした。

「あ、こういうのはどう?」

 と言って聞いた話は。
 まあ、ありなんじゃないのかな?と思う話で。

「なるほどな。それならレンダルの痛手も減るかもしれない」
「ルイスに相談してみるわ」

 グリーンフィールに利がある話だけど、実は、レンダルにも利がある話だ。
 これをカイン陛下が納得してくれれば、荒れたレンダルが立ち直るきっかけにもなるかもしれない。

 リディ、すごいな。レンコンなんてどうでもよくなったよ。
 いや、どうでもよくないけど。また作ってね、はさみ揚げ。

 そうして、俺たちは、リディ案を検討して。
 その日はそのままサティアス邸に泊まって翌日帰宅したんだけど。

 泊まった夜、こっそりリディの部屋にお邪魔して。
 実はレンダルで入手していたプレゼントを渡した。
 リディは、グラント家にたくさんの笑顔と幸せをくれたからね。
 その御礼なんだけど。

 市場調査のときに見つけた、レンダルの加工技術が発揮された髪留め。
 リディの銀髪と藍色の目に合うと思ったんだ。
 サファイヤが付いててちょっとお高かったけれど。
 迷うことなく買ったその髪留めを渡したら。

 リディが目を見開いて驚いてくれて。
 そして、すごくかわいい顔で、ありがとう、と笑ってくれたから。

 俺のほうがプレゼントをもらった気分だった。
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