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第一章 平民ライフ突入編

05.彼女は過去を振り返る。

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※説明回なので、文章ばかりですみません...。
飛ばしていただいても、大きな影響はないと思います。
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(side リディア)
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 我がレンダル王国は、竜の国と言われていて、守護にあやかろうと竜の住処である竜谷のそばに建国したと伝えられている。

 そして、我がサティアス公爵家は、建国王の兄が興した家である。
 我が家の伝承によると、竜を手懐けたのは建国王ではなく、王兄であった我がご先祖様らしいが、野心家だった弟が王になり、自分は王の補佐として、公爵位を賜って弟が苦手な政務などを請け負っていたという。

 確かに、公爵家には竜に関する任務があるし、任務がなくても竜谷に遊びに行くことが先祖代々の恒例行事になっているから、我が家と竜との交流は長く続いているのだと思う。わたしも竜のシェンロンとは仲がいい。シェロ、と愛称で呼ぶくらいには。

 そんな由緒正しい家なのだが、我が公爵家には領地がない。
 建国当初は領地も賜っていたそうだが、過去の敗戦による国土再編成の際にすべて返還したと聞いている。領地再分配での揉め事を収束させるためだったとか。領地の死守や権力の維持よりも面倒事から逃げる感じ、我が家っぽい。

 領地がないこともあり、当主は代々王宮に勤めている。収入大事。
 正直、筆頭公爵家なのに領地経営もせず、当主がただの官僚だというのもどうかと思うのだけど、歴代当主たちは高級官僚となった人が多くて、結果、権力や発言権を持ち合わせてきたからか、舐められたり、非難されたことはないようだ。よく思わない人はいただろうが。

 ありがたいことにお金にも困っていない。むしろ、裕福だと思う。
 過去に我が家が貧困に窮したという話も聞かないけれど、今に限って言えば、お父様は宰相で高給取りだし、お母様が経営している商会も順調なのだ。
 特に、お母様の商会はここ何年も増収増益が続いている。商才は勿論のこと、社交界での評判も確かなお母様にかかれば当然の結果かもしれない。

 本当に恵まれた家に生まれたと思う。
 両親と使用人にもたっぷりと愛されて、大切にしてもらってきた。

 三歳から始まった令嬢教育も、今思えば子供にはハードスケジュールだったけれど、わたしは学ぶのが楽しかったし、みんなの期待に応えたくてがんばった。
 その甲斐あって、五歳の頃には、令嬢としての礼儀やマナー、常識などの一般教養や、文字の読み書きや計算、歴史などの基礎知識は身についていたようだ。我ながらすごいな。

 その後も、ダンスや音楽、文化、政治経済など、学ぶ内容も難易度が上がっていって、勉強の時間が減ることはなかったけれど、わたしが夢中になったのは、そういう座学よりも魔法の習得だった。

 この国に限らず、この世界ではどの国でも産まれ持った魔力量に応じて魔法を使うことができる。人によって適正はあるが、典型的な火・水・土・風をはじめ、光や闇といったさまざまなものに干渉することができ、中には、空間や時間を操ったり、治癒ができる人もいる。

 魔力量は貴族には多く、平民には少ないのが一般的だ。
 もちろん例外はあるし、残念ながら魔力を持たない人もいるけれど。
 わたしは魔力量にも恵まれていてたから、それはもう、馬鹿みたいに魔法の習得に励んだ。別に魔術団を目指していたわけではなく、ただ単に楽しくて、便利だったからなのだけど。

 なかなかの魔法バカに成長した気はするけど、令嬢教育は手を抜かなかったし、うっかり乗馬や護身術とかにも手を出したりして、ものすごく忙しい幼少期を過ごしたと思う。でも、好きでやってたことだから嫌ではなかった。

 ただ、いつしか完璧令嬢などと言われるようになってしまったのが解せない。
 できないのが悔しくて、できるまでがんばってしまったのは確かだけれども。
 完璧だなんて言われて、やりすぎたことに気づいた時には遅かった。

 由緒正しい名家。宰相のお父様と社交と商才に優れたお母様。
 家格・権力・発言力・財力が揃った公爵家の娘は、完璧令嬢。

 うん。これは目立つね。
 自分で言うのも何だけど、わたしってば、それなりに美人だし。美しい彫刻のように整った父と妖精姫と名高い母の子なのだから当然だ。

 しかも第一王子と同年齢ときたら、王家にも狙われかねない。
 お茶会は必要最小限しか行っていなかったから、そんな噂はすぐ消えるんじゃないかと思ってたけど甘かった。

 案の定、王家から婚約の打診が来たときは、必死で抵抗したものだ。
 我が家は権力に興味がないし、わたしは一人娘だ。嫁には行けない。
 わたしも、お妃様には興味もあこがれもなかった。
 何よりも、第一王子は我儘で癇癪持ちと聞いていたから、何としてでも辞退したかったのだけど、最終的に王命を出されて渋々受け入れたのだ。

 そうして、わたしと第一王子の婚約が調ったのが十歳のとき。
 初対面では、こっちは礼を尽くしてあいさつをしたっていうのに、王子は不遜な態度だった。おまけに、名乗りもせずに、最初に言われた一言が「お前、えらそうだな」だなんて。失礼すぎる。

 わたしは銀髪で寒色系の目の色をしているし、少し吊り目がちで意志が強そうだとよく言われるから、冷たいとか怖い印象なんだろうけど。
 だからって、失礼なことをされる謂れはない。わたしが何をしたというのだ。

 初対面時の印象がどんなに悪かろうと婚約を解消してもらえるわけでもなく、相当むかついていたけど、王命と言い聞かせて、その後も定期的な王子とのお茶会に行っていたが、王子の態度は酷くなる一方ですっぽかされることもあった。

 それでも、一応、わたしは歩み寄ろうとはしたのだ。
 関係の改善が必要なことはわかっていたから、笑顔を作って、会いに行ったり、話しかけたり、勉強や乗馬に誘ったり、できることはした。

 でも、あの王子は、評判通りの我儘で癇癪持ちなだけでなく、ナルシストなうえに自分が一番でないと気が済まない横暴なガキだった。褒められて崇められて当然みたいな顔をしていたけど、顔の造作以外のどこを褒めたらいいのか未だにわからない。うん、金髪碧眼で、顔はね、整っているとは思うよ。
 しかも、天才だったらまだしも、勉強も剣も魔法もまともに習得できていなかったのに、家庭教師から逃げてばかりで努力をしないガキなんて。

 かなりうんざりしていたわたしは早々に王子との関係改善を諦めた。
 というよりも、限界だったのだ。あんなのと一緒にいたらわたしが壊れる。

 それに、王子妃教育が始まったら王子の相手をしている時間なんてなかった。
 自国のことだけでなく、周辺諸国の言語や歴史、文化に世界情勢。更には帝王学なんてものまで学ぶことになって、令嬢教育なんて目じゃないくらいに覚えることがあった。最初の二年は魔法や趣味も封印して、それこそ勉強漬けの毎日だったのだ。

 そんな中、王子が投げ出した執務の肩代わりまでやらされた時には、さすがにキレそうだった。わたしはあいつの便利な道具じゃない。
 おまけに外交までやらされる羽目になって。こちとら、当時まだ十二歳だったんだぞ?子供に何やらせてんの。王子の婚約者ってのは使い勝手のいい駒なのか。

 王子にも、それを静観している陛下にも、わたしに仕事を持ってくるオトナたちにも、相当な怒りを溜めていたわたしは悪くないと思う。時折申し訳なさそうにしてくれる王妃様や文官の人たちがほんの少しの救いだったけれど、話を聞いてくれる家族と労ってくれる使用人がいなかったら、わたしは本当に壊れていた。

 そして、遂には、王子が婚約者のわたし以外の女と、堂々と仲睦まじくいちゃつき始めた。大方、あの小動物娘に煽てられていい気になったのだろう。

 王子は常日頃から勝手ばかり言って傲慢にふるまっていたから、今更また問題を起こしたところでスルーしていたけれど、それがまさか、公衆の面前での茶番につながるとは思わなかった。ほんとやってくれたと思う。

 でも、正直、あの王子から逃れられるのならば、ありがたく思わなくもない。
 婚約破棄に国外追放なんて、今までの窮屈な生活から離れられるいい機会だ。
 存分に利用させてもらおうじゃないか。

 後始末を家族に任せることは申し訳ないと思うけれど。
 これまでの王子の所業に呆れ果てていたのは両親も同じ。何度も陛下や王妃様に進言したり、婚約解消を訴えてきたのに、いつものらりくらりと躱されてきた。そこに今回の茶番ときて、両親は怒りを爆発させている。
 後始末も、むしろ任せてほしいって感じだったから、甘えさせてもらおう。
 きっと完璧な冤罪証拠資料を作って名誉を挽回してくれるに違いない。

 お父様は、仕事の愚痴を言うような人ではないけれど、陛下からあらゆる仕事を押し付けられていることは有名だ。疲れて帰ってくることが多いし、わたしも王宮に出入りしてたから噂は聞いている。

 陛下は当然ながら王子ほどバカではない。
 が、仕事嫌いなところや人任せなところは親子そっくりだと思う。
 その分、王妃様や臣下ががんばってはいるのだけど、陛下の目が行き届いていないのをいいことに悪行を働いている貴族がいるのも事実だ。
 もしかしたら、お父様は今回のことをきっかけにして、そういった貴族の膿も片付けようと思っているかもしれない。

 と、ここまで考えて、気づいた。
 むしろ、公爵家総出で国を出る可能性のほうが高いんじゃないかと。
 わたしが移住する隣国は祖母の故郷だし、我が家の邸もある。
 由緒正しい筆頭公爵家が国を捨てるなんて無責任なのだろうが、領地がないから守る民もいないし、うんざりしているのはわたしだけではないのだ。

 そうか。であるならば。
 最後のあいさつは必要最小限でいいよね。

 王子妃教育や執務で忙しくて、お茶会にも学園にもまともに行けなかったわたしは、親しい友人を作っている暇もなかったから。お手紙は、お世話になった王妃様と学園長と王宮の人たちくらいでいいだろう。
 あ、これからお世話になる隣国の王様と王女様にも書いておかないと。

 あとは、今回巻き込んでしまったラディンベル様に迷惑をかけないように。
 お父様からグラント家の話を聞いて驚いたわ。彼は国を出ることを前向きに考えているようだったけれど、ある意味人身御供なのだから、無理はしてほしくないし、できるだけ思う通りに過ごしてほしい。仮とは言え、夫婦にまでなってもらうのだし。

 彼に快適な生活をしてもらえるようにしっかり準備をしておかなくちゃ。
 カレーを気に入っていたから、スパイスも持っていくことにしよう。

 他には何が必要だろうかと考え始めたわたしは、罪人とされたこともすっかり忘れて、新しい生活に期待を込めて支度をしたのだった。
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