上 下
6 / 7

第6話

しおりを挟む

「婚約が認められないとはどういうことですかお父様!?」

思わず声を荒げてしまったが父は冷静で冷酷であった。

「まず一つ目に、婚約破棄をされたばかりの女がその日に別の男と婚約するなど他の貴族達にありもしない噂を流される可能性がある。それが王太子殿下の方から申し出た事でも、だ。それが分からぬお前では無いだろう?」

「……」

図星を突かれ黙り込んでしまう。

貴族とは政治家であり、その家に悪い噂が出ればそれがどんな些細な事でも政争の道具にされる。
それも自分の妻や娘の色恋沙汰や密通の噂などは格好の的だ。

父としてはそれを警戒しているのだろう。

「そして二つ目に、これは私的な事だが、私は王太子殿下のはなはだ無思慮な行為をエリザヴェータから聞き、王太子殿下ただ一人に問題があるのではなく、第二王子殿下を含めた王族全体の教育に対する問題を感じているのだ」

「お父様!」

ルーカス様への苦言だけならともかく、何の罪もないユリウス様に対してまで苦言を呈するなんていくらなんでも失礼にも程がある!

「エリザヴェータは黙っていなさい。私は第二王子殿下と話がしたいのだ。殿下のエリザヴェータに対する気持ちがどれほどのものなのか、侯爵家当主としての私ではなく、一人の父親として知りたいのだ。もし殿下が本当にエリザヴェータと婚約したいという気持ちが伝わったのなら、婚約を認めるのもやぶさかでもないかもしれん」

父のその言葉にハッとなる。
今まで父は、噂がなんだとか、王族の教育がなんだ、とかを言っていたが結局のところ、娘を捨てるような人に私を嫁がせたくないだけなのだ。

父はユリウス様の方をじっと見て、言葉を待っている。
ユリウス様は意を決した様子で話し始めた。

「レオン・バートリオン侯爵閣下、私はエリザヴェータ様を心の底から愛しています。その気持ちはこの世界の誰にも負けるつもりはありません」

そこからユリウス様の長い独白が始まった。
いかに私を愛しているかを何の躊躇ためらいもなく臆しもせず、大胆な愛の告白を父に対して存分に語った。

そこにはいつもの穏やかでもの優しいユリウス様の姿はなく、雄々しくて、王族としての資質を十分に備えたユリウス様の姿があった。

この人の妻なら幸せになれる…!

そう思わずにはいられなかった。

やがてユリウス様は語り終え父を見つめ、父もユリウス様をしっかりと見つめ返した。

無言の応酬がしばらく続いていたが最初に根を上げたのは父の方だった。

「ふぅ、殿下、私の負けです。エリザヴェータとの婚約を認めましょう」

「本当ですかっ!?」

「えぇ、殿下ならきっとエリザヴェータを幸せにしてくれるでしょう」

「ありがとうございます! 絶対に幸せにしてみせます!」

「お父様、私からもありがとう」

「構わない、口出しや要らぬ詮索をする貴族達は私が抑えておく。だから心配せず二人は存分に婚約者としての振る舞いをするがいい」

父の眼は厳格な貴族のそれではなく娘である私の婚約を祝った優しい眼になっていた。

こうしてユリウス様との正式な婚約が決まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

不倫され、捨てられました。

杉本凪咲
恋愛
公爵家のマークと結婚して一年、私は召使いのように家の仕事をさせられていた。男爵家出身の私のことをマークは当然のように侮辱して、連日無能だと言い聞かせる。辛い日々に晒されながらも、私はいつか終わりが来ることを願い何とか生きていた。そして終わりは突然に訪れる。彼の不倫という形で。

婚約者と親友に裏切られたので、大声で叫んでみました

鈴宮(すずみや)
恋愛
 公爵令嬢ポラリスはある日、婚約者である王太子シリウスと、親友スピカの浮気現場を目撃してしまう。信じていた二人からの裏切りにショックを受け、その場から逃げ出すポラリス。思いの丈を叫んでいると、その現場をクラスメイトで留学生のバベルに目撃されてしまった。  その後、開き直ったように、人前でイチャイチャするようになったシリウスとスピカ。当然、婚約は破棄されるものと思っていたポラリスだったが、シリウスが口にしたのはあまりにも身勝手な要求だった――――。

処理中です...