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相沢蓮と本当に夫婦になってしまったのかを疑い、役所に戸籍謄本取りにいく。

「……ま、本気《まじ》でーー!!」

絶叫するとともに、くらっと目眩がした。

「……唯川美玲のはずが、相沢美玲に変わってる。本当に婚姻届を出したんだ」

総務から身上異動届(結婚届)と通勤手当区間変更届と銀行口座の名義変更届を提出するよう言われ、放置していた。

本当に婚姻届を提出されてたなんて思いにもよらず、絶望感に苛まれた。

同じ区内に住んでいるから、婚姻届を提出する際に戸籍謄本は必要ない。

婚姻届を提出さえすれば、簡単に夫婦になれる。

「ありがたい事じゃないか。サイバーステーションラボの次期社長と結婚だぞ!!兄は嬉しいぞ!!まさか、本気で婚姻届を提出するとは思わなかった。蓮のヤツ、本気だったんだ!!」

仕事を抜けて、役所に戸籍謄本を取りに行き、真っ青な顔をしてる帰ってきた私。
真っ先に向かったのは社長室。

「朔兄のせいで、私、付き合ってもないのにあいつと結婚するはめになったんだからね!!どうしてくれるのよ!!」

クールといえば聞こえはいいが、物静かで口数が少なく、ゲームアプリ開発が得意なベンチャー起業のIT企業のエンジニアで、ひたすら高速ブラインドタッチでパソコンのキーボードを叩き、完璧なシステムを構築させてるアンドロイドのような面白味にかける男と私は結婚させられてしまった。

朔兄の大学の後輩で学生時代から仕事をちょこちょこ手伝わされていた彼。
大学院修士課程を卒業して、父親が立ち上げた国内で3本の指に入る最大手IT企業でなく、朔兄が学生時代に立ち上げてそこそこ波に乗りつつあるドリームトレインに入社してきた。

「嫁の貰い手に困りそうな妹を蓮が貰ってくれたら、サイバーステーションラボに吸収合併してもいいって言ったら、蓮も蓮の親父さんも是非是非って、たまたま持ってた婚姻届を出したらサインしてきて、男手1つで育ててきた妹を嫁に出す寂しさ、吸収合併の同意書にサインさせられたが、俺は後悔していない!!」

朔兄もかなり悪酔いをしていたらしく、1から創りあげた社員数52人の会社を差し出した。

子会社化しただけで社長は朔兄で今までと何も変わらない。
ただ、最大手IT企業の配下になって、知名度が上がっただけ。

「私を嫁がせなくても、契約に判子を押してたでしょ……」

「ーーもちろん。社員全員、大喜びだ!!」

「六本木ヒルズを一望できるタワーマンション最上階の暮らしはどうだ?それだけでも蓮と結婚してよかったと思うだろう!!」

中学2年生の時に母が他界し、父は仕事で海外を転々としていて、5歳年上の朔兄が私を育ててくれた。
育ててくれたとはいっても、家事や食事の準備等は全て私がやっていた。
パソコンオタクな朔兄の影響で情報システム系の5年制の高等専門学校に通う事にした私は、その頃から面倒臭いプログラミングを押しつけられていて、育てられたというよりも下僕のように働かされてた。
朔兄との共同生活が解消し、麻生十番にある高層マンションの中層階から職場から徒歩5分の所にあるタワーマンションの最上階に連れてこられた。

「……住んでないし」

「はっ!!夫婦になったのに暮らしてないだと!!籍だけ入れて、仮面夫婦をする気か!!」

朔兄が顔をしかめたけど、好きでもない相手と酔っ払って判断力が落ちてる状態の時に籍を入れられ夫婦にされ、はい、そうですかと一緒に暮らすなんてありえない。

iPhoneのSafariで六本木ヒルズ付近にあるレオパレスを検索し、オートロック付きでトイレバス別の家具家電付きの1DK物件を探した。
家賃が月額で25万円と給料の大半が吹っ飛んでしまうけど、蓮と同じ屋根の下で棲んでいたらすぐに孕まされ本当に家族にされそうで、恐ろしいから次の日には出ていった。


ドリームトレインは創業して7年と歴史が浅く、システムエンジニアの大半が朔兄の友人と後輩という間柄で、和気藹々、本来はいけないサービス残業を当たり前のようにしてる。
システム構築に設計、プログラミングが1番速くて正確な蓮は、究極的な社畜で家には明け方に着替えとシャワーを浴びに帰るだけで、それ以外はずっとキャスター付きの高機能オフィスチェアに座り、パソコン5台を移動しながらカタカタキーボードを叩いていて、1人5役で仕事を片付けていた。
だから、同棲したとしても、一緒にいる時間は限られてる。

私もシステム開発の仕事をしているけれど、運用サポート業務についていて、ノートパソコンがあればリモートワークできる。
朔兄に提案して開設した電子書籍・漫画ストアと漫画小説投稿サイトの管理を任されていたから、週2回の運営会議の日以外は基本的に在宅勤務をしてた。

家にいる時間が長い私にとって家のは寛ぐ場。
だから、いつ野獣が帰ってきて襲われるかわからない家にいるなんて落ち着かない。

社内に顔を出す時は、蓮とバッティングしないよう気をつけてた。
連れ戻されたりはしないとは思うけど、蓮と関わらないようにしてた。

「美玲、今日は午後からも打ち合わせがあるんだろ?飯に行こう」

国内最大規模の電子書籍配信サービスまで登り詰めた“すぺしゃるコミック”。
オリジナリティーを出すために漫画小説投稿サイトからヒットしそうな話を採用して電子書籍にする事になり、出版社に協力を仰ぐ事になった。
その打ち合わせが午後からあり、運営スタッフの4名で話し合いを進めてくれたらいいのに、引き止められてしまった。

昼休憩になり、部署から出ると蓮と朔兄が私を待ち伏せをしていて、顔が引きつる。

「すぺしゃるコミックの運営メンバーとランチに行くので……」

「個室を予約してるんでご一緒しませんか?けやき坂通りの無国籍料理の店を押さえてます。もちろん、ご馳走しますよ」

蓮が王子様のような立ち振る舞いで30歳前後の女性運営スタッフに声をかけたから、彼女は喜んで承諾した。
タクシー2台に分かれて5分もかからないレストランへ連れていく事に。

「美玲、レオパレス生活はお金が続かないだろ。いい加減帰って来い。俺、仕事であまり家にいないからさ」

蓮と朔兄とタクシーに乗り込むと、助手席に座った蓮にため息を吐かれながら言われた。

「月、引かれて28万円だと貯蓄崩さないとやっていけないだろ。無駄遣いはするなって、教えてきたつもりなんだがな」

兄も3ヶ月にも渡る私のレオパレス生活をよくは思ってなかった。
六本木ヒルズ付近の賃貸マンションは家賃相場が高い。
25万円でも安い方で、光熱費と水道代に食費などの生活費を7万円に抑えるも給料が全て吹っ飛ぶ現実に頭を抱える。

外資系企業に勤めていて海外にいる父は毎月仕送りを滞りなくしてくれていた。
だけど、月島のマンションでの暮らしはお金がかかり、それもあり朔兄は大学通いながらいかに効率的に稼ぐかを考え起業し、私も普通科の高校に通わずに高等専門学校に進学した。

母が亡くなってからの3年間は苦しい生活を送ってた。

予約を入れていたレストランに入り、速鮮魚フィッシュポットブイヤベース、 桜チップで燻製したシーフードと野菜、ローストビーフなどの豪華な料理が並ぶランチコースを頂く。

食費を浮かすために納豆、豆腐、ササミ、とサラダ野菜とプレーンヨーグルトで生き絶えていたから、久しぶりに口にする料理に感動した。

「お腹がいっぱい。美味しかったです。ご馳走様でした。お腹が苦しいので会社まで歩いて戻ります!!」

すぺしゃるコミックの運営メンバー達はタクシーを呼ぶのを断り、朔兄と蓮に御礼を伝えると店内から出ていった。

「俺もこれからスクエアENIXに打ち合わせ、蓮、美玲の事を頼む。じゃっ」

朔兄も左手首にはめてるロレックスのサブマリーナ デイトをちらっと見て、タクシーが到着した知らせを受けると慌てて店内から出ていった。

「美玲、打ち合わせ、14時からだよね?結婚指輪を買いに行こう」

店内に蓮と取り残され困ってると、いきなり蓮に手を掴まれた。

「けやき坂通りにティファニーがある。俺が選んで用意しようかと思ったけど、一生もんだから、一緒に選びたいと思って買わないでいた」

そう言うと、当たり前のように蓮は私を連れ出して、歩いて5分ほどの所にあるティファニーのショップに入った。

「レガシー バンドリングとこのペアのをお願いします」

カウンターケースを覗き込んだ蓮がダイヤモンドが連なってるデザインの女性用の結婚指輪を選び、店員に声をかけた。

「刻印は……これでお願いします」

ポケットからメモの紙を取り出し、店員に渡す。
一緒に選ぶと言って店内に入ったけど、私が興味ない風に指輪を全く見なかったから、結局蓮が1人で決めた。

「今更だけど婚約指輪も購入しよう。2つ重ねてはめれるように」

2カラットのダイヤモンドがセンターにそれに向けてテーパード型にダイヤモンドが連なっている婚約指輪を蓮は選ぶ。

「刻印は……これで」

そして、手帳を取り出すとメモの用紙を1枚破り、WITH YOU(あなたと共に)と書いて店員さんに渡した。

指輪をいつでも購入しにいけるよう、蓮は準備をしていた。
30分ほどで指輪を決めて、店員一同に見送られて店内を出た。

支払いの時に0の桁を見て、驚愕する。

「指輪に258万円も支払うってどうかしてます!!」

こんな高額な指輪を選ぶとは思ってなかった。
蓮は私の倍以上の給料を貰ってる。とはいえ、六本木ヒルズの一等地にある42階建のタワーマンションの最上階7LDKの部屋を分譲し、車も真っ赤な車体が美しいアルファロメオのスポーツクーペを稼ぎだけで購入するのは不可能だ。
サイバーステーションラボの御曹司だから、親の脛をかじって豪遊してるのではないかという疑いを抱いてしまう。

「18の頃からデイトレードしていて、月に100万単位で副収入ある。それに、たまにサイバーステーションラボの仕事を請け負ってやってるから、お金はある。もうオフィスに戻らないとまずいな」

私の頭を優しく撫で回した後、右手を握りしめ、蓮はオフィスビルがある方向に少し急ぎ足で歩き出す。
ぎりぎり先方が来客する前に戻る事ができた。

私の部署まで蓮は送り届けてくれた蓮。

「金曜日の夜にデートしよう。指輪を取りにいって、その後に食事でもいこう。18時半にオフィスビル1階のスタバで待ってて。じゃっ」

私の耳元でそう囁くと、システム開発部のフロアへ向かう。
蓮から紳士的な対応をされ、この結婚を受け入れ本当に夫婦になってもいいかなと絆されていた。



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