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鬼畜社長は簡単に仕事を辞めさせてくれない
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ここ数ヶ月、鬼畜社長から無理難題な量の仕事を押しつけられ開かずの間に閉じ込められ、ひたすらプログラミングさせられてた。
うたた寝したら起こされ、食事として与えられるのはコンビニおにぎりとサンドイッチと大量のサプリメント。
与えられた仕事が終わるまでは家に帰して貰えないから、最高10日間、会社に泊まり込みで仕事をさせれ、過労死寸前まで疲弊してた。
「……貧血と脱水症状が酷いですね。点滴打ちましょう。あまりいい状態ではないので、これから毎日、点滴を打ちに来て下さいね」
産婦人科医になってまもない女医さんが血液検査の数値を見て、看護師さんに点滴の指示を出す。
堕胎で予約を入れたけど、産み育てる事にし、診察を受け、10週5日目の我が子のエコー写真と動画を見せて貰い、胸がときめく。
「手足をバタバタさせてますね。身体の大きさも……順調」
モゾモゾと体をくねらせて、手足を動かす様子が4Dエコーの動画にしっかり映っていて、私のお腹の中で生きてるんだなと感じ、中絶しようとした自分自身に叱咤した。
母子手帳の取得のために、早急に住民票を移し、定住居も探さないといけない。
大手不動産屋へ行き、即日入居できる九条駅側の1LDKの物件を契約し、東京に戻る。
移住先を悟られないために、転出届を出す時に戸籍と住民票の閲覧制限をかけ、銀行口座も作り替え、携帯電話やメルアドも全て変更した。
そして、便利屋を雇い、夜逃げ同然で8年間暮らした東京を後にした。
『佐伯さん、勤めていらっしゃったアドベンチャーステーションの社長が直接話したいそうですが、どうされますか?』
「嫌です。退職金も先月分の給料も要りません。雇用保険被保険者証・社会保険資格喪失証明書・離職票・年金手帳さえ送って下されば、それだけで十分です」
退職手続きに関してはバックレ代行の弁護士に依頼した。
「有給休暇が40日残ってるからそれを消化するまでは退職にはできない。後、振り込みができないから給料と退職金を直接手渡ししたい。佐伯さんが権利放棄してるのを伝え、署名・押印したの念書を提出してるのに聞き入れて下さらず、賃金に関し弁護士の私が代行で受け取ると先方に申し上げたのですが、直接話したいと申され、退職手続きが一向に進みません」
新米弁護士の砂川美里先生が申し訳なさそうに私に伝えてきた。
「社会保険資格喪失証明書だけでも先になんとかならないですか?」
妊婦検診は健康保険が適用されない。だけど、治療が必要な異常があった際に保険適応になるから必要。
医療費の封書が年に2回、健康保険組合から会社に届く。
それを勝手に開けられたら通院している産婦人科医院が書いてあるから、そこから居場所と妊娠している事がバレてしまう。
母子手帳は健康保険証がなくても配布して貰えたからよかった。
有給消化期間を終えても、私の退職を受け入れてくれず、出勤してないけど、月給が支払われてるらしい。
民法第627条1項で労働者は原則として2週間前に退職の意思を告げることにより、退職することが認められるとなってる。
だけど、年俸制で雇用されていて、民法第627条3項で、6か月以上の期間によって報酬を定められている場合の解約の申し入れは、3か月前にしなければならないとされていて、退職ができないでいる。
雇用保険被保険者証はないけど、番号はハローワークの窓口で聞いたら分かる事と年金手帳も年金事務所で再発行手続きができると教えて貰い、京都に出てきてからすぐに、エンジニア系派遣会社に登録し、ダブルワークでSE・プログラマの単発の在宅仕事を始めた。
その会社で社会保険をかけて貰って、健康保険証を取得し、2つ以上の会社で社会保険に加入する場合、年金事務所と健康保険組合に“健康保険・厚生年金保険 所属選択・ニ以上事業所勤務届”を提出しないといけなくて、選択事業所を派遣会社にして書類を提出した。
非選択事務所になる元職場に、私の住所や勤め先はバレないと砂川先生は言っていて、完全に油断していた。
京都に引越してから2ヶ月後の6月10日。妊娠6ヶ月検診の日で九条町にある1LDKのマンションを出てから五条にある牧野産婦人科まで歩いて向かってると、誰かに後をつけられてる気配を感じた。
マンションの出口からずっと誰かにつきまとわれてる気がし、勇気を出し恐る恐る背後を振り向き、条件反射で顔がひきつり、その場に立ち竦む。
「凛花、2ヶ月ぶりだな」
「ーーな、なんで、くっ久保社長がここにいるんですか……」
仕立てのいい三つボタンのスーツに身を包んだ端正な顔立ちをした鬼畜社長がそこにいて、不敵な笑みを浮かべているから、恐怖でしかない。
居場所が分からないよう戸籍と住民票に閲覧制限かけ、携帯電話の番号とかも全て変更したのに、見つかってしまった。
「体調崩してるはずだから病院を受診すると鷹を括ってたのに、逃走してから健康保険証を使った形跡ない。これで足取りが掴めると思ってたが、ダブルワーク始めてうちの保険組合から抜ける知らせがきた」
ITソフトウェア健康保険組合は各保険医療機関等が1人・1ヵ月毎に治療に要した費用をまとめて記載した請求書(レセプト/診療報酬明細書)をもとに、受診された月から通常2ヵ月後の上旬に健康組合WEB内の個人ページに医療費通知が掲載される。
個人情報なのに、鬼畜社長は社長権限を振りかざし、勝手に閲覧していた。
「凛花の地元が京都なのはわかってたから、IT関係の会社に凛花が仕事できたら連絡くれるようお願いした。すぐに連絡きた」
妊娠出産情報雑誌たまぴよに、子供を1人育てるのに最低2千万円かかると書いてあり、その額に焦りを感じ、京都に移住して3日後に、エンジニア系派遣会社に登録しに行った事を後悔する。
大学1年の頃から鬼畜社長にこき使われ、使う暇もなかったから貯蓄は十分ある。
母が私に残してくれた貯金と死亡保険もある。
蓄えがあるから、鬼畜社長が私の退職を受理してくれるまで、大人しく仕事なんてせずにいるべきだった。
「やっと孕んだか。俺から逃げれなくするために避妊してなかったんだよな」
妊娠18週目に入り、ぺったんこを通り越しガリガリだったお腹もふっくらしてきて目立つようになってきた。
お腹を締め付けない花柄の紺地のワンピースに薄手の黄色いカーディガンを羽織った、どっからどう見ても妊婦さんな私の姿を目を細めて嬉しそうに見つめてくる。
「凛花、東京に帰ろう。派遣会社にも話をつけて、退職の手続きしてきた」
最低極まりない鬼畜社長。退職届を突き出すたびにその場で破られ、社長室に連れ込まれて抱き潰されてた。
「ーー東京には帰らない。勝手な事しないで!!私に関わってこないで!!」
「……嫌だね。ここには俺の子がいるわけだし、諦めろ。ひとりで子供を産んで育てるの無理だろ。ここ数年、こき使った事に腹を立ててるのはわかってる。これからは子供もいるし、無理はさせないから、だから、俺と結婚してずっと側にいてくれ」
ジャケットのポケットから真四角の水色のジュエリーケースを出してきて、パカッと開けて、私に見せてきた。
フルサークルのエタニティリングであった。
プラチナの台座にラウンドブリリアントカットのダイヤモンドが並んでいるティファニーのエタニティリング。
隙間なく光り輝くダイヤがぐるりと1周することで、途切れることのない永遠の愛を表してると言われる指輪を手に取り、私の左手薬指につけた。
「ーー産婦人科の診察あるんだろっ。俺は腹の子の父親だ。付き添う権利はある」
ジュエリーケースをポケットに入れ、私の左手をギュッと握りしめ、鬼畜久保総司社長が産婦人科がある方に歩み出す。
俺は父親だと診察室に入ってきて、牧野先生に東京に連れて帰るから転院するための紹介状を書かせた。
診察を終えマンションに戻ったらマンションの前に便利屋がいて、私は東京の鬼畜久保総司社長が住んでいるマンションに連行された。
今までに何人もの女子アナ、アイドル、モデルと交際し、何度も熱愛報道されてた久保鬼畜社長。
最近は仕事が多忙で私で男の欲望をら抜いていたけど、仕事が落ち着いたら綺麗でスタイルがいい女性とアバンチュールな夜を過ごしたりして派手に遊びそうだ。
こんな男で結婚したら、子供が可哀想だ。
私から婚姻届のサインを拒絶され、久保鬼畜社長はすぐに婚姻届を引っ込めた。
公共の場なのもあり、久保鬼畜社長は周りを気にしてた。
その後、母子手帳の差し替えを済ませ、オフィスビルの側にあるタワーマンションの高層にある4LDKの自宅マンションに私を連れて行く。
「ーーこれ、やっといて。俺、出版社と打ち合わせがあるから」
専用の仕事部屋兼個室を用意してくれていて、そこに案内されるとすぐにデスクトップパソコンの前に座らすると仕事の指示を出し、させられた。
「凛花に任せた案件だから、変にいじれなかった。なるべく早く完成させて」
久保鬼畜社長にとって私は社畜。
これからは家畜としてここで子供の世話をしながら仕事をさせるつもりなのだろう。
腹が立つけれど、素直に従う。
ゲーム感覚でできるネット証券と4コマ風のレシピサイトの作成。
これは私が失踪する前に途中まで作成して放置した仕事。
社畜体質が板に付き、妊婦なのに明け方まで仕事をしてしまった。
午前4時過ぎ、私に仕事を押し付けて接待で高級クラブで飲んでいた久保鬼畜社長。
明け方に全身からブランデーと甘い女のにおいをぷんぷんさせて帰ってきた。
仕事柄、大顧客と接待で高級クラブによく行ってるのは知ってる。
「ーー凛花、ただいま。玄関前に見張りを2人つけてたけど、居なくなってたらどうしようかと気が気じゃなかった」
「ーー部屋から出てって、くさい。吐き気するからあっちに行って!!」
悪阻はおさまったはずなのに、甘い女性用の香水のにおいで気持ちが悪くなり、吐き気を催す。
「ーー凛花がやっと俺の元に帰ってきたのに、離れられるわけないだろっ。腹の子に触るから寝よう」
久保鬼畜社長がパソコンデスクチェアに座ってる私の横に来て後ろからぎゅっと抱きしめてきたから、そのにおいに限界がきて、トイレに走り、胃液を吐いた。
「久保社長と同居するの無理です。ストレスで吐きすぎて流産したら嫌なんで、仕事はちゃんとしますから、早々にここから出ていっていいですか?」
「………」
トイレで思いっきり吐き、よろけながら出て、洗面室へ入り、口を濯ぐ。
お昼に新幹線内のキヨスケでおにぎりを2つ買って食べたきり、何も口にしてなかった。
「久保社長の側にいるの……本当に無理です」
****
「逃げても捕まえられるから戻ってはきましたけど、久保社長と結婚なんてーー無理。高級クラブで飲んだくれて甘い香水のにおいをぷんぷんさせて帰ってくる人を子供の父親にしたくない!!DNA鑑定で親子が証明されても母親が認めないと法的に子供の父親にはなれないと弁護士の先生が仰ってました。鬼畜な久保社長となんかと絶対に結婚しません!!」
私を連れ戻したという連絡を受け、忙しい中わざわざ駆けつけてきた創業時メンバー3人は、私が心底嫌がっているのを察し、哀れみの目を向けた。
モバイル向けゲームアプリおよび家庭用ゲームソフト開発事業を子会社させたアドベンチャーゲームズの社長 桐嶋隼人さん。
スマートフォンのインターネット広告代理店事業を子会社させたアドベンチャーアドの社長 永瀬拓海さん。
PC・スマートフォン・スマートテレビ向けのライブストリーミング形式インターネットテレビサービス“アドベステTVを運営している子会社の社長 相葉遼さん。
久保鬼畜社長の親友で、面倒臭い事業の社長を任され、休む間もなく働き詰めな日々を送らされてる。
「久保はこれで凛花ちゃんの事を溺愛してるから。番犬のしつけみたいになってるから、伝わらないんだよな」
「番犬の方がマシな扱い受けてる。凛花ちゃん、散歩する暇なしでずっとwebサイトの開発をさせられてただろ」
「しかも……毎日、食事がコンビニのおにぎりとサンドイッチって、番犬の方がイイもん食ってるんじゃないか?」
大学1年の春。入学してまもない時に、教授から紹介されて私は久保鬼畜社長の仕事を手伝い始めた。
母が亡くなり、大学進学で京都から東京に出てきた私。
大学卒業まで学費と家賃と生活費を賄う事ができるか不安だった。
だから食費を節約するために、おにぎり生活を送ってた。
唐揚げや鮭フレーク、シーチキンマヨに鶏そぼろ、焼きたらこなどをおにぎりの具にしたおにぎりを毎日作って大学に持参していて、おにぎりが大好きな子だと思われてしまった。
「……秘書にデパ地下のおにぎりを買いに行かせてる。栄養が足りないから栄養ドリンクやサプリメントも与えてる。犬よりはマシなもん食わせてるぞ!!」
久保鬼畜社長はそう指示を出してたらしいけど、私が渡されてたおにぎりは1階にあるシックスイレブンのもの。
しかも、昆布に梅におかかなどの定番のもので、たまには季節限定やプレミアムを入れてくれたらいいのに腹の底で思ってた。
切れ長の鋭い目と高くて綺麗に通った鼻筋、そして薄い唇。180cm以上ある高身長に細マッチョな身体と容姿端麗で、30歳という若さもあり、久保鬼畜社長はかなりモテてる。
高層オフィスビルの35階から42階がアドベンチャーステーションとその子会社のフロアで、上層階にオフィスを構えるグループ会社のCEOなのもあり、社内だけでなく社外の結婚適齢期の女性からもモテてた。
完全に閉じこめられてるわけではないから、トイレ休憩や小休憩でシックスイレブンの品出し後の時間帯を狙っておにぎりとペットボトルのジュースやお茶、スイーツとお菓子類を買いに行くと、結婚適齢期の女性達から睨まれていた。
「……無理矢理連れてこられて出勤したけど、リモートワークしていい?お腹に赤ちゃんいると疲れやすいし、病気を貰ったり怪我とかしそうで怖いから家にいたい。久保社長のマンション、ここから徒歩5分だし、わざわざ出勤しなくていいでしょ」
昨夜一睡もしてないのに、久保鬼畜社長に無理矢理オフィスに連れてこられた。
ショートスリーパーで3徹しても平気だったけど、妊娠してからは眠くて堪らない。
「ーー久保、凛花ちゃんをこき使うなよ。身重なんだから。お前の子を妊娠してるんだから、大切に扱ってやれよ!!」
3歳と1歳の2児のパパをしてる永瀬さんのおかげで、リモートワークの許可を得る事ができてホッとした。
うたた寝したら起こされ、食事として与えられるのはコンビニおにぎりとサンドイッチと大量のサプリメント。
与えられた仕事が終わるまでは家に帰して貰えないから、最高10日間、会社に泊まり込みで仕事をさせれ、過労死寸前まで疲弊してた。
「……貧血と脱水症状が酷いですね。点滴打ちましょう。あまりいい状態ではないので、これから毎日、点滴を打ちに来て下さいね」
産婦人科医になってまもない女医さんが血液検査の数値を見て、看護師さんに点滴の指示を出す。
堕胎で予約を入れたけど、産み育てる事にし、診察を受け、10週5日目の我が子のエコー写真と動画を見せて貰い、胸がときめく。
「手足をバタバタさせてますね。身体の大きさも……順調」
モゾモゾと体をくねらせて、手足を動かす様子が4Dエコーの動画にしっかり映っていて、私のお腹の中で生きてるんだなと感じ、中絶しようとした自分自身に叱咤した。
母子手帳の取得のために、早急に住民票を移し、定住居も探さないといけない。
大手不動産屋へ行き、即日入居できる九条駅側の1LDKの物件を契約し、東京に戻る。
移住先を悟られないために、転出届を出す時に戸籍と住民票の閲覧制限をかけ、銀行口座も作り替え、携帯電話やメルアドも全て変更した。
そして、便利屋を雇い、夜逃げ同然で8年間暮らした東京を後にした。
『佐伯さん、勤めていらっしゃったアドベンチャーステーションの社長が直接話したいそうですが、どうされますか?』
「嫌です。退職金も先月分の給料も要りません。雇用保険被保険者証・社会保険資格喪失証明書・離職票・年金手帳さえ送って下されば、それだけで十分です」
退職手続きに関してはバックレ代行の弁護士に依頼した。
「有給休暇が40日残ってるからそれを消化するまでは退職にはできない。後、振り込みができないから給料と退職金を直接手渡ししたい。佐伯さんが権利放棄してるのを伝え、署名・押印したの念書を提出してるのに聞き入れて下さらず、賃金に関し弁護士の私が代行で受け取ると先方に申し上げたのですが、直接話したいと申され、退職手続きが一向に進みません」
新米弁護士の砂川美里先生が申し訳なさそうに私に伝えてきた。
「社会保険資格喪失証明書だけでも先になんとかならないですか?」
妊婦検診は健康保険が適用されない。だけど、治療が必要な異常があった際に保険適応になるから必要。
医療費の封書が年に2回、健康保険組合から会社に届く。
それを勝手に開けられたら通院している産婦人科医院が書いてあるから、そこから居場所と妊娠している事がバレてしまう。
母子手帳は健康保険証がなくても配布して貰えたからよかった。
有給消化期間を終えても、私の退職を受け入れてくれず、出勤してないけど、月給が支払われてるらしい。
民法第627条1項で労働者は原則として2週間前に退職の意思を告げることにより、退職することが認められるとなってる。
だけど、年俸制で雇用されていて、民法第627条3項で、6か月以上の期間によって報酬を定められている場合の解約の申し入れは、3か月前にしなければならないとされていて、退職ができないでいる。
雇用保険被保険者証はないけど、番号はハローワークの窓口で聞いたら分かる事と年金手帳も年金事務所で再発行手続きができると教えて貰い、京都に出てきてからすぐに、エンジニア系派遣会社に登録し、ダブルワークでSE・プログラマの単発の在宅仕事を始めた。
その会社で社会保険をかけて貰って、健康保険証を取得し、2つ以上の会社で社会保険に加入する場合、年金事務所と健康保険組合に“健康保険・厚生年金保険 所属選択・ニ以上事業所勤務届”を提出しないといけなくて、選択事業所を派遣会社にして書類を提出した。
非選択事務所になる元職場に、私の住所や勤め先はバレないと砂川先生は言っていて、完全に油断していた。
京都に引越してから2ヶ月後の6月10日。妊娠6ヶ月検診の日で九条町にある1LDKのマンションを出てから五条にある牧野産婦人科まで歩いて向かってると、誰かに後をつけられてる気配を感じた。
マンションの出口からずっと誰かにつきまとわれてる気がし、勇気を出し恐る恐る背後を振り向き、条件反射で顔がひきつり、その場に立ち竦む。
「凛花、2ヶ月ぶりだな」
「ーーな、なんで、くっ久保社長がここにいるんですか……」
仕立てのいい三つボタンのスーツに身を包んだ端正な顔立ちをした鬼畜社長がそこにいて、不敵な笑みを浮かべているから、恐怖でしかない。
居場所が分からないよう戸籍と住民票に閲覧制限かけ、携帯電話の番号とかも全て変更したのに、見つかってしまった。
「体調崩してるはずだから病院を受診すると鷹を括ってたのに、逃走してから健康保険証を使った形跡ない。これで足取りが掴めると思ってたが、ダブルワーク始めてうちの保険組合から抜ける知らせがきた」
ITソフトウェア健康保険組合は各保険医療機関等が1人・1ヵ月毎に治療に要した費用をまとめて記載した請求書(レセプト/診療報酬明細書)をもとに、受診された月から通常2ヵ月後の上旬に健康組合WEB内の個人ページに医療費通知が掲載される。
個人情報なのに、鬼畜社長は社長権限を振りかざし、勝手に閲覧していた。
「凛花の地元が京都なのはわかってたから、IT関係の会社に凛花が仕事できたら連絡くれるようお願いした。すぐに連絡きた」
妊娠出産情報雑誌たまぴよに、子供を1人育てるのに最低2千万円かかると書いてあり、その額に焦りを感じ、京都に移住して3日後に、エンジニア系派遣会社に登録しに行った事を後悔する。
大学1年の頃から鬼畜社長にこき使われ、使う暇もなかったから貯蓄は十分ある。
母が私に残してくれた貯金と死亡保険もある。
蓄えがあるから、鬼畜社長が私の退職を受理してくれるまで、大人しく仕事なんてせずにいるべきだった。
「やっと孕んだか。俺から逃げれなくするために避妊してなかったんだよな」
妊娠18週目に入り、ぺったんこを通り越しガリガリだったお腹もふっくらしてきて目立つようになってきた。
お腹を締め付けない花柄の紺地のワンピースに薄手の黄色いカーディガンを羽織った、どっからどう見ても妊婦さんな私の姿を目を細めて嬉しそうに見つめてくる。
「凛花、東京に帰ろう。派遣会社にも話をつけて、退職の手続きしてきた」
最低極まりない鬼畜社長。退職届を突き出すたびにその場で破られ、社長室に連れ込まれて抱き潰されてた。
「ーー東京には帰らない。勝手な事しないで!!私に関わってこないで!!」
「……嫌だね。ここには俺の子がいるわけだし、諦めろ。ひとりで子供を産んで育てるの無理だろ。ここ数年、こき使った事に腹を立ててるのはわかってる。これからは子供もいるし、無理はさせないから、だから、俺と結婚してずっと側にいてくれ」
ジャケットのポケットから真四角の水色のジュエリーケースを出してきて、パカッと開けて、私に見せてきた。
フルサークルのエタニティリングであった。
プラチナの台座にラウンドブリリアントカットのダイヤモンドが並んでいるティファニーのエタニティリング。
隙間なく光り輝くダイヤがぐるりと1周することで、途切れることのない永遠の愛を表してると言われる指輪を手に取り、私の左手薬指につけた。
「ーー産婦人科の診察あるんだろっ。俺は腹の子の父親だ。付き添う権利はある」
ジュエリーケースをポケットに入れ、私の左手をギュッと握りしめ、鬼畜久保総司社長が産婦人科がある方に歩み出す。
俺は父親だと診察室に入ってきて、牧野先生に東京に連れて帰るから転院するための紹介状を書かせた。
診察を終えマンションに戻ったらマンションの前に便利屋がいて、私は東京の鬼畜久保総司社長が住んでいるマンションに連行された。
今までに何人もの女子アナ、アイドル、モデルと交際し、何度も熱愛報道されてた久保鬼畜社長。
最近は仕事が多忙で私で男の欲望をら抜いていたけど、仕事が落ち着いたら綺麗でスタイルがいい女性とアバンチュールな夜を過ごしたりして派手に遊びそうだ。
こんな男で結婚したら、子供が可哀想だ。
私から婚姻届のサインを拒絶され、久保鬼畜社長はすぐに婚姻届を引っ込めた。
公共の場なのもあり、久保鬼畜社長は周りを気にしてた。
その後、母子手帳の差し替えを済ませ、オフィスビルの側にあるタワーマンションの高層にある4LDKの自宅マンションに私を連れて行く。
「ーーこれ、やっといて。俺、出版社と打ち合わせがあるから」
専用の仕事部屋兼個室を用意してくれていて、そこに案内されるとすぐにデスクトップパソコンの前に座らすると仕事の指示を出し、させられた。
「凛花に任せた案件だから、変にいじれなかった。なるべく早く完成させて」
久保鬼畜社長にとって私は社畜。
これからは家畜としてここで子供の世話をしながら仕事をさせるつもりなのだろう。
腹が立つけれど、素直に従う。
ゲーム感覚でできるネット証券と4コマ風のレシピサイトの作成。
これは私が失踪する前に途中まで作成して放置した仕事。
社畜体質が板に付き、妊婦なのに明け方まで仕事をしてしまった。
午前4時過ぎ、私に仕事を押し付けて接待で高級クラブで飲んでいた久保鬼畜社長。
明け方に全身からブランデーと甘い女のにおいをぷんぷんさせて帰ってきた。
仕事柄、大顧客と接待で高級クラブによく行ってるのは知ってる。
「ーー凛花、ただいま。玄関前に見張りを2人つけてたけど、居なくなってたらどうしようかと気が気じゃなかった」
「ーー部屋から出てって、くさい。吐き気するからあっちに行って!!」
悪阻はおさまったはずなのに、甘い女性用の香水のにおいで気持ちが悪くなり、吐き気を催す。
「ーー凛花がやっと俺の元に帰ってきたのに、離れられるわけないだろっ。腹の子に触るから寝よう」
久保鬼畜社長がパソコンデスクチェアに座ってる私の横に来て後ろからぎゅっと抱きしめてきたから、そのにおいに限界がきて、トイレに走り、胃液を吐いた。
「久保社長と同居するの無理です。ストレスで吐きすぎて流産したら嫌なんで、仕事はちゃんとしますから、早々にここから出ていっていいですか?」
「………」
トイレで思いっきり吐き、よろけながら出て、洗面室へ入り、口を濯ぐ。
お昼に新幹線内のキヨスケでおにぎりを2つ買って食べたきり、何も口にしてなかった。
「久保社長の側にいるの……本当に無理です」
****
「逃げても捕まえられるから戻ってはきましたけど、久保社長と結婚なんてーー無理。高級クラブで飲んだくれて甘い香水のにおいをぷんぷんさせて帰ってくる人を子供の父親にしたくない!!DNA鑑定で親子が証明されても母親が認めないと法的に子供の父親にはなれないと弁護士の先生が仰ってました。鬼畜な久保社長となんかと絶対に結婚しません!!」
私を連れ戻したという連絡を受け、忙しい中わざわざ駆けつけてきた創業時メンバー3人は、私が心底嫌がっているのを察し、哀れみの目を向けた。
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「久保はこれで凛花ちゃんの事を溺愛してるから。番犬のしつけみたいになってるから、伝わらないんだよな」
「番犬の方がマシな扱い受けてる。凛花ちゃん、散歩する暇なしでずっとwebサイトの開発をさせられてただろ」
「しかも……毎日、食事がコンビニのおにぎりとサンドイッチって、番犬の方がイイもん食ってるんじゃないか?」
大学1年の春。入学してまもない時に、教授から紹介されて私は久保鬼畜社長の仕事を手伝い始めた。
母が亡くなり、大学進学で京都から東京に出てきた私。
大学卒業まで学費と家賃と生活費を賄う事ができるか不安だった。
だから食費を節約するために、おにぎり生活を送ってた。
唐揚げや鮭フレーク、シーチキンマヨに鶏そぼろ、焼きたらこなどをおにぎりの具にしたおにぎりを毎日作って大学に持参していて、おにぎりが大好きな子だと思われてしまった。
「……秘書にデパ地下のおにぎりを買いに行かせてる。栄養が足りないから栄養ドリンクやサプリメントも与えてる。犬よりはマシなもん食わせてるぞ!!」
久保鬼畜社長はそう指示を出してたらしいけど、私が渡されてたおにぎりは1階にあるシックスイレブンのもの。
しかも、昆布に梅におかかなどの定番のもので、たまには季節限定やプレミアムを入れてくれたらいいのに腹の底で思ってた。
切れ長の鋭い目と高くて綺麗に通った鼻筋、そして薄い唇。180cm以上ある高身長に細マッチョな身体と容姿端麗で、30歳という若さもあり、久保鬼畜社長はかなりモテてる。
高層オフィスビルの35階から42階がアドベンチャーステーションとその子会社のフロアで、上層階にオフィスを構えるグループ会社のCEOなのもあり、社内だけでなく社外の結婚適齢期の女性からもモテてた。
完全に閉じこめられてるわけではないから、トイレ休憩や小休憩でシックスイレブンの品出し後の時間帯を狙っておにぎりとペットボトルのジュースやお茶、スイーツとお菓子類を買いに行くと、結婚適齢期の女性達から睨まれていた。
「……無理矢理連れてこられて出勤したけど、リモートワークしていい?お腹に赤ちゃんいると疲れやすいし、病気を貰ったり怪我とかしそうで怖いから家にいたい。久保社長のマンション、ここから徒歩5分だし、わざわざ出勤しなくていいでしょ」
昨夜一睡もしてないのに、久保鬼畜社長に無理矢理オフィスに連れてこられた。
ショートスリーパーで3徹しても平気だったけど、妊娠してからは眠くて堪らない。
「ーー久保、凛花ちゃんをこき使うなよ。身重なんだから。お前の子を妊娠してるんだから、大切に扱ってやれよ!!」
3歳と1歳の2児のパパをしてる永瀬さんのおかげで、リモートワークの許可を得る事ができてホッとした。
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終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
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