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帰ってきた元夫
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「ーー成瀬さんがスイスから帰ってこられたんですか……」
白衣を着て、朝から長時間、実験を繰り返していた私、杉宮涼音、30歳の手が止まる。
国内最大手の製薬会社で創薬研究員として研究職についている、私はパンデミックを起こしているウイルスの治療薬とワクチンを開発するために、研究に明け暮れる日々を送ってる。
試験管の中に入ったコロアウイルス回復患者の血漿液から抗体を取り出していたら、真田創薬研究総括部長から肩を叩かれ、いきなりそんな事を言われたから、思わず、試験管を落としそうになってしまった。
「コロアウイルス関係の創薬は彼に全て任せる事になった。ロッチュの創薬研究部門とウチの研究の橋渡し役を務めてくれる。
世界最大手の製薬会社ロッチュに3年間、修業してきた元夫、成瀬聡太35歳。
天才的な化学的なセンスを持ち合わせていて、新薬を次々と産み出してる。
そんな彼だから、ロッチュは彼を欲しがり、提携してしばらく彼を研究職として引き抜いたんだけど、コロアウイルスのワクチンが完成し、本人の意向で帰国した。
とはいえ、変異のスピードが凄まじい強力なウイルスだから、ロッチュと共同開発という形でこれからも研究をしていくらしい。
「ーー真田部長、私、他の担当に移れません?」
「……無理だな、感染リスクを懸念してコロアウイルスの治療薬ワクチン開発をみんな、やりたがらないから」
ウイルス感染は除菌ではなく、抗体ができ、完治する。
だから、回復者の血液から抗体を取り出し重症者向けの治療薬を開発しているんだけど、気をつけていても元感染者の血液を扱うから保管していた血液の中でウイルスが増殖していたりすると、ヒヤリハットで感染してしまうリスクがある。
「ーー真田部長、退職届を提出していいですか?」
「……引き継ぎがあるから、今出しても3ヶ月先だよ。夫婦生活3日だけだろっ。交際期間も短かったし、割り切って、成瀬くんの片腕として仕事をして欲しい」
創薬研究部門のトップ直々からそういい渡され、頭の中は真っ白、お先真っ暗な現実に、ただ、心の底で嘆いた。
ーー無理だ。聡太さんと仕事でタッグを組むなんて、無理……。
新薬研究開発施設は湘南にあるが、コロアウイルスとインフルエンザウイルスの研究チームだけは、東京大学や国立感染研究所と共同研究を行ってるため日本橋の本社内研究フロアがある。
昼休憩が終わる間際に社員食堂に入ると、私の進む先にいる社員達がさささっと離れた。
同じ会社の社員なのにコロアウイルスの創薬研究員だからと総合職の社員から距離を開けられ、慣れたけど嫌な気分にされる。
ウイルス自体を触る時は防御服を着用して作業をしてる。感染してないかの検査も毎日してる。
都内で大流行してるから、コロアウイルスに感染するリスクはどこにいてもある。
感染していても無症状の人が5割、軽症者が2割いる。だから、健康そうに見えても感染者だったりする。
私よりも検査を受けていない社員の方が感染してる可能性は高いと思う。
三密を避けるために、総合職の社員は交代で出勤し、基本的に在宅勤務をしていているから本社フロアは閑散としてる。
他者と距離を開けて接さないと危ないから、定食を受け取り窓辺の席に1人で座り、カレイの南蛮漬けを口に頬張る。
『キャーー!!成瀬さんだ。今日からここの研究室なんだ』
女性社員の黄色い声が耳に入り、遠巻きがキャーキャー騒いでいる方に視線をやった。
3年ぶりに目にする元夫は、きれいに整えられた黒髪に、涼しげな切れ長の目をし、身体にぴったりと合った三つボタンの仕立てのいいスーツに、白衣を纏ってた。
ーーザ・仕事ができる研究者のいでたち。
剥げてたらよかったのにと、私は腹の底で思った。
「ーー涼音!!3年ぶりだな。身体はもう大丈夫なのか?」
「……はい、なんとか」
決して大丈夫ではない。聡太さんが夫婦になった次の日にスイスへ単身赴任へ経った後、彼に想いを寄せてる女性社員に、危険なウイルスを数種類ブレンドした液を無理矢理飲まされ、階段から落とされ、この世の終わりをみた。
聡太さんが、私の前の席に腰をかけ、コーヒーの入った紙コップを机の上に置き、私の頭上をクシャっと撫で回す。
上司と部下の関係で、3年前に彼の研究のサポートに私がついていたから手をかけて育てた後輩かもしれないけど、元夫婦だったんだから、こんな事してこないで欲しい。
「涼音、俺とやり直して。君を必ず守り大切にして幸せにするから!!」
昼休憩が終わり、気づけば社員食堂には私と聡太さんしかいなかった。
「……無理。元々付き合っていて結婚したわけじゃない」
「俺は涼音を愛してた。離れたくなくて、君と結婚してスイスに連れて行こうと思うぐらいに。もう1度、初めから始めよう」
私の両手を握りしめ、私の瞳を真剣な眼差しで見つめる聡太さん。
彼の左手薬指には、私と夫婦だった証拠のマリッジリングがまだはめてあった。
白衣を着て、朝から長時間、実験を繰り返していた私、杉宮涼音、30歳の手が止まる。
国内最大手の製薬会社で創薬研究員として研究職についている、私はパンデミックを起こしているウイルスの治療薬とワクチンを開発するために、研究に明け暮れる日々を送ってる。
試験管の中に入ったコロアウイルス回復患者の血漿液から抗体を取り出していたら、真田創薬研究総括部長から肩を叩かれ、いきなりそんな事を言われたから、思わず、試験管を落としそうになってしまった。
「コロアウイルス関係の創薬は彼に全て任せる事になった。ロッチュの創薬研究部門とウチの研究の橋渡し役を務めてくれる。
世界最大手の製薬会社ロッチュに3年間、修業してきた元夫、成瀬聡太35歳。
天才的な化学的なセンスを持ち合わせていて、新薬を次々と産み出してる。
そんな彼だから、ロッチュは彼を欲しがり、提携してしばらく彼を研究職として引き抜いたんだけど、コロアウイルスのワクチンが完成し、本人の意向で帰国した。
とはいえ、変異のスピードが凄まじい強力なウイルスだから、ロッチュと共同開発という形でこれからも研究をしていくらしい。
「ーー真田部長、私、他の担当に移れません?」
「……無理だな、感染リスクを懸念してコロアウイルスの治療薬ワクチン開発をみんな、やりたがらないから」
ウイルス感染は除菌ではなく、抗体ができ、完治する。
だから、回復者の血液から抗体を取り出し重症者向けの治療薬を開発しているんだけど、気をつけていても元感染者の血液を扱うから保管していた血液の中でウイルスが増殖していたりすると、ヒヤリハットで感染してしまうリスクがある。
「ーー真田部長、退職届を提出していいですか?」
「……引き継ぎがあるから、今出しても3ヶ月先だよ。夫婦生活3日だけだろっ。交際期間も短かったし、割り切って、成瀬くんの片腕として仕事をして欲しい」
創薬研究部門のトップ直々からそういい渡され、頭の中は真っ白、お先真っ暗な現実に、ただ、心の底で嘆いた。
ーー無理だ。聡太さんと仕事でタッグを組むなんて、無理……。
新薬研究開発施設は湘南にあるが、コロアウイルスとインフルエンザウイルスの研究チームだけは、東京大学や国立感染研究所と共同研究を行ってるため日本橋の本社内研究フロアがある。
昼休憩が終わる間際に社員食堂に入ると、私の進む先にいる社員達がさささっと離れた。
同じ会社の社員なのにコロアウイルスの創薬研究員だからと総合職の社員から距離を開けられ、慣れたけど嫌な気分にされる。
ウイルス自体を触る時は防御服を着用して作業をしてる。感染してないかの検査も毎日してる。
都内で大流行してるから、コロアウイルスに感染するリスクはどこにいてもある。
感染していても無症状の人が5割、軽症者が2割いる。だから、健康そうに見えても感染者だったりする。
私よりも検査を受けていない社員の方が感染してる可能性は高いと思う。
三密を避けるために、総合職の社員は交代で出勤し、基本的に在宅勤務をしていているから本社フロアは閑散としてる。
他者と距離を開けて接さないと危ないから、定食を受け取り窓辺の席に1人で座り、カレイの南蛮漬けを口に頬張る。
『キャーー!!成瀬さんだ。今日からここの研究室なんだ』
女性社員の黄色い声が耳に入り、遠巻きがキャーキャー騒いでいる方に視線をやった。
3年ぶりに目にする元夫は、きれいに整えられた黒髪に、涼しげな切れ長の目をし、身体にぴったりと合った三つボタンの仕立てのいいスーツに、白衣を纏ってた。
ーーザ・仕事ができる研究者のいでたち。
剥げてたらよかったのにと、私は腹の底で思った。
「ーー涼音!!3年ぶりだな。身体はもう大丈夫なのか?」
「……はい、なんとか」
決して大丈夫ではない。聡太さんが夫婦になった次の日にスイスへ単身赴任へ経った後、彼に想いを寄せてる女性社員に、危険なウイルスを数種類ブレンドした液を無理矢理飲まされ、階段から落とされ、この世の終わりをみた。
聡太さんが、私の前の席に腰をかけ、コーヒーの入った紙コップを机の上に置き、私の頭上をクシャっと撫で回す。
上司と部下の関係で、3年前に彼の研究のサポートに私がついていたから手をかけて育てた後輩かもしれないけど、元夫婦だったんだから、こんな事してこないで欲しい。
「涼音、俺とやり直して。君を必ず守り大切にして幸せにするから!!」
昼休憩が終わり、気づけば社員食堂には私と聡太さんしかいなかった。
「……無理。元々付き合っていて結婚したわけじゃない」
「俺は涼音を愛してた。離れたくなくて、君と結婚してスイスに連れて行こうと思うぐらいに。もう1度、初めから始めよう」
私の両手を握りしめ、私の瞳を真剣な眼差しで見つめる聡太さん。
彼の左手薬指には、私と夫婦だった証拠のマリッジリングがまだはめてあった。
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