ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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終唱 新たな旅へ

林檎の並木道 1

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 竜と世界を救うため、ラピスが集歌の巡礼に出た秋の日から季節は巡り、鮮やかな春が来た。
 落葉樹には若葉が芽吹き、グレゴワール家を取り囲む山も森も、瑞々しい新緑が目に優しい。

 今日は快晴。
 やわらかく霞んだ水色の空には雲ひとつない。
 春のぬくもりを抱いたそよ風と共に、ラピスとクロヴィスは、ミロちゃんが苺鈴草ばいりんそうの群生地を教えてくれた『プレトリウス山の麓の東側の森』へと、ピクニックにきていた。
 サンドイッチとお菓子とハーブティーを、バスケットいっぱいに詰め込んで。

「あれこれ騒がしかったが、ようやくひと息つけたな」
「そうですね! 久し振りのピクニック、嬉しいです~」

 本当に、怒涛のごとき冬だった。


☆ ☆ ☆ 


 念願叶って竜王が復活したのち、一行は、創世竜がつないでくれた結界近道を通って、無事王都ユールシュテークに帰還した。

 使命を果たした安堵から、忘れていた疲労が一気に襲ってきて、くたくたのヘトヘトになっていたのだが……
 世界には、竜王ブームが到来。
 にわかに竜への信心が湧きおこった人々が神殿に殺到したり、季節外れの祭りを大々的に催し感謝の祈りを捧げたり、それはもう大騒ぎになっていた。

 その大騒ぎの渦中にいたラピスたちは、行く先々から熱狂的な感謝をもって出迎えられたのはもちろん、諸外国からも続々と祝辞や礼状、贈りものが届けられ、王侯貴族たちから目通りを願う催促が引きも切らなかった。 
 街も城内も、出歩くたびに大騒ぎされる始末で、心身を休めるにはあまりに騒がしく。

「どいつもこいつもうるせえな。……片っ端からクソ食らわせてやろうかな」

 本気か冗談かわからぬ呟きを、クロヴィスが連発していたのも無理はない。
 世界が救われたのも、皆が喜んでくれているのも、素直に嬉しく思う反面、ラピスもクロヴィスも、人々が競って贈ろうとする名誉や褒賞には興味がないし、何より二人は――特にクロヴィスは、歓喜の輪に入って楽しめる心境ではなかった。

 コンラートが、亡くなった。

 大祭司長として竜王復活の祈祷を続けた彼は、ゾンネ副祭司長らが泣いて止めようとも、断食の上ほぼ不眠不休で祭壇に向かっていたという。
 口にするのは喉を潤すための水程度だったのに、信じがたいほど力強く祝詞を響かせ続ける姿に、祭司も信者も感動の涙を禁じ得なかったと、のちにパウマン祭司が落涙しながら語ってくれた。

 ラピスたちの帰還を見届けた大祭司長は、張り詰めた糸が切れたように倒れ――付き添う祭司たちを遠ざけてクロヴィスとラピスのみが枕元に呼ばれた頃には、息も絶え絶えの状態だった。
 それでも、兄の左目がしっかりと己を見つめていることに気づくと、微笑んで涙を流していたが……まもなく意識を失い、そのまま半日後、安らかに息を引き取った。

 コンラートは遺書を用意していた。
 死を覚悟の祈祷だったのだ。

 祝いに水を差さぬよう、己の死は一年ほど伏せておくこと。
 墓碑も仰々しい葬儀も不要。
 遺体は火葬し、灰にして処分を頼む。

 書かれていたのはそれだけ。

 祭司たちは「大祭司長様のご逝去だというのに、そんなわけにはいかない」と動揺し、反対意見も続出したけれど。
 兄であり大魔法使いであるクロヴィスの、

「望む通りにしてやりゃいい」

 という意見により、葬儀云々はともかく逝去は伏せて、遺体は遺言に従い荼毘に伏すと決まった。
 このとき初めて、クロヴィスと大祭司長が双子の兄弟であることを知った者も多かった。コンラートが自分の弟だと公に認めることが、クロヴィスからの手向けだったのだろう。
 涙と鼻水を滝のように流しながら、ラピスはそう思った。
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