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第12唱 竜とラピスの歌
竜王の歌 1
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ラピスが歌う『子守歌』に、クロヴィスの旋律が重なった。
竜たちはしばし聴き入っていたようだけれど、巨大樹の森から顔を覗かせた星空色の古竜が、喜びを抑えきれないというように一緒に歌い出した。
呪詛の悪夢の中、母の子守歌を思い出させてくれたのは、紺青の巨躯に金の星のごとく鱗を瞬かせる、この古竜だった。
やがてほかの竜たちも祈りの音色を奏で始め、さらさらと優しい雨が降るように、天にも地にも歌が響いてしみ渡る。
――と、突如、竜たちの歌が、轟く喝采に変わった。
『竜王!』
『竜王!』
『ついにお戻りだ!』
歓呼で大気が振動する。ラピスの躰も文字通りビリビリ震える。
空から金色の花びらが舞い落ちて、瀑布はさらに勢いを増し、大空を横断する虹が架かった。
竜たちの歓喜が奔流となって世界に満ちる、その中心に――
「う……わあ……っ!」
ラピスは呆然と空を仰いだ。
どこまでも果てない空に、虹を額に載く竜の顔が顕現していた。
創世の竜たちよりも、さらに巨大な。
これほどどこまでも広がる空なのに、頭部しか見えない。
――いや、違う。
その巨躯は、大河や巨大樹たちと同化した創世の竜たちを、さらにぐるりとつつみ込んでいた。背部から幾重もの翼が、雲より高く伸ばされている。
旅のあいだにラピスが見た、泥のように濁った黒い姿とはまるで違う。
あれがどれほど変わり果てた姿で、どれほど危機的な病み方だったのか、今ならよくわかった。
この神気に満ちた存在が耐えきれぬほど、積み重ねられた人間の呪詛はつらく苦しく、人の心に竜を呪うという感情が生まれた瞬間から、その辛苦は続いてきたのだと痛感した。
けれど今、まっすぐにラピスたちを見つめる眼は七色に輝き、底知れぬ生命力が溢れんばかり。
金色の鱗は日射しを受けて輝くたびに四季のごとく彩りを変え、その身は何色とも形容し難い。強いて表現するなら、世界の色。
竜王がゆっくりと瞬きをすると、身の内まで雪がれるような清々しい風が、深呼吸したくなる芳香を連れてきた。
『ありがとう、愛し子たち』
心震える、美しい歌声。
『この感謝を、どうしたら伝えられよう』
ステンドグラスのような眼が潤み、ぽたりと涙が落ちると、その一帯の大地に七色の花が咲いた。
竜たちの歓喜と感謝の歌も響き渡る。
ラピスたちは言葉も返歌も忘れて、ひたすら打ち震えていたが……
「……あっ」
珍しく戸惑ったようなクロヴィスの声に、皆一様にハッとして、彼へと目を向けた。
視線の先でクロヴィスは、白い手に黒い眼帯を持ち、もう片方の手で左目を覆っている。
「お師匠様、眼帯が外れてしまったのですか? 僕がつけ直しましょうか?」
ラピスが急いで尋ねると、「いや……」と、これまた珍しく困惑しきった声が漏れた。そうして左目を覆う手が、そうっと離れて。
露わになった目が、震えながらひらかれると……
怯えるように瞬きを繰り返してから、「信じられない」とラピスを見つめた。
「……見える」
「えっ」
クロヴィスは子供のように何度も、交互に片目を覆っては、紅玉の瞳に負けぬほど頬を紅潮させた。
「怪我ですっかり見えなくなっていたのに。見えるんだ……左目」
「ええっ! 本当ですかーっ!」
仰天したのはラピスだけではなかった。
ディードたちはもちろん、ジークまでもがあんぐりと口をあけ、少しの沈黙ののち一斉に驚愕と喜びの雄叫びが上がった。
「すごい、奇跡ですお師匠様!」
「これも古竜のご利益⁉」
大騒ぎしすぎて、いつものように「うるせえ」とクロヴィスの手刀がまんべんなく振り下ろされたけれど。
久々に手刀を当てられた頭を大喜びしながら撫でていたラピスは、もうひとつの変化に気づいた。
「えっ。ええっ!? ええーっ! ミロアロちゃんっ!?」
「うわっ、今度は何!?」
竜たちはしばし聴き入っていたようだけれど、巨大樹の森から顔を覗かせた星空色の古竜が、喜びを抑えきれないというように一緒に歌い出した。
呪詛の悪夢の中、母の子守歌を思い出させてくれたのは、紺青の巨躯に金の星のごとく鱗を瞬かせる、この古竜だった。
やがてほかの竜たちも祈りの音色を奏で始め、さらさらと優しい雨が降るように、天にも地にも歌が響いてしみ渡る。
――と、突如、竜たちの歌が、轟く喝采に変わった。
『竜王!』
『竜王!』
『ついにお戻りだ!』
歓呼で大気が振動する。ラピスの躰も文字通りビリビリ震える。
空から金色の花びらが舞い落ちて、瀑布はさらに勢いを増し、大空を横断する虹が架かった。
竜たちの歓喜が奔流となって世界に満ちる、その中心に――
「う……わあ……っ!」
ラピスは呆然と空を仰いだ。
どこまでも果てない空に、虹を額に載く竜の顔が顕現していた。
創世の竜たちよりも、さらに巨大な。
これほどどこまでも広がる空なのに、頭部しか見えない。
――いや、違う。
その巨躯は、大河や巨大樹たちと同化した創世の竜たちを、さらにぐるりとつつみ込んでいた。背部から幾重もの翼が、雲より高く伸ばされている。
旅のあいだにラピスが見た、泥のように濁った黒い姿とはまるで違う。
あれがどれほど変わり果てた姿で、どれほど危機的な病み方だったのか、今ならよくわかった。
この神気に満ちた存在が耐えきれぬほど、積み重ねられた人間の呪詛はつらく苦しく、人の心に竜を呪うという感情が生まれた瞬間から、その辛苦は続いてきたのだと痛感した。
けれど今、まっすぐにラピスたちを見つめる眼は七色に輝き、底知れぬ生命力が溢れんばかり。
金色の鱗は日射しを受けて輝くたびに四季のごとく彩りを変え、その身は何色とも形容し難い。強いて表現するなら、世界の色。
竜王がゆっくりと瞬きをすると、身の内まで雪がれるような清々しい風が、深呼吸したくなる芳香を連れてきた。
『ありがとう、愛し子たち』
心震える、美しい歌声。
『この感謝を、どうしたら伝えられよう』
ステンドグラスのような眼が潤み、ぽたりと涙が落ちると、その一帯の大地に七色の花が咲いた。
竜たちの歓喜と感謝の歌も響き渡る。
ラピスたちは言葉も返歌も忘れて、ひたすら打ち震えていたが……
「……あっ」
珍しく戸惑ったようなクロヴィスの声に、皆一様にハッとして、彼へと目を向けた。
視線の先でクロヴィスは、白い手に黒い眼帯を持ち、もう片方の手で左目を覆っている。
「お師匠様、眼帯が外れてしまったのですか? 僕がつけ直しましょうか?」
ラピスが急いで尋ねると、「いや……」と、これまた珍しく困惑しきった声が漏れた。そうして左目を覆う手が、そうっと離れて。
露わになった目が、震えながらひらかれると……
怯えるように瞬きを繰り返してから、「信じられない」とラピスを見つめた。
「……見える」
「えっ」
クロヴィスは子供のように何度も、交互に片目を覆っては、紅玉の瞳に負けぬほど頬を紅潮させた。
「怪我ですっかり見えなくなっていたのに。見えるんだ……左目」
「ええっ! 本当ですかーっ!」
仰天したのはラピスだけではなかった。
ディードたちはもちろん、ジークまでもがあんぐりと口をあけ、少しの沈黙ののち一斉に驚愕と喜びの雄叫びが上がった。
「すごい、奇跡ですお師匠様!」
「これも古竜のご利益⁉」
大騒ぎしすぎて、いつものように「うるせえ」とクロヴィスの手刀がまんべんなく振り下ろされたけれど。
久々に手刀を当てられた頭を大喜びしながら撫でていたラピスは、もうひとつの変化に気づいた。
「えっ。ええっ!? ええーっ! ミロアロちゃんっ!?」
「うわっ、今度は何!?」
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