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第12唱 竜とラピスの歌
祈りの力
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「「「ほえ~……」」」
みるみるうちに膨張し、あっというまに辺り一帯を眩く照らし出した白い光を、少年たちはしばし呆けたように見つめていた。
が、まずディードが、「ボーッとしてる場合じゃなかった!」と我に返り、その声にラピスとヘンリックもハッとして、あいたままだった口を閉じた。
「よくわからないけど、これなら光の向こうへ行けるんじゃないか?」
「そうだねディード! 行ってみよう!」
「待て待てラピス! そーっと小指を入れるくらいから試してみないと! ちっちゃくなったりでっかくなったり、この光あやしいじゃん!」
ヘンリックのあわて声が追ってきたときには、ラピスはすでに躰半分を光に突っ込んでいて、「ほへ?」と振り返った。
「ギャーッ! もう行ってるし!」
「うるさいぞヘンリック。これが結界なら、行くしか選択肢はないだろう。嫌ならひとりでそこにいろ」
「嫌だなんて言ってないだろ! 小指から試そうと言っただけじゃん!」
「お前はそうしろよ」
「ちっがーう! ぼくは二人の安全のためにだな!」
乳兄弟が何やら揉めているあいだに、ラピスは光の中へとさらにトコトコ進んで行った。
まるで乳白色の雲の中に踏み込んだみたいだ。騒ぎながら追ってきたディードとヘンリック以外、何も見えない。
右も左もわからないのに、不思議と迷うことなく足は進む。
見えない導があるような優しい光につつまれて、不安な気持ちは欠片も湧かなかった。
「あったかい……」
呟くと、ディードたちも「そうだな」とうなずく。
雪の中を馬で駆けて冷え切っていた躰が、光が放つ春の日だまりみたいなぬくもりで、ゆるゆるとほぐれていく。
うっとりしながら歩いていると、ヘンリックを鼻面で押し込むようにして入ってきたミロアロちゃんが、頭上を見上げた。
つられて見れば、白雲を割るように青空が覗いている。その中に――
「「「わあ……っ!」」」
三人の口から同時に、驚きと喜びの声が上がった。
これはどんな魔法だろう。
青空に、見知った顔が次々映し出されている。
大神殿の聖なる炎の前で祈祷を続けるコンラート。
そのすぐうしろに跪き祈りを捧げる国王夫妻、アレクシア王女、アロイス王子。
副祭司長のゾンネやパウマンたちも、それにアカデミー派のエルベン、ヒラー、タイバーたちもいる。
さらに多くの人、人、人。
大神殿に入りきれない民たちは、大広場や各々の家で祈っているようだ。
旅の途中で出会った人たちも見えた。
トリプト村の村長たち、ゴルト街でラピス一行を送り出してくれた人々、ロックス町の町長たち。
ちらりと映ったイーライは、何やらディアナとグウェンに怒られていて、そのすぐそばで、元気になったらしきドロシアが通りすがりの少年に熱視線を送っていた。
そして、懐かしいブルフェルト街の面々も。
カーレウム家の執事や使用人たちも、ひとりぼっちのラピスに優しくしてくれた街の人たちも、冷たい横顔を見せていた人たちも、今は皆が祈っている。
さらに、見たこともない街、衣装、外見の人々も映った。外国の光景なのだろうとすぐにわかる。
豪奢な建物、素朴な家々、花咲き乱れる国、荒れ地を渡る民。さまざまな気候、さまざまな文化。
めまぐるしく変わるその中で、皆それぞれのやり方で竜王のため祈っているのが、なんの疑問もなく伝わってきた。
「……父上は宣布のとき、『祈ってくれ』とは言わなかったんだよ」
ディードの声が震えている。
「でも、みんな祈ってくれてる」
ヘンリックも、感極まったように鼻をすすった。
そう。ラピスの心にも強く残っている。
アンゼルム王のよく通る声と、誠実な宣布を。
――呪法という負の想念により、とうとう竜王が病んだこと。そうして力が欠けたこと。竜たちがそれを予見し、『対処法を探せ』と訴え続けていたこと。その対処法とは、呪詛を――つまり負の念を祓うこと。これらの事実を踏まえた上で、どうすべきかをひとりひとりに考えてほしい。皆はどう思った? どう感じた? 強要でも押しつけでもなく、考え、感じてほしい。そこに答えがあるのだから――
クロヴィスは王に宣布を出すよう要請したけれど、「竜のため祈るよう訴えてほしい」とは言わなかったはずだ。
想いを強制しても、意味はないから。
けれど王は、大魔法使いの意を正しく汲み取ってくれた。
竜たちが『こうしてくれ』と言わず、『対処法を探せ』と言い続けてきたのは。
それはつまり、人々の自発的な想いでなければ、意味がないということ。
竜王が病んでいる。人間が仕掛けた呪詛で苦しんでいる。
それに対してどう思うのか。
竜王に対し、何を思い、どうしたいと思うのか。
何もせずともよいと思うか。
竜と竜の創りし世界を否定する呪いにより、世界が亡ぶのを黙したまま待つのか。
それとも、竜を――延いてはこの世界を、守りたいと思うのか。
何を選択しどう行動するかは自由、でも真剣に考えてみてほしい。
王はそう語りかけただけ。
その上で、自発的に生まれる祈りがあるならば。
竜たちを想う気持ちがあるならば。
それはきっと、竜たちを支える大きな力になる。
それこそが『欠けた力の対処法』の、たいせつな要因のひとつになる。
祈りを捧げる人々を見つめながら、ラピスは呟いた。
「竜たちが自分たちのことを癒せないのは、きっと……人から必要とされなくなったら、自分たちが存在する意味もなくなっちゃうからだと思うんだ。人に望まれなければ、この世界とのつながりごと消えてしまうのかも」
「だとしたら、あんなになんでもできるのに、なんだか儚い存在だね」
「うん」
ヘンリックの言葉に心から同意しながら、ラピスはいつか聞いたクロヴィスの言葉を思い出す。
『そもそも竜は、星の世界の生きものなのだから。こちらに存在するということは、それだけで途轍もない生命力が必要なんだ。逆にラピんこが空で生きろと言われても、無理だろう?』
満天の星空の下でそう教わった。
あれは、巡礼の旅を提案された夜のこと。
早く再会して、無事を確認して、二人であの家に戻りたい。
そのためにはまず、この結界を抜けなければ。
「みんながこれだけ祈ってくれてるんだから、『欠けた力』も戻るかな」
ヘンリックが声を弾ませたが、「でも」とディードは首を振った。
「すでに竜王が元通りの力を取り戻せているのなら、この結界も消えてるんじゃないか? 古竜たちが竜王を抑えるために結界を張る必要がなくなるってことなんだから」
「うん、そうだね」
ラピスもそう思う。
人々の祈りはこうして危機を乗り越えさせてくれたし、必ず竜たちにもとどいて、大きな力となっているに違いない。
でもきっと、まだ何か必要なことがある。
だからラピスたちはここへ招待されたのだという気がする。
自然、早くなる足取りで白い世界を進んでいると、ヒュンと風を切る音がした。と同時に、いきなり世界が変転する。
目の前に広がったのは、禍々しく赤黒い空。
怪物のようなかたちをした奇岩だらけの稜線が、空を串刺すように連なっている。
しかも三人は、断崖絶壁の岩の上に立っていて――
いや、正確には、立っていない。
たった今、踏みしめていた岩が崩れた。
「ほええっ!」
「うわーっ!」
「ギャーッ!」
三人は悲鳴を上げながら、ぱっくりと口をひらいた闇の底へと落ちていった。
みるみるうちに膨張し、あっというまに辺り一帯を眩く照らし出した白い光を、少年たちはしばし呆けたように見つめていた。
が、まずディードが、「ボーッとしてる場合じゃなかった!」と我に返り、その声にラピスとヘンリックもハッとして、あいたままだった口を閉じた。
「よくわからないけど、これなら光の向こうへ行けるんじゃないか?」
「そうだねディード! 行ってみよう!」
「待て待てラピス! そーっと小指を入れるくらいから試してみないと! ちっちゃくなったりでっかくなったり、この光あやしいじゃん!」
ヘンリックのあわて声が追ってきたときには、ラピスはすでに躰半分を光に突っ込んでいて、「ほへ?」と振り返った。
「ギャーッ! もう行ってるし!」
「うるさいぞヘンリック。これが結界なら、行くしか選択肢はないだろう。嫌ならひとりでそこにいろ」
「嫌だなんて言ってないだろ! 小指から試そうと言っただけじゃん!」
「お前はそうしろよ」
「ちっがーう! ぼくは二人の安全のためにだな!」
乳兄弟が何やら揉めているあいだに、ラピスは光の中へとさらにトコトコ進んで行った。
まるで乳白色の雲の中に踏み込んだみたいだ。騒ぎながら追ってきたディードとヘンリック以外、何も見えない。
右も左もわからないのに、不思議と迷うことなく足は進む。
見えない導があるような優しい光につつまれて、不安な気持ちは欠片も湧かなかった。
「あったかい……」
呟くと、ディードたちも「そうだな」とうなずく。
雪の中を馬で駆けて冷え切っていた躰が、光が放つ春の日だまりみたいなぬくもりで、ゆるゆるとほぐれていく。
うっとりしながら歩いていると、ヘンリックを鼻面で押し込むようにして入ってきたミロアロちゃんが、頭上を見上げた。
つられて見れば、白雲を割るように青空が覗いている。その中に――
「「「わあ……っ!」」」
三人の口から同時に、驚きと喜びの声が上がった。
これはどんな魔法だろう。
青空に、見知った顔が次々映し出されている。
大神殿の聖なる炎の前で祈祷を続けるコンラート。
そのすぐうしろに跪き祈りを捧げる国王夫妻、アレクシア王女、アロイス王子。
副祭司長のゾンネやパウマンたちも、それにアカデミー派のエルベン、ヒラー、タイバーたちもいる。
さらに多くの人、人、人。
大神殿に入りきれない民たちは、大広場や各々の家で祈っているようだ。
旅の途中で出会った人たちも見えた。
トリプト村の村長たち、ゴルト街でラピス一行を送り出してくれた人々、ロックス町の町長たち。
ちらりと映ったイーライは、何やらディアナとグウェンに怒られていて、そのすぐそばで、元気になったらしきドロシアが通りすがりの少年に熱視線を送っていた。
そして、懐かしいブルフェルト街の面々も。
カーレウム家の執事や使用人たちも、ひとりぼっちのラピスに優しくしてくれた街の人たちも、冷たい横顔を見せていた人たちも、今は皆が祈っている。
さらに、見たこともない街、衣装、外見の人々も映った。外国の光景なのだろうとすぐにわかる。
豪奢な建物、素朴な家々、花咲き乱れる国、荒れ地を渡る民。さまざまな気候、さまざまな文化。
めまぐるしく変わるその中で、皆それぞれのやり方で竜王のため祈っているのが、なんの疑問もなく伝わってきた。
「……父上は宣布のとき、『祈ってくれ』とは言わなかったんだよ」
ディードの声が震えている。
「でも、みんな祈ってくれてる」
ヘンリックも、感極まったように鼻をすすった。
そう。ラピスの心にも強く残っている。
アンゼルム王のよく通る声と、誠実な宣布を。
――呪法という負の想念により、とうとう竜王が病んだこと。そうして力が欠けたこと。竜たちがそれを予見し、『対処法を探せ』と訴え続けていたこと。その対処法とは、呪詛を――つまり負の念を祓うこと。これらの事実を踏まえた上で、どうすべきかをひとりひとりに考えてほしい。皆はどう思った? どう感じた? 強要でも押しつけでもなく、考え、感じてほしい。そこに答えがあるのだから――
クロヴィスは王に宣布を出すよう要請したけれど、「竜のため祈るよう訴えてほしい」とは言わなかったはずだ。
想いを強制しても、意味はないから。
けれど王は、大魔法使いの意を正しく汲み取ってくれた。
竜たちが『こうしてくれ』と言わず、『対処法を探せ』と言い続けてきたのは。
それはつまり、人々の自発的な想いでなければ、意味がないということ。
竜王が病んでいる。人間が仕掛けた呪詛で苦しんでいる。
それに対してどう思うのか。
竜王に対し、何を思い、どうしたいと思うのか。
何もせずともよいと思うか。
竜と竜の創りし世界を否定する呪いにより、世界が亡ぶのを黙したまま待つのか。
それとも、竜を――延いてはこの世界を、守りたいと思うのか。
何を選択しどう行動するかは自由、でも真剣に考えてみてほしい。
王はそう語りかけただけ。
その上で、自発的に生まれる祈りがあるならば。
竜たちを想う気持ちがあるならば。
それはきっと、竜たちを支える大きな力になる。
それこそが『欠けた力の対処法』の、たいせつな要因のひとつになる。
祈りを捧げる人々を見つめながら、ラピスは呟いた。
「竜たちが自分たちのことを癒せないのは、きっと……人から必要とされなくなったら、自分たちが存在する意味もなくなっちゃうからだと思うんだ。人に望まれなければ、この世界とのつながりごと消えてしまうのかも」
「だとしたら、あんなになんでもできるのに、なんだか儚い存在だね」
「うん」
ヘンリックの言葉に心から同意しながら、ラピスはいつか聞いたクロヴィスの言葉を思い出す。
『そもそも竜は、星の世界の生きものなのだから。こちらに存在するということは、それだけで途轍もない生命力が必要なんだ。逆にラピんこが空で生きろと言われても、無理だろう?』
満天の星空の下でそう教わった。
あれは、巡礼の旅を提案された夜のこと。
早く再会して、無事を確認して、二人であの家に戻りたい。
そのためにはまず、この結界を抜けなければ。
「みんながこれだけ祈ってくれてるんだから、『欠けた力』も戻るかな」
ヘンリックが声を弾ませたが、「でも」とディードは首を振った。
「すでに竜王が元通りの力を取り戻せているのなら、この結界も消えてるんじゃないか? 古竜たちが竜王を抑えるために結界を張る必要がなくなるってことなんだから」
「うん、そうだね」
ラピスもそう思う。
人々の祈りはこうして危機を乗り越えさせてくれたし、必ず竜たちにもとどいて、大きな力となっているに違いない。
でもきっと、まだ何か必要なことがある。
だからラピスたちはここへ招待されたのだという気がする。
自然、早くなる足取りで白い世界を進んでいると、ヒュンと風を切る音がした。と同時に、いきなり世界が変転する。
目の前に広がったのは、禍々しく赤黒い空。
怪物のようなかたちをした奇岩だらけの稜線が、空を串刺すように連なっている。
しかも三人は、断崖絶壁の岩の上に立っていて――
いや、正確には、立っていない。
たった今、踏みしめていた岩が崩れた。
「ほええっ!」
「うわーっ!」
「ギャーッ!」
三人は悲鳴を上げながら、ぱっくりと口をひらいた闇の底へと落ちていった。
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