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第11唱 竜王の城へ行こう
何か来る
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「切りが、ない、ねっ!」
次々襲いくるバケモノたちを斬りつけながら、ギュンターが上擦った声を上げた。
無理もない。バケモノたちは斬りつけられれば簡単に灰と化すが、さほど待たずに復活してくる。クロヴィスの言葉通り、腐った黒い木々の中から延々と繰り返し、枝の代わりにバケモノが、土の中から引きずり出された蚯蚓みたいに身悶えながら生えてくるのだ。
その数はどんどん増えていて、溶け崩れた皮を引きずる骸が、三体、四体とまとめて生えてくる光景には、命の尊厳など欠片も存在せず、悪意を燃料に蠢く腐肉の塊でしかない。
それはいっそ哀れを催すほど醜悪だった。
一方、森の奥に見える光は、速度を増して小さくなっていく。
おそらくあれは、次に通るべき結界。見渡す限りの雪原と、穢れと呪いに満ちた森しかないこの場所では、文字通り希望の光だというのに。
「お師匠様っ。もしもあの光が消えてしまったら、どこを目指せばいいのでしょう」
「だな。まずいな」
クロヴィスも眉根を寄せて頬を掻く。
「もと来た門は消えちまってるし。あの光が消えたら、ここに閉じ込められちまうかも」
「そ、それは大変です! どうしましょう、お師匠様っ」
「そうだなぁ。……ったく、地味に嫌な攻撃なんだよな」
そう話すあいだにも、騎士と見習いの四人が奮闘してくれているのだが……
彼らが取りこぼしたバケモノが信じがたい脚力で跳びかかってきたのを、クロヴィスが突風を起こして吹き飛ばした。
飛ばされたバケモノに直撃されかけたヘンリックは、「ぎゃあぁぁ!」と叫びながら危うく躱し、涙目で剣をぶんぶん振り回す。
「なんでこっちに飛ばすのおぉっ!」
ヘンリックの訴えに、「このように」とクロヴィスは腕を組んだ。
「味方に向かって飛んで行くという不測の事態おかまいなしであれば、風魔法で吹き飛ばすのは簡単なんだが」
「おかまいしてよおぉ!」
「聖魔法はさらに効果があるはずだ。しかし」
「使わない理由があるのですね?」
ヘンリックの訴えを聞き流して申しわけないのだが、実はラピスも、なぜ聖魔法を使わないのかなと不思議に思っていたのだ。
じっと師を見上げると、「確証はないけどな」と白皙に苦笑が浮かぶ。
「奴らは古竜の結界すら侵食するほどの穢れっぷりだ。俺たちの聖魔法で一時的に祓えたとしても、きちんと浄化するのはまず無理だろう」
「そうで、うひゃっひょうっ!」
相槌を打とうとしたらまたバケモノが跳んできて、ラピスまで跳び上がった。クロヴィスが再度吹き飛ばし、何ごともなかったように話を続ける。
「古竜の結界がどういう理屈で成り立っているのか知らんから、余計な心配かもしれんが……ここで俺たちが下手に祓ったせいで、穢れが別の結界内に移動してしまうと、非常にまずい」
「お……おお、それはそうですね!」
「何が『そうですね』なのさ? 全然わかんない」
いつのまにかクロヴィスのすぐ隣にきて、しっかり安全を確保しながら荒くなった息を整えていたヘンリックが、重ねて「どういうこと?」と訊いてきた。
「えっとね、ここは『創世の古竜たちの十重二十重の結界の中』だとミロアロちゃんが言ってたでしょ? だから、もしもここから呪いを追い祓っても、別の結界内に逃げ込まれるかもしれない。そしたら穢れを拡散しちゃうかも。流行り病みたいにね」
「……確かにそれは困る。けど、こいつらを一掃するのを待ってたら、あの光が消えちゃい、うおおおおいっ!」
またも跳んできたバケモノを、ヘンリックが斬りつけた。
「大魔法使い様! ぼくのことも守ってくれていいんですよっ!?」
「ん? なんだあれ」
「無視しなくてもいいんですよっ!?」
食い下がるヘンリックを尻目に、紅玉の隻眼をすがめたクロヴィスが、遠くを注視している。
その視線の先を追ってもラピスには、バケモノと戦うジークたちのほかには黒い木々しか見えないのだが……ただ、バケモノたちの動きが、波が引くように緩慢になっていくのはわかった。
「……何か来る!」
間合いをとりつつ視線を走らせていたジークが、鋭く警告した。
次々襲いくるバケモノたちを斬りつけながら、ギュンターが上擦った声を上げた。
無理もない。バケモノたちは斬りつけられれば簡単に灰と化すが、さほど待たずに復活してくる。クロヴィスの言葉通り、腐った黒い木々の中から延々と繰り返し、枝の代わりにバケモノが、土の中から引きずり出された蚯蚓みたいに身悶えながら生えてくるのだ。
その数はどんどん増えていて、溶け崩れた皮を引きずる骸が、三体、四体とまとめて生えてくる光景には、命の尊厳など欠片も存在せず、悪意を燃料に蠢く腐肉の塊でしかない。
それはいっそ哀れを催すほど醜悪だった。
一方、森の奥に見える光は、速度を増して小さくなっていく。
おそらくあれは、次に通るべき結界。見渡す限りの雪原と、穢れと呪いに満ちた森しかないこの場所では、文字通り希望の光だというのに。
「お師匠様っ。もしもあの光が消えてしまったら、どこを目指せばいいのでしょう」
「だな。まずいな」
クロヴィスも眉根を寄せて頬を掻く。
「もと来た門は消えちまってるし。あの光が消えたら、ここに閉じ込められちまうかも」
「そ、それは大変です! どうしましょう、お師匠様っ」
「そうだなぁ。……ったく、地味に嫌な攻撃なんだよな」
そう話すあいだにも、騎士と見習いの四人が奮闘してくれているのだが……
彼らが取りこぼしたバケモノが信じがたい脚力で跳びかかってきたのを、クロヴィスが突風を起こして吹き飛ばした。
飛ばされたバケモノに直撃されかけたヘンリックは、「ぎゃあぁぁ!」と叫びながら危うく躱し、涙目で剣をぶんぶん振り回す。
「なんでこっちに飛ばすのおぉっ!」
ヘンリックの訴えに、「このように」とクロヴィスは腕を組んだ。
「味方に向かって飛んで行くという不測の事態おかまいなしであれば、風魔法で吹き飛ばすのは簡単なんだが」
「おかまいしてよおぉ!」
「聖魔法はさらに効果があるはずだ。しかし」
「使わない理由があるのですね?」
ヘンリックの訴えを聞き流して申しわけないのだが、実はラピスも、なぜ聖魔法を使わないのかなと不思議に思っていたのだ。
じっと師を見上げると、「確証はないけどな」と白皙に苦笑が浮かぶ。
「奴らは古竜の結界すら侵食するほどの穢れっぷりだ。俺たちの聖魔法で一時的に祓えたとしても、きちんと浄化するのはまず無理だろう」
「そうで、うひゃっひょうっ!」
相槌を打とうとしたらまたバケモノが跳んできて、ラピスまで跳び上がった。クロヴィスが再度吹き飛ばし、何ごともなかったように話を続ける。
「古竜の結界がどういう理屈で成り立っているのか知らんから、余計な心配かもしれんが……ここで俺たちが下手に祓ったせいで、穢れが別の結界内に移動してしまうと、非常にまずい」
「お……おお、それはそうですね!」
「何が『そうですね』なのさ? 全然わかんない」
いつのまにかクロヴィスのすぐ隣にきて、しっかり安全を確保しながら荒くなった息を整えていたヘンリックが、重ねて「どういうこと?」と訊いてきた。
「えっとね、ここは『創世の古竜たちの十重二十重の結界の中』だとミロアロちゃんが言ってたでしょ? だから、もしもここから呪いを追い祓っても、別の結界内に逃げ込まれるかもしれない。そしたら穢れを拡散しちゃうかも。流行り病みたいにね」
「……確かにそれは困る。けど、こいつらを一掃するのを待ってたら、あの光が消えちゃい、うおおおおいっ!」
またも跳んできたバケモノを、ヘンリックが斬りつけた。
「大魔法使い様! ぼくのことも守ってくれていいんですよっ!?」
「ん? なんだあれ」
「無視しなくてもいいんですよっ!?」
食い下がるヘンリックを尻目に、紅玉の隻眼をすがめたクロヴィスが、遠くを注視している。
その視線の先を追ってもラピスには、バケモノと戦うジークたちのほかには黒い木々しか見えないのだが……ただ、バケモノたちの動きが、波が引くように緩慢になっていくのはわかった。
「……何か来る!」
間合いをとりつつ視線を走らせていたジークが、鋭く警告した。
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