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第11唱 竜王の城へ行こう
ひとつ目の結界
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☆ ☆ ☆
ラピスは事前にクロヴィスから、「山の天候は変わりやすい」と教わっていた。
そして実際、ミロちゃんに騎乗し移動する最中にも、猛吹雪になったかと思えば、雲が割れて青空が広がるなど、くるくると空模様が変わるのを体験した。
けれどいつからか、猛吹雪以外の景色が見えなくなっていた。
呪いで雪に閉じ込められたロックス町もひどい吹雪だったが、その比ではない。
雪片のひとつひとつが雪礫のように凶暴に、目には見えない結界の壁を殴りつけてくる。
たまに雪の勢いが弱まってもラピスには白一色の世界しか見えず、空も山も上も下も、存在しないみたいな錯覚をおぼえた。
(お師匠様が心配してたの、無理ないな……)
これでは、『こんなちっこい』ラピスでなくとも、命がいくつあっても足りない。結界がなければ一瞬で凍りつきそうだし、方向感覚が働かずジークでも立ち往生してしまうのではないだろうか。
(お師匠様なら、魔法でなんとかできるのかなぁ)
だとしても、大魔法使いといえど魔力は無尽蔵ではないので、いつ回復するかわからない悪天候相手に魔法を使い続けてはいられまい。
「こんなに何も見えないのに、ミロちゃんたちはよく迷わず飛べますね!」
「吹雪のたびに山に激突してたら、飛竜をやってられないだろう」
「なるほど、それはそうです!」
「……あのさあ、二人の世界に浸ってるところ悪いんだけど」
ヘンリックの声に「ほへ?」と振り向くと、薄笑いを浮かべたヘンリックと、そしてその横で苦笑するディードと目が合った。
そこでようやくラピスは、先ほど師の優しさに感動して号泣してからずっと、抱きつきっぱなしだったことに気がついた。
「わぁ、離れるのを忘れてた! 道理でお師匠様の綺麗な顔がいつもよりずっと近くに見えて、いい匂いも吸い込み放題だと思った~」
「俺もいつもより吸われてるなとは思ったよ」
「えへへ~」
ラピスは照れてポッと熱くなった頬に両手を当てて笑う。
「お師匠様を独り占めしてごめんね。ディードとヘンリックもお師匠様に抱きつきたかったんだね?」
「「違う違う」」
乳兄弟がそっくり同じ仕草で、片手を左右に振る。
「違うの? あ、ヘンリックお手洗い行きたくなった?」
「なんでぼく限定でおしっこかと思うんだよ」
「お前がおしっこ顔だからだろ。……じゃなくて、さっきからミロちゃんが何か言ってるみたいだから、通訳してもらえないかと思って」
「わぁ、そうだった! 通訳忘れてたね、ごめんね」
「待てディード! おしっこ顔ってなんだよ!」
「ほんとだ。おしっこ顔ってなんだろね?」
「うるさいぞヘンリック! お前のせいでラピスが脱線する!」
「ぼくのせい!?」
会話が混沌としてきたところで、ミロちゃんが『ギャウ!』と鳴いた。
「もうすぐひとつめの結界に入るって言ってるぞ」
のんびりとしたクロヴィスの声に、ふくらスズメたちの声もぴたりと止んだ。
「ひとつめの結界って……ここは、どの辺なんだろう」
ディードが不安そうに呟く。
相変わらず結界の外は白一色で、どこをどのくらい飛び続けているのかもわからない。轟々と吠え猛る風の音が、一段と大きくなった気はする。
「……あまり考えないようにしてたけど……もし今ミロちゃんに何かあったら、ぼくら空に放り出されて、雪山に真っ逆さまだね」
ぶるりと震え上がったヘンリックの着膨れた腕を、ディードが「不吉なこと言うなよ!」とボフンと叩いたが、心細く思う気持ちはラピスも一緒だった。
師にくっついているときは忘れていられたけれど……ラピスの場合ミロちゃんから落ちる心配はしていないが、白く閉ざされた世界が恐ろしい。地形の認識が一切できないというのは、人をひどく混乱させるのだと実感した。
自然と三人、むぎゅっと抱き合う。
が、どこに視線を向ければよいのかもわからない。
その不安を察したように、クロヴィスが再度、いつもと変わらぬ口調で話しかけてきた。
「ミロの頭のほうだけ見てろ」
まるで「飯できたぞ」と言うみたいに。
それで三人とも一瞬ふっと力が抜けて、そろってミロちゃんの頭の先へと目を向けた、そのとき。
シュンと風を切るような音がして、何かをくぐり抜けた感覚があった。
霧雨につつまれたあと、すぐに開放されたような。
同時に、いきなり吹雪がやんだ。
「わあ……!」
ラピスは大きく目を瞠った。
眼前に広がる、ごつごつと白い山肌。
ようやく『景色』が戻ってきて、レプシウス山脈の峻厳な連なりが生み出した渓谷を飛んでいるのだとわかった。
斜め後方には、ジークとギュンターを乗せたアロちゃんも見える。
ラピスは事前にクロヴィスから、「山の天候は変わりやすい」と教わっていた。
そして実際、ミロちゃんに騎乗し移動する最中にも、猛吹雪になったかと思えば、雲が割れて青空が広がるなど、くるくると空模様が変わるのを体験した。
けれどいつからか、猛吹雪以外の景色が見えなくなっていた。
呪いで雪に閉じ込められたロックス町もひどい吹雪だったが、その比ではない。
雪片のひとつひとつが雪礫のように凶暴に、目には見えない結界の壁を殴りつけてくる。
たまに雪の勢いが弱まってもラピスには白一色の世界しか見えず、空も山も上も下も、存在しないみたいな錯覚をおぼえた。
(お師匠様が心配してたの、無理ないな……)
これでは、『こんなちっこい』ラピスでなくとも、命がいくつあっても足りない。結界がなければ一瞬で凍りつきそうだし、方向感覚が働かずジークでも立ち往生してしまうのではないだろうか。
(お師匠様なら、魔法でなんとかできるのかなぁ)
だとしても、大魔法使いといえど魔力は無尽蔵ではないので、いつ回復するかわからない悪天候相手に魔法を使い続けてはいられまい。
「こんなに何も見えないのに、ミロちゃんたちはよく迷わず飛べますね!」
「吹雪のたびに山に激突してたら、飛竜をやってられないだろう」
「なるほど、それはそうです!」
「……あのさあ、二人の世界に浸ってるところ悪いんだけど」
ヘンリックの声に「ほへ?」と振り向くと、薄笑いを浮かべたヘンリックと、そしてその横で苦笑するディードと目が合った。
そこでようやくラピスは、先ほど師の優しさに感動して号泣してからずっと、抱きつきっぱなしだったことに気がついた。
「わぁ、離れるのを忘れてた! 道理でお師匠様の綺麗な顔がいつもよりずっと近くに見えて、いい匂いも吸い込み放題だと思った~」
「俺もいつもより吸われてるなとは思ったよ」
「えへへ~」
ラピスは照れてポッと熱くなった頬に両手を当てて笑う。
「お師匠様を独り占めしてごめんね。ディードとヘンリックもお師匠様に抱きつきたかったんだね?」
「「違う違う」」
乳兄弟がそっくり同じ仕草で、片手を左右に振る。
「違うの? あ、ヘンリックお手洗い行きたくなった?」
「なんでぼく限定でおしっこかと思うんだよ」
「お前がおしっこ顔だからだろ。……じゃなくて、さっきからミロちゃんが何か言ってるみたいだから、通訳してもらえないかと思って」
「わぁ、そうだった! 通訳忘れてたね、ごめんね」
「待てディード! おしっこ顔ってなんだよ!」
「ほんとだ。おしっこ顔ってなんだろね?」
「うるさいぞヘンリック! お前のせいでラピスが脱線する!」
「ぼくのせい!?」
会話が混沌としてきたところで、ミロちゃんが『ギャウ!』と鳴いた。
「もうすぐひとつめの結界に入るって言ってるぞ」
のんびりとしたクロヴィスの声に、ふくらスズメたちの声もぴたりと止んだ。
「ひとつめの結界って……ここは、どの辺なんだろう」
ディードが不安そうに呟く。
相変わらず結界の外は白一色で、どこをどのくらい飛び続けているのかもわからない。轟々と吠え猛る風の音が、一段と大きくなった気はする。
「……あまり考えないようにしてたけど……もし今ミロちゃんに何かあったら、ぼくら空に放り出されて、雪山に真っ逆さまだね」
ぶるりと震え上がったヘンリックの着膨れた腕を、ディードが「不吉なこと言うなよ!」とボフンと叩いたが、心細く思う気持ちはラピスも一緒だった。
師にくっついているときは忘れていられたけれど……ラピスの場合ミロちゃんから落ちる心配はしていないが、白く閉ざされた世界が恐ろしい。地形の認識が一切できないというのは、人をひどく混乱させるのだと実感した。
自然と三人、むぎゅっと抱き合う。
が、どこに視線を向ければよいのかもわからない。
その不安を察したように、クロヴィスが再度、いつもと変わらぬ口調で話しかけてきた。
「ミロの頭のほうだけ見てろ」
まるで「飯できたぞ」と言うみたいに。
それで三人とも一瞬ふっと力が抜けて、そろってミロちゃんの頭の先へと目を向けた、そのとき。
シュンと風を切るような音がして、何かをくぐり抜けた感覚があった。
霧雨につつまれたあと、すぐに開放されたような。
同時に、いきなり吹雪がやんだ。
「わあ……!」
ラピスは大きく目を瞠った。
眼前に広がる、ごつごつと白い山肌。
ようやく『景色』が戻ってきて、レプシウス山脈の峻厳な連なりが生み出した渓谷を飛んでいるのだとわかった。
斜め後方には、ジークとギュンターを乗せたアロちゃんも見える。
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