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第11唱 竜王の城へ行こう
ルビア ~聖なるルビー~
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その者は、たいそう人目を引く若く美しい女性で、誰かにアカデミーの受付場所を尋ねていた。
しかし急に、怪訝そうな表情で振り返向いてアクスと目が合うや、みるみる顔色を失い、踵を返して去ってしまった。
「なぜ自分を見て逃げ出したのか」
当然の疑問と、失礼な態度に対する怒りはあったが、アクスにはそれとは別の猛烈な苛立ちが生じた。説明し難いが、どうにもこうにも気に入らないという腹立ちが。
すれ違う人皆を振り向かせるほど優れた容姿の女だった。
なのに思い出すだけで、アクスの腹の内で嫌悪と憎悪がふつふつと煮えたぎる。
怒りで気を散らすせいか、彼女と会って以降、呪詛の手応えもかき消えた。
腹立ちまぎれに、その女を捜した。
明らかに上流階級の風情であったし、どうしたって目立つから、アカデミーの者に命じて捜させると思った通り、すぐに見つかった。
名は『ルビー・ヘスタル』
アカデミーに入学するため他所からやってきたばかりで、城下街の宿に滞在していた。
そして驚いたことに、彼女は妊娠中だった。
「夫が急死したので、親子の生活の糧を得るためアカデミーに入りたい」
そう女将に話していたらしい。
もちろんアカデミーは、既婚だろうが妊婦だろうが、才能ある者は大歓迎。彼女にその才があるならば、衣食住すべてにおいて援助と庇護を約束されるだろう。
なのに彼女は、正門まで来ながら、受付にも寄らず去ってしまった。
状況的には、アクスを見て逃げたとしか思えない。
面識はない。目立つ女だから、一度でも会っていれば忘れまい。
だが向こうはアクスを知っていた。
もしくは、なんらかの理由で逃げた。
なんらかの理由。
それについても、すぐに知れた。
ルビーを見張らせていた手の者によると、彼女はよく森を訪れていた。王城から大神殿、そして街へと続く森林の、奥まった場所まで。
そこで彼女は竜言語らしき歌を歌い、上空に現れた竜と交流していたという。
さらに彼女は大神殿の祭司に、「至急相談したいことがあるので、聖魔法に長けて信用できる祭司様を紹介してほしい」と懇願していたという。
あいにく初級程度の聖魔法を使える祭司しかおらず、理由を尋ねても「信用できる方に直接話したい」の一点張りで、対応した祭司を困らせていた。
アクスには、充分な情報だった。
『ルビー』は大魔法使いレベルの聴き手であり歌い手。そして上級聖魔法の使い手だと判明したのだから。
呪法の対極にある聖魔法。その上級レベルの使い手ならば、アクスの身にしみついた呪法の気配を察知しても不思議はない。
アクスもコンラートも、この国においては――特に王都においては、注意深く呪詛を拡散させ、露見せぬよう努めてきた。
けれど他所からやって来たルビーは、敏感に穢れを感じたのかもしれない。他人の家に行くと、家人は気づかぬ独特のにおいを嗅ぎ取れるように。
祭司たちは魔法使いではないのに、魔法使いが集うアカデミーではなく大神殿に助力を求めたのは、おそらく彼女のほうもアクスの身許を探り、アカデミー役員であると知ったからだろう。
呪術師が深く入り込んでいることに気づかぬアカデミーにはさぞ失望しただろうし、そんなところに相談できるはずもない。
ゆえに彼女は神殿を頼ったのだろうが……
アカデミーと大神殿の癒着や、すでにアクスの弟子である呪術師が大神殿の長となっていることまでは知らなかったのだ。
見知らぬ土地で、頼れる人もない、身重の女。
せめて呪法に気づいても知らぬふりで身を潜めていれば。
そうすれば命までは狙われなかったろうと、アクスの話を聞いたときコンラートは思った。
だが彼女は聖魔法を行使した。
呪法を阻止しようとしたのか、穢れを祓おうとしたのか、そこまではわからないが。
結果、残された時間を呪詛に費やしていたアクスに、喧嘩を売るかたちになってしまった。そんなつもりはなかったとしても。
怒り狂ったアクスは、死に行く者の怨念をすべてルビーにぶつけた。
竜王を呪うための呪具を使ってまで。
コンラートとしては、むしろアクスが聖魔法で退けられたほうが、新たな情報を得られると期待していたくらいだったが。
一度だけ見に行ったルビーは、明らかに体調を崩していた。
すでに呪詛の穢れに触れてしまっていたのだろう。
彼女は無理を重ね過ぎていたのだと思う。
妊娠の負担に、緊張の連続。心身を休める暇もなかったはず。万全であれば、聖魔法で身を守れていたかもしれないのに。
そして彼女はその後すぐ王都から姿を消して、行方知れずとなった。
アクスは死の間際まで「あの女を殺せ」とわめいていたが、コンラートは耳を貸さなかった。
コンラートの呪詛の最たる標的は竜王だ。
余計なことに労力を割いてはいられない。
その後ゴルト街で、当時は腹の中にいたラピスと対面したわけだが。
『ルビー』が『ルビア』であり、ラピスの母だと思い至るのは、ゴルト街を出たのちのことだった。
☆ ☆ ☆
「気づいてみれば、よく似ている」
コンラートは改めて、クロヴィスの膝に乗せられたラピスを見つめた。
陽光のような金色の巻き毛も、澄んだ空を思わせる水色の瞳も、そっくり同じ。
「しかしいくら王都から逃れたとはいえ、これほど際立って美しい容姿の母子であれば、もっと広く噂されていても不思議はなかったのに……そこは謎が残る。民というのは、どの街のなんという娘が美しいとか、国で一番の美女は誰かとか、そうした話題が大好きだからな。現にラピスが『天使のよう』という評判は、瞬く間に伝わった」
「天使はこんなに可愛くないだろう」
クロヴィスが眉根を寄せると、ラピスは「ほえ?」と戸惑い顔になる。
兄の“師匠バカ”っぷりにはもはや何も言う気はないが、困ったことに、コンラートも内心、そう思ってしまった。
天の御使いなどに会ったことはないけれど。
自分が天使に会うとしたら断罪されるときであろうから、可愛いなんてきっと思えない。
おそらく天使より愛らしく、こんなにも無垢な存在だからこそ。
「竜が、見つからぬよう隠していたのかもしれないな……」
まったく柄にもなく、そんな言葉が口をついて出てしまった。
しかし急に、怪訝そうな表情で振り返向いてアクスと目が合うや、みるみる顔色を失い、踵を返して去ってしまった。
「なぜ自分を見て逃げ出したのか」
当然の疑問と、失礼な態度に対する怒りはあったが、アクスにはそれとは別の猛烈な苛立ちが生じた。説明し難いが、どうにもこうにも気に入らないという腹立ちが。
すれ違う人皆を振り向かせるほど優れた容姿の女だった。
なのに思い出すだけで、アクスの腹の内で嫌悪と憎悪がふつふつと煮えたぎる。
怒りで気を散らすせいか、彼女と会って以降、呪詛の手応えもかき消えた。
腹立ちまぎれに、その女を捜した。
明らかに上流階級の風情であったし、どうしたって目立つから、アカデミーの者に命じて捜させると思った通り、すぐに見つかった。
名は『ルビー・ヘスタル』
アカデミーに入学するため他所からやってきたばかりで、城下街の宿に滞在していた。
そして驚いたことに、彼女は妊娠中だった。
「夫が急死したので、親子の生活の糧を得るためアカデミーに入りたい」
そう女将に話していたらしい。
もちろんアカデミーは、既婚だろうが妊婦だろうが、才能ある者は大歓迎。彼女にその才があるならば、衣食住すべてにおいて援助と庇護を約束されるだろう。
なのに彼女は、正門まで来ながら、受付にも寄らず去ってしまった。
状況的には、アクスを見て逃げたとしか思えない。
面識はない。目立つ女だから、一度でも会っていれば忘れまい。
だが向こうはアクスを知っていた。
もしくは、なんらかの理由で逃げた。
なんらかの理由。
それについても、すぐに知れた。
ルビーを見張らせていた手の者によると、彼女はよく森を訪れていた。王城から大神殿、そして街へと続く森林の、奥まった場所まで。
そこで彼女は竜言語らしき歌を歌い、上空に現れた竜と交流していたという。
さらに彼女は大神殿の祭司に、「至急相談したいことがあるので、聖魔法に長けて信用できる祭司様を紹介してほしい」と懇願していたという。
あいにく初級程度の聖魔法を使える祭司しかおらず、理由を尋ねても「信用できる方に直接話したい」の一点張りで、対応した祭司を困らせていた。
アクスには、充分な情報だった。
『ルビー』は大魔法使いレベルの聴き手であり歌い手。そして上級聖魔法の使い手だと判明したのだから。
呪法の対極にある聖魔法。その上級レベルの使い手ならば、アクスの身にしみついた呪法の気配を察知しても不思議はない。
アクスもコンラートも、この国においては――特に王都においては、注意深く呪詛を拡散させ、露見せぬよう努めてきた。
けれど他所からやって来たルビーは、敏感に穢れを感じたのかもしれない。他人の家に行くと、家人は気づかぬ独特のにおいを嗅ぎ取れるように。
祭司たちは魔法使いではないのに、魔法使いが集うアカデミーではなく大神殿に助力を求めたのは、おそらく彼女のほうもアクスの身許を探り、アカデミー役員であると知ったからだろう。
呪術師が深く入り込んでいることに気づかぬアカデミーにはさぞ失望しただろうし、そんなところに相談できるはずもない。
ゆえに彼女は神殿を頼ったのだろうが……
アカデミーと大神殿の癒着や、すでにアクスの弟子である呪術師が大神殿の長となっていることまでは知らなかったのだ。
見知らぬ土地で、頼れる人もない、身重の女。
せめて呪法に気づいても知らぬふりで身を潜めていれば。
そうすれば命までは狙われなかったろうと、アクスの話を聞いたときコンラートは思った。
だが彼女は聖魔法を行使した。
呪法を阻止しようとしたのか、穢れを祓おうとしたのか、そこまではわからないが。
結果、残された時間を呪詛に費やしていたアクスに、喧嘩を売るかたちになってしまった。そんなつもりはなかったとしても。
怒り狂ったアクスは、死に行く者の怨念をすべてルビーにぶつけた。
竜王を呪うための呪具を使ってまで。
コンラートとしては、むしろアクスが聖魔法で退けられたほうが、新たな情報を得られると期待していたくらいだったが。
一度だけ見に行ったルビーは、明らかに体調を崩していた。
すでに呪詛の穢れに触れてしまっていたのだろう。
彼女は無理を重ね過ぎていたのだと思う。
妊娠の負担に、緊張の連続。心身を休める暇もなかったはず。万全であれば、聖魔法で身を守れていたかもしれないのに。
そして彼女はその後すぐ王都から姿を消して、行方知れずとなった。
アクスは死の間際まで「あの女を殺せ」とわめいていたが、コンラートは耳を貸さなかった。
コンラートの呪詛の最たる標的は竜王だ。
余計なことに労力を割いてはいられない。
その後ゴルト街で、当時は腹の中にいたラピスと対面したわけだが。
『ルビー』が『ルビア』であり、ラピスの母だと思い至るのは、ゴルト街を出たのちのことだった。
☆ ☆ ☆
「気づいてみれば、よく似ている」
コンラートは改めて、クロヴィスの膝に乗せられたラピスを見つめた。
陽光のような金色の巻き毛も、澄んだ空を思わせる水色の瞳も、そっくり同じ。
「しかしいくら王都から逃れたとはいえ、これほど際立って美しい容姿の母子であれば、もっと広く噂されていても不思議はなかったのに……そこは謎が残る。民というのは、どの街のなんという娘が美しいとか、国で一番の美女は誰かとか、そうした話題が大好きだからな。現にラピスが『天使のよう』という評判は、瞬く間に伝わった」
「天使はこんなに可愛くないだろう」
クロヴィスが眉根を寄せると、ラピスは「ほえ?」と戸惑い顔になる。
兄の“師匠バカ”っぷりにはもはや何も言う気はないが、困ったことに、コンラートも内心、そう思ってしまった。
天の御使いなどに会ったことはないけれど。
自分が天使に会うとしたら断罪されるときであろうから、可愛いなんてきっと思えない。
おそらく天使より愛らしく、こんなにも無垢な存在だからこそ。
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