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第11唱 竜王の城へ行こう
レプシウス――の、前に
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ときは少し遡り、無事、王都の水不足が解消されたあとのこと。
精神を一点集中して魔法に大量の魔力を注ぎ込んだラピスは、『近道』で戻ってきたクロヴィスと歓喜の再会をした直後に(正確には、クロヴィスから疲労回復のための焼き菓子と檸檬水を口に入れられ、もぐもぐしながら抱きついていたらいつのまにか)、こてんと糸が切れたように眠ってしまった。
やたら眠くてお腹ぺこぺこというだけで、躰の不調は感じていなかったのだが、師から命じられるまま丸一日を完全休養日に宛てると、二日目には元気全開になった。
それを知ったクロヴィスは、なぜか顔をしかめた。
「たった一日で元通りかよ……どうなってんだ子供の回復力。いや、竜氣の加護もあるか……?」
などとぶつぶつ言っていたけれど。
王都の災害を食い止められたなら、次は竜王を捜しに行くとあらかじめ話が決まっていたので、改めて旅程を組むこととなった。
「本当は、もっとラピんこを休ませてからにしたいが……」
「僕は大丈夫です! 少しでも早く行きたいです! でもお師匠様こそ大丈夫なのですか? 月の精なのに」
「月の精ではないから大丈夫だ」
何度かそんな会話を繰り返していたところへ。
準備が整うのを待っていたかのように、未だ王領の森に滞在していたミロちゃんたちが歌い出した。
『いにしえの竜たちは今、病みし竜王を北の山に連れ戻した』
『我らも行かねば。月光と陽光の魔法使いを連れて』
鐘を打ち鳴らすような大音声が、木々と大気を震わせた。
それでいて優しい残響が風に乗って漂う、雄々しさと不安を併せ持つ歌だった。
街では竜を間近く見たことはおろか、歌など聴いたこともないという人々が大半だったから、城も大神殿も騒然となった。
しかし師弟にとっては、騒ぎなどどこ吹く風。
その歌は、とても重要な情報を教えてくれたから。
「お師匠様、古竜たちが竜王様をレプシウスに連れ戻したって言ってます!」
「ああ。人前にはまず出てこない創世の竜たちが、ラピんこの前に現れていたのも、きっとそのためだったんだ。病んで世界を彷徨っては災いをまき散らす竜王を連れ戻すため。そしてラピんこを通じて、人々に救いを求めたかったんだろう……」
「世界を創造する力を持つ古竜たちが、本当に、人ごときからかけられた呪いひとつ、解くことができないのですか」
「うわ、びっくりした! てめえがいたことをすっかり忘れてたぜ」
「……ここは僕の部屋ですから」
そう。そのとき二人は、大神殿の端にある祭司たちの居住棟の一室、大祭司長の私室にいた。
先にパウマン祭司がひと通り案内してくれたのだが、一般的な祭司の部屋は、寝台と小さな机と小さな衣装掛け、そして小さな窓があるだけの小ぢんまりとした造りだった。
大祭司長の居室は、その五倍くらいはある。執務室と寝室が分かれていて、窓も大きく採光が良いぶん閉塞感も緩和されるが、飾り気のない石壁と質素な家具という点は共通していた。
ラピスがパウマンと歩き回っているあいだに、クロヴィスはコンラートと今後について話し合っていたらしい。
結果、コンラートは大神殿に残って大規模な祈祷を指揮すると聞いたラピスは、ちょっとがっかりしてしまった。また一緒に旅するものだと、勝手に思い込んでいたのだ。
寂しがっていると、コンラートは、落ちくぼんだ灰色の目を見ひらいた。
「自分を呪った相手だぞ。憎さや恐ろしさを感じないのか?」
「ほへっ? ……ああ、そうでした!」
ラピスが小さな手をポムと打ち、「すっかり忘れてました~」と笑うと、コンラートはあんぐりと口をあけて言葉を失い、クロヴィスは苦笑を浮かべた。
「ラピんこの尺度は計り知れんよ。竜みたいなもんだ」
よくわからず小首をかしげると、よしよしと頭を撫でられる。
コンラートはなお、不思議なものを見る目をラピスに向けていたが、やがて「……旅立つ前に」と、ため息のように言葉をこぼしてクロヴィスを見た。
「僕の知る限りで、ラピスの母について話しておこうかと思いますが。余計なことですか?」
精神を一点集中して魔法に大量の魔力を注ぎ込んだラピスは、『近道』で戻ってきたクロヴィスと歓喜の再会をした直後に(正確には、クロヴィスから疲労回復のための焼き菓子と檸檬水を口に入れられ、もぐもぐしながら抱きついていたらいつのまにか)、こてんと糸が切れたように眠ってしまった。
やたら眠くてお腹ぺこぺこというだけで、躰の不調は感じていなかったのだが、師から命じられるまま丸一日を完全休養日に宛てると、二日目には元気全開になった。
それを知ったクロヴィスは、なぜか顔をしかめた。
「たった一日で元通りかよ……どうなってんだ子供の回復力。いや、竜氣の加護もあるか……?」
などとぶつぶつ言っていたけれど。
王都の災害を食い止められたなら、次は竜王を捜しに行くとあらかじめ話が決まっていたので、改めて旅程を組むこととなった。
「本当は、もっとラピんこを休ませてからにしたいが……」
「僕は大丈夫です! 少しでも早く行きたいです! でもお師匠様こそ大丈夫なのですか? 月の精なのに」
「月の精ではないから大丈夫だ」
何度かそんな会話を繰り返していたところへ。
準備が整うのを待っていたかのように、未だ王領の森に滞在していたミロちゃんたちが歌い出した。
『いにしえの竜たちは今、病みし竜王を北の山に連れ戻した』
『我らも行かねば。月光と陽光の魔法使いを連れて』
鐘を打ち鳴らすような大音声が、木々と大気を震わせた。
それでいて優しい残響が風に乗って漂う、雄々しさと不安を併せ持つ歌だった。
街では竜を間近く見たことはおろか、歌など聴いたこともないという人々が大半だったから、城も大神殿も騒然となった。
しかし師弟にとっては、騒ぎなどどこ吹く風。
その歌は、とても重要な情報を教えてくれたから。
「お師匠様、古竜たちが竜王様をレプシウスに連れ戻したって言ってます!」
「ああ。人前にはまず出てこない創世の竜たちが、ラピんこの前に現れていたのも、きっとそのためだったんだ。病んで世界を彷徨っては災いをまき散らす竜王を連れ戻すため。そしてラピんこを通じて、人々に救いを求めたかったんだろう……」
「世界を創造する力を持つ古竜たちが、本当に、人ごときからかけられた呪いひとつ、解くことができないのですか」
「うわ、びっくりした! てめえがいたことをすっかり忘れてたぜ」
「……ここは僕の部屋ですから」
そう。そのとき二人は、大神殿の端にある祭司たちの居住棟の一室、大祭司長の私室にいた。
先にパウマン祭司がひと通り案内してくれたのだが、一般的な祭司の部屋は、寝台と小さな机と小さな衣装掛け、そして小さな窓があるだけの小ぢんまりとした造りだった。
大祭司長の居室は、その五倍くらいはある。執務室と寝室が分かれていて、窓も大きく採光が良いぶん閉塞感も緩和されるが、飾り気のない石壁と質素な家具という点は共通していた。
ラピスがパウマンと歩き回っているあいだに、クロヴィスはコンラートと今後について話し合っていたらしい。
結果、コンラートは大神殿に残って大規模な祈祷を指揮すると聞いたラピスは、ちょっとがっかりしてしまった。また一緒に旅するものだと、勝手に思い込んでいたのだ。
寂しがっていると、コンラートは、落ちくぼんだ灰色の目を見ひらいた。
「自分を呪った相手だぞ。憎さや恐ろしさを感じないのか?」
「ほへっ? ……ああ、そうでした!」
ラピスが小さな手をポムと打ち、「すっかり忘れてました~」と笑うと、コンラートはあんぐりと口をあけて言葉を失い、クロヴィスは苦笑を浮かべた。
「ラピんこの尺度は計り知れんよ。竜みたいなもんだ」
よくわからず小首をかしげると、よしよしと頭を撫でられる。
コンラートはなお、不思議なものを見る目をラピスに向けていたが、やがて「……旅立つ前に」と、ため息のように言葉をこぼしてクロヴィスを見た。
「僕の知る限りで、ラピスの母について話しておこうかと思いますが。余計なことですか?」
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