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第11唱 竜王の城へ行こう
再び旅立った一行と、寂しがる王 1
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王都ユールシュテークに、水と、冬本来の凍える風が戻ってきた。
炎熱の大気が冷えていき、お祭り気分で喜びを分かち合っていた民たちからもクシャミが飛び出して、しかしそれすらも嬉しそうに、「普通に寒いって、ありがたいことなんだなぁ」などと言いながら、元の冬の衣服に着替えるのだった。
☆ ☆ ☆
一方、王城では。
アンゼルム王が、涙しながら机に向かっていた。
泣きながら記された署名にインクの吸取器を押し当てながら、アロイス王子が慰める。
「父上、もう泣かないでください。そんなに嘆かずとも、グレゴワール様は『また戻ってくる』と仰っていたではありませんか」
差し出されたハンカチを受け取り、「優しい子だね、アロイス」と感謝しながら、王はまたほろほろと涙を落とした。
「けれど今すこし、休養がてら滞在してくれると思っていたのでね……。こんなときだからささやかにはなるけれど、祝宴で感謝の意を表そうと楽しみにしていたのだ。民に向かって宣布していたときも、私は頭の中でずうっと、『卿をどのように、もてなそうか』と考えていたのだよ。再会できたときのため取っておいた、あの方の生まれ年の葡萄酒を、とうとう解禁するときがきた! ……なんてね」
「そんなことを考えながら演説ができるとは、器用ですね」
「まさか午睡と湯浴みとおやつと食事と睡眠をとらせたラピスの体調が全回復したと見るや、『そんじゃ行くわ』と出て行ってしまうとは思いもしなかった。そうと知っていれば、仮眠をとる卿の枕元で『大魔法使いを讃える詩』を囁いたり、想いの丈を綴った手紙を贈ったりしておいたのに」
「寝てるそばで囁くと安眠妨害ですし、軽く百枚以上になろうというあの手紙はあらゆる意味で重く、旅に出る人の邪魔になると思います」
「そう。そうだね。なんて賢いのだろう、アロイスは」
「いえ、普通です。次の親書にも署名をお願いします。グィアランドット国の女王宛てですね」
「クロヴィス卿宛てでは駄目かい」
「卿は国の元首ではないので。そもそもその卿ご本人から、宣布を親書として各国に送るよう、言われたのでしょう?」
「うむ。だから励んでいるのだよ。……そなたも書類仕事ばかりで退屈だろうに、すまないね。王太子すら、またも卿たちと出かけてしまったというのに」
アロイスは苦笑して、窓の外、冬色に退色した青空を見上げた。
奇跡を起こした大魔法使いとその小さな弟子は、すでに旅の空。またも竜たちに乗って、あっという間に飛び去った。
彼らが王都を出る際は、城と大神殿から自然発生した歓呼が城下街へと伝わり、誰もがちぎれんばかりに手を振りながら見送った。
「ありがとうございました!」
「ご無事のお戻りとお務めの成功を、心より祈念しております!」
「どうか、どうか、竜王様と世界をお救いください!」
北の空に竜の姿が見えなくなっても、祈りの声は続いていた。
師弟の新たな行き先は、『竜王の城』が在ると伝わるレプシウス山脈。
王都が季節外れの焦熱に見舞われたので感覚がおかしなことになっているが、今は真冬に突入しようという時期なのだ。
北の地域は王都など比較にならないほどの積雪と極寒であろうし、山に入るとなればなお過酷だろう。命がいくつあっても足りない。
巡礼の旅も真冬となれば一旦切り上げるのが通例となっているのに、大魔法使いは言い切った。
「すぐ行かなきゃいけない気がする。だから行く」
おまけに彼の愛弟子まで……
「わぁ、お師匠様もですか!? 僕もそんな気がするのです! お師匠様とおそろいっ」
無邪気な笑顔で大喜びしていた。
彼らが起こした奇跡を目の当たりにしていなければ、アロイスも「無謀で愚かな二人」と判じていただろうけれど。
聖魔法により呪いを祓い、灼熱の王都に水と本来の気候を取り戻してくれた師弟の実力を体感した今では、(この二人がそう言うならば、大丈夫なのかもしれない)と思ってしまう。いや、思いたい。
ただ……当初クロヴィスは、ラピスのみを連れて行くはずだった。
しかしジークが「ぜひお供させてください。行軍で雪山には慣れております」と言い出すと、ディードとヘンリックも食い下がった。
炎熱の大気が冷えていき、お祭り気分で喜びを分かち合っていた民たちからもクシャミが飛び出して、しかしそれすらも嬉しそうに、「普通に寒いって、ありがたいことなんだなぁ」などと言いながら、元の冬の衣服に着替えるのだった。
☆ ☆ ☆
一方、王城では。
アンゼルム王が、涙しながら机に向かっていた。
泣きながら記された署名にインクの吸取器を押し当てながら、アロイス王子が慰める。
「父上、もう泣かないでください。そんなに嘆かずとも、グレゴワール様は『また戻ってくる』と仰っていたではありませんか」
差し出されたハンカチを受け取り、「優しい子だね、アロイス」と感謝しながら、王はまたほろほろと涙を落とした。
「けれど今すこし、休養がてら滞在してくれると思っていたのでね……。こんなときだからささやかにはなるけれど、祝宴で感謝の意を表そうと楽しみにしていたのだ。民に向かって宣布していたときも、私は頭の中でずうっと、『卿をどのように、もてなそうか』と考えていたのだよ。再会できたときのため取っておいた、あの方の生まれ年の葡萄酒を、とうとう解禁するときがきた! ……なんてね」
「そんなことを考えながら演説ができるとは、器用ですね」
「まさか午睡と湯浴みとおやつと食事と睡眠をとらせたラピスの体調が全回復したと見るや、『そんじゃ行くわ』と出て行ってしまうとは思いもしなかった。そうと知っていれば、仮眠をとる卿の枕元で『大魔法使いを讃える詩』を囁いたり、想いの丈を綴った手紙を贈ったりしておいたのに」
「寝てるそばで囁くと安眠妨害ですし、軽く百枚以上になろうというあの手紙はあらゆる意味で重く、旅に出る人の邪魔になると思います」
「そう。そうだね。なんて賢いのだろう、アロイスは」
「いえ、普通です。次の親書にも署名をお願いします。グィアランドット国の女王宛てですね」
「クロヴィス卿宛てでは駄目かい」
「卿は国の元首ではないので。そもそもその卿ご本人から、宣布を親書として各国に送るよう、言われたのでしょう?」
「うむ。だから励んでいるのだよ。……そなたも書類仕事ばかりで退屈だろうに、すまないね。王太子すら、またも卿たちと出かけてしまったというのに」
アロイスは苦笑して、窓の外、冬色に退色した青空を見上げた。
奇跡を起こした大魔法使いとその小さな弟子は、すでに旅の空。またも竜たちに乗って、あっという間に飛び去った。
彼らが王都を出る際は、城と大神殿から自然発生した歓呼が城下街へと伝わり、誰もがちぎれんばかりに手を振りながら見送った。
「ありがとうございました!」
「ご無事のお戻りとお務めの成功を、心より祈念しております!」
「どうか、どうか、竜王様と世界をお救いください!」
北の空に竜の姿が見えなくなっても、祈りの声は続いていた。
師弟の新たな行き先は、『竜王の城』が在ると伝わるレプシウス山脈。
王都が季節外れの焦熱に見舞われたので感覚がおかしなことになっているが、今は真冬に突入しようという時期なのだ。
北の地域は王都など比較にならないほどの積雪と極寒であろうし、山に入るとなればなお過酷だろう。命がいくつあっても足りない。
巡礼の旅も真冬となれば一旦切り上げるのが通例となっているのに、大魔法使いは言い切った。
「すぐ行かなきゃいけない気がする。だから行く」
おまけに彼の愛弟子まで……
「わぁ、お師匠様もですか!? 僕もそんな気がするのです! お師匠様とおそろいっ」
無邪気な笑顔で大喜びしていた。
彼らが起こした奇跡を目の当たりにしていなければ、アロイスも「無謀で愚かな二人」と判じていただろうけれど。
聖魔法により呪いを祓い、灼熱の王都に水と本来の気候を取り戻してくれた師弟の実力を体感した今では、(この二人がそう言うならば、大丈夫なのかもしれない)と思ってしまう。いや、思いたい。
ただ……当初クロヴィスは、ラピスのみを連れて行くはずだった。
しかしジークが「ぜひお供させてください。行軍で雪山には慣れております」と言い出すと、ディードとヘンリックも食い下がった。
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