ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第10唱 王都へ行こう

素直に言えばよかった 1

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 クロヴィスは『近道魔法』を使って王都の主な河川や湖をまわり、精霊体である水竜の力を借りつつ行く先々でこごった穢れを浄化して、目的地最後のトゥーク河を清めたところで、「こんなもんか」と大きく息を吐き出した。

 こうした広範囲に及ぶ魔法は、やはり多くの魔力と精神力を消耗する。しかも今回は急を要して息つく暇もないから、今はまだ魔力コントロールの未熟なラピスは同行させなかった。

 けれど途中から明らかに、躰にかかる負担が軽くなったのをクロヴィスは感じていた。そしてその理由も当然わかっている。
 間違いなく、この世で一番可愛い弟子による『応援パワー』のおかげに違いない。冗談でなく、ラピスが自分のために祈ってくれているから力が補強されるのだ。

 魔法とは、精神力で体内の竜氣を操る技。
 そして技の中で共鳴した思念は、遠くにいても届く。

 遠距離魔法で自在に思念をやり取りするのは上級の魔法だが、心を送ること自体は誰でもできる。
 人は想念が持つ力を侮りがちだけれど、善くも悪くも誰かを想う気持ちは、遠くにいてもちゃんと届く。それが優しさに満ちた想いならば、実際に相手に良い氣が届いて守りとなる。幸せを願う心は、怨念が呪法をかたちづくるのと真逆の陽の力だから。

(ラピんこの心は人一倍……いや人万倍まっすぐだから、こんなにも力強く氣が届くんだろうな)

『お師匠様、頑張ってーっ!』とぴょこぴょこ飛び跳ねていた、この世で一番愛らしい姿を思い出していると、それが顔にも出ていたらしい。

「……弟子のことを考えていますね、兄上」

 コンラートから奇妙なものを観察する目を向けられた上、「そんなにニヤついて」と畳みかけられてムッとした。

「馬鹿言え。この俺がアホみたいにニヤけるわけあるか。なに言ってんだ老眼」
「いや、確かにニヤけていましたよ?」

 愉快そうに余計な口出しをしてきた王太子ギュンターを睨みつけながら、「何か言ったか? カメムシ副団長」と尋ねると、「いえ、何も言ってません!」と騎士式の敬礼が返された。ついでになぜか隣のジークに「とうとう俺もカメムシに」と楽しそうに報告している。

「……あの頃の僕は、兄上が竜以外の誰かに笑いかけることはないのだと思っていました」

 呟いたコンラートの、灰色の瞳と目が合った。
 けれどその視線はクロヴィスを通り越し、どこか遠くを見つめているようでもある。

「誰かに微笑むことも、声を上げて笑うことも、まして思い出し笑いでニヤけることなど、一生しない人だと思っていました」
「ニヤけてねえし!」
「そう思い込んでいたのです。自分が生涯、竜とも竜氣とも無縁の人間なのだと思い込んでいたように」

 クロヴィスは「ニヤけてねえし!」と念を押してから、改めて弟に問うた。

「浄化の聖魔法を見ていて、何か感じたか」
「聖魔法自体は、あまりに“世界”が違い過ぎて、ひたすら驚くばかりでした」
「それだけかよ」

 思わず情けない声が出る。
 コンラートが不思議そうに眉根を寄せた。

「誰だって驚いて見入ってしまう光景でしたし。それが普通でしょう」
「ちっとも驚いたように見えねえがな」
「それより印象に残っているのは、あの子の気配です」
「あの子って、ラピんこか!?」
「はい。小さな手を組んで、強く兄上を応援しているさまがなぜか脳裏に浮かびました。きらきらと純粋な想いも伝わってきて、まるで……そう、躰の中に星を抱えたならこんな感じであろうかという心地でした」

(何その表現。まさにそれ! ラピんこにぴったり!)

 心の内に稲妻が走るほど共感したクロヴィスだが、悔しいのでそれは言わずにおく。
 しかしコンラートは、さらに意外なことを言ってきた。

「今喜んだでしょう。それも感じますよ。兄上とあの子が離れていても心でイチャついているのを、僕はよく感じているのです。これが竜氣の影響と言うのなら、僕は確かに兄上から竜氣をもらっていたのでしょうね」

「はあ!? ちょっと待て。それ、いつからだ? よく感じているって具体的にいつ!」

「え。そうですね……兄上があの子との師弟契約を役所に提出した辺りでしょうか。ですが今までは、今日ほど鮮明強烈ではありませんでした。ただ、『兄上に愛する人ができた』というのは、痛いほど伝わっていたのですが」

「その言い方はヤメロ」

 ギュンターが興味津々の視線を注いでくる。
 ジークのほうは何やら憮然とした表情で、黙ってこちらを見守っていたが、コンラートはクロヴィス以外の者の反応など意に介さず話し続けた。
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