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第10唱 王都へ行こう
歌って踊れるラピス 2
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複雑な神殿内を、ディードは迷いなく先導してくれた。
長い通路と、先別れする枝道のような曲がり角。
その先にゆったりと曲線を描く階段。
両側は石壁で、ロウソクが灯されているけれど地下にいるように暗い。しかしそこを抜けると一転、強烈な日差しが照り付ける露台に出た。急な明るさに、ラピスのまぶたの裏で光が点滅する。
「うわぁ、すっごく集まっちゃってるよ」
ヘンリックがきょろきょろと見渡しているのは、大広場だ。
「妃陛下たち、いないかな?」
訊かれてディードが目をすがめる。
「炊き出しの手伝いなら、ここにはいないんじゃないかな……」
露台はとても広く、南西北の三方に面している。手摺りが低いので、乗り出さずとも大広場をぐるりと見下ろせた。
ヘンリックの言う通り、地面が見えないほどの人だかりだ。
無理もない。なにせミロちゃんたちは大きい。後肢で立ち上がれば、巨大樹の森でもない限り、木々の天辺から頭が覗くくらい大きい。
よって二頭の移動は、非常に目立つ。
ただでさえ一般的には、竜を遠い空に目撃するだけでも滅多にないことだから、日射しを避けて東殿の中にいた者も回廊で伸びていた者も、汗が噴き出すのもかまわず陽炎の揺れる大広場に出てきて、大騒ぎしている。
彼らの視線の先にはもちろん、森から顔を覗かせた竜たちがいた。
そして竜たちの視線の先にいるのは、ラピスだ。
「ミロちゃん、アロちゃーん!」
ラピスがぴょこぴょこ飛び跳ねながら手を振ると、「「ギュイッ」」と大きな声が返った。それだけで、おおー!と声が上がる。
竜たちがラピスに会いに来たのは確かなようだ。
早速、竜言語の歌で尋ねてみた。
『ミロちゃん、アロちゃん。僕に何かご用?』
そうして返ってきたミロちゃんの答えに、思わず「えっ、ほんとに⁉」と大声を上げる。
「なになに、なんだって?」
ディードとヘンリックに左右から揺さぶられ、「う、うんん、あのねね~」声まで揺れたら、二人同時にパッと手を離してくれた。やはり乳兄弟、息ぴったりだ。
「『水を元気にする歌』を教えてくれるんだって! それって絶対、『じわじわドーン』に役立つよねっ! でも人には難しい歌だと思うから、練習させてくれるって」
「じ、じわじわドーン?」
「なんじゃそりゃ……竜が歌の稽古をつけてくれるってこと?」
困惑顔の二人に、「うん!」と全開の笑顔でうなずいて。
ラピスは早速、その場で『練習』を始めた。
実際それは、いつもの竜言語とは趣が異なる独特な歌だった。
ミロちゃんによると、『年をとるほど綺麗に歌える歌』だそうだ。若い二頭は、まだ不慣れらしい。
『おぼえたての歌を、僕に教えてくれてるんだね? ありがとう!』
『おぼえておいてほしい歌だから』
その答えの意味について、ラピスはそのときは深く考えなかった。
ただ新しい歌をおぼえるのが楽しくて、上達するたびミロちゃんたちも喜んでくれるから余計に嬉しくなって、夢中で歌い続けるうち、リズムに乗って躰まで動き出した。
くるくる回って、ゆらゆら揺れて。
水が流れるみたいに自由に軽やかに、思うままステップを踏んでいると、歌が清流の水みたいに清々しく躰に染み渡ってくるのを感じた。
そのうち、ディードやヘンリックもラピスと一緒に踊り出した。
円舞曲のようにお辞儀して、ターンして、ステップを踏んで、またターン。
高く低く、天に地に響き渡る、竜たちと人の子の瑞々しい合唱。
不思議と暑さを感じない。
耳から体内へ入った歌が躰を内側から潤してくれるから、まるで初夏の風の中で踊っているみたいだ。
最初は呆気に取られて見上げていた大広場の人々にも、やがて笑顔が広がった。
手拍子や口笛で調子を合わせ、子供たちも真似して踊り出す。
そのとき誰もが確かに、酷暑も乾きも忘れていた。
長い通路と、先別れする枝道のような曲がり角。
その先にゆったりと曲線を描く階段。
両側は石壁で、ロウソクが灯されているけれど地下にいるように暗い。しかしそこを抜けると一転、強烈な日差しが照り付ける露台に出た。急な明るさに、ラピスのまぶたの裏で光が点滅する。
「うわぁ、すっごく集まっちゃってるよ」
ヘンリックがきょろきょろと見渡しているのは、大広場だ。
「妃陛下たち、いないかな?」
訊かれてディードが目をすがめる。
「炊き出しの手伝いなら、ここにはいないんじゃないかな……」
露台はとても広く、南西北の三方に面している。手摺りが低いので、乗り出さずとも大広場をぐるりと見下ろせた。
ヘンリックの言う通り、地面が見えないほどの人だかりだ。
無理もない。なにせミロちゃんたちは大きい。後肢で立ち上がれば、巨大樹の森でもない限り、木々の天辺から頭が覗くくらい大きい。
よって二頭の移動は、非常に目立つ。
ただでさえ一般的には、竜を遠い空に目撃するだけでも滅多にないことだから、日射しを避けて東殿の中にいた者も回廊で伸びていた者も、汗が噴き出すのもかまわず陽炎の揺れる大広場に出てきて、大騒ぎしている。
彼らの視線の先にはもちろん、森から顔を覗かせた竜たちがいた。
そして竜たちの視線の先にいるのは、ラピスだ。
「ミロちゃん、アロちゃーん!」
ラピスがぴょこぴょこ飛び跳ねながら手を振ると、「「ギュイッ」」と大きな声が返った。それだけで、おおー!と声が上がる。
竜たちがラピスに会いに来たのは確かなようだ。
早速、竜言語の歌で尋ねてみた。
『ミロちゃん、アロちゃん。僕に何かご用?』
そうして返ってきたミロちゃんの答えに、思わず「えっ、ほんとに⁉」と大声を上げる。
「なになに、なんだって?」
ディードとヘンリックに左右から揺さぶられ、「う、うんん、あのねね~」声まで揺れたら、二人同時にパッと手を離してくれた。やはり乳兄弟、息ぴったりだ。
「『水を元気にする歌』を教えてくれるんだって! それって絶対、『じわじわドーン』に役立つよねっ! でも人には難しい歌だと思うから、練習させてくれるって」
「じ、じわじわドーン?」
「なんじゃそりゃ……竜が歌の稽古をつけてくれるってこと?」
困惑顔の二人に、「うん!」と全開の笑顔でうなずいて。
ラピスは早速、その場で『練習』を始めた。
実際それは、いつもの竜言語とは趣が異なる独特な歌だった。
ミロちゃんによると、『年をとるほど綺麗に歌える歌』だそうだ。若い二頭は、まだ不慣れらしい。
『おぼえたての歌を、僕に教えてくれてるんだね? ありがとう!』
『おぼえておいてほしい歌だから』
その答えの意味について、ラピスはそのときは深く考えなかった。
ただ新しい歌をおぼえるのが楽しくて、上達するたびミロちゃんたちも喜んでくれるから余計に嬉しくなって、夢中で歌い続けるうち、リズムに乗って躰まで動き出した。
くるくる回って、ゆらゆら揺れて。
水が流れるみたいに自由に軽やかに、思うままステップを踏んでいると、歌が清流の水みたいに清々しく躰に染み渡ってくるのを感じた。
そのうち、ディードやヘンリックもラピスと一緒に踊り出した。
円舞曲のようにお辞儀して、ターンして、ステップを踏んで、またターン。
高く低く、天に地に響き渡る、竜たちと人の子の瑞々しい合唱。
不思議と暑さを感じない。
耳から体内へ入った歌が躰を内側から潤してくれるから、まるで初夏の風の中で踊っているみたいだ。
最初は呆気に取られて見上げていた大広場の人々にも、やがて笑顔が広がった。
手拍子や口笛で調子を合わせ、子供たちも真似して踊り出す。
そのとき誰もが確かに、酷暑も乾きも忘れていた。
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