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第9唱 クロヴィスとコンラート
贈りもの 2
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見惚れているあいだに兄が背を向けて歩き出したので、コンラートはあわてて立ち上がり、そのあとを追った。
森を歩き慣れている兄の足は速く、コンラートはすぐに息が切れた。
「ま、待って、兄上」
声をかけても、立ち止まってはくれない。
手をつなぎたかったが、拒まれるのが怖くてできなかった。
けれどあまりに距離がひらいたときだけは、だるそうに待っていてくれる。
屋敷と庭が見えるところまで来ると、兄は無言で駆け出し、引きとめる間もなくどこかへと去ってしまって、ひどく寂しく思った。
その後、コンラートの不在に気づき大騒ぎしていた家の者たちは大喜びで迎えてくれたし、両親も説教はあと回しにして気遣ってくれたが、「兄上が連れ戻してくれたのです」といくら言っても、誰もがその報告だけを聞き流してしまった。
(なぜ兄上ばかり……本当は優しい人なのに)
そんな疑問にも、ときを経るうち答えを得た。
「爵位を継ぐのは、コンラート。わたしによく似た、お前こそ相応しい。待っていなさい。お祖父様が亡くなれば、父がお前を後継者として指名し直してやるから」
父は酔ってはそう言った。
隠居して田舎に引っ込んでいた祖父は、父が賭け事で借金を重ねたり、事業の失敗を繰り返すたび、尻拭いのため呼び戻されていた。実業家の祖父と裕福な実家出の母がいなければ、父はとっくに破産していただろう。
だからこそ未だ当主としての発言権は祖父にあり、慣例を破って後継者を指名するとしても、その権利は祖父にあった。
オルデンブルク家は、昔からある能力で一目置かれ、富と栄誉を有する家門だった。しかし伯爵位を授かったのは、曾祖父の代である。
ある能力とは、魔法使いの能力。
魔法使いの中でも誉れ高き『聴き手』を、数多く輩出してきた。
特に曾祖父は古竜の歌を解くほどの天才で、竜の歌の内容から偶然、当時の国王の暗殺計画を知った。おかげで反逆事件を未然に阻止し、暗殺組織も瓦解。その手柄ゆえ伯爵に叙された。そして同時に、『大魔法使い』の称号も授かったのだ。
祖父は以前、コンラートと向き合い、こう言い聞かせてきた。
「いいか、コンラート。お前は多くの贈りものをその手に握って生まれてきたのだから、他者に与えられた贈りものを、羨んではいけないよ。この家の後継者はお前の兄だが、だからといって、お前の贈りものが奪われるわけじゃない。……わかるかい?」
正直、まったくわからなかった。
だがあれこれと話をつなぎ合わせて考えるに、こういうことだろう。
オルデンブルク家は、竜のおかげで栄えた。
よって竜の歌を集め、世界に貢献することで、恩を返さねばならない。
そして――オルデンブルクで聴き手の才能を持つ者は、例外なく、銀髪に赤い瞳をもって生まれる。
「私やお前の父が握った贈りものには、それがなかった。何度も『なぜ』と思ったよ。なぜ私にはその才能がないのだろう、大魔法使いの息子なのに。でもね、別の贈りものがちゃんとあったんだ。人のものを羨んだり妬んだりする前に、自分が持つもので何ができるかを考えなさい。そうしたら、いつかはちゃんとわかるから」
双子なのに兄を真っ先に後継者として指名した理由と、聴き手としての才能がなくても悲観することはないという励まし。コンラートはそう受け取った。
(だけど……)
確かに祖父は、竜の歌を解けずとも成功者になった。己で道を見つけ、みごとに切り拓いた。
だが、父は?
今ではもう、コンラートも気づいている。
この屋敷を一歩出れば、社会的評価が高いのは、父が虐げている兄のほうだ。
ものごころついた頃から竜の歌を解き、何をやらせても優秀で、『曾祖父と祖父の才能をすべて受け継いだ』と評される兄だ。
それは、父が欲しくてたまらなかった贈りもの。
だから父は、兄を憎むのだ。
父は未だ自分に与えられた贈りものを見つけられず、兄が握った贈りものごと兄を憎んでいる。
(じゃあ、僕は? 「わたしによく似た」と父上が言う、僕は?)
兄を憎む気持ちは毛頭ない。
だが自分が持つ贈りものとは、どこを探せば見つかるのだろう。
森を歩き慣れている兄の足は速く、コンラートはすぐに息が切れた。
「ま、待って、兄上」
声をかけても、立ち止まってはくれない。
手をつなぎたかったが、拒まれるのが怖くてできなかった。
けれどあまりに距離がひらいたときだけは、だるそうに待っていてくれる。
屋敷と庭が見えるところまで来ると、兄は無言で駆け出し、引きとめる間もなくどこかへと去ってしまって、ひどく寂しく思った。
その後、コンラートの不在に気づき大騒ぎしていた家の者たちは大喜びで迎えてくれたし、両親も説教はあと回しにして気遣ってくれたが、「兄上が連れ戻してくれたのです」といくら言っても、誰もがその報告だけを聞き流してしまった。
(なぜ兄上ばかり……本当は優しい人なのに)
そんな疑問にも、ときを経るうち答えを得た。
「爵位を継ぐのは、コンラート。わたしによく似た、お前こそ相応しい。待っていなさい。お祖父様が亡くなれば、父がお前を後継者として指名し直してやるから」
父は酔ってはそう言った。
隠居して田舎に引っ込んでいた祖父は、父が賭け事で借金を重ねたり、事業の失敗を繰り返すたび、尻拭いのため呼び戻されていた。実業家の祖父と裕福な実家出の母がいなければ、父はとっくに破産していただろう。
だからこそ未だ当主としての発言権は祖父にあり、慣例を破って後継者を指名するとしても、その権利は祖父にあった。
オルデンブルク家は、昔からある能力で一目置かれ、富と栄誉を有する家門だった。しかし伯爵位を授かったのは、曾祖父の代である。
ある能力とは、魔法使いの能力。
魔法使いの中でも誉れ高き『聴き手』を、数多く輩出してきた。
特に曾祖父は古竜の歌を解くほどの天才で、竜の歌の内容から偶然、当時の国王の暗殺計画を知った。おかげで反逆事件を未然に阻止し、暗殺組織も瓦解。その手柄ゆえ伯爵に叙された。そして同時に、『大魔法使い』の称号も授かったのだ。
祖父は以前、コンラートと向き合い、こう言い聞かせてきた。
「いいか、コンラート。お前は多くの贈りものをその手に握って生まれてきたのだから、他者に与えられた贈りものを、羨んではいけないよ。この家の後継者はお前の兄だが、だからといって、お前の贈りものが奪われるわけじゃない。……わかるかい?」
正直、まったくわからなかった。
だがあれこれと話をつなぎ合わせて考えるに、こういうことだろう。
オルデンブルク家は、竜のおかげで栄えた。
よって竜の歌を集め、世界に貢献することで、恩を返さねばならない。
そして――オルデンブルクで聴き手の才能を持つ者は、例外なく、銀髪に赤い瞳をもって生まれる。
「私やお前の父が握った贈りものには、それがなかった。何度も『なぜ』と思ったよ。なぜ私にはその才能がないのだろう、大魔法使いの息子なのに。でもね、別の贈りものがちゃんとあったんだ。人のものを羨んだり妬んだりする前に、自分が持つもので何ができるかを考えなさい。そうしたら、いつかはちゃんとわかるから」
双子なのに兄を真っ先に後継者として指名した理由と、聴き手としての才能がなくても悲観することはないという励まし。コンラートはそう受け取った。
(だけど……)
確かに祖父は、竜の歌を解けずとも成功者になった。己で道を見つけ、みごとに切り拓いた。
だが、父は?
今ではもう、コンラートも気づいている。
この屋敷を一歩出れば、社会的評価が高いのは、父が虐げている兄のほうだ。
ものごころついた頃から竜の歌を解き、何をやらせても優秀で、『曾祖父と祖父の才能をすべて受け継いだ』と評される兄だ。
それは、父が欲しくてたまらなかった贈りもの。
だから父は、兄を憎むのだ。
父は未だ自分に与えられた贈りものを見つけられず、兄が握った贈りものごと兄を憎んでいる。
(じゃあ、僕は? 「わたしによく似た」と父上が言う、僕は?)
兄を憎む気持ちは毛頭ない。
だが自分が持つ贈りものとは、どこを探せば見つかるのだろう。
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