151 / 228
第9唱 クロヴィスとコンラート
贈りもの 1
しおりを挟む
コンラート・オルデンブルクは、オルデンブルク伯爵家の次男として、この世に生を享けた。
爵位は長男が継ぐものと決まっているが、世間的には名門で裕福で、美しいと形容される両親の容姿をも受け継いだ、まったくもって申し分のない生まれだ。
広大な屋敷と、四季折々の花が咲く美しい庭。たくさんの使用人。
両親から溺愛され、父は「オルデンブルクの名に恥じぬ、立派な人間になれ」と繰り返した。そして呪文のように付け加えることも忘れなかった。
「兄のようには絶対になるな」
コンラートは兄に同情していた。
兄といっても実は双子。
なのに二人に対する父の態度は、まるで違う。
「誇り高きオルデンブルク伯爵家の後継者なのだから」
兄にはそう言って、勉学や鍛練の授業をコンラートの倍ほども強いていたし、ほんの少しでも手を抜いたり反抗したりしようものなら、気が違ったように体罰を与えていた。
教師たちも父に倣っていた。
兄と同じことをコンラートがしても、両親も教師たちも、「仕方のない子だ」と笑って許してくれるのに。
「兄上が可哀想だ」
そう思い、しょっちゅう仕置き部屋に閉じ込められ食事を抜かれる兄のために、厨房でこっそり差し入れを用意してもらったことも二度三度ではない。
そのたび料理人たちは気遣わしげに言った。
「コンラート様は本当にお優しい」
「でも兄上様は気性の激しい方です。関わらないほうがよろしいですよ」
何を言われようと、コンラートは気にしなかった。
執事に頼み込んで――コンラートが一生懸命お願いすれば、ときには「秘密ですよ」と仕置き部屋の鍵を開けてくれることもあったから――どうにか軽食を差し入れていた。だが……
「食べてください、兄上」
そう声をかけても、ロウソクひとつない暗い部屋の中で、血のにおいを立ち昇らせ虚空を睨む兄から、答えが返ったことはない。そして差し入れに口をつけてくれたこともなかった。
「お気遣いするだけ損ですよ」
乳母たちが顔をしかめて小言を言うのも、いつものこと。
父にもすぐに知られてしまったが、それでもコンラートは怒られない。
「お前の優しさや思いやりなど通じぬ相手なのだ。関わるな」
憎々しげに吐き出す言葉は、周囲の者たちと同じ『関わるな』そればかり。
関わろうにも、兄のほうがこちらを見向きもしてくれぬのに。
だがコンラートは知っている。
兄はちゃんと、自分を気にかけてくれている。無視するのはきっと、父との確執に巻き込みたくないからだ。
だってコンラートが兄の真似をして庭伝いに森へと抜け出し、そのまま迷って帰れなくなったとき、迎えに来てくれたのは兄だけだった。
季節は秋。日は急ぎ足で傾き、雨まで降り出して、泣いても叫んでも誰も来てくれず、狼と思われる遠吠えまで聞こえてきて、心細くて恐ろしくて、うずくまって泣くことしかできなかった、あのとき。
「おい」
いきなり声をかけられて、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
雨音にまぎれて足音もわからぬうちに、奇跡のように目の前に、ずぶ濡れの兄が立っていた。
自分よりずっと薄着で、白い息をたくさん吐いて。
きっと弟の危機を知り、取るものも取り敢えず、必死で探し回ってくれたのだ。
そのとき初めて、兄の顔を正面から、よくよく見つめることができた。
双子といっても似ていないと皆は言う。コンラート自身もそう思っている。
(似ていればよかったのに)
そう思わずにはいられない。
遠目でも、こうして近くで見ても、兄のほうがずっと格好いい。「ご両親に似て愛らしい」とよく評される自分より、ずっと。
コンラートは金髪で、兄は銀髪。
コンラートの瞳は青灰色、兄は赤。
コンラートは父似で、兄は曾祖父似らしい。
自分も曾祖父に似たかった。甘ったるい印象を与えやすい自分の容姿より、鋭利な刃物のように凛々しい兄のほうが、何倍も美しい。
爵位は長男が継ぐものと決まっているが、世間的には名門で裕福で、美しいと形容される両親の容姿をも受け継いだ、まったくもって申し分のない生まれだ。
広大な屋敷と、四季折々の花が咲く美しい庭。たくさんの使用人。
両親から溺愛され、父は「オルデンブルクの名に恥じぬ、立派な人間になれ」と繰り返した。そして呪文のように付け加えることも忘れなかった。
「兄のようには絶対になるな」
コンラートは兄に同情していた。
兄といっても実は双子。
なのに二人に対する父の態度は、まるで違う。
「誇り高きオルデンブルク伯爵家の後継者なのだから」
兄にはそう言って、勉学や鍛練の授業をコンラートの倍ほども強いていたし、ほんの少しでも手を抜いたり反抗したりしようものなら、気が違ったように体罰を与えていた。
教師たちも父に倣っていた。
兄と同じことをコンラートがしても、両親も教師たちも、「仕方のない子だ」と笑って許してくれるのに。
「兄上が可哀想だ」
そう思い、しょっちゅう仕置き部屋に閉じ込められ食事を抜かれる兄のために、厨房でこっそり差し入れを用意してもらったことも二度三度ではない。
そのたび料理人たちは気遣わしげに言った。
「コンラート様は本当にお優しい」
「でも兄上様は気性の激しい方です。関わらないほうがよろしいですよ」
何を言われようと、コンラートは気にしなかった。
執事に頼み込んで――コンラートが一生懸命お願いすれば、ときには「秘密ですよ」と仕置き部屋の鍵を開けてくれることもあったから――どうにか軽食を差し入れていた。だが……
「食べてください、兄上」
そう声をかけても、ロウソクひとつない暗い部屋の中で、血のにおいを立ち昇らせ虚空を睨む兄から、答えが返ったことはない。そして差し入れに口をつけてくれたこともなかった。
「お気遣いするだけ損ですよ」
乳母たちが顔をしかめて小言を言うのも、いつものこと。
父にもすぐに知られてしまったが、それでもコンラートは怒られない。
「お前の優しさや思いやりなど通じぬ相手なのだ。関わるな」
憎々しげに吐き出す言葉は、周囲の者たちと同じ『関わるな』そればかり。
関わろうにも、兄のほうがこちらを見向きもしてくれぬのに。
だがコンラートは知っている。
兄はちゃんと、自分を気にかけてくれている。無視するのはきっと、父との確執に巻き込みたくないからだ。
だってコンラートが兄の真似をして庭伝いに森へと抜け出し、そのまま迷って帰れなくなったとき、迎えに来てくれたのは兄だけだった。
季節は秋。日は急ぎ足で傾き、雨まで降り出して、泣いても叫んでも誰も来てくれず、狼と思われる遠吠えまで聞こえてきて、心細くて恐ろしくて、うずくまって泣くことしかできなかった、あのとき。
「おい」
いきなり声をかけられて、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
雨音にまぎれて足音もわからぬうちに、奇跡のように目の前に、ずぶ濡れの兄が立っていた。
自分よりずっと薄着で、白い息をたくさん吐いて。
きっと弟の危機を知り、取るものも取り敢えず、必死で探し回ってくれたのだ。
そのとき初めて、兄の顔を正面から、よくよく見つめることができた。
双子といっても似ていないと皆は言う。コンラート自身もそう思っている。
(似ていればよかったのに)
そう思わずにはいられない。
遠目でも、こうして近くで見ても、兄のほうがずっと格好いい。「ご両親に似て愛らしい」とよく評される自分より、ずっと。
コンラートは金髪で、兄は銀髪。
コンラートの瞳は青灰色、兄は赤。
コンラートは父似で、兄は曾祖父似らしい。
自分も曾祖父に似たかった。甘ったるい印象を与えやすい自分の容姿より、鋭利な刃物のように凛々しい兄のほうが、何倍も美しい。
223
お気に入りに追加
803
あなたにおすすめの小説
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる