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第8唱 竜の書
執着
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「呪法の本を!? それは禁忌中の禁忌だぞ!」
叫んだディードだけでなく、騎士たちもざわついた。
ラピスもクロヴィスから、『竜の本には呪詛や呪具の記録も残っているが、一般には閲覧禁止』だと教わっている。
ギュンターが白い息を吐き、天を仰いだ。
「機密書の部屋と棚の鍵の管理は、大祭司長の役目だからね。彼に本を持ち出されたら、ほかの者がすぐに気づくのは難しい」
ディードも吐き捨てるように呟く。
「長年、大祭司長の特権を利用して情報を収集し、呪法に精通していったんだ。父上のことも欺いて」
「ああ。表向きは、『創世の竜の書』の欠落を埋めようと腐心する、高潔な聖職者の顔を保っていたわけだね」
ドロシアは、真っ赤な雛罌粟のような笑みを浮かべた。
「監査機能が不全なまま放置していた、皆さんにも責任があるのでは?」
「……その通りだね」
悔しそうなディードの代わりに、苦笑したギュンターが素直に認める。
「結論から言うと、あの方がわたしに呪法に関する情報をチラつかせていたのは、わたしの反応を見て、呪術師の『弟子』として使えるかどうかを見極めていたんだと思うの」
「呪術師の弟子ぃ!?」
ヘンリックが目を剥いた。
ディードも侮蔑に満ちた声を上げる。
「呪術師も師弟制度があるというのか!?」
「知らなーい。ただ、あの方が『弟子』という言葉を使ったのは、たぶん」
そこでラピスに視線を流し、少女は鮮やかに笑った。
「ラピスくんが、グレゴワール様の弟子になったからよ」
「僕、ですか?」
「うん」
ドロシアは、記憶を辿っているのか、遠くを見る目になった。
「わたし、あの方は、誰にも興味がないんだって思ってた。怒りも笑顔も表面的で、本気で誰かに心動かされたりはしないんだって。なんにも思い入れがなくて、いつも人を俯瞰で観察しているからなんでもよく見えていて、だからこそ他人の心の掌握が上手い。聖職者の頂点に立つだけあるわ」
「大神殿は大きいですもんね!」
「いや、高い建物から見てるからって意味じゃないんだけども」
ブホッと噴き出したギュンターとヘンリックを、ディードがしかめっ面で睨みつけても、ジークだけは無表情を保っていたが。
次のドロシアの言葉に、険しく表情を変えた。
「けど、あの方にも執着する存在があったのよ。――クロヴィス・グレゴワール卿。いつだって卿のことにだけは、目の色が変わった。大魔法使い様が初めて弟子をとったから、その上とても大切にしていると知ったから、強く心を動かされたんだわ」
「――どういう意味だ」
殺気を隠そうともしないジークに、「だから怖いんですってば!」と顔を引きつらせて抗議するドロシアを見ながら、ラピスもジークと同じ疑問を感じていた。
大祭司長がクロヴィスに執着しているとは、どういうことだろう。クロヴィスのことにだけは目の色を変え、同じように弟子までとったという、その意味は……
「ドロシアさん。それはつまり、大祭司長様も、お師匠様を大大大好きということですか?」
ドロシアの躰がガクッと前のめりに倒れた。
「なぜそうなるのかしら……」
「あり? 大好きだから真似したくなるのだと思ったのだけど、違うのですか? 僕もお師匠様の真似をいっぱいするのです。暖炉の炎をぼーっと見てから寝たり、竜を見上げるとき、かっこよく前髪をかき上げたり! それを真似たときは、『おでこかゆいのか?』って訊かれましたけど」
「……それは大祭司長様はご存知ない情報ね、きっと」
「お師匠様大好き選手権なら負けませんよ~!」
にこにこしながら小さな両こぶしをグッと握ると、くるりと背を向けたギュンターとヘンリックの肩が、なぜだかひどく震え出した。
「ラピスくん。残念ながらあの方の執着は、大好き選手権の方向ではないと思うわ」
「あり~」
気の抜けた声を出すと、同行の騎士たちまでもが口元を覆って肩を震わせている。
しかしジークだけは変わらず、眼光鋭く詰問した。
「アードラーはなぜそこまで、グレゴワール様に執着するのだ」
ドロシアが「怖っ!」と表情をこわばらせる。
「わ、わたしだって知りません。あの方は簡単に、心の内を晒したりしませんから」
「アードラーの真の目的を知らないのに、呪術師の“弟子”になったのか」
ディードの追求には、「そうよ」とあっさりうなずく。
「あの方はわたしに、カーレウム家への興味を持たせた。ラピスくんが国宝級の美少年だという情報も、きっと知っていたんでしょう。巡礼の登録日にラピスくんを見たわたしが『信じられないくらい可愛かった』と報告したら、ニヤッと笑ってたわ。『ならば巡礼中に、そのグレゴワールの弟子と親しくなればいい』って」
「きみはアカデミー派の子息と巡礼を共にしていたよね?」
ギュンターの質問にも、「だから都合がよかったのです」と首肯が返る。
「もともとわたしは祖父から、祖父と親交を結んでいるエルベン総長に協力するよう命じられていたのです。総長の『目』として、アカデミー派が警戒するグレゴワール様の弟子を見張り逐一報告しなさいと。ほかの生徒の中に混じっていれば、本来の目的を悟られにくくなりますし。だから一緒に旅をできれば言うことなしだったのですが」
「ラピスを狙った奴は全員、加護魔法で追い払われたはずなのに……」
「そうねディードくん。でもわたしはラピスくんに害意はないし、『一緒に行動しませんか』と提案しただけだから、敵として魔法で弾かれることはなかったわ。ただし、あなたに完璧に阻まれたおかげで、ラピスくんに同行して至近距離から見つめ続けるという野望を果たせなかったのは、残念無念よ!」
「アードラーともつながっていたから、異常に情報が早かったのか……」
「わたしの無念を華麗にスルーしてくれたわね、第三王子殿下。まあいいわ。もう本当に時間がないから」
ドロシアは、まだ日の高い青空を見上げた。
「そのうち皆さんのところにも伝書鳩が来ると思うけれど、王都は現在、水不足です」
「「「は!?」」」
その場の全員が、ぎょっとして少女を見た。
叫んだディードだけでなく、騎士たちもざわついた。
ラピスもクロヴィスから、『竜の本には呪詛や呪具の記録も残っているが、一般には閲覧禁止』だと教わっている。
ギュンターが白い息を吐き、天を仰いだ。
「機密書の部屋と棚の鍵の管理は、大祭司長の役目だからね。彼に本を持ち出されたら、ほかの者がすぐに気づくのは難しい」
ディードも吐き捨てるように呟く。
「長年、大祭司長の特権を利用して情報を収集し、呪法に精通していったんだ。父上のことも欺いて」
「ああ。表向きは、『創世の竜の書』の欠落を埋めようと腐心する、高潔な聖職者の顔を保っていたわけだね」
ドロシアは、真っ赤な雛罌粟のような笑みを浮かべた。
「監査機能が不全なまま放置していた、皆さんにも責任があるのでは?」
「……その通りだね」
悔しそうなディードの代わりに、苦笑したギュンターが素直に認める。
「結論から言うと、あの方がわたしに呪法に関する情報をチラつかせていたのは、わたしの反応を見て、呪術師の『弟子』として使えるかどうかを見極めていたんだと思うの」
「呪術師の弟子ぃ!?」
ヘンリックが目を剥いた。
ディードも侮蔑に満ちた声を上げる。
「呪術師も師弟制度があるというのか!?」
「知らなーい。ただ、あの方が『弟子』という言葉を使ったのは、たぶん」
そこでラピスに視線を流し、少女は鮮やかに笑った。
「ラピスくんが、グレゴワール様の弟子になったからよ」
「僕、ですか?」
「うん」
ドロシアは、記憶を辿っているのか、遠くを見る目になった。
「わたし、あの方は、誰にも興味がないんだって思ってた。怒りも笑顔も表面的で、本気で誰かに心動かされたりはしないんだって。なんにも思い入れがなくて、いつも人を俯瞰で観察しているからなんでもよく見えていて、だからこそ他人の心の掌握が上手い。聖職者の頂点に立つだけあるわ」
「大神殿は大きいですもんね!」
「いや、高い建物から見てるからって意味じゃないんだけども」
ブホッと噴き出したギュンターとヘンリックを、ディードがしかめっ面で睨みつけても、ジークだけは無表情を保っていたが。
次のドロシアの言葉に、険しく表情を変えた。
「けど、あの方にも執着する存在があったのよ。――クロヴィス・グレゴワール卿。いつだって卿のことにだけは、目の色が変わった。大魔法使い様が初めて弟子をとったから、その上とても大切にしていると知ったから、強く心を動かされたんだわ」
「――どういう意味だ」
殺気を隠そうともしないジークに、「だから怖いんですってば!」と顔を引きつらせて抗議するドロシアを見ながら、ラピスもジークと同じ疑問を感じていた。
大祭司長がクロヴィスに執着しているとは、どういうことだろう。クロヴィスのことにだけは目の色を変え、同じように弟子までとったという、その意味は……
「ドロシアさん。それはつまり、大祭司長様も、お師匠様を大大大好きということですか?」
ドロシアの躰がガクッと前のめりに倒れた。
「なぜそうなるのかしら……」
「あり? 大好きだから真似したくなるのだと思ったのだけど、違うのですか? 僕もお師匠様の真似をいっぱいするのです。暖炉の炎をぼーっと見てから寝たり、竜を見上げるとき、かっこよく前髪をかき上げたり! それを真似たときは、『おでこかゆいのか?』って訊かれましたけど」
「……それは大祭司長様はご存知ない情報ね、きっと」
「お師匠様大好き選手権なら負けませんよ~!」
にこにこしながら小さな両こぶしをグッと握ると、くるりと背を向けたギュンターとヘンリックの肩が、なぜだかひどく震え出した。
「ラピスくん。残念ながらあの方の執着は、大好き選手権の方向ではないと思うわ」
「あり~」
気の抜けた声を出すと、同行の騎士たちまでもが口元を覆って肩を震わせている。
しかしジークだけは変わらず、眼光鋭く詰問した。
「アードラーはなぜそこまで、グレゴワール様に執着するのだ」
ドロシアが「怖っ!」と表情をこわばらせる。
「わ、わたしだって知りません。あの方は簡単に、心の内を晒したりしませんから」
「アードラーの真の目的を知らないのに、呪術師の“弟子”になったのか」
ディードの追求には、「そうよ」とあっさりうなずく。
「あの方はわたしに、カーレウム家への興味を持たせた。ラピスくんが国宝級の美少年だという情報も、きっと知っていたんでしょう。巡礼の登録日にラピスくんを見たわたしが『信じられないくらい可愛かった』と報告したら、ニヤッと笑ってたわ。『ならば巡礼中に、そのグレゴワールの弟子と親しくなればいい』って」
「きみはアカデミー派の子息と巡礼を共にしていたよね?」
ギュンターの質問にも、「だから都合がよかったのです」と首肯が返る。
「もともとわたしは祖父から、祖父と親交を結んでいるエルベン総長に協力するよう命じられていたのです。総長の『目』として、アカデミー派が警戒するグレゴワール様の弟子を見張り逐一報告しなさいと。ほかの生徒の中に混じっていれば、本来の目的を悟られにくくなりますし。だから一緒に旅をできれば言うことなしだったのですが」
「ラピスを狙った奴は全員、加護魔法で追い払われたはずなのに……」
「そうねディードくん。でもわたしはラピスくんに害意はないし、『一緒に行動しませんか』と提案しただけだから、敵として魔法で弾かれることはなかったわ。ただし、あなたに完璧に阻まれたおかげで、ラピスくんに同行して至近距離から見つめ続けるという野望を果たせなかったのは、残念無念よ!」
「アードラーともつながっていたから、異常に情報が早かったのか……」
「わたしの無念を華麗にスルーしてくれたわね、第三王子殿下。まあいいわ。もう本当に時間がないから」
ドロシアは、まだ日の高い青空を見上げた。
「そのうち皆さんのところにも伝書鳩が来ると思うけれど、王都は現在、水不足です」
「「「は!?」」」
その場の全員が、ぎょっとして少女を見た。
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