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第8唱 竜の書
ドロシアの身の上話
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アリスン家は地元では大地主として知られ、銀山も有する豊富な資金力を背景に、代々、国政の中枢に食い込む高官を輩出してきた。
しかし近年では鉱物資源の採掘量も減少の一途を辿り、長年培った人脈による政略的な婚姻が、勢力と財政を保持する最大の要因となっていた。
血筋や財力目当ての愛の無い結婚など、上流社会ではよくある話だ。
格式が保たれて、裕福に――社交界で面目が保たれるよう暮らせるならば、それこそが“良い”結婚なのだと。アリスン家の子供たちはそう教育されてきた。
ドロシアは四人姉妹の三番目。
国防長官である祖父は孫娘たちに甘いが、縁談は自分が決めて当然という考えを崩したことがない。我の強い祖父に、両親が反対意見を表明することもない。
そんなわけで四姉妹は皆、早々に婚約者を決められていた。
ドロシアの姉たちはすでに結婚して生家を出ている。
いよいよドロシアの番となったとき、祖父が「お前の婚約者を決めてきたぞ」と満足そうに言った相手は……祖父の親友の息子で、銀行家。最初の結婚が上手く行かず、女性不信気味だという男だった。
「うちの自慢の孫娘の中でも一番の別嬪さんのドロシアならば、女性不信なんぞ吹っ飛ぶだろう」
そう言って大笑した祖父の真意は、親友との友情のためなどではなく、彼の資産にある。王都にも不動産を多く抱えるという、その財力が目当てなのは明白。
そうでなければ、まだ十五の誕生日も迎えていなかったドロシアを、いくら裕福でも親子ほど年の離れた男の、しかも二度目の妻に据えようとは思うまい。
☆ ☆ ☆
「わたしの婚約者ってね、二人の子持ちなの」
「ええっ!?」
「長女は十六歳で、長男は十三歳。離婚した奥さんは準男爵家の令嬢。令嬢のほうから猛烈に求婚されて盛り上がって、親の反対を押し切って結婚したんだって。だけど結局、浮気されて離婚して。その際、自分も酔って娼婦と同衾してしまったものだから、強く出られなかったとか」
「十六と十三歳の子持ち!? しかもそんな情けない理由で離婚した男が婚約者だっていうのかい!?」
「そうよ。でもその元奥さん、その後も別の街で、ものすごく裕福な貿易商の後妻におさまってね。風の便りにそれを知ったわたしの婚約者は、『何かおかしい』とあれこれ調べさせたの。結果、どうやら元妻は、怪しい薬を用いて自分を罠に嵌めたらしいとわかったのだけど、あとの祭り。離婚条件の誓約書まで作らされてたしね」
「ひどい元妻だな! 男の敵だよ!」
「養育費はしっかり取られたのに、子供たちには会わない約束なんですって。親からも『あの女の産んだ子を孫とは認めん』と言われて援護なし。気の毒よね。わたし、母からその話を聞いたあとに、パーティーで婚約者殿と直接会ったの。お世辞にも器量よしとは言えなかったけど……いかにも人がよさそうで、わたしの幼さに引いてたわ。それを見て、ああ、祖父と違って良識があるんだわ、善人なんだろうな、確かにこの人なら悪人に簡単にだまされそう。そう思った」
「そうだね、男は人がいいだけでは駄目さ!」
「……ところで。さっきから、わたしとイーライくんのみの会話になってるんだけど?」
ひくりと引きつった笑みを浮かべたドロシアから見つめられたラピスたち着膨れ三人組は、「「「寒い寒い」」」と足踏みしながら身を寄せ合っていた。
いくら晴れて穏やかな天候でも、雪の世界でじっとしていると、足もとから冷えが這いのぼってくる。
「ラピスが風邪をひくから、手みじかに、結論から話してくれ」
ディードの注文に、「わたし、『話が長くなるけどいいか』って訊いたわよね!?」と少女の眦が吊り上がる。
「乙女がこんな哀れな打ち明け話をしているのに寒いと文句をつけてくるとは、どんだけ冷血なの!?」
しかし近年では鉱物資源の採掘量も減少の一途を辿り、長年培った人脈による政略的な婚姻が、勢力と財政を保持する最大の要因となっていた。
血筋や財力目当ての愛の無い結婚など、上流社会ではよくある話だ。
格式が保たれて、裕福に――社交界で面目が保たれるよう暮らせるならば、それこそが“良い”結婚なのだと。アリスン家の子供たちはそう教育されてきた。
ドロシアは四人姉妹の三番目。
国防長官である祖父は孫娘たちに甘いが、縁談は自分が決めて当然という考えを崩したことがない。我の強い祖父に、両親が反対意見を表明することもない。
そんなわけで四姉妹は皆、早々に婚約者を決められていた。
ドロシアの姉たちはすでに結婚して生家を出ている。
いよいよドロシアの番となったとき、祖父が「お前の婚約者を決めてきたぞ」と満足そうに言った相手は……祖父の親友の息子で、銀行家。最初の結婚が上手く行かず、女性不信気味だという男だった。
「うちの自慢の孫娘の中でも一番の別嬪さんのドロシアならば、女性不信なんぞ吹っ飛ぶだろう」
そう言って大笑した祖父の真意は、親友との友情のためなどではなく、彼の資産にある。王都にも不動産を多く抱えるという、その財力が目当てなのは明白。
そうでなければ、まだ十五の誕生日も迎えていなかったドロシアを、いくら裕福でも親子ほど年の離れた男の、しかも二度目の妻に据えようとは思うまい。
☆ ☆ ☆
「わたしの婚約者ってね、二人の子持ちなの」
「ええっ!?」
「長女は十六歳で、長男は十三歳。離婚した奥さんは準男爵家の令嬢。令嬢のほうから猛烈に求婚されて盛り上がって、親の反対を押し切って結婚したんだって。だけど結局、浮気されて離婚して。その際、自分も酔って娼婦と同衾してしまったものだから、強く出られなかったとか」
「十六と十三歳の子持ち!? しかもそんな情けない理由で離婚した男が婚約者だっていうのかい!?」
「そうよ。でもその元奥さん、その後も別の街で、ものすごく裕福な貿易商の後妻におさまってね。風の便りにそれを知ったわたしの婚約者は、『何かおかしい』とあれこれ調べさせたの。結果、どうやら元妻は、怪しい薬を用いて自分を罠に嵌めたらしいとわかったのだけど、あとの祭り。離婚条件の誓約書まで作らされてたしね」
「ひどい元妻だな! 男の敵だよ!」
「養育費はしっかり取られたのに、子供たちには会わない約束なんですって。親からも『あの女の産んだ子を孫とは認めん』と言われて援護なし。気の毒よね。わたし、母からその話を聞いたあとに、パーティーで婚約者殿と直接会ったの。お世辞にも器量よしとは言えなかったけど……いかにも人がよさそうで、わたしの幼さに引いてたわ。それを見て、ああ、祖父と違って良識があるんだわ、善人なんだろうな、確かにこの人なら悪人に簡単にだまされそう。そう思った」
「そうだね、男は人がいいだけでは駄目さ!」
「……ところで。さっきから、わたしとイーライくんのみの会話になってるんだけど?」
ひくりと引きつった笑みを浮かべたドロシアから見つめられたラピスたち着膨れ三人組は、「「「寒い寒い」」」と足踏みしながら身を寄せ合っていた。
いくら晴れて穏やかな天候でも、雪の世界でじっとしていると、足もとから冷えが這いのぼってくる。
「ラピスが風邪をひくから、手みじかに、結論から話してくれ」
ディードの注文に、「わたし、『話が長くなるけどいいか』って訊いたわよね!?」と少女の眦が吊り上がる。
「乙女がこんな哀れな打ち明け話をしているのに寒いと文句をつけてくるとは、どんだけ冷血なの!?」
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