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第8唱 竜の書
ラピス、釣られる
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確かにイーライとラピスは、良好な兄弟関係とは言えなかった。
だが自身が呪詛された夜の恐ろしさを思えば、このまま義兄を見放すことなどできはしない。
ラピスは精いっぱい力強く、キリリと騎士団長に訴えた。
「ジークさん! 僕とイーライを交換してください!」
「駄目だ」
「えぇぇ」
即座に却下されて、情けない声が出る。
「俺はラピスの護衛役だ。命を懸けてきみを守ると、グレゴワール様に誓った。あの少年は気の毒だが、ラピスと引き換えにする選択肢はない」
「で、でも」
「そうだねぇ。力ずくであの娘を捕らえることもできるけど……ほら、あれ」
いつのまにかそばに来ていたギュンターが、ドロシアの護衛役である騎士たちを指差した。
制服の色と紋章から見て、第三騎士団所属ではないようだ。
彼らは先ほどから無言で、折り目正しく待機しているものの、こちらの騎士たちと違って、どんな会話にも反応を示さない。
その視線は護衛対象と周囲の動きとに油断なく向けられているが、よくよく見れば、五人中五人ともが、そっくり同じに、顔と視線を動かしている。
まるで、からくり人形のよう。
寒さのせいでなく、ラピスは怖気立った。
「彼らもたぶん、なんらかの術をかけられているよねぇ。となると“人質”はイーライくんだけじゃない。ドロシア嬢は少なくともアードラーと合流するまで、護衛役を解放する気はないだろうから、イーライくんを返しても五人の人質は確保したまま。そもそも不公平な交換条件なんだよ」
「またもご名答」
ドロシアは、いたずらっ子のように笑う。
「まあ、上手くいくとは思ってなかったし。わたしと一緒にあの方に会いに行くのが嫌なら、それでもいいわ。でもたぶん、あちらには、グレゴワール様も来るわよ」
「えっ! お師匠様が!? それを早く言ってください、行きます行きますっ」
駆け出しかけたところを、あわてたディードとヘンリックに止められた。
「ラピス! だまされやすすぎ!」
「そして釣られやすすぎ!」
「ほへ。嘘なの?」
きょとんとすると、ドロシアまで「ほんとに可愛いんだから」と苦笑した。
「嘘じゃないわよ。推測ではあるけど。だってあの方は、グレゴワール様と再会するときのために、大魔法使いの力を削いでおきたいんだもの。ラピスくんという、稀代の大魔法使いの最大の弱味を握ってね」
「――グレゴワール様に何をするつもりだ」
氷点下の大気より冷酷なジークの声と、一瞬で凍りつきそうな眼が、ドロシアを射る。
少女は「ひゃっ」と声を上げ、イーライのうしろに隠れた。
「わ、わたしは詳しいことは知りませんよ、アシュクロフト様っ。やだもう、ほんと大人はこれだから嫌。ほんと美少年以外は認めん!」
盾にされているというのに、イーライはちょっと嬉しそうだ。背後をちらちら振り返っているが、ドロシアは彼には目もくれない。
「怖い顔で脅したって無駄ですからね!」
「先に脅迫してきたのはそっちだろう」
ディードの呆れ声は聞き流された。
「ラピスくん。一緒に来なくても、もうひとつの条件だけは同意してもらわなきゃ困るの。あの方から厳命されているから。同意してくれないと、この騎士たちにかけられた呪法が発動して、ひどい死に方をすることになっちゃうのよ。ラピスくんは見たくないでしょ? 目の前で彼らが、全身の穴という穴から血を噴き出して死ぬところなんて」
ビリッと、ドロシアとイーライを除く全員が殺気立つのをラピスは感じた。
「それは見たくないです! 条件てなんですか?」
ドロシアはいちいち「うぅ、やっぱり可愛い」と相好を崩す。が、へらりと笑ったまま、とんでもないことを言った。
「ラピスくんの『竜の書』を、燃やしてちょうだい」
だが自身が呪詛された夜の恐ろしさを思えば、このまま義兄を見放すことなどできはしない。
ラピスは精いっぱい力強く、キリリと騎士団長に訴えた。
「ジークさん! 僕とイーライを交換してください!」
「駄目だ」
「えぇぇ」
即座に却下されて、情けない声が出る。
「俺はラピスの護衛役だ。命を懸けてきみを守ると、グレゴワール様に誓った。あの少年は気の毒だが、ラピスと引き換えにする選択肢はない」
「で、でも」
「そうだねぇ。力ずくであの娘を捕らえることもできるけど……ほら、あれ」
いつのまにかそばに来ていたギュンターが、ドロシアの護衛役である騎士たちを指差した。
制服の色と紋章から見て、第三騎士団所属ではないようだ。
彼らは先ほどから無言で、折り目正しく待機しているものの、こちらの騎士たちと違って、どんな会話にも反応を示さない。
その視線は護衛対象と周囲の動きとに油断なく向けられているが、よくよく見れば、五人中五人ともが、そっくり同じに、顔と視線を動かしている。
まるで、からくり人形のよう。
寒さのせいでなく、ラピスは怖気立った。
「彼らもたぶん、なんらかの術をかけられているよねぇ。となると“人質”はイーライくんだけじゃない。ドロシア嬢は少なくともアードラーと合流するまで、護衛役を解放する気はないだろうから、イーライくんを返しても五人の人質は確保したまま。そもそも不公平な交換条件なんだよ」
「またもご名答」
ドロシアは、いたずらっ子のように笑う。
「まあ、上手くいくとは思ってなかったし。わたしと一緒にあの方に会いに行くのが嫌なら、それでもいいわ。でもたぶん、あちらには、グレゴワール様も来るわよ」
「えっ! お師匠様が!? それを早く言ってください、行きます行きますっ」
駆け出しかけたところを、あわてたディードとヘンリックに止められた。
「ラピス! だまされやすすぎ!」
「そして釣られやすすぎ!」
「ほへ。嘘なの?」
きょとんとすると、ドロシアまで「ほんとに可愛いんだから」と苦笑した。
「嘘じゃないわよ。推測ではあるけど。だってあの方は、グレゴワール様と再会するときのために、大魔法使いの力を削いでおきたいんだもの。ラピスくんという、稀代の大魔法使いの最大の弱味を握ってね」
「――グレゴワール様に何をするつもりだ」
氷点下の大気より冷酷なジークの声と、一瞬で凍りつきそうな眼が、ドロシアを射る。
少女は「ひゃっ」と声を上げ、イーライのうしろに隠れた。
「わ、わたしは詳しいことは知りませんよ、アシュクロフト様っ。やだもう、ほんと大人はこれだから嫌。ほんと美少年以外は認めん!」
盾にされているというのに、イーライはちょっと嬉しそうだ。背後をちらちら振り返っているが、ドロシアは彼には目もくれない。
「怖い顔で脅したって無駄ですからね!」
「先に脅迫してきたのはそっちだろう」
ディードの呆れ声は聞き流された。
「ラピスくん。一緒に来なくても、もうひとつの条件だけは同意してもらわなきゃ困るの。あの方から厳命されているから。同意してくれないと、この騎士たちにかけられた呪法が発動して、ひどい死に方をすることになっちゃうのよ。ラピスくんは見たくないでしょ? 目の前で彼らが、全身の穴という穴から血を噴き出して死ぬところなんて」
ビリッと、ドロシアとイーライを除く全員が殺気立つのをラピスは感じた。
「それは見たくないです! 条件てなんですか?」
ドロシアはいちいち「うぅ、やっぱり可愛い」と相好を崩す。が、へらりと笑ったまま、とんでもないことを言った。
「ラピスくんの『竜の書』を、燃やしてちょうだい」
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