ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第8唱 竜の書

ラピス、釣られる 

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 確かにイーライとラピスは、良好な兄弟関係とは言えなかった。
 だが自身が呪詛された夜の恐ろしさを思えば、このまま義兄を見放すことなどできはしない。
 ラピスは精いっぱい力強く、キリリと騎士団長に訴えた。

「ジークさん! 僕とイーライを交換してください!」
「駄目だ」
「えぇぇ」

 即座に却下されて、情けない声が出る。

「俺はラピスの護衛役だ。命を懸けてきみを守ると、グレゴワール様に誓った。あの少年は気の毒だが、ラピスと引き換えにする選択肢はない」
「で、でも」
「そうだねぇ。力ずくであの娘を捕らえることもできるけど……ほら、あれ」

 いつのまにかそばに来ていたギュンターが、ドロシアの護衛役である騎士たちを指差した。
 制服の色と紋章から見て、第三騎士団所属ではないようだ。
 彼らは先ほどから無言で、折り目正しく待機しているものの、こちらの騎士たちと違って、どんな会話にも反応を示さない。

 その視線は護衛対象ドロシアと周囲の動きとに油断なく向けられているが、よくよく見れば、五人中五人ともが、そっくり同じに、顔と視線を動かしている。
 まるで、からくり人形のよう。
 寒さのせいでなく、ラピスは怖気おぞけ立った。

「彼らもたぶん、なんらかの術をかけられているよねぇ。となると“人質”はイーライくんだけじゃない。ドロシア嬢は少なくともアードラーと合流するまで、護衛役を解放する気はないだろうから、イーライくんを返しても五人の人質は確保したまま。そもそも不公平な交換条件なんだよ」

「またもご名答」

 ドロシアは、いたずらっ子のように笑う。

「まあ、上手くいくとは思ってなかったし。わたしと一緒にあの方に会いに行くのが嫌なら、それでもいいわ。でもたぶん、には、グレゴワール様も来るわよ」
「えっ! お師匠様が!? それを早く言ってください、行きます行きますっ」

  駆け出しかけたところを、あわてたディードとヘンリックに止められた。

「ラピス! だまされやすすぎ!」
「そして釣られやすすぎ!」
「ほへ。嘘なの?」

 きょとんとすると、ドロシアまで「ほんとに可愛いんだから」と苦笑した。

「嘘じゃないわよ。推測ではあるけど。だってあの方は、グレゴワール様と再会するときのために、大魔法使いの力を削いでおきたいんだもの。ラピスくんという、稀代の大魔法使いの最大の弱味を握ってね」

「――グレゴワール様に何をするつもりだ」

 氷点下の大気より冷酷なジークの声と、一瞬で凍りつきそうな眼が、ドロシアを射る。
 少女は「ひゃっ」と声を上げ、イーライのうしろに隠れた。

「わ、わたしは詳しいことは知りませんよ、アシュクロフト様っ。やだもう、ほんと大人はこれだから嫌。ほんと美少年以外は認めん!」

 盾にされているというのに、イーライはちょっと嬉しそうだ。背後をちらちら振り返っているが、ドロシアは彼には目もくれない。

「怖い顔で脅したって無駄ですからね!」
「先に脅迫してきたのはそっちだろう」

 ディードの呆れ声は聞き流された。

「ラピスくん。一緒に来なくても、もうひとつの条件だけは同意してもらわなきゃ困るの。あの方から厳命されているから。同意してくれないと、この騎士たちにかけられた呪法が発動して、ひどい死に方をすることになっちゃうのよ。ラピスくんは見たくないでしょ? 目の前で彼らが、全身の穴という穴から血を噴き出して死ぬところなんて」

 ビリッと、ドロシアとイーライを除く全員が殺気立つのをラピスは感じた。

「それは見たくないです! 条件てなんですか?」

 ドロシアはいちいち「うぅ、やっぱり可愛い」と相好を崩す。が、へらりと笑ったまま、とんでもないことを言った。

「ラピスくんの『竜の書』を、燃やしてちょうだい」
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