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第7唱 純粋な心
捨て切れぬ過去 1
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「ちっくしょう……」
偽物の『古竜の骨』が鎮座する小箱を前に、クロヴィス・グレゴワールがガックリと肩を落としたのは、ゴルト街でラピスたちと別れた翌日のこと。
例によって『近道』を駆使して訪れた、王都ユールシュテークの大神殿の、奥の奥。ごく限られた者しか立ち入ることのできない『儀式の間』のさらに奥に、『封印の間』がある。
そこには、特に重要な儀式の祭具が厳重に保管されているのだが、それは表向きの説明で。
本当の目的は、歴代の大魔法使いたちが入手した、強大な魔力を秘めし品――多くは古竜の躰の一部である、『呪具』と呼ばれる物たち――を、悪用されぬよう監視することにある。
大魔法使いの称号を得た者は、国王や大祭司長と同じく、封印の間に入る権利を有する。
が、何十年も前に王都を去ったクロヴィスを、衛兵たちが顔パスで通すわけもなく。腕ずくでも魔法ずくでも入るだけなら簡単だが、確かめたいこともあったので、クロヴィスは平和的な手段を選択した。
つまり、副祭司長のゾンネを脅して扉を開けさせたのだ。
「わ、わかった、わかったからっ。もうクソを食わせるのはやめてくれ!」
涙目になったゾンネは、『クソ食らえの刑』が、よほどこたえたと見える。正確には『クソのにおいを食らえの刑』なのだが。
ついでにパウマンだとかいう祭司も一緒になって、「竜に仕える方ならば、お慈悲を!」と、ゾンネの頬肉同様、プルプル震えながら叫ぶので、非常に鬱陶しかった。
「わーったから早く開けろ!」
封印の間へ移動しながら、クロヴィスはゾンネに、大祭司長は今どこにいるのかと尋ねた。
が、竜王の祭壇での祈祷を断念し早々に帰途についたはずだが、現在どの辺りにいるのかはゾンネにもわからないという。
「干渉を嫌う方なのでな」
「何人目の大祭司長だ? 俺が古竜の骨を預けたクラインミフェル爺さんから数えて」
途端、パウマンが「先々代の大祭司長様を、爺さん呼ばわりとは!」と震えながら抗議してきた。
「爺さんの次の大祭司長は、就任から、ほんの数年で亡くなったんだろ」
「また無視ですか!」
「アードラー様は、きみが去ってから三人目だが……まさか知らんのか? きみが?」
嫌味ではなく、ゾンネは本気で驚いているようだった。
その間にパウマンが力説する。
「アードラー様は尊敬すべきお方ですよ! 聖道を志し入信されたその日のうちに、裕福なご実家の財産を惜しみなく喜捨し、地位も肩書きも名も捨て去り、高位に就こうといかなる聖務も怠らず」
クロヴィスの頭で、情報が渦巻いた。
故クラインミフェル大祭司長は、珍しくアカデミー派と距離を置き、中立的な立場を守る人物だった。だから彼ならばと古竜の骨を託した。
けれどその後クロヴィスは国王と決裂。
アカデミーとも絶縁して王都を飛び出してからは、竜と竜の歌を追うことばかりに目を向けてきた。現在の大祭司長についても、名前と人物評くらいしか知らずにきた。
正直、王都に関することは聞きたくもなかったのだ。
若さと怒りに任せて飛び出したこと自体は、後悔していない。しかし自分が持ち込んだ呪具に関しては、責任を持つべきだったのだと。
今、偽物の古竜の骨を前にして、クロヴィスは己の浅はかさを呪った。
――愛弟子のため、完璧に施したつもりだった加護魔法。
なのにまんまとそれをすり抜け、よりによってラピスへの呪詛に用いた者がいる。
その事実を知ったときは心配と悔しさのあまり怒り狂ったが、すぐに呪具の存在に思い至った。
呪具が利用された可能性は高い。ただしどれほど強力な呪術師だとしても、呪具だけで即、大魔法使いの加護魔法を凌げるものではない。
それは自惚れではないとクロヴィスは思う。
(呪具は、思念を増幅させる器だ)
大きな魔力を秘めており、善くも悪くも、扱う者の思念を増幅する呪具。
心ある者なら、古竜の躰の一部を、私欲で利用しようとは考えない。残存魔力も長いときを経てやがては消滅するし、それまでは安置して、良き頃に丁重に供養しようと考えるだろう。
だからあえて利用しようとする者は、多くが呪法目的なのだが……
それでも竜氣を与えられた大魔法使いと呪術師とでは、使える魔力の桁が違うはずだった。
偽物の『古竜の骨』が鎮座する小箱を前に、クロヴィス・グレゴワールがガックリと肩を落としたのは、ゴルト街でラピスたちと別れた翌日のこと。
例によって『近道』を駆使して訪れた、王都ユールシュテークの大神殿の、奥の奥。ごく限られた者しか立ち入ることのできない『儀式の間』のさらに奥に、『封印の間』がある。
そこには、特に重要な儀式の祭具が厳重に保管されているのだが、それは表向きの説明で。
本当の目的は、歴代の大魔法使いたちが入手した、強大な魔力を秘めし品――多くは古竜の躰の一部である、『呪具』と呼ばれる物たち――を、悪用されぬよう監視することにある。
大魔法使いの称号を得た者は、国王や大祭司長と同じく、封印の間に入る権利を有する。
が、何十年も前に王都を去ったクロヴィスを、衛兵たちが顔パスで通すわけもなく。腕ずくでも魔法ずくでも入るだけなら簡単だが、確かめたいこともあったので、クロヴィスは平和的な手段を選択した。
つまり、副祭司長のゾンネを脅して扉を開けさせたのだ。
「わ、わかった、わかったからっ。もうクソを食わせるのはやめてくれ!」
涙目になったゾンネは、『クソ食らえの刑』が、よほどこたえたと見える。正確には『クソのにおいを食らえの刑』なのだが。
ついでにパウマンだとかいう祭司も一緒になって、「竜に仕える方ならば、お慈悲を!」と、ゾンネの頬肉同様、プルプル震えながら叫ぶので、非常に鬱陶しかった。
「わーったから早く開けろ!」
封印の間へ移動しながら、クロヴィスはゾンネに、大祭司長は今どこにいるのかと尋ねた。
が、竜王の祭壇での祈祷を断念し早々に帰途についたはずだが、現在どの辺りにいるのかはゾンネにもわからないという。
「干渉を嫌う方なのでな」
「何人目の大祭司長だ? 俺が古竜の骨を預けたクラインミフェル爺さんから数えて」
途端、パウマンが「先々代の大祭司長様を、爺さん呼ばわりとは!」と震えながら抗議してきた。
「爺さんの次の大祭司長は、就任から、ほんの数年で亡くなったんだろ」
「また無視ですか!」
「アードラー様は、きみが去ってから三人目だが……まさか知らんのか? きみが?」
嫌味ではなく、ゾンネは本気で驚いているようだった。
その間にパウマンが力説する。
「アードラー様は尊敬すべきお方ですよ! 聖道を志し入信されたその日のうちに、裕福なご実家の財産を惜しみなく喜捨し、地位も肩書きも名も捨て去り、高位に就こうといかなる聖務も怠らず」
クロヴィスの頭で、情報が渦巻いた。
故クラインミフェル大祭司長は、珍しくアカデミー派と距離を置き、中立的な立場を守る人物だった。だから彼ならばと古竜の骨を託した。
けれどその後クロヴィスは国王と決裂。
アカデミーとも絶縁して王都を飛び出してからは、竜と竜の歌を追うことばかりに目を向けてきた。現在の大祭司長についても、名前と人物評くらいしか知らずにきた。
正直、王都に関することは聞きたくもなかったのだ。
若さと怒りに任せて飛び出したこと自体は、後悔していない。しかし自分が持ち込んだ呪具に関しては、責任を持つべきだったのだと。
今、偽物の古竜の骨を前にして、クロヴィスは己の浅はかさを呪った。
――愛弟子のため、完璧に施したつもりだった加護魔法。
なのにまんまとそれをすり抜け、よりによってラピスへの呪詛に用いた者がいる。
その事実を知ったときは心配と悔しさのあまり怒り狂ったが、すぐに呪具の存在に思い至った。
呪具が利用された可能性は高い。ただしどれほど強力な呪術師だとしても、呪具だけで即、大魔法使いの加護魔法を凌げるものではない。
それは自惚れではないとクロヴィスは思う。
(呪具は、思念を増幅させる器だ)
大きな魔力を秘めており、善くも悪くも、扱う者の思念を増幅する呪具。
心ある者なら、古竜の躰の一部を、私欲で利用しようとは考えない。残存魔力も長いときを経てやがては消滅するし、それまでは安置して、良き頃に丁重に供養しようと考えるだろう。
だからあえて利用しようとする者は、多くが呪法目的なのだが……
それでも竜氣を与えられた大魔法使いと呪術師とでは、使える魔力の桁が違うはずだった。
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