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第7唱 純粋な心
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ラピスは興奮のあまり「おおぉ!」と声を漏らした。
「それで、それでっ?」
「黒雲みたいで気味悪かった。稲妻がバリバリ光って、音もすごくて」
それはラピスが見たあの黒い竜と共通している。
「竜王様だと、どうしてわかったんですか?」
「オレが言ったわけじゃねえよ。疫病に巻き込まれて、誰かが言ったんだ。『あれは竜王だったんだ、これは竜王の呪いだ』って。今年は大祭司長様が『竜王の祭壇』で祈祷をしてないから」
ラピスは「なるほど~」とコクコクうなずく。
ゴルト街でも同じような噂話が出ていた。
街に火災を呼んだあの黒竜は竜王で、災いは竜王の怒りであり、呪いであると。
「でも、祈祷くらいで怒るなんて……竜王様がそんなに短気かなぁ? と疑問なのですけど、どう思います?」
「ど、どうって」
「だってほら、創世の竜たちの歌を聴くと、すっっっごく根気強く世界を創ったんだ……! って感動しますよね!」
「へっ?」
「暗闇だとか氷の世界だとかの中で、もしかしたら何も生まれないかもしれないし上手くいかないかもしれない世界を、ずーっと見守って。僕なら絶対ムリです、きっとあれこれイジってみたくなると思います! それにようやく命が生まれたときは、本当に幸せそうで嬉しそうだったでしょ。そうやって大切に丁寧に世界を創って守ってきたんだなあと思うと、僕、泣きそうになっちゃうんです。そんな優しい古竜さんたちの王様が、祈祷が遅れたくらいで怒るとか呪うとか、そんなふうにはとても思えなくって……って、あり?」
夢中で喋って気がつくと、リッターもアスムスもディアナまで、みんなそろってポカンと口をあけてラピスを見ていた。
くすくす笑う声に振り向くと、ディードとヘンリックが「ラピスだなあ」と着膨れした肩を震わせていて、ジークもほんのり苦笑を浮かべている。
……また失敗してしまったようだ。話を聞かずに喋りすぎてしまった。
だが謝るより先に、リッターが「はあぁ」と感嘆したような声を漏らした。
「古竜の歌をいくつも解いたとは聞いていたけど……それが、そうなんだね。古竜というだけでもすごいのに、創世の竜たちの歌を解いたんだ。本当に……すごいなぁ……!」
言いながら、頬を上気させている。
彼の隣の青年も、「本当に。もっと詳しく聴きたいな」と目尻を下げた。
アスムスの表情には驚愕や困惑や、複雑な色が浮かんでいたが、リッターが彼に向かって「な、すごいと思うだろ?」と話しかけても、先ほどまでのような反発も拒絶もなかった。リッターは静かに続けた。
「ラピスくんが古竜から教わった薬のおかげで、ぼくらもこの町も、疫病から救われた」
視界の端で町長も「うんうん、その通り」とうなずいているが……ラピスは焦って口を挟んでしまった。
「あの、あの、僕は教わっただけで、薬を作れたのはみんなみんなのおかげですよっ」
するとリッターは「うん、それはそうなんだと思う」と言いつつ続けた。
「でもさ。あの薬の効き目はすごかった。それこそ奇跡の魔法みたいに。ぼくも実際感染して収容されて、『こんなところで死んじゃうのかな』って怖くてたまらなかった。でも今はこうして元気にしてる。常識じゃ考えられないよ。……奇跡そのものの薬。そんな知識を古竜たちは持っているのだと、改めてその偉大さを痛感した。そしてわかったんだ」
「……何を」
アスムスにぼそりと問われて、リッターは嬉しそうに彼を見た。
「ぼくらは魔法使いとしても聴き手としても、学びがまったく足りてない。古竜の歌を解く実力なんて、まったくない。それすら知らなかった。きっと、いや絶対、この巡礼の目的を果たせる聴き手は、ラピスくんだけだ。それが彼の役割なんだ」
アカデミー派のひとりが何か言い返そうとしたが、アスムスが無言で制して、「で?」と続きを促す。リッターは彼らをまっすぐ見つめた。
「これってすごいことだと思わないか? ぼくらは今、古竜の知識を得る機会に恵まれてる。祭司から聞かされる話や図書館の本からじゃなくて、今このときに、貴重な知識が与えられるのを目撃しているんだよ、ラピスくんを通して。それを少しでも手伝えたら、嬉しいと思わないか? もし手伝えなくてもきっと多くの学びがあって、それがいつか誰かの役に立つかもしれない。そういう役割なのかもしれない。それはそれで、すごいことだと思わないか?」
しん、と静まった室内に、小さく薪の爆ぜる音がする。効率を考えず、無造作に薪を突っ込まれた暖炉を見て、ラピスは(ジークさんに習えば、みんな上手に火を焚けるようになるだろうな)と思った。
皆が何かを沈思黙考している、そんな静けさの中。
外から騎士たちの囃し立てる声が聞こえてきて、誰かが「俺も結婚したーい!」と叫んだ。
ジークが無言で出て行った直後、馬鹿笑いが途切れて、今度は「お許しを、団長ーっ!」という悲鳴が次々上がる。
「あれが団長の役割」と言うヘンリックに、ディードがため息をこぼした。
「それで、それでっ?」
「黒雲みたいで気味悪かった。稲妻がバリバリ光って、音もすごくて」
それはラピスが見たあの黒い竜と共通している。
「竜王様だと、どうしてわかったんですか?」
「オレが言ったわけじゃねえよ。疫病に巻き込まれて、誰かが言ったんだ。『あれは竜王だったんだ、これは竜王の呪いだ』って。今年は大祭司長様が『竜王の祭壇』で祈祷をしてないから」
ラピスは「なるほど~」とコクコクうなずく。
ゴルト街でも同じような噂話が出ていた。
街に火災を呼んだあの黒竜は竜王で、災いは竜王の怒りであり、呪いであると。
「でも、祈祷くらいで怒るなんて……竜王様がそんなに短気かなぁ? と疑問なのですけど、どう思います?」
「ど、どうって」
「だってほら、創世の竜たちの歌を聴くと、すっっっごく根気強く世界を創ったんだ……! って感動しますよね!」
「へっ?」
「暗闇だとか氷の世界だとかの中で、もしかしたら何も生まれないかもしれないし上手くいかないかもしれない世界を、ずーっと見守って。僕なら絶対ムリです、きっとあれこれイジってみたくなると思います! それにようやく命が生まれたときは、本当に幸せそうで嬉しそうだったでしょ。そうやって大切に丁寧に世界を創って守ってきたんだなあと思うと、僕、泣きそうになっちゃうんです。そんな優しい古竜さんたちの王様が、祈祷が遅れたくらいで怒るとか呪うとか、そんなふうにはとても思えなくって……って、あり?」
夢中で喋って気がつくと、リッターもアスムスもディアナまで、みんなそろってポカンと口をあけてラピスを見ていた。
くすくす笑う声に振り向くと、ディードとヘンリックが「ラピスだなあ」と着膨れした肩を震わせていて、ジークもほんのり苦笑を浮かべている。
……また失敗してしまったようだ。話を聞かずに喋りすぎてしまった。
だが謝るより先に、リッターが「はあぁ」と感嘆したような声を漏らした。
「古竜の歌をいくつも解いたとは聞いていたけど……それが、そうなんだね。古竜というだけでもすごいのに、創世の竜たちの歌を解いたんだ。本当に……すごいなぁ……!」
言いながら、頬を上気させている。
彼の隣の青年も、「本当に。もっと詳しく聴きたいな」と目尻を下げた。
アスムスの表情には驚愕や困惑や、複雑な色が浮かんでいたが、リッターが彼に向かって「な、すごいと思うだろ?」と話しかけても、先ほどまでのような反発も拒絶もなかった。リッターは静かに続けた。
「ラピスくんが古竜から教わった薬のおかげで、ぼくらもこの町も、疫病から救われた」
視界の端で町長も「うんうん、その通り」とうなずいているが……ラピスは焦って口を挟んでしまった。
「あの、あの、僕は教わっただけで、薬を作れたのはみんなみんなのおかげですよっ」
するとリッターは「うん、それはそうなんだと思う」と言いつつ続けた。
「でもさ。あの薬の効き目はすごかった。それこそ奇跡の魔法みたいに。ぼくも実際感染して収容されて、『こんなところで死んじゃうのかな』って怖くてたまらなかった。でも今はこうして元気にしてる。常識じゃ考えられないよ。……奇跡そのものの薬。そんな知識を古竜たちは持っているのだと、改めてその偉大さを痛感した。そしてわかったんだ」
「……何を」
アスムスにぼそりと問われて、リッターは嬉しそうに彼を見た。
「ぼくらは魔法使いとしても聴き手としても、学びがまったく足りてない。古竜の歌を解く実力なんて、まったくない。それすら知らなかった。きっと、いや絶対、この巡礼の目的を果たせる聴き手は、ラピスくんだけだ。それが彼の役割なんだ」
アカデミー派のひとりが何か言い返そうとしたが、アスムスが無言で制して、「で?」と続きを促す。リッターは彼らをまっすぐ見つめた。
「これってすごいことだと思わないか? ぼくらは今、古竜の知識を得る機会に恵まれてる。祭司から聞かされる話や図書館の本からじゃなくて、今このときに、貴重な知識が与えられるのを目撃しているんだよ、ラピスくんを通して。それを少しでも手伝えたら、嬉しいと思わないか? もし手伝えなくてもきっと多くの学びがあって、それがいつか誰かの役に立つかもしれない。そういう役割なのかもしれない。それはそれで、すごいことだと思わないか?」
しん、と静まった室内に、小さく薪の爆ぜる音がする。効率を考えず、無造作に薪を突っ込まれた暖炉を見て、ラピスは(ジークさんに習えば、みんな上手に火を焚けるようになるだろうな)と思った。
皆が何かを沈思黙考している、そんな静けさの中。
外から騎士たちの囃し立てる声が聞こえてきて、誰かが「俺も結婚したーい!」と叫んだ。
ジークが無言で出て行った直後、馬鹿笑いが途切れて、今度は「お許しを、団長ーっ!」という悲鳴が次々上がる。
「あれが団長の役割」と言うヘンリックに、ディードがため息をこぼした。
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