ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

文字の大きさ
上 下
121 / 228
第7唱 純粋な心

ジークムントの怒り

しおりを挟む
 馬車等の移動手段や宿泊施設が不足しているときには、必ずアカデミー派が優先された。
 ゴルト街で古竜の歌を聴き、『ロックス町に救いの対象がある』と解いた中にはリッターも含まれていたけれど、手柄はすべてアカデミー派のものとされた。

 ドラコニア・アカデミーは、学園の生徒から巡礼の“成功者”を出したいのだ。
 国政の中枢に食い込む権力者たちが後見しているのだから、アカデミー派の傲慢な態度を責めても、逆に嘲笑されるだけ。

 ベスター町長の家を借り切った件についても、同じような展開になった。
 田舎町の宿屋に、全員を収容できる部屋数はない。ゆえに当然のごとくアカデミー派が優先されて、彼らはリッターたちにこう言い放ったという。

「買い物や町への使いといった下働きをするなら、倉庫に泊まらせてやる」

 倉庫と言っても、宿に隣接する物置小屋だ。
 宿を閉めて以来使われていないから、今にも雪の重みで屋根が落ちそうなほど劣化している。
 それはつまり、リッターたちとは宿を共有しないという宣言だった。
 廃屋同然の小屋で寝起きして、たとえ町へのお使いで感染したとしても、こちらの建物には入ってくるな。そういう意味だ。

 これにはリッターたちも、堪忍袋の緒が切れた。
 ならばアカデミー派の者たちだけで勝手にすればいい。従業員もいない宿を借り切ったところで、家事などろくにできないくせに、どうやって生活するのか見ものだと嘲笑し。
 しかし泊まるあてがないのは変わらないから、その殆どが町人の支援活動へ回っていた護衛騎士たちと合流しようと決めた。

「今思えば、完全にキレていたというか自棄やけというか……」
「それは確かに、無謀だね」

 苦笑するギュンターと目を合わせず、リッターたちはうなだれる。

「だから本当に、褒められるようなことではないんです……」

 確かに、いくら立腹したとはいえ、何も疫病の蔓延する中に飛び込んで行かずともよかった。ほかに泊めてくれる家があったかもしれないし、案の定感染してしまったのだから、無謀には違いない。
 けれどきっと、反省すべき点は、罹患して死ぬ思いをした彼らが一番よくわかっているのだ。

「自棄になっていたのに、自分のためでなく病人のために行動するなんて、なんて優しいんだろうって僕は思いました」

 ラピスは本心からそう思ったので、にこにこ笑いながら言うと、魔法使いたちは「うっ」と涙目になった。

「ありがとう、ラピスくん……ほんと天使だぁ」
「なんだろう、このすさまじい癒し効果……」

 よくわからないが、泣き笑いに変わった表情は明るい。ラピスはちょっと安心した。
 そうこうするうち、くだんの町長の家に着いたのだが――

 窓は真っ白に凍りつき、扉は雪に埋まって、またも雪かきとラピスの魔法で解凍せねばならなかった。
 これでは閉じこもるまでもなく、出られなかっただろう。

 そして扉がひらいた途端飛び出してきた青年は、開口一番、

「遅かったじゃないか! オレたちを放って何やってたんだ愚図グズ!」

 真っ赤な顔で怒鳴り散らし始めた。
 次に出てきた少女も青年も、衣服はくたびれ、頭は脂でべったりとして、それにかなり臭っているが、それでも元気に声を荒らげた。

「ひどいじゃない! 死ぬとこだったのよ!? わたしたちになにかあったら、アカデミーが黙ってないんだからね! 護衛役なら早くどうにかしなさいよ! 薪も食べるものもないし湯浴みもできないし御手洗いも」

「感染者はいないのか」

 ジークが進み出ると、言い募る口がぴたりと閉じた。

「あ、アシュクロフト団長……! なぜここに」
「ああ、助けに来てくださったんですね! こんな町もうイヤです、早く避難させてください!」
「護衛騎士たちの怠慢を厳しく罰してください、アシュクロフト団長!」

「感染者はいないのか」


☆ ☆ ☆


 結果として、外部との接触を断っていたにも関わらず、アカデミー派の魔法使いたちの中にも感染者は出ていた。
 しかも病人たちを二階の部屋に閉じ込めたまま、まったく面倒を見ず、感染を恐れるあまり水を差し入れることすら厭うて、かろうじて小さくひらいた窓から取った雪を皿に積み、飲み水として扉の外に「置いてやった」らしい。

 その話を聞いて急いで二階に向かうと、そこにいた魔法使いたちは、星殿の患者たちより衰弱がひどかった。
 これを知ったジークは、ラピスが彼と出会って以来初めて、雷のような怒声を上げた。
 
「馬鹿者! 冷えた部屋で病人に雪をそのまま食べさせるなど、殺す気か!」

 雪は必ず解かしてから口にしないと、急激に体温を奪われるのだ。
 ラピスも以前、クロヴィスから高山病や低体温症について教わったときに知った。

 第三騎士団団長に本気で怒鳴られた魔法使いたちは、漏れなく号泣した。
 治療と魔法に追われるラピスたちには、彼らの相手をする余裕はなかったが――ひときわ大声を上げて泣きじゃくる義姉ディアナを見つけたとき、ラピスは安堵の息を漏らした。

 だが、いつも一緒にいたイーライの姿がないのは、なぜだろう……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー
ファンタジー
平凡を目指す非凡な少年のスローライフ、時々バトルなファンタジー。 過去を隠したい少年ロムは、目立たないように生きてきました。 そんな彼が出会ったのは、記憶を失った魔法使いの少女と、白い使い魔でした。 ロムは夢を見つけ、少女は画家を目指し、使い魔は最愛の人を捜します。 この世界では、不便で、悲しくて、希少な魔法使い。 魔法と、魔法使いと、世界の秘密を知った時。3人が選択する未来は――

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...