ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第6唱 竜王の呪い

ラピス、師の教えを活かす 2

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「えっ」と皆の視線が集中したときにはもう、ラピスの小さな手が触れる井戸の中から、ポコポコと水がせり上がってきていた。

「み、見ろ、水が! 水が上がってきた……!」

 驚愕の声と共に、あっという間に井戸から溢れんばかりに満ちた水が、ポンプの下部を波のようにひたひた濡らす。
 井戸の高さギリギリの水位になるようにと念じた水魔法。
 イメージ通りで、ラピスはほっと息を吐き出した。

「消火を終えるまで、この水位を維持するようにしておきますね~」

 にこにこしながら見回すと、皆が我に返ったように動き出した。

「信じられない……大人の魔法使いでも、こんな一瞬で魔法をかけるのなんて見たことないぞ」
「ああ……いやいや、そうだ消火だ、消火!」
「助かるよ、ありがとう! これならポンプを使うよりずっと汲みやすいよ!」

 やる気と元気が戻って来たようで、口々に礼を言いながら、バケツリレー方式で水を運び始める。が、聞けば先ほど話に出た『凍ってしまった井戸』の近くで起こっている火災のほうが、火の回りが早いらしい。

 ラピスはまたもジークに抱えられて(そのほうが早いので効率を優先し)、そちらの井戸へと直行した。
 確かにその井戸と道を挟んで向かいにある大きな建物から、炎が舐めるように上がっていた。避難する人々や火消し組合や警備兵や騎士や野次馬らが入り乱れ、なんとか延焼を阻止しようと殺気立っている。

 ラピスはそこでも、水を得るため悪戦苦闘していた人々と似たようなやり取りを繰り返し、今度は凍った井戸を解かす火魔法と水魔法とを組み合わせて井戸を復活させることにした。
 その間も、風向きにより煙をまともに浴びるし、ときおり火の粉も飛んでくる。教わったばかりの防御壁もつくってはいたが、複数の魔法を同時進行させることに慣れていないので、集中が切れることもあった。

 けれど寒い中水を浴びたジークとギュンターが風上で盾になってくれて、ディードも濡らした手巾で鼻と口を覆ってくれた。
 ヘンリックは水の入ったバケツを手に、もしもラピスに火の粉が飛んだら、すぐさま消火しようという態勢だ。
 ラピスはみんなに感謝しつつ、ジークたちに倣って風上に仁王立ちしながら、ラピスの魔法を食い入るように見守る人々に話しかけた。

「この距離なら、直接放水できると思うのですが」
「ほおっ! そんなことができるのかい!?」

 一番近くで見ていた老人が上げた声に「はい、たぶん」とうなずく。

「やったことはないのですけど、できそうかなって。でも、火が出てる建物以外も、ここら一帯が水浸しになっちゃうので……」

 極寒で家を水浸しにされては大変だろうと思い、先ほどもやめておいたのだ。
 この井戸からなら、巻き添えを食う建物はさっきより少なく済む。けれど少ないから良いというものでもないだろう。
 しかし老人はこの一帯の顔役らしく、皺だらけの顔を輝かせた。

「救護院と孤児院が近いんだよ! 延焼したら大変だから、ぜひやってくれんか! 水浸しやら氷漬けやらになった家は、わしらみんなで修理したるから!」

 居合わせた人々も「ぜひ!」「お願いします!」と賛同してくれたので、ラピスは気合いを入れ直した。

(んー……こんな感じで……水に風の魔法も融合させて……できる、できる)

 古竜の竜氣が体内を巡り、魔法として発散される様を頭の中で具体的に描く。
 クロヴィスはいつだって、「ラピんこならできる」と信じてくれた。
 だからラピスも自分を信じるのだ。

「……よし、行くぞ~! 飛沫が飛ぶので、離れててくださいねっ」

 そうは言いつつ、できる限り人々を囲む防御壁を維持できるよう気を配り。
 ――ひと呼吸置いて、息を呑む人々の緊張を打ち破るように、井戸から水柱が噴き上がった。
 それはまるで竜が身をくねらせ駆け昇るごとき勢いで、上空で大きく弧を描いたと思うと、火元の建物に向かって、大滝となって雪崩れ落ちた。
 激しい水流の轟音と、人々の大歓声が街にあふれる。

 子供たちが驚き、はしゃぐ声。
 湧き起こる拍手と歓声。
 夕暮れの雲間から差し込んだ日差しが水流を照らして、星のように煌めいて鎮火を見届けてから、空に溶けた。
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