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第6唱 竜王の呪い
ラピス、師の教えを活かす 1
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ゴルト街に戻ると、こちらも大変な騒ぎになっていた。
『巨大な黒雲のような竜』はこの街からも目撃されており、それと同時に炸裂した落雷で火災も発生。割れたガラスの中を逃げ惑う混乱の中、怪我人が続出していた。
怪我人を担架にのせた男たちが、大声を張り上げながら通り過ぎる。
「あれは古竜だったんだよな!?」
「だが前回現れた古竜は、そりゃあ神々しかったというじゃないか。さっきのアレは神々しいどころかやたら不気味だったぞ!? その上、雷を落としやがった」
「今年は大祭司長様が祈祷を取りやめたから、竜王が怒ったんじゃないか?」
「じゃあ、アレは竜王だってのか!? あんな禍々しいのが!?」
怒号が飛び交い、人々は右往左往し、怯えた馬たちがいななく。
ちょうど行き合った詰所の騎士たちが先導してくれなければ、ラピスたちの乗る馬も立ち往生していただろう。
ジークはロックス町の救助を働きかけたいようだが、まずはこの混乱が収まらないことには、ゴルト街の協力も得られなさそうだった。
「だからぁ! 団長の言うこと聞いて、早く王都に帰れってば!」
「こんなときに何もせず民を見捨てて、自分だけ逃げ帰るなんて、そんなことできるわけないだろ!」
ヘンリックとディードは、馬をおりてからもずっと口論しっぱなしだ。
王子であるディードを避難させたいヘンリックの言い分はもっともだし、正義感の強いディードの気持ちもわかる。
ラピスは「う~ん」と腕を組んだ。着膨れしていて上手く組めなかったが。
周囲の混乱に乗り遅れると、ひとり冷静になれるものだ。
おかげで先ほどの――ラピスはあれは竜王だと感じたのだが――謎の古竜への衝撃を、ひとまず棚上げして考える余裕が生まれた。
「あのね、あのね」
「なんだよラピス! ディードの味方しようったって、今回ばかりはダメだからな!」
ヘンリックにキッと睨まれて、「違うよう」と前方を指差した。
そこには、木桶を手に肩を落とす人々。凍ったポンプが壊れている。通りを挟んで向こうの空には煙が立ち昇り、焦げたにおいが目と喉を刺激してきた。
この状況から察するに、うっかり凍らせてしまった井戸のポンプを解凍しようとしたものの、消火を急ぐあまり壊してしまったのだろう。
「すべきことがいっぱいあっても、ひとつずつ片付ければちゃんと終わります」
「「へ?」」
ディードとヘンリックの声が綺麗に重なった。さすが乳兄弟。
「僕、お師匠様によく言われるんだ。『落ち着け』って。『何もかもいっぺんには解決できない。ラピんこが』……僕が今すべきことは、なんでしょか」
「「な、なんでしょね?」」
「え~と、まずは……すみません、ジークさん!」
ラピスは報告に出てきた騎士たちと会話中のジークに声をかけた。ギュンターと共に「どうした」と深刻そうな顔がこちらを向く。
「僕、お水のことならお役に立てるかもしれません」
再び井戸を指差すと、ジークはすぐに「そうか……!」とラピスの考えを察してくれた。
「だが無理はしないでほしい。危険なことも」
「はいっ!」
返事をしながらジークと共に井戸へと駆け寄ると、人々が「おお、アシュクロフト団長だ!」と期待に満ちた声を上げた。
「どうかお助けください、団長様!」
「雷があちこちに落ちやがったもんだから、方々で火事が!」
「向こうの井戸が急に凍っちまって、こっちはポンプが壊れちまったし、消火が間に合いません!」
一斉に窮状を訴え始めたが、ジークがスッと片手で制すると、ぴたりと止む。
(ジークさん、さすが! かっこいいー!)
胸中で称賛していると、「彼は大魔法使いクロヴィス・グレゴワール卿の愛弟子、ラピス殿だ」と紹介され、一歩前へと押し出された。
いきなり出てきた子供に目を丸くしていた人々の中から、「あっ!」と声が上がる。上質そうな襟服を煤で黒く染めた紳士が、嬉しそうに破顔していた。
「わたし昨夜、宿でお見かけしましたよ、天使のようなお坊ちゃん! とても綺麗な長身の方と一緒にいたでしょう? あの方があの大魔法使いグレゴワール様なのだと従業員から教わって、興奮したのなんの!」
「じゃあ、この子が噂のお弟子くんなの!?」
「ほんとに? ただの天使じゃねえの?」
なんだか場が和んで、ほんわかムードになった。張り詰めていたものが、一瞬、緩んだのかもしれない。
しかしすっかりテンションの上がった煤服の紳士が、
「アシュクロフト様、お美しい大魔法使い様とのご婚約、まことにおめでとうございます! 本当にお似合いのお二人だと思います!」
まったく悪気を感じない、むしろ心から祝福していると伝わる表情で、いらぬことを言ってしまった。
ジークの動きが止まる。
居並ぶ人々の、「それを今ここで言うんかい」という遠慮や好奇心が、喧騒の街の中にあってここだけ沈黙を連れてきた。
が、すかさず噴き出したのは、やはりギュンターだった。肩を震わせ、「すみません」と笑いをこらえながらラピスを見る。
「で、どうするんだい? ラピス」
「こうしてますよ~」
『巨大な黒雲のような竜』はこの街からも目撃されており、それと同時に炸裂した落雷で火災も発生。割れたガラスの中を逃げ惑う混乱の中、怪我人が続出していた。
怪我人を担架にのせた男たちが、大声を張り上げながら通り過ぎる。
「あれは古竜だったんだよな!?」
「だが前回現れた古竜は、そりゃあ神々しかったというじゃないか。さっきのアレは神々しいどころかやたら不気味だったぞ!? その上、雷を落としやがった」
「今年は大祭司長様が祈祷を取りやめたから、竜王が怒ったんじゃないか?」
「じゃあ、アレは竜王だってのか!? あんな禍々しいのが!?」
怒号が飛び交い、人々は右往左往し、怯えた馬たちがいななく。
ちょうど行き合った詰所の騎士たちが先導してくれなければ、ラピスたちの乗る馬も立ち往生していただろう。
ジークはロックス町の救助を働きかけたいようだが、まずはこの混乱が収まらないことには、ゴルト街の協力も得られなさそうだった。
「だからぁ! 団長の言うこと聞いて、早く王都に帰れってば!」
「こんなときに何もせず民を見捨てて、自分だけ逃げ帰るなんて、そんなことできるわけないだろ!」
ヘンリックとディードは、馬をおりてからもずっと口論しっぱなしだ。
王子であるディードを避難させたいヘンリックの言い分はもっともだし、正義感の強いディードの気持ちもわかる。
ラピスは「う~ん」と腕を組んだ。着膨れしていて上手く組めなかったが。
周囲の混乱に乗り遅れると、ひとり冷静になれるものだ。
おかげで先ほどの――ラピスはあれは竜王だと感じたのだが――謎の古竜への衝撃を、ひとまず棚上げして考える余裕が生まれた。
「あのね、あのね」
「なんだよラピス! ディードの味方しようったって、今回ばかりはダメだからな!」
ヘンリックにキッと睨まれて、「違うよう」と前方を指差した。
そこには、木桶を手に肩を落とす人々。凍ったポンプが壊れている。通りを挟んで向こうの空には煙が立ち昇り、焦げたにおいが目と喉を刺激してきた。
この状況から察するに、うっかり凍らせてしまった井戸のポンプを解凍しようとしたものの、消火を急ぐあまり壊してしまったのだろう。
「すべきことがいっぱいあっても、ひとつずつ片付ければちゃんと終わります」
「「へ?」」
ディードとヘンリックの声が綺麗に重なった。さすが乳兄弟。
「僕、お師匠様によく言われるんだ。『落ち着け』って。『何もかもいっぺんには解決できない。ラピんこが』……僕が今すべきことは、なんでしょか」
「「な、なんでしょね?」」
「え~と、まずは……すみません、ジークさん!」
ラピスは報告に出てきた騎士たちと会話中のジークに声をかけた。ギュンターと共に「どうした」と深刻そうな顔がこちらを向く。
「僕、お水のことならお役に立てるかもしれません」
再び井戸を指差すと、ジークはすぐに「そうか……!」とラピスの考えを察してくれた。
「だが無理はしないでほしい。危険なことも」
「はいっ!」
返事をしながらジークと共に井戸へと駆け寄ると、人々が「おお、アシュクロフト団長だ!」と期待に満ちた声を上げた。
「どうかお助けください、団長様!」
「雷があちこちに落ちやがったもんだから、方々で火事が!」
「向こうの井戸が急に凍っちまって、こっちはポンプが壊れちまったし、消火が間に合いません!」
一斉に窮状を訴え始めたが、ジークがスッと片手で制すると、ぴたりと止む。
(ジークさん、さすが! かっこいいー!)
胸中で称賛していると、「彼は大魔法使いクロヴィス・グレゴワール卿の愛弟子、ラピス殿だ」と紹介され、一歩前へと押し出された。
いきなり出てきた子供に目を丸くしていた人々の中から、「あっ!」と声が上がる。上質そうな襟服を煤で黒く染めた紳士が、嬉しそうに破顔していた。
「わたし昨夜、宿でお見かけしましたよ、天使のようなお坊ちゃん! とても綺麗な長身の方と一緒にいたでしょう? あの方があの大魔法使いグレゴワール様なのだと従業員から教わって、興奮したのなんの!」
「じゃあ、この子が噂のお弟子くんなの!?」
「ほんとに? ただの天使じゃねえの?」
なんだか場が和んで、ほんわかムードになった。張り詰めていたものが、一瞬、緩んだのかもしれない。
しかしすっかりテンションの上がった煤服の紳士が、
「アシュクロフト様、お美しい大魔法使い様とのご婚約、まことにおめでとうございます! 本当にお似合いのお二人だと思います!」
まったく悪気を感じない、むしろ心から祝福していると伝わる表情で、いらぬことを言ってしまった。
ジークの動きが止まる。
居並ぶ人々の、「それを今ここで言うんかい」という遠慮や好奇心が、喧騒の街の中にあってここだけ沈黙を連れてきた。
が、すかさず噴き出したのは、やはりギュンターだった。肩を震わせ、「すみません」と笑いをこらえながらラピスを見る。
「で、どうするんだい? ラピス」
「こうしてますよ~」
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