ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第6唱 竜王の呪い

うごめく

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「プレヒトは……仲間は、町人は、今頃どうしているのでしょう」

 カーマンの声は震えている。
 聞いているだけで、ラピスの胸も痛くなった。
 
 今空を見上げていても、雪片のひとかけらすら落ちてこない。
 けれど数刻進んだ先の町は、猛吹雪に閉ざされているという。
 突如発生し、異常な速度で広がる病と共に。

 雪。
 疫病。
 流行り病。
 母。
 死。

 不安を煽る言葉と想像が、どんどん頭の中を占めていく。恐ろしくて、ロックス町の人々が心配で、なんとかしなくてはと焦りばかりが募って。
 早鐘のような鼓動を持て余し、さらに強く犬に抱きつくと、いつのまにか横に来ていたヘンリックも、ラピスごと覆いかぶさるように抱きついてきた。

「怖いね」
「うん」

 素直にうなずくヘンリック。その頭を撫でていたら、ちょっとだけ落ち着いた。
 ディードは唇を噛みしめ、ギュンターの横に立っている。
 こんなときは、いつも変わらず冷静なジークの存在がいっそう頼もしい。

「各所へ連絡は?」
「申しわけありません、まだです。団長たちと会うことを優先したので」
「ああ、助かった」

 その視線がギュンターたちへ、そしてラピスたちへと向けられる。
 ラピスはついつい失念してしまうのだが、この国の王太子と王子が、ここにいるのだ。カーマンが焦ってジーク一行を探しに来たのは、だからこそだろう。
 ジークはてきぱきと段取りを決めていく。

「まずは王都とゴルト街へ連絡。ロックス町の一時封鎖の手配、騎士団詰所に対策本部を設置、専門家の招集、情報収集。援助手段についてはゴルト街の顔役にも相談するのが良いだろう。それから――ラピス。ゴルト街に引き返すが、いいな?」
「はい、そうしましょう!」

 当然だ。集歌より人命救助が最優先。しかし……

「お前たちは、今すぐ王都に戻れ」

 そう言われたギュンターとディードは、「せめてもう少し」とか、「俺たちが情報を持って帰ったほうが、王都からの援助も早いでしょう!?」などと反論し、首を縦に振らないジークと揉め出した。カーマンがおろおろしている。

「ぼくは、どうしよっかなぁ」

 ヘンリックが期待に満ちた目を向けてくるので、

「僕と一緒に、も少し残ってみる?」

 そう提案すると、嬉しそうにうなずいた。
 乳兄弟ディードが心配でやって来たのだろうに、旅そのものが楽しくなったのだろうか。ディードがギュンターと共に王都に帰るなら安心、というのもあるのだろうけれど。
 思うまま感じたままに行動するヘンリックの、ジークとは別の意味で“いつもの”彼らしい振る舞いを見ていると、なんだか元気が出てきた。

「僕、ヘンリックのそういうとこ好き」
「な、なに言ってんの!? いきなり」

 赤い頬をさらに赤くして跳び上がっている。
 ディードたちと別れるのは、やはり寂しい。だからヘンリックが残ってくれるなら、ラピスも嬉しい。 

「僕も役に立てること、あるかなぁ」

 暗い考えがぐるぐる空回りする思考が切り替わり、そんなふうに考えられるようにもなってきた。

 そのとき。
 急に、空が黒く染まった。

 曇天の暗さとか、そんなものではない。
 夜闇の色とも、また違う。
 雲そのものがどす黒く染まり、生臭い、嫌なにおいの風が吹いてきた。
 大気に耳障りな何かの音が混じって、耳鳴りがする。

「何これ! まだ昼間だよね!?」
「皆、集まれ!」

 ヘンリックの悲鳴、ジークの声。
 どろりと淀んだ川の中にいるような不快な薄闇の中、皆でぴたりと身を寄せ合ううちに、誰からともなく、驚愕の声が上がった。

 ――黒雲が、身をよじらせて空を往く。
 竜だ。
 雲だと思っていたものが。
 これまで出会った古竜たちの途轍もない巨躯よりさらに巨大な、空そのもののような竜。
 空を埋め尽くす臓物のごとくうごめき、遠くの空に今、墓穴のごとくぽっかりと、どろり、濁った眼がひらいた。

 その瞬間、辺りが目も眩むほど白く光った。
 直後、轟音が空も地も震わせる。
 立て続けに稲妻が、縦横無尽に走り抜けた。

 悲鳴を上げて抱き合うディードとヘンリックに、ギュンターが覆いかぶさる。
 ラピスはジークの腕の中から、信じられない思いで、うごめく空を見ていた。

 そこに浮かぶ不吉な月のような眼が、閉じて。
 現れたときと同じくらい唐突に……
 竜は、消えた。

 
 ――なぜ、そう思ったのか。
 それはラピスにもわからない。
 でも、そうなのだと、確信してしまった。

「……竜王、様……?」 

 灰色を取り戻した空から、はらはらと涙のように、雪が降り出した。
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