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第6唱 竜王の呪い
疫病
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「ロックス町は封鎖状態で、情報収集が困難な状況ですが……疫病発生が最初に確認されたのは、七日ほど前とのことです」
「七日だと!? 報告は!? 大した距離ではないのに、ゴルト街にも情報が来ていなかったぞ!」
詰め寄ったギュンターに、カーマンと呼ばれた団員の表情が曇った。
「正確には、高熱を出して寝込む患者が増えたと認識されたのが、七日ほど前のことなのです。当初は発熱以外に腫物や発疹などの症状がなく、季節柄、風病と思われていたようで」
「確かにこの寒さでは、それが自然かもしれないが……」
「その後、ほかの症状も出たということか?」
ジークの問いに「はい」とカーマンはうなずいた。
「発熱から二、三日で激しい関節痛。その後すぐに全身の発疹。さらに喀血を伴う患者もあり、とのことです」
ギュンターが「なんてこった」と天を仰ぐ。
「ロックス町の人口は五千にも満たないはず。罹患率は? 既存の疫病か? 医者と医療態勢はどうなっている? 援助物資は。王都への報告はもう出したのか?」
答えが返る前に矢継ぎ早に質問するので、ジークが「落ち着け」となだめた。
ギュンターはその声で我に返ったように目を瞠り、自らを戒めるように首を振ってから、深く息を吐き出した。吐息が白く広がっていく。
(あんなギュンターさん、初めて見た……)
いつも軽妙で視野が広くて、その明るさで皆をまとめてくれる副団長である彼の、王太子としての一面を垣間見た気がした。
緊張感が増す中、ラピスはカーマンの橇を引いて来た犬たちを抱きしめることしかできない。一方ディードは、「あの!」と声を上げた。
「ゴルト街でドロシア・アリスンが、『東の小村のいくつかで流行り病が発生している』と言っていました。その件は王都に報告済みだと。それは今回の疫病とは別件なのでしょうか」
「たぶん別件で、そちらは調査済みだよね」
ギュンターに促され、カーマンも首肯する。
「はい、団長のご指示で調査済みの別件だと思われます。確かに報告は上がっており、そちらは幸い収束しつつあるようです。症状は腹痛・下痢・嘔吐を伴う発熱とのことだったので、今回の疫病とは違うように思えますが、そういえば……」
ハッとしたように言葉を切った部下に、ジークが眉をひそめた。
「どうした」
「そちらの流行り病の際も、ある日いきなり村民の半数が発症し、あっという間に村中に広まったと聞いています。そして今回、ロックス町の疫病も……」
突如、高熱を出して寝込む者が続出。しかしその異様な罹患率の高さを村民が共有する前に症状が進み、気づいたときには、村中に病が蔓延していた。
大勢が一斉に発症し、爆発的に感染が広がる。
その点がよく似ているようだと、カーマンは言った。
ラピスの胸がざわつく。
母の死因は流行り病ではなく、呪いによる穢れだと言った、竜の言葉が思い出される。
(まさか、違うよね。今回のは関係ないよね)
ひとり葛藤する間にも、深刻な話は続いていた。
「先行した魔法使いたちは?」
「それが……」
そうだったと、ラピスもハッとして顔を上げた。
『ロックス町に“救いの対象”がある』として、大勢の魔法使いが、ラピスたちより先にロックス町へ向かっていた。
ディアナもイーライも、ドロシアも。
彼らは無事だろうか。
気を揉みつつ視線を向ければ、カーマンは痛みをこらえるような表情で、小さな手紙を取り出した。
「これは、先にロックスに入った護衛役、第三騎士団員プレヒトからの伝書です。彼のおかげで、こうして報告ができているのです」
ジークに手渡された、その伝書の内容は――
魔法使いたちの第一陣がロックス町に到着したときには、すでに町民の大半が感染していた。
「これは疫病だ」とようやく判明したばかりの、混乱の真っ只中。
無症状の町民は町外に支援を求めようと試みたが、急な猛吹雪で伝書鳩が飛べない。町から出ようとした者も、同じく足止めを食らった。
白い壁に阻まれて、閉じ込められた人と病。
そこへ魔法使い第一陣がやってきたのだ。ブレヒトもこのとき、護衛として同町に入った。
彼らは猛吹雪をものともせず辿り着いたのだが、町の状況を知るやあわてて引き返そうとした。けれど襲いかかるような吹雪に巻かれて目も開けられず、白い闇の中では、方角などわからなくなる。
一方、ロックス町の人々にしてみれば、集歌の巡礼に参加するほどの魔法使いたちの来訪は、渡りに船。大いに期待した。
癒しの魔法は使えないのか。
この状況を打開できる魔法はないのか。
だがあいにく、初歩の癒し魔法の使い手ならいたものの、とても疫病に対抗できるものではなく。
逆にそうしている間にも、次々、発症者が増えた。
なんとか町外へ連絡しなければ。
この町は封鎖しなければ。
これ以上、人を出しても入れてもいけない。
プレヒトはそう考えたが、連絡手段がなかった。
そこへ最悪なことに、ゴルト街からの魔法使い第二陣が到着してしまった。
そうしてプレヒトたちが来たときと同じことが起こった。
入って来たのに、出て行けない。
まるで雪が意思を持って、人々を閉じ込めているみたいに。
しかしプレヒトは諦めなかった。
「いつまでも続く吹雪などない。必ず雲の切れ間があるはず」
そう記した報告を、伝書鳩に託して。
まさにそのときはやってきたのだろう。
ロックス町に向かっていたカーマンが、その手紙を受け取ったのだから。
「七日だと!? 報告は!? 大した距離ではないのに、ゴルト街にも情報が来ていなかったぞ!」
詰め寄ったギュンターに、カーマンと呼ばれた団員の表情が曇った。
「正確には、高熱を出して寝込む患者が増えたと認識されたのが、七日ほど前のことなのです。当初は発熱以外に腫物や発疹などの症状がなく、季節柄、風病と思われていたようで」
「確かにこの寒さでは、それが自然かもしれないが……」
「その後、ほかの症状も出たということか?」
ジークの問いに「はい」とカーマンはうなずいた。
「発熱から二、三日で激しい関節痛。その後すぐに全身の発疹。さらに喀血を伴う患者もあり、とのことです」
ギュンターが「なんてこった」と天を仰ぐ。
「ロックス町の人口は五千にも満たないはず。罹患率は? 既存の疫病か? 医者と医療態勢はどうなっている? 援助物資は。王都への報告はもう出したのか?」
答えが返る前に矢継ぎ早に質問するので、ジークが「落ち着け」となだめた。
ギュンターはその声で我に返ったように目を瞠り、自らを戒めるように首を振ってから、深く息を吐き出した。吐息が白く広がっていく。
(あんなギュンターさん、初めて見た……)
いつも軽妙で視野が広くて、その明るさで皆をまとめてくれる副団長である彼の、王太子としての一面を垣間見た気がした。
緊張感が増す中、ラピスはカーマンの橇を引いて来た犬たちを抱きしめることしかできない。一方ディードは、「あの!」と声を上げた。
「ゴルト街でドロシア・アリスンが、『東の小村のいくつかで流行り病が発生している』と言っていました。その件は王都に報告済みだと。それは今回の疫病とは別件なのでしょうか」
「たぶん別件で、そちらは調査済みだよね」
ギュンターに促され、カーマンも首肯する。
「はい、団長のご指示で調査済みの別件だと思われます。確かに報告は上がっており、そちらは幸い収束しつつあるようです。症状は腹痛・下痢・嘔吐を伴う発熱とのことだったので、今回の疫病とは違うように思えますが、そういえば……」
ハッとしたように言葉を切った部下に、ジークが眉をひそめた。
「どうした」
「そちらの流行り病の際も、ある日いきなり村民の半数が発症し、あっという間に村中に広まったと聞いています。そして今回、ロックス町の疫病も……」
突如、高熱を出して寝込む者が続出。しかしその異様な罹患率の高さを村民が共有する前に症状が進み、気づいたときには、村中に病が蔓延していた。
大勢が一斉に発症し、爆発的に感染が広がる。
その点がよく似ているようだと、カーマンは言った。
ラピスの胸がざわつく。
母の死因は流行り病ではなく、呪いによる穢れだと言った、竜の言葉が思い出される。
(まさか、違うよね。今回のは関係ないよね)
ひとり葛藤する間にも、深刻な話は続いていた。
「先行した魔法使いたちは?」
「それが……」
そうだったと、ラピスもハッとして顔を上げた。
『ロックス町に“救いの対象”がある』として、大勢の魔法使いが、ラピスたちより先にロックス町へ向かっていた。
ディアナもイーライも、ドロシアも。
彼らは無事だろうか。
気を揉みつつ視線を向ければ、カーマンは痛みをこらえるような表情で、小さな手紙を取り出した。
「これは、先にロックスに入った護衛役、第三騎士団員プレヒトからの伝書です。彼のおかげで、こうして報告ができているのです」
ジークに手渡された、その伝書の内容は――
魔法使いたちの第一陣がロックス町に到着したときには、すでに町民の大半が感染していた。
「これは疫病だ」とようやく判明したばかりの、混乱の真っ只中。
無症状の町民は町外に支援を求めようと試みたが、急な猛吹雪で伝書鳩が飛べない。町から出ようとした者も、同じく足止めを食らった。
白い壁に阻まれて、閉じ込められた人と病。
そこへ魔法使い第一陣がやってきたのだ。ブレヒトもこのとき、護衛として同町に入った。
彼らは猛吹雪をものともせず辿り着いたのだが、町の状況を知るやあわてて引き返そうとした。けれど襲いかかるような吹雪に巻かれて目も開けられず、白い闇の中では、方角などわからなくなる。
一方、ロックス町の人々にしてみれば、集歌の巡礼に参加するほどの魔法使いたちの来訪は、渡りに船。大いに期待した。
癒しの魔法は使えないのか。
この状況を打開できる魔法はないのか。
だがあいにく、初歩の癒し魔法の使い手ならいたものの、とても疫病に対抗できるものではなく。
逆にそうしている間にも、次々、発症者が増えた。
なんとか町外へ連絡しなければ。
この町は封鎖しなければ。
これ以上、人を出しても入れてもいけない。
プレヒトはそう考えたが、連絡手段がなかった。
そこへ最悪なことに、ゴルト街からの魔法使い第二陣が到着してしまった。
そうしてプレヒトたちが来たときと同じことが起こった。
入って来たのに、出て行けない。
まるで雪が意思を持って、人々を閉じ込めているみたいに。
しかしプレヒトは諦めなかった。
「いつまでも続く吹雪などない。必ず雲の切れ間があるはず」
そう記した報告を、伝書鳩に託して。
まさにそのときはやってきたのだろう。
ロックス町に向かっていたカーマンが、その手紙を受け取ったのだから。
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