105 / 228
第6唱 竜王の呪い
新たな魔法と新たな町へ 2
しおりを挟む
「ラピス、出発するよ!」
「あ、はーい!」
ディードに呼ばれて、そちらへ走った。
ラピスの体調に問題はないとクロヴィスも認めてくれたので、本日、いよいよロックス町へ向かう。
天気は薄曇り。風は弱い。宿の外にはジークが手配した馬橇用の馬が三頭。
騎乗で移動する予定だったが、詰所の情報によるとロックス町への道は積雪が例年よりずっと多いとのことで、橇に変更となった。ゴルト街はまだ橇を使えるほど雪が積もっていないので、街を出て積雪が増えたところで橇に乗り換えられるよう、騎士たちが万端整えてくれているらしい。
ジークたちは愛馬と離れるのが寂しそうだったが、騎士団詰所であれば安心して世話を任せられる。
だから今回は、馬橇に慣れた地元の馬の出番だ。農耕馬だから力が強く、一般的な馬より大型で寒さにも強いらしい。確かに珍しい長毛の馬体は、いかにもあったかそうだ。
ラピスが「よろしく~」と声をかけると、白い息と共にブルルッと馬首を縦に振った。
☆ ☆ ☆
「速いっ!」
「寒いっ!」
幌付きの馬橇に乗り込んだラピスたちは、例によって着膨れしている。
シャンシャンと鈴を鳴らして雪の上を滑る橇は思ったよりずっと速くて、最初は怖いくらいだった。雪上を滑走する感覚に慣れると楽しくなったが、幌では風を防ぎきることはできず、突き刺さるような寒風にたちまち耳たぶが痛くなった。
「や、焼き石がなければ、凍死してたかも」
ヘンリックが歯をカチカチ鳴らしながら言った。
うなずくラピスとディードは、寒すぎて「うぅ」と返事をするのがやっと。焼き石は温かいが、極寒の風の中ではどんどん体温が奪われていく。
これまでの旅路は穏やかな天候に恵まれてきたけれど……降った雪が解けずに積もる地域の寒さというのは、本来、こういうものなのだと体感した。
三人そろって頬を真っ赤にして、丸く着膨れた姿で毛布にくるまり身を寄せ合っていると、毛布を重ね掛けしてくれたギュンターが楽しそうに笑った。
「ふくらスズメの兄弟みたいだな」
「ギ、ギュンタさ、さささ寒くない、のですか」
「俺はこう見えて鍛えられてますのよ~」
騎士の鍛練として、雪中訓練にも何度か参加していたそうだ。
「王太子の覚悟を持つため、自分を追い込んだのさ」と、キリリと言う姿は格好いい。
ディードは何か抗議したかったようだが、歯が鳴るばかりで声にならなかった。幌の中でこれでは、馭者台のジークの体感温度はいかばかりか。
(そうだ、お師匠様が……)
昨夜、言っていた。
『基本の魔法は教えた。あとはラピんこが必要に応じて、いろいろ試してみろ。せっかく古竜が竜氣をくれたんだから、やってみれば自分が思うよりずっといろんなことができる。そういうもんだ』
確かに、枕を頭にくっつける魔法があるとは考えもしなかった。もっと柔軟にならなければ。
「ん~と……」
「どうしたラピス。大丈夫か」
『必要に応じた』魔法のイメージを練っていたら、ギュンターが心配そうな目を向けてきた。ディードとヘンリックも同様だ。
(焼き石は、石に炎魔法の効果を付与する。とすると……)
「んー……。こう? ……お、おおっ!」
外套の下に着ている羊毛のカーディガンに、(焼き石よりもほんわかとあったかくなるように)とイメージしながら魔法をかけてみると、まさにイメージ通り。じんわりとぬくもってきた。成功だ!
ひとり百面相のラピスに、ほかの三人はいよいよ危機感を抱いたようで、「また呪われたのでは」などと言い始めたが……
「あったか服魔法~」
我が身で試して大丈夫だったので、ディードたちの服や手袋等にも――もちろん馭者席のジークにも――『あったか服魔法』をかけると、みんな「すごい!」「絶妙な暖かさ!」と驚きつつも大喜びしてくれた。
ヘンリックは喜びながらも「あったか服魔法という名称はイマイチと思う」とダメ出しをしてきたが、ディードなど「ラピスは命の恩人だよっ!」と涙目になっている。大げさだとは思ったけれど、それほど喜んでもらえると、ラピスのほうがお礼を言いたいくらい嬉しい。
そして気づいた。
クロヴィスならば、最初からこうした魔法をかけられたはず。
けれど加護魔法による最低限の保温効果と、炎魔法を使う焼き石を渡してきた。それはラピスが、それらをヒントに自分で魔法を応用し使いこなすよう、期待してのことだったのでは。
「至らない弟子でごめんなさい、お師匠様……」
今どこにいるかもわからぬ師に向かい、ひっそりと呟く。
とにもかくにも、寒さを克服して意気軒昂の一行だったが、そろそろ昼食をとろうかという頃、向こうから犬橇がやって来るのが見えた。
ジークの指示により先行して情報収集してくれていた、第三騎士団員のひとりだとギュンターが教えてくれた。
彼はこちらの面子を確認すると安堵を隠さず、「ここで会えてよかったです」と大きく息を吐いた。
「報告します。ロックス町には入れません」
「なぜ? まさかまた蝗災? この雪でそれはないよね」
ギュンターの問いに、首肯が返る。
「違います。疫病です。疫病が発生しました」
「あ、はーい!」
ディードに呼ばれて、そちらへ走った。
ラピスの体調に問題はないとクロヴィスも認めてくれたので、本日、いよいよロックス町へ向かう。
天気は薄曇り。風は弱い。宿の外にはジークが手配した馬橇用の馬が三頭。
騎乗で移動する予定だったが、詰所の情報によるとロックス町への道は積雪が例年よりずっと多いとのことで、橇に変更となった。ゴルト街はまだ橇を使えるほど雪が積もっていないので、街を出て積雪が増えたところで橇に乗り換えられるよう、騎士たちが万端整えてくれているらしい。
ジークたちは愛馬と離れるのが寂しそうだったが、騎士団詰所であれば安心して世話を任せられる。
だから今回は、馬橇に慣れた地元の馬の出番だ。農耕馬だから力が強く、一般的な馬より大型で寒さにも強いらしい。確かに珍しい長毛の馬体は、いかにもあったかそうだ。
ラピスが「よろしく~」と声をかけると、白い息と共にブルルッと馬首を縦に振った。
☆ ☆ ☆
「速いっ!」
「寒いっ!」
幌付きの馬橇に乗り込んだラピスたちは、例によって着膨れしている。
シャンシャンと鈴を鳴らして雪の上を滑る橇は思ったよりずっと速くて、最初は怖いくらいだった。雪上を滑走する感覚に慣れると楽しくなったが、幌では風を防ぎきることはできず、突き刺さるような寒風にたちまち耳たぶが痛くなった。
「や、焼き石がなければ、凍死してたかも」
ヘンリックが歯をカチカチ鳴らしながら言った。
うなずくラピスとディードは、寒すぎて「うぅ」と返事をするのがやっと。焼き石は温かいが、極寒の風の中ではどんどん体温が奪われていく。
これまでの旅路は穏やかな天候に恵まれてきたけれど……降った雪が解けずに積もる地域の寒さというのは、本来、こういうものなのだと体感した。
三人そろって頬を真っ赤にして、丸く着膨れた姿で毛布にくるまり身を寄せ合っていると、毛布を重ね掛けしてくれたギュンターが楽しそうに笑った。
「ふくらスズメの兄弟みたいだな」
「ギ、ギュンタさ、さささ寒くない、のですか」
「俺はこう見えて鍛えられてますのよ~」
騎士の鍛練として、雪中訓練にも何度か参加していたそうだ。
「王太子の覚悟を持つため、自分を追い込んだのさ」と、キリリと言う姿は格好いい。
ディードは何か抗議したかったようだが、歯が鳴るばかりで声にならなかった。幌の中でこれでは、馭者台のジークの体感温度はいかばかりか。
(そうだ、お師匠様が……)
昨夜、言っていた。
『基本の魔法は教えた。あとはラピんこが必要に応じて、いろいろ試してみろ。せっかく古竜が竜氣をくれたんだから、やってみれば自分が思うよりずっといろんなことができる。そういうもんだ』
確かに、枕を頭にくっつける魔法があるとは考えもしなかった。もっと柔軟にならなければ。
「ん~と……」
「どうしたラピス。大丈夫か」
『必要に応じた』魔法のイメージを練っていたら、ギュンターが心配そうな目を向けてきた。ディードとヘンリックも同様だ。
(焼き石は、石に炎魔法の効果を付与する。とすると……)
「んー……。こう? ……お、おおっ!」
外套の下に着ている羊毛のカーディガンに、(焼き石よりもほんわかとあったかくなるように)とイメージしながら魔法をかけてみると、まさにイメージ通り。じんわりとぬくもってきた。成功だ!
ひとり百面相のラピスに、ほかの三人はいよいよ危機感を抱いたようで、「また呪われたのでは」などと言い始めたが……
「あったか服魔法~」
我が身で試して大丈夫だったので、ディードたちの服や手袋等にも――もちろん馭者席のジークにも――『あったか服魔法』をかけると、みんな「すごい!」「絶妙な暖かさ!」と驚きつつも大喜びしてくれた。
ヘンリックは喜びながらも「あったか服魔法という名称はイマイチと思う」とダメ出しをしてきたが、ディードなど「ラピスは命の恩人だよっ!」と涙目になっている。大げさだとは思ったけれど、それほど喜んでもらえると、ラピスのほうがお礼を言いたいくらい嬉しい。
そして気づいた。
クロヴィスならば、最初からこうした魔法をかけられたはず。
けれど加護魔法による最低限の保温効果と、炎魔法を使う焼き石を渡してきた。それはラピスが、それらをヒントに自分で魔法を応用し使いこなすよう、期待してのことだったのでは。
「至らない弟子でごめんなさい、お師匠様……」
今どこにいるかもわからぬ師に向かい、ひっそりと呟く。
とにもかくにも、寒さを克服して意気軒昂の一行だったが、そろそろ昼食をとろうかという頃、向こうから犬橇がやって来るのが見えた。
ジークの指示により先行して情報収集してくれていた、第三騎士団員のひとりだとギュンターが教えてくれた。
彼はこちらの面子を確認すると安堵を隠さず、「ここで会えてよかったです」と大きく息を吐いた。
「報告します。ロックス町には入れません」
「なぜ? まさかまた蝗災? この雪でそれはないよね」
ギュンターの問いに、首肯が返る。
「違います。疫病です。疫病が発生しました」
応援ありがとうございます!
138
お気に入りに追加
697
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる