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第5唱 母の面影
再会 2
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三人はそろって豪奢な毛皮の外套を身にまとい、護衛役とおぼしき騎士たちを引き連れていた。服やら菓子やらを両手に持たされている騎士たちは、第三騎士団の部下らしく、ジークに挨拶をしてきたその表情には、疲労が色濃くにじんでいた。
「久しぶりねぇ、ラピス。元気そうでなによりだわ」
澄んだ大気の風に乗り、きつい香水のにおいが運ばれてきた。
にこやかに歩み寄ってきたグウェンの前に、ジークが立ち塞がる。
「……なにか御用でしょうか」
「な、なにって」
にこりともしない騎士団長に高い位置から見下ろされ、さすがのグウェンもたじろいだ。しかしそこへディアナが飛び出してきて、ぐいぐいとジークに迫る。
「お初にお目にかかります、アシュクロフト騎士団長様っ! あたくし、ラピスの義姉のディアナ・カーレウムと申します! どうぞディアナとお呼びくださいっ」
一方、寒いのか鼻を真っ赤にしたイーライは、ドロシアのそばへと駆け寄った。
「や、やあ、ドロシア・アリスン。このパイ美味いよ、食べるかい?」
袋いっぱいの焼き菓子を差し出したが、ドロシアは「けっこうよ、ありがとう」と笑顔で断った。
グウェンが咳払いをして、改めてジークに笑いかける。
「わたしはラピスの継母のグウェンと申します。大事な我が子がわけもわからず大魔法使いの弟子になってしまって以来、心配で心配でひとときも心が休まりませんでしたの。ひどくこき使われているとか、ボロ雑巾のようになっているという噂もありましたから……」
グウェンは鼻をすすり、「でも」と乾いた目元を拭った。
「ここで会えるなんて夢にも思わなかったわ。まさに竜のお導きね! そうでしょう、ラピス」
「え? 竜の? ううん、そういうお導きの話は、竜からは聴いていないよ?」
驚きと戸惑いで固まっていたラピスの頭が、『竜のお導き』という言葉で動き出した。だから正直に答えただけなのだが、ディードがプッと噴き出し、グウェンの口元がひくりと歪んだ。
「ま、まあ、それはどうでもいいわ。そんなことより聞いたわよ、ラピス。あなたトリプト村で古竜の歌を解いて、蝗災を食い止めたらしいじゃない! すごいわ、さすがわたしの子よ!」
「え、えっと」
「本当に嬉しいわ! だって家族ですもの。家族なら喜びは共有するべきよねぇ」
継母の顔が目の前に迫る。
引き上げた口角の皺までくっきり見えた。
「ねえ、ラピス。古竜からは、ほかにも何か聞いたの? 竜王の城の場所は聞けて? 欠けた力の対処法とやらは?」
「えっと、それはまだわからなくって」
その瞬間、継母は、ラピスのよく知る冷たい表情に戻った。
「隠してるんでしょう」
が、すぐに笑顔に切り替わる。
「そうよねぇ、わかっていたら旅を続けたりしないものね。でも知っている情報があるなら共有しましょ? だって離れたって家族ですもの、それが当然でしょう?」
「そうだぞラピス。おれたちは幼竜の面倒を見合った仲じゃないか。ねえきみ、幼竜を触ったことがあるかい? ドロシア・アリスン」
ジークに視線を向けたままで、ディアナもうなずく。
「そうなんです、アシュクロフト様。あたしたち、本当に仲良し家族なんですよ。ですからラピスがお世話になっているお礼に、今夜お食事をご馳走させてください! とっても素敵なお店を見つけたんですぅ」
「おほほ。この子は昔からアシュクロフト様に憧れてるんですの」
「やだぁ、ママったら!」
「どうかご馳走させてくださいな。ねぇラピス。ついでに情報交換をね」
継母子の口から飛び出す言葉に対応しきれず、「う、うん?」と軽く混乱していると、ディードが「あの」と冷たい声で割り込んできた。
しかし彼が声を発する前に、
「共有ということは、みなさんにも、ラピスくんに益する情報があるということでしょうか?」
皆の視線を浴びたドロシアが、にっこり笑った。
いきなり会話に割って入ったドロシアに、グウェンは面食らったようだったが、すぐに歪んだ笑みを取り戻して慇懃無礼に応じた。
「あなたは……アカデミーの学生さんかしら? どちらのご令嬢でしょう」
菓子で汚れた手を外套で拭いたイーライが、「ドロシア・アリスンだよママ!」と教えた。その小さな目に敵意を燃やし、ラピスを睨みつけながら。
「アリスン国防長官の孫なんだ」
「あらまあ。あの資産家の?」
途端、ドロシアを見るグウェンの目つきが友好的に変わる。
けれど相変わらずジークのそばから離れないディアナだけは剣呑な目つきで、「資産家といっても、アシュクロフト様のお家ほどではないわよ」と鼻で嗤った。
笑みを浮かべたままのドロシアとディアナのあいだに火花が散った錯覚をラピスはおぼえたが、イーライはそちらの話題はどうでもいいらしく、ギラリとラピスをにらんできた。
「なんでお前がドロシア・アリスンと親しげにしてるんだよ!」
「話が脱線しているわ、イーライ・カーレウムくん」
ラピスが応じる前に、またもドロシアが遮る。
しかし「天使とわたし、親しげに見えているのね……フフ、フフフ」と呟いて笑っているのが謎だ。そんな彼女を怪訝そうに見つめるディードは、むしろ継母よりドロシアを警戒する目つきになっている。
「久しぶりねぇ、ラピス。元気そうでなによりだわ」
澄んだ大気の風に乗り、きつい香水のにおいが運ばれてきた。
にこやかに歩み寄ってきたグウェンの前に、ジークが立ち塞がる。
「……なにか御用でしょうか」
「な、なにって」
にこりともしない騎士団長に高い位置から見下ろされ、さすがのグウェンもたじろいだ。しかしそこへディアナが飛び出してきて、ぐいぐいとジークに迫る。
「お初にお目にかかります、アシュクロフト騎士団長様っ! あたくし、ラピスの義姉のディアナ・カーレウムと申します! どうぞディアナとお呼びくださいっ」
一方、寒いのか鼻を真っ赤にしたイーライは、ドロシアのそばへと駆け寄った。
「や、やあ、ドロシア・アリスン。このパイ美味いよ、食べるかい?」
袋いっぱいの焼き菓子を差し出したが、ドロシアは「けっこうよ、ありがとう」と笑顔で断った。
グウェンが咳払いをして、改めてジークに笑いかける。
「わたしはラピスの継母のグウェンと申します。大事な我が子がわけもわからず大魔法使いの弟子になってしまって以来、心配で心配でひとときも心が休まりませんでしたの。ひどくこき使われているとか、ボロ雑巾のようになっているという噂もありましたから……」
グウェンは鼻をすすり、「でも」と乾いた目元を拭った。
「ここで会えるなんて夢にも思わなかったわ。まさに竜のお導きね! そうでしょう、ラピス」
「え? 竜の? ううん、そういうお導きの話は、竜からは聴いていないよ?」
驚きと戸惑いで固まっていたラピスの頭が、『竜のお導き』という言葉で動き出した。だから正直に答えただけなのだが、ディードがプッと噴き出し、グウェンの口元がひくりと歪んだ。
「ま、まあ、それはどうでもいいわ。そんなことより聞いたわよ、ラピス。あなたトリプト村で古竜の歌を解いて、蝗災を食い止めたらしいじゃない! すごいわ、さすがわたしの子よ!」
「え、えっと」
「本当に嬉しいわ! だって家族ですもの。家族なら喜びは共有するべきよねぇ」
継母の顔が目の前に迫る。
引き上げた口角の皺までくっきり見えた。
「ねえ、ラピス。古竜からは、ほかにも何か聞いたの? 竜王の城の場所は聞けて? 欠けた力の対処法とやらは?」
「えっと、それはまだわからなくって」
その瞬間、継母は、ラピスのよく知る冷たい表情に戻った。
「隠してるんでしょう」
が、すぐに笑顔に切り替わる。
「そうよねぇ、わかっていたら旅を続けたりしないものね。でも知っている情報があるなら共有しましょ? だって離れたって家族ですもの、それが当然でしょう?」
「そうだぞラピス。おれたちは幼竜の面倒を見合った仲じゃないか。ねえきみ、幼竜を触ったことがあるかい? ドロシア・アリスン」
ジークに視線を向けたままで、ディアナもうなずく。
「そうなんです、アシュクロフト様。あたしたち、本当に仲良し家族なんですよ。ですからラピスがお世話になっているお礼に、今夜お食事をご馳走させてください! とっても素敵なお店を見つけたんですぅ」
「おほほ。この子は昔からアシュクロフト様に憧れてるんですの」
「やだぁ、ママったら!」
「どうかご馳走させてくださいな。ねぇラピス。ついでに情報交換をね」
継母子の口から飛び出す言葉に対応しきれず、「う、うん?」と軽く混乱していると、ディードが「あの」と冷たい声で割り込んできた。
しかし彼が声を発する前に、
「共有ということは、みなさんにも、ラピスくんに益する情報があるということでしょうか?」
皆の視線を浴びたドロシアが、にっこり笑った。
いきなり会話に割って入ったドロシアに、グウェンは面食らったようだったが、すぐに歪んだ笑みを取り戻して慇懃無礼に応じた。
「あなたは……アカデミーの学生さんかしら? どちらのご令嬢でしょう」
菓子で汚れた手を外套で拭いたイーライが、「ドロシア・アリスンだよママ!」と教えた。その小さな目に敵意を燃やし、ラピスを睨みつけながら。
「アリスン国防長官の孫なんだ」
「あらまあ。あの資産家の?」
途端、ドロシアを見るグウェンの目つきが友好的に変わる。
けれど相変わらずジークのそばから離れないディアナだけは剣呑な目つきで、「資産家といっても、アシュクロフト様のお家ほどではないわよ」と鼻で嗤った。
笑みを浮かべたままのドロシアとディアナのあいだに火花が散った錯覚をラピスはおぼえたが、イーライはそちらの話題はどうでもいいらしく、ギラリとラピスをにらんできた。
「なんでお前がドロシア・アリスンと親しげにしてるんだよ!」
「話が脱線しているわ、イーライ・カーレウムくん」
ラピスが応じる前に、またもドロシアが遮る。
しかし「天使とわたし、親しげに見えているのね……フフ、フフフ」と呟いて笑っているのが謎だ。そんな彼女を怪訝そうに見つめるディードは、むしろ継母よりドロシアを警戒する目つきになっている。
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