79 / 228
第5唱 母の面影
再会 1
しおりを挟む
その後、寝坊したことに恐縮しながら起きてきたディードと、堂々とあくびをしながらやってきたヘンリックとギュンターが、共に食事を済ませたところで、買い出しに行くことになった。
「これから先の旅はこの街を拠点にしつつ、騎乗のみで移動する。馬車は使わないから、余計な物は買うなよ。全部置いていくからな」
ディードはラピスに――ではなく、ヘンリックに何度も言い聞かせ、「わかってるってば!」と怒らせていた。
はらはらと雪片の舞う白い街に出ると、モコモコした外套と帽子を着けた人々が、白い息を吐き寒そうに、でも楽しそうに語らいながら行き交っている。
シャンシャンと馬衣についた鈴を鳴らして闊歩する毛の長い馬は、馬橇に使われる馬だそうだ。
同じ国なのに異国に来たような光景で、ラピスはわくわくしながら街の様子を見つめた。
買い出しは、食料や防寒着や下着に毛布、宿の支配人お薦めの最新式天幕などなど、見るべきものも見たいものも盛りだくさんだ。
そのため手分けして買い物しようということになり、ギュンターとヘンリックとは一旦別行動となった。
「まずはどこへ行きますか?」
ディードとジークが相談していると、女性たちが熱い視線を送りながら通り過ぎていく。ひときわ背が高い上に威厳のあるジークは、立っているだけで人目を引くのだ。
ただし遠巻きに見てくることが多い男性と違って、女性陣はキャーキャー言いながらもちょっとずつ距離を詰めてくるので、ラピスはそこが興味深かった。
「ラピス」
呼ばれて振り返ると、ジークが手を伸ばしてくる。
最近は手をつないでくれることが増えた。寒いからだろうと思っていたが、単に迷子防止のためかもしれない。
なんにしてもラピスは、好きな人と手をつなぐのが嬉しいので、いそいそと大きな手を握ったのだが。その途端、こちらを見ていた女性たちから一段と甲高い、キャーッという声が上がった。
(この反応は……昨日と同じだなぁ)
ゴルト街に着いて、ジークに抱っこされたまま宿まで移動したときの、女子学生たちの反応もこんな感じだった。
これも例の、クロヴィスとジークの婚約の噂に関連する反応なのだろうか。それともそもそもジークはいつも、こんな反応をされるのだろうか。
クロヴィスはよく、『竜について気づいたことがあれば、記録しておくといい。いつか必要になるかもしれないし、そうでなくとも後世の誰かのためになるかもしれない』と言うのだが……
「僕、後世のためにジークさんの研究報告も書こうかな」
「へ?」
変な声で反応したのはディードで、ジークも目をぱちくりしている。
そこへ「ラピスくーん!」と聞きおぼえのある声がかかった。
「キャーッ! 会えて嬉しい! 久し振り~っ!」
息を切らせて走ってきたのは、エンコッド町で出会った赤毛の少女だ。
「えっと……ドロシア・アリスンさん?」
名前を思い出しながら手を振ると、パッと嬉しそうな笑顔になって、さらに勢いよく駆けてきた。
が、慣れぬ雪道を走るものではない。案の定、ラピスのすぐ前まで来たところで、ドロシアが足を滑らせた。
「キャッ!」
「危ない!」
とっさにラピスはジークから離した手を差し出した。
が、同時にうしろから外套を掴まれたため手は空振りし、ドロシアは派手に尻餅をついた。するとディードが、「ふぅ」と掴んでいたラピスの外套から手を離し、白い息を吐きながら微笑んだ。
「よかった、無事だった」
「無事じゃないわよ!」
尻をついたまま抗議するドロシアに、ラピスが「大丈夫?」と改めて手を差し出す。が、ドロシアがその手を取る前に、ディードがさっさと彼女の背後に回って脇に腕を入れ、「ギャーッ!」と悲鳴が上がるのを無視して立ち上がらせた。
「何するのよ!」
「立たせてさしあげたのですが?」
「わたしはラピスくんに助けてもらうところだったのにー!」
「失礼ですが、あなたの全体重でラピスを引っ張られては、彼が巻き添えになりますので……ドロスン・アリスンさん」
「だからドロスンじゃねえよ!」
目を三角にして怒鳴りつけてから、ドロシアは我に返ったというようにこちらを見た。ジークは相変わらず無表情だが、ラピスは思わず声を上げて笑う。
「仲いいねぇ」
「「よくないですけど!?」」
やはり仲良く同時に返してきた。
そこへまたしても、よく知る声が耳に飛び込む。
「ラピス!」
無意識にビクッと身がまえ、振り向くと。
思った通り――継母グウェンがいた。
そして義姉ディアナと、義兄イーライも。
「これから先の旅はこの街を拠点にしつつ、騎乗のみで移動する。馬車は使わないから、余計な物は買うなよ。全部置いていくからな」
ディードはラピスに――ではなく、ヘンリックに何度も言い聞かせ、「わかってるってば!」と怒らせていた。
はらはらと雪片の舞う白い街に出ると、モコモコした外套と帽子を着けた人々が、白い息を吐き寒そうに、でも楽しそうに語らいながら行き交っている。
シャンシャンと馬衣についた鈴を鳴らして闊歩する毛の長い馬は、馬橇に使われる馬だそうだ。
同じ国なのに異国に来たような光景で、ラピスはわくわくしながら街の様子を見つめた。
買い出しは、食料や防寒着や下着に毛布、宿の支配人お薦めの最新式天幕などなど、見るべきものも見たいものも盛りだくさんだ。
そのため手分けして買い物しようということになり、ギュンターとヘンリックとは一旦別行動となった。
「まずはどこへ行きますか?」
ディードとジークが相談していると、女性たちが熱い視線を送りながら通り過ぎていく。ひときわ背が高い上に威厳のあるジークは、立っているだけで人目を引くのだ。
ただし遠巻きに見てくることが多い男性と違って、女性陣はキャーキャー言いながらもちょっとずつ距離を詰めてくるので、ラピスはそこが興味深かった。
「ラピス」
呼ばれて振り返ると、ジークが手を伸ばしてくる。
最近は手をつないでくれることが増えた。寒いからだろうと思っていたが、単に迷子防止のためかもしれない。
なんにしてもラピスは、好きな人と手をつなぐのが嬉しいので、いそいそと大きな手を握ったのだが。その途端、こちらを見ていた女性たちから一段と甲高い、キャーッという声が上がった。
(この反応は……昨日と同じだなぁ)
ゴルト街に着いて、ジークに抱っこされたまま宿まで移動したときの、女子学生たちの反応もこんな感じだった。
これも例の、クロヴィスとジークの婚約の噂に関連する反応なのだろうか。それともそもそもジークはいつも、こんな反応をされるのだろうか。
クロヴィスはよく、『竜について気づいたことがあれば、記録しておくといい。いつか必要になるかもしれないし、そうでなくとも後世の誰かのためになるかもしれない』と言うのだが……
「僕、後世のためにジークさんの研究報告も書こうかな」
「へ?」
変な声で反応したのはディードで、ジークも目をぱちくりしている。
そこへ「ラピスくーん!」と聞きおぼえのある声がかかった。
「キャーッ! 会えて嬉しい! 久し振り~っ!」
息を切らせて走ってきたのは、エンコッド町で出会った赤毛の少女だ。
「えっと……ドロシア・アリスンさん?」
名前を思い出しながら手を振ると、パッと嬉しそうな笑顔になって、さらに勢いよく駆けてきた。
が、慣れぬ雪道を走るものではない。案の定、ラピスのすぐ前まで来たところで、ドロシアが足を滑らせた。
「キャッ!」
「危ない!」
とっさにラピスはジークから離した手を差し出した。
が、同時にうしろから外套を掴まれたため手は空振りし、ドロシアは派手に尻餅をついた。するとディードが、「ふぅ」と掴んでいたラピスの外套から手を離し、白い息を吐きながら微笑んだ。
「よかった、無事だった」
「無事じゃないわよ!」
尻をついたまま抗議するドロシアに、ラピスが「大丈夫?」と改めて手を差し出す。が、ドロシアがその手を取る前に、ディードがさっさと彼女の背後に回って脇に腕を入れ、「ギャーッ!」と悲鳴が上がるのを無視して立ち上がらせた。
「何するのよ!」
「立たせてさしあげたのですが?」
「わたしはラピスくんに助けてもらうところだったのにー!」
「失礼ですが、あなたの全体重でラピスを引っ張られては、彼が巻き添えになりますので……ドロスン・アリスンさん」
「だからドロスンじゃねえよ!」
目を三角にして怒鳴りつけてから、ドロシアは我に返ったというようにこちらを見た。ジークは相変わらず無表情だが、ラピスは思わず声を上げて笑う。
「仲いいねぇ」
「「よくないですけど!?」」
やはり仲良く同時に返してきた。
そこへまたしても、よく知る声が耳に飛び込む。
「ラピス!」
無意識にビクッと身がまえ、振り向くと。
思った通り――継母グウェンがいた。
そして義姉ディアナと、義兄イーライも。
応援ありがとうございます!
138
お気に入りに追加
700
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる