ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第4唱 ラピスにメロメロ

古竜の庇護

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 客同士で話が弾んでいる様子を見守っていた支配人が、ふと表情を改め、「どうか、本当にお気をつけください」とジークを見た。

「今年はなんだかおかしな天候なのです。いつもならこの時期は、わたくしの膝の高さくらいまで積雪があるのが常なのですが、今年はまだ、この程度しかありません」

 彼が示した庭の景色は、木々も植栽もすっかり雪化粧をしていて、ラピスには充分たくさん積もっているように見える。だが地元の人にとっては「人や馬が歩き回ればすぐ解けるような雪は、積もったうちに入りません」なのらしい。

「それでも、雪が少ないだけならば、『おかしな天候』というほどではないのですが」
「ああ」

 地元情報を仕入れたいらしきジークが、短く促す。
 支配人が「皆様はトリプト村を経由していらしたのでしたね」と確認してきたので、「はい、大きな湖のそばも通りました」とラピスが答えると、口髭を綺麗に整えた顔でにっこり笑った。

「ということは、キトラト街道ですね。それは幸運でした。実はこの街の周辺……馬車で半日ほど移動した辺りの地域では、すでに大変な積雪なのです。例年のひと冬ぶんの積雪量に、早くも迫る勢いだとか。ですからその辺りに点在する小さな村の住人たちは、このゴルト街に避難してきておりますよ。それほどの豪雪に見舞われているのです」

「馬車でたった半日移動しただけで、そんなに違うのか」

「そうなのです。その程度の距離ならば、例年はそこまで極端な違いはありません。ですが皆様が通っていらしたキトラト方向だけは、この街と同じく『長い秋』が続いていたと聞いております」

「そうか……」

 低く呟くジークの声を聞きながら、ラピスは、自分たちよりずっと先にこの地に至り、レプシウス山脈を目指していたであろうほかの巡礼者たちを思った。
 ジークはラピスに合わせてゆったりとした旅程を組んでくれていたから、すでにこの街に到着している巡礼者のほうが多いはず。実際、昨夜はアカデミーの学生らしき女の子たちが、ジークを見て騒いでいた。

 彼らは雪が降る前に、『竜王の城』の手がかりだけでも見つけたいのだろうとギュンターが言っていた。しかしすでに地元の人すら驚くほどの積雪量だというのでは、足止めされている者も少なくないかもしれない。
 そんな北の地域一帯の中で、ゴルト街だけが局地的に降雪が少ないとなれば、支配人が『おかしな天候』というのもうなずける。

「巡礼の方々だけでなく旅行でいらした皆様も一様に不思議がられて、『不自然すぎる。まるでこの街にだけ、透明な屋根でもついてるみたいだ』と仰っています」

 ただ、大雪が目こぼししたのはこの街だけではなく、ラピスたちがやって来たキトラト方面の道程も同様で。
 寒いなりに穏やかな天候続きだったので、雪の苦労はまったくなかった。

(でも、そう言われてみれば……)

 ラピスも今さらだが『おかしなこと』に思い当たる。
 クロヴィスの家で過ごしていた時点で、すでに秋も深まっていた。
 あの地よりずっと北に、何十日もかけてやって来た。なのに季節が進まないのは、とても不自然だったのだ。 
 旅慣れたジークのほうは、ずっと気になっていたらしく、表情を曇らせた。

「暖冬なのかと思っていたが……」

 世界中で起こっている災害。それがこの地でも始まるのかという憂慮が、その声に滲んでいる。
 お皿の上で解けてゆく雪だるまを見ながら、ラピスも不安になった。
 もしもそうであるなら、旅を続けている場合ではない。この地に雪害が予想されるならば素早く支援が届くよう、ジークは王都に戻って本来の職務にあたるべきなのでは。

 けれど心配するラピスに、どこかカーレウム家の執事を思わせる支配人は、ラピスにあたたかな笑顔を向けてきた。

「実はそうしたお話を耳にする中で、思い出したことがございます。わたくしの祖母の話です」
「支配人さんのお祖母様」
「はい。祖母は昔、大魔法使い様を――グレゴワール様を、お見かけしたことがあったそうです」
「お師匠様を!?」

 師の名前が出ただけで、ラピスは一気に元気になった。
 支配人の笑みも深くなる。

「グレゴワール様も『竜王の城』を探しに、この地へ来訪されたのだとか。見つけることは叶わなかったようですが……そのときも季節は初冬で」
 
 巡礼をわざわざ冬を前にした時期に始めるのは、この地の古竜は冬の目撃談が圧倒的に多いからだ。ラピスはそう師から教わっている。
 ゆえに竜王を求める者たちは、無理を承知で北を目指すのだと。
 
「グレゴワール様は、竜王には会えなかった。けれど信じがたいほど巨大な竜が出現したそうです。幸運にも目にすることができた祖母はその折の感動が忘れられず、何度も何度も話しておりました。『大魔法使い様が歩くと、雪が遠慮するようだった。天はあの方に味方していた。きっと太古の古竜の庇護があったのだ』と」

「古竜が守ってくれていたのですか! うわぁ……さすがお師匠様!」

 感動して、思わず声を上げると。
 支配人も、そしてジークも、優しい苦笑を浮かべた。

「……お前も、だろう……ラピス」
「はひ?」
「はい。きっとそうでございますよ。長年、たくさんの人を見つめてきたわたくしから見ても、ラピス様は……そう。星の光そのもののようなお方です。見る者の心を明るく照らす、そういう煌めきのあるお方です」
「ほ、星? ですか」

 戸惑って言葉の出てこないラピスに、支配人は言い切った。

「こうしてお話させていただいて、わたくしは確信しました。星から生まれた創世の古竜たちがあなたを守り、その来た道も、この街も、あなたの旅のために守られてきたのだと。竜王が待っているのは、古竜たちが招いているのは、きっと……絶対に、あなただと思いますよ。ラピス様」
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